独断時評


公的銀行・損失の底なし沼

まさかこのドイツで、日本でバブル崩壊後に銀行が経験した惨状を再び見ることになるとは夢にも思わなかった。米国のサブプライム危機によって、ドイツの公的銀行の病状は日一日と重くなっている。

最も深刻なのは、デュッセルドルフのIKB(ドイツ産業銀行)だ。同行は今年3月20日の時点で、2007年度の赤字額を12億ユーロ(約1920億円)と推定しているが、今後も拡大する見通しである。同行の株価は、昨年の夏から80%も下落した。「IKBが倒産した場合、ドイツの金融市場のイメージに深い傷がつく」として、連邦政府とIKBの最大株主であるKfW(復興金融公庫)は、すでに3回もIKBへの緊急援助を行ったが、今後果たして何億ユーロの金を注ぎ込めばIKBを救うことができるのかは、誰にもわからない。民間銀行はこれまでに10億ユーロ近くを拠出したが、これ以上の資金援助は拒否している。

KfW自体も、IKBへの援助のために、07年度は14億ユーロもの赤字に転落。イングリード・マテウス・マイヤー総裁は、今月初めに辞任した。もしもIKBが倒産した場合、他行が抱えている240億ユーロ(約3兆8400億円)もの債権が焦げ付く危険がある。IKBを倒産から救うにしても見捨てるにしても、連邦政府が公的資金、つまり国民の血税を投入しなくてはならないことは明らかだ。

しかも、サブプライム危機という病に冒されているのはIKBだけではない。今月3日、バイエルン州立銀行は損失額が43億ユーロに上ると発表し、政界と経済界に強い衝撃を与えた。同行は、サブプライム証券に320億ユーロと多額の投資をしており、損失額は今後も拡大する危険性が強い。かたやザクセン州立銀行は、もしバーデン=ヴュルテンベルク州立銀行に買収されていなかったら、サブプライム危機のために倒産していただろう。

IKBや州立銀行は、商業銀行よりも公共性が強い金融機関である。そうした銀行が、十分な審査もせずにサブプライム投資にのめり込み、何十億ユーロもの損失を出しているのは、大変なスキャンダルである。巨額損失を被った銀行の取締役たちは、次々に辞任しているが、彼らの損害賠償責任を問う必要はないのだろうか。公的資金の投入が正式に決まれば、市民の政府に対する反発も強まるに違いない。

昨年夏にIKBの危機が浮上した時、連邦金融監督庁のヨッヘン・ザニオ長官は、「1931年以来、最も深刻な金融危機がやってくる」と警鐘を鳴らしたが、その言葉は決して大げさではなかった。逆風を受けるのは銀行だけではない。ドイツにとって重要な輸出市場である米国が、サブプライム危機の影響で景気後退の予兆を見せていることから、貿易に大きく依存している製造業の業績にも暗い影が落ちることは避けられない。われわれ人間は、過去のバブルの失敗から、なぜ学ぶことができないのだろうか。

18 April 2008 Nr. 710

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:49
 

ドイツとイスラエルの長い道

「ショアー(ユダヤ人大虐殺)のために、私たちドイツ人は、いまも恥の感情を持っています。私は、虐殺の犠牲者、生き残った人々、そして彼らを救った人々の前で、頭(こうべ)を垂れます」。メルケル首相は3月18日、エルサレムの議会(クネセット)での演説でこう語り、イスラエル人たちの前で改めて謝罪と反省の意を表わした。

メルケル首相の今回のイスラエル訪問は、異例づくめだった。これまでイスラエルの議会で演説をする外国人は、大統領など、国家で最高の地位にある人に限られていた。首相という立場で演説をしたのは、メルケル氏が初めてである。

同氏がドイツ語で演説したことも異例だった。イスラエルには、ホロコーストのために、いまもドイツ人を憎んでいる市民がいる。彼らはドイツ人には会いたくないし、できればドイツ語も耳にしたくないと思っているのだ。そうした国で議員らが、メルケル氏に母国語で演説することを許したのは注目に値する。ドイツ語を聞くのは耐えられないと議場を離れた議員もいたが、少数だった。

メルケル氏が外務大臣だけでなく、経済大臣や環境大臣まで同行させたことも興味深い。今回の訪問では、ドイツ・イスラエル定期閣僚協議の最初の会合が開催された。すでにイスラエル政府は、「ドイツは米国の次に重要な友好国」という評価を与えているが、両国は、関係をさらに深めるために、外交だけでなく、経済協力、環境保護など広い分野についても話し合うことを決めたのだ。

メルケル首相が、スデ・ボカーというキブツ(一種の共同農場)を表敬訪問したことも象徴的だ。ここは、イスラエルを60年前に建国したベングリオンが晩年を過ごした場所である。旧西ドイツのアデナウアー首相は、このキブツにベングリオンを訪ねて、補償問題などを協議し、イスラエルとの和解に向けた第一歩を記したのだ。メルケル氏の同地訪問にも、イスラエルとの関係をさらに緊密なものにしたいという決意が表われている。

メルケル氏はイスラエル議会での演説の中で、「ドイツにとって、イスラエルの安全はかけがえがない」と断言し、イスラエル殲滅(せんめつ)をいまも主張するイランが、核開発問題で譲歩しない場合には、厳しい制裁を国連に求めるという態度を明らかにした。イスラエル人の間では、イランに対する不信感が根強い。首相は、イスラエルを守るという態度を鮮明にすることによって、ユダヤ人たちの信頼感を勝ち得ようとしたのである。

ただし、ドイツ人がどんなに努力しても、ナチスが殺人工場を建設したり、特殊任務部隊に銃殺させたりすることによって、ユダヤ人600万人を殺害した事実は消えない。多くの家庭には、いまも憎しみの炎がひそんでいる。イスラエル人たちと話をすると、そのことを強く感じる。現在ドイツで話題になっている、ジョナサン・リテルの『善意の人々(原題:Les Bienveillantes)』のような本は、これからも何度も現れるだろう。

それでも、ドイツ人が教育や報道を通じて、自国の歴史の恥部を若い世代に伝えていることは、周辺の国々の信頼を回復する上で役立ってきた。過去と批判的に対決しない国は、他国からなかなか信頼されないだろう。

11 April 2008 Nr. 709

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:49
 

チベット問題とドイツ

チベットの僧侶らによるデモを鎮圧するために、中国の治安部隊が発砲し、少なくとも市民18人が犠牲となった問題で、ドイツ政府や欧州連合(EU)の中国政府に対する批判のトーンが日一日と強くなっている。シュタインマイヤー外相は、「中国政府に対し、透明性を確保するようはっきりと伝えた。我々は、チベットで何が起きたのかを正確に知りたい」と述べ、中国がチベットで外国人記者の取材活動を事実上禁止し、情報封鎖政策を取っていることを批判した。中国政府は、日本や米国の外交官が自国民の安全を確認するために、チベットに行くことすら禁止している。

ヘッセン州のコッホ首相は、チベットの宗教指導者ダライ・ラマと15年前から親交がある。彼も、「チベット人の生命を守るためにも、記者の取材活動は重要だ。自由主義諸国は沈黙してはならない」と指摘した。また欧州議会の議長で、ドイツのキリスト教民主同盟(CDU)出身のH.G.ペッタリング氏も、「中国政府には、チベット人の文化的・宗教的アイデンティティを尊重してほしい。場合によっては、北京五輪のボイコットもありうる」と述べている。五輪委員会などスポーツ選手の代表はボイコットに批判的だが、政治家らが開会式だけをボイコットする可能性もある。

メルケル首相は連邦首相府で昨年9月、歴代首相として初めてダライ・ラマと会談した。「非公式な話し合い」としながらも、この会談にメルケル氏が、ダライ・ラマを精神的に支援する意味を込めていたことは間違いない。実際、この会談は中国政府を激怒させた。メルケル氏は旧東ドイツの社会主義体制を経験している。このため、ロシアを訪問した時、ドイツ大使館のレセプションに、プーチン露大統領に批判的な市民団体を招いたことにも表われているように、人権問題に強い関心を持っている。シュレーダー前首相とは異なり、「相手の国とビジネス関係さえ築ければ、人権抑圧には目をつぶる」という姿勢ではない。チベット問題は、ドイツだけでなくすべての国にとって、「独裁政権にどのような態度を取るのか」という問いを突きつける試金石だ。

ドイツ人の間では、「チベット問題を武力で解決しようとする政府が、国威発揚のために催すスポーツ大会に参加する必要があるのか」という声が出始めている。その理由の一つは、72年前のベルリン五輪にある。1936年にナチスは、ユダヤ人迫害政策を実行する一方で、国力を誇示し、対外的なイメージを良くするために、ベルリンでオリンピックを催した。ユダヤ人迫害を理由にボイコットを求めたのは、ほんの一部の人だけだった。それだけに、今後チベットからの悲惨な映像が国外に流されるごとに、ドイツの政治家や市民の間では、北京五輪に対して批判的な態度が強まるだろう。

これに対し中国政府は、「チベット問題は内政問題であり、外国政府は干渉するべきでない」という、ほぼ半世紀前と変わらない態度を貫いている。中国政府が、欧米諸国が求めるようにダライ・ラマと正式に会談することを受け入れたら、中国は敗北を認めることになる。今後、中国と欧米諸国の間で、議論が平行線をたどり、対立がエスカレートする可能性は強い。

4 April 2008 Nr. 708

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:47
 

失業者は減っているが…

ニュルンベルクの連邦労働庁が毎月発表する雇用統計は、昨年から急激に改善しつつある。今年2月の失業者数は約362万人。これは前年の同月に比べて、失業者数が63万人、約15%も減ったことを意味する。戦後最悪の数字を記録した2005年2月に比べると、失業者の数が、じつに166万人も減ったことになる。

失業率も8.6%で、過去16年間で最も低い水準だ。メルケル政権は、連邦労働庁が失業者数の減少を報告するたびに、改革路線が実を結び始めたと強調する。だが、本当に手放しで喜ぶべきなのだろうか。私は完全に楽観的にはなれない。このところ、業績が回復しているにもかかわらず、人員削減計画を発表する大企業が目立っているからだ。

たとえば昨年の暮れには、大手自動車メーカーBMWが、従業員数を約8000人減らす方針を明らかにした。同社は、2012年までに製造コストを60億ユーロ減らし、利益率の向上を目指しているからである。化学製品のメーカーであるヘンケルでは、従業員数を約3000人減らす予定。欧州最大の電機メーカー、ジーメンスも、電話関連部門で雇用している従業員の数を、全世界で7000人減らすが、その内2000人はドイツで働く人々である。またノキアのボーフム工場閉鎖によって、2000人を超える人々が路頭に迷う。

私の周辺でも、黒字を計上している企業で働いていたのに解雇されたり、近く職を失ったりする人が増えている。Xさんは、大手金融関連企業で働いていたが、最近解雇を言い渡された。二人の子どもを抱えているほか、最近家を買ったばかりなので急いで新しい仕事を見つけなくてはならず、労働局に通っている。またあるパーティーでは、中年のカップルと知り合った。女性は大手航空機メーカーに勤めていたが、解雇されて失業中。男性の方は、大手電機メーカーに20年以上勤めたが、リストラの影響でまもなく解雇される予定。なんとなく、会話もしめりがちであった。こんな話をあちこちで聞く。

つまり、グローバル企業で働いている社員たちにとって、雇用状況は決して安定していないのだ。企業が黒字を増やしつつあっても、それは従業員にとって必ずしも朗報ではない。経営者たちは、利益を出し続けるためには、社員を整理し、コストを減らすことを迫られるからだ。従って、大手企業が人員削減を発表すると、株価は上昇することが多い。投資家たちが人件費の削減を高く評価するからである。

また、サブプライム危機の影響で金融市場に暗雲が広がっていることも、ドイツ企業にとっては不安の種だ。特に、各国の中央銀行が多額の資金を投じてドルを買い支えているにもかかわらず、ドル安に歯止めがかからないことは深刻な問題である。ドイツ企業の輸出先の半分はユーロ圏だとはいえ、米国が重要な消費市場であることには変わりない。米国の景気失速が本格化した場合、これら企業の業績にも影が落ちるだろう。こう考えると、現在失業者が減っているからといって、楽観は禁物である。

28 März 2008 Nr. 707

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:46
 

社会保障小国ニッポン

毎年、ドイツの企業や市民が働いて生み出す価値のほぼ3分の1は、社会保障のために支出されている。連邦労働省の調べによると、2006年の時点で、国内総生産(GDP)の30.3%が社会保障のために使われた。その額は、実に7002億ユーロ(112兆32億円、1ユーロ=160円換算)に上る。具体的には、年金、介護費用、失業者への援助金、 家賃の補助、生活保護などである。

経済協力開発機構(OECD)は毎年、各国の社会保障支出がGDPに占める比率を比較する統計を発表している。これによると、03年の時点で、ドイツはGDPの27.3%を社会保障に充てていた。スウェーデン、フランスなどに次いで世界4位である。これに対して、日本がGDPのうち社会保障に回す比率は17.7%と、ドイツを約10ポイントも下回っており、OECD平均値の20.7%をも下回る数字である。世界有数の経済大国にしては、低いのではないだろうか。

政府による社会保障は、格差社会のショックを和らげる働きをしている。健康で職を持つ人々が、年老いたり病気になったりして働けない人を支える。戦後西ドイツ経済の大原則である「Soziale Marktwirtschaft(社会的市場経済)」の具体的な表れである。

一方、米国はGDPの16.2%しか、社会保障に回していない。ダイナミックな経済成長を実現するために、強者が弱者を顧みない純粋資本主義の国なのである。だがドイツは、米国とは異なる道を歩んでいる。もっとも、シュレーダー前首相は、「アゲンダ2010」の名の下に、社会保障サービスを減らして、企業の国際競争力を強めようとした。このため、社会保障支出がGDPに占める比率は、05年から少しずつ減り始めている。多くの市民が社会保障の削減に不安感を持っているが、その水準はまだ高いというべきだ。

私は18年前からドイツに住んでいるが、毎年日本に行くたびに、ドイツ以上に貧富の差が拡大し、ホームレスやインターネットカフェ難民が増えて いるのを見て、心を痛める。OECDが発表した統計は、日独間でなぜこのような差が表れるのかをはっきり示している。日本人の多くは、「日本は社会保障制度が整った国」と思っているようだが、国際比較をすれば、必ずしもそうは言えない。5000万人分の国民年金番号が宙に浮いても、市民は泣き寝入りさせられている。未曾有の不祥事にもかかわらず、政治家も官僚も、責任を取ろうとはしない。

ドイツは日本に比べると、華やかさに欠ける国かもしれない。しかしドイツでは、国富の一部を市民に還元しようとする姿勢が日本よりも強い。社会保障だけでなく、市民の憩いの場である公園も、その例である。

東京で次々と建てられる超高層ビルを見ながら、「強者は、もう少し弱者のことを顧みてもよいのではないか」と考えるのは私だけだろうか。現在のままの状態が続けば、30年後の日本は、米国に極めて似通った国になっているかもしれない。

21 März 2008 Nr. 706

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 13:46
 

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