独断時評


連帯税はいつまで払い続けるのか

連帯税はいつまで払い続けるのか私は17年前からドイツに住んでいるが、この国に住むすべての勤労者と同じように、1991年から毎月、所得税の5.5%を連帯税(Solidaritätszuschlag) として連邦政府に払い続けている。

この税金は、社会主義時代に荒廃した旧東ドイツの道路や住宅の修復に充てられたり、旧国営企業が閉鎖されたために仕事がなくなり、早めに年金生活に入った旧東ドイツ人の年金原資に充てられたりしている。いわば、社会主義体制に40年間支配されて、発展が遅れた同地域への経済支援である。

読者の皆さんの中には、「いったいいつまでこの税金を払い続けなくてはならないのか?」との疑問をお持ちの方もおられるに違いない。90年当時、首相だったヘルムート・コール氏は、「統一という歴史的な事業が完遂され、連帯税の必要がなくなったら、直ちに廃止する」と発言したことがあるが、この連帯税には期限が付けられていない。

今月3日のドイツ統一記念日と前後して、この連帯税をめぐる議論が持ち上がった。キリスト教民主同盟(CDU)で財政問題に詳しいオットー・ベルンハルト氏らが、「連帯税を中期的、段階的に廃止するべきだ」と主張したのである。また、ドイツ納税者連盟のカール・ハインツ・デーケ会長も、「連帯税のような特別な税金は、一定の期間に限って徴収されるべきであり、無期限の徴収は憲法に違反するのではないか」と述べている。

だが旧東ドイツの現状を見れば、連帯税を直ちに廃止できないことは明白だ。旧東ドイツの労働生産性は西側に比べて低いにもかかわらず、賃金だけは大幅に引き上げられた。このため、企業は旧東ドイツに投資せずに、人件費がはるかに安い東欧やアジアに工場を建設する。したがって、旧 東ドイツ経済は自立することができず、雇用もな かなか増えない。

旧東ドイツの今年9月の失業率は14.1%で、西側の2倍である。職を求めて西側に移住する若者が絶えず、旧東ドイツの人口は毎年減っている。このままでは旧東ドイツが過疎地になってしまう恐れもある。特に女性の減少が激しいことから、ザクセン州には、移住してきた女性に市役所が2000ユーロを提供するという町まで現れた。

高速道路や建物だけが美しく修復されても、旧東ドイツという患者の病は完治しない。政府は91年からの12年間に、1兆4000億ユーロ(約224兆円)という天文学的な資金を東に投じてきた。それにもかかわらず、旧東ドイツが今なお自分の足で歩けないというのは、驚くべきことである。経済体制の異なる二つの国を合体させることが、いかに大変な事業であるかを痛感させられる。

もしもいつの日か韓国と北朝鮮が統一を達成した場合、韓国が背負い込む経済的な負担は、ドイツとは比べられないほど巨額なものとなるだろう。韓国政府の関係者は、ドイツの状況を熱心に観察しているに違いない。

12 Oktober 2007 Nr. 684

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:10
 

人権外交の誇り

人権外交の誇りメルケル首相が9月23日にチベットの宗教指導者ダライ・ラマと会見したことは、シュレーダー前首相時代にあまりにも実務重視に偏っていたドイツの外交路線が、大幅に修正されたことを示す。

1959年に中国がチベットを占領して以来、48年間にわたり国外での亡命生活を強いられているダライ・ラマが、ドイツの連邦首相府に迎え入れられたのは初めてだ。これまで多くの政治家がダライ・ラマに対して冷ややかな態度を取ってきたのは、大国への道をまっしぐらに進みつつある中国を怒らせないためである。それは中国が、「ダライ・ラマはチベットの中国からの分離を画策している」と非難しているからだ。ダライ・ラマは「平和的な手段によって、チベットの窮状を世界に知らせる努力を続けてきた」という功績を評価され、89年にノーベル平和賞を受けている。

メルケル首相は、中国を挑発しないように、この高僧との会見を「私的な意見交換」と位置づけた。そして中国との政治・経済関係を重視するという立場も、あらためて強調している。だがメルケル首相がダライ・ラマを連邦首相府という公式な場に招待したことによって、「ドイツは中国による人権抑圧を無視しない」という姿勢を全世界にはっきり示したのだ。ドイツがこうした態度を打ち出したことで、他のEU加盟国もダライ・ラマに対する冷遇をやめるかもしれない。

中国政府は、「ドイツと中国の関係に悪影響が出るかもしれない」としてメルケル首相を牽制し、ダライ・ラマとの会見を思いとどまるよう圧力をかけていた。実際中国は、ミュンヘンとニューヨークで予定されていたドイツ政府との会合をキャンセルしている。年間約10%という驚異的な成長率を続ける中国は、製品の輸出先として、また人件費が安い生産拠点として、全世界の国々にとってますます重要になりつつある。今年中には国内総生産でドイツを追い抜き、世界第3位の経済大国になることが確実だ。しかし中国は、急速な資本主義化を進める一方で、言論や宗教の自由が保障された民主国家ではない。

「ビジネスマン宰相」という性格が強かったシュレーダー氏は、人権問題を棚上げにして中国を頻繁に訪れ、通商関係を拡大しようと必死に努力した。「EUは中国に対する武器の禁輸をやめるべきだ」とまで主張した。シュレーダー氏は、ロシアのプーチン大統領についても「正真正銘の民主主義者だ」と持ち上げ、チェチェン紛争などでの人権問題については触れずに、天然ガス・パイプラインの建設などもっぱら通商問題だけに関心を示した。

これに対しメルケル首相は、モスクワを訪れた時に、プーチン大統領と会談しただけでなく、市民団体や人権団体の関係者をドイツ大使館でのレセプションに招待した。「ドイツは人権問題を忘れない」というシグナルを、ここでも見せたのである。メルケル首相が青春時代を全体主義国家・東ドイツで過ごしたことが影響しているのだろう。政治家の役目は、貿易量を増やすことだけではない。「自由と民主主義の拡大も、経済に劣らず重要だ」というメッセージをメルケル首相が内外に送ったことを、評価したい。

5 Oktober 2007 Nr. 683

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:20
 

CO2削減にかけるドイツ人の執念

CO2 削減にかけるドイツ人の執念ドイツにお住まいの読者は、この国の人々が環境保護に熱心であることに、すでに気が付かれていることだろう。地球温暖化に歯止めをかけるための二酸化炭素(CO2)排出量削減は、いまや政治家、マスコミ、企業、市民が最も強く関心を持っているテーマの一つだ。

フランクフルトで1年おきに開かれるIAAは世界最大級のモーターショーの一つだが、今年は初めて環境保護がメーンテーマとなった。どのメーカーも燃費が良く、CO2の排出量が少ない車を前面に押し出したのである。だが国内自動車メーカーは、CO2削減をめぐって大きな悩みを抱えている。その理由は欧州連合(EU)が準備している新しい指針である。EUはヨーロッパで車を売るすべてのメーカーに対し、2012年までに新車が1キロ走る際に出すCO2の量を120グラム以下に抑えることを、法律によって強制しようとしているのだ。

現在、欧州自動車工業連合会に属するメーカーの車は、1キロ走るのに平均160グラムのCO2を出す。つまり、まだまだ大幅な改善が必要なのだ。大型で車体が重い車ほど、CO2排出量が多い。ということはベンツやポルシェ、BMWのように大型車の比率が多いドイツは、小型車が多いイタリアやフランスに比べて不利なのである。

国内自動車メーカーは「ディーゼルエンジンこそが、最も環境にやさしい技術」と考え、長い間ハイブリッド技術を軽視してきた。ところが、数年前になってようやく考え方を改め、他社と共同でハイブリッドエンジンの開発に乗り出した。だが、すでにハイブリッドカーを販売しているトヨタなどの日本のメーカーに、大きく水を開けられている。国内のメーカーが重い腰を上げたことは、CO2の大幅な削減を求める世論の圧力が、これまで以上に高まってきたことを示している。

メルケル首相は2020年までに、ドイツのCO2の排出量を1990年に比べて40%減らすことを目指している。政府が大きな期待をかけているのが、風力発電、太陽光発電、水力発電などCO2をまったく出さない再生可能エネルギーだ。現在、国内で消費される電力量のうち、再生可能エネルギーで作られているのは5%前後にすぎないが、政府のCO2削減目標を達成するには、2020年までにこの比率を約21%まで引き上げる必要がある。また、住宅の密閉性を良くし、暖房効率を大幅に高めることによって、エネルギーの消費量を減らそうともしている。

政府はこれらの気候保護プロジェクトの資金をひねり出すために、消費者が電力、ガス、暖房のための灯油を消費する際、「気候保護税(クリマ・セント)」を徴収することを検討している。経営者団体の試算によると、この税金が導入された場合、電力コストはいまと比べて5億4000万ユーロも高くなる見通しだ。企業からはこの計画に対し批判が出ているが、市民は「環境保護に費用がかかるのは仕方がない」と思っているのか、強い反対の声は聞かれない。

それにしても、再生可能エネルギーの比率を21%に拡大するというのは、野心的な計画だ。本当に実現するのだろうか。

28 September 2007 Nr. 682

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:21
 

間一髪で防がれた同時多発テロ

間一髪で防がれた同時多発テロ危ないところだった。ドイツの捜査当局は、ロンドンやマドリードのような同時爆弾テロがもう少しで発生するのを、未然に防ぐことに成功したのである。しかしこの事件は、ドイツ国内でも英国やフランスと同じように、過激思想を持ったイスラム教徒のテロリストが生まれつつあることをはっきり示すものであり、多くの政治家、捜査幹部を震撼させた。

9月初めに逮捕された3人のうち、二人はドイツ人で、いずれもイスラム教徒に改宗していた。彼らはもう一人のトルコ人とともに、爆弾の材料になる水素溶液を730キログラムも買い付け、ノルトライン=ヴェストファーレン州の人目につかない貸家で、起爆装置を使って爆弾の組み立てを始めていた。

彼らは、パキスタンへ渡航して、過激組織「聖戦連合」のテロリスト養成所を訪れていた。さらに容疑者の一人は、ヘッセン州のハーナウにある米軍兵士の住宅を監視していたこともある。このため連邦検察庁と連邦刑事局は、このグループが9月に、ドイツにある米軍施設やフランクフルト空港などを標的として、同時爆弾テロを計画していたという疑いを強め、強制捜査に踏み切ったのである。捜査当局は爆弾の材料などを押収したものの、7人の容疑者を逮捕することができず、さらに行方を追っている。

捜査陣が無差別殺人を狙ったテロを未然に防いだことは、高く評価したい。捜査当局は米国政府の通報で、すでに昨年の秋には端緒をつかんでいたとされる。さらに、ノルトライン=ヴェストファーレン州のアジトに超小型ビデオやマイクを取り付けて、容疑者らの一挙一動をつかんでいただけでなく、爆弾が万一作られても、殺傷力を持たないようにするために、アジトに忍び込んで水素溶液を薄める工作まで行っていた。

今年に入って一部の捜査幹部たちが、「ドイツは、9・11事件直前の米国のような状況にある。いつテロがあっても不思議ではない」とインタビューで発言していたのは、このテロ計画のことを指していたのである。

だが、手ばなしで喜ぶことは禁物だ。ドイツ人がイスラム教徒になって、無差別テロをもくろんでいた事実は、やはり衝撃的である。ドイツでイスラム教徒に改宗したドイツ人の数は、2~10万人と推定される。昨年1年間で4000人がイスラム教徒になったという報道もある。彼らの中には、アラブ系のイスラム教徒に対して、自分の信仰が深いことを示すために欧米の価値を憎み、過激思想に染まる者もいるのだ。ドイツ人の教主(イマム)は、インターネットを通じて、ドイツ語で改宗を呼びかけている。格差が広がるドイツ社会で、キリスト教的な価値観に失望し、アルカイダの狂信主義に傾倒する若者が今 後増える可能性もある。

今後ドイツを初めとしたEU諸国は、ビン・ラディンの思想を引き継いだ目に見えないテロリストたちと、気が遠くなるほど長い戦いを強いられることになるだろう。

21 September 2007 Nr. 681

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:21
 

ドイツの公的銀行は大丈夫か?

ドイツの公的銀行は大丈夫か?この夏、ドイツの多くの金融関係者は、バカンス気分になれなかったかもしれません。8月にデュッセルドルフの公的銀行であるIKB産業銀行が、米国での不動産投資のせいで巨額の損失を被ったというニュースは、金融界に強い衝撃を与えました。

IKBは、われわれ市民になじみ深い銀行ではありません。主に中小企業に対して融資を行う、半官半民の銀行だからです。しかし金融関係者の間では、手堅い経営を行う銀行として知られてきました。それだけに、この銀行が米国のサブプライム・ローン(信用力の低い借り手向けの不動産ローン)市場への投資のせいで自力での再建が困難になり、公的機関や民間銀行から80億ユーロもの緊急融資を受けたことは、金融のプロたちにとっても驚きだったのです。

サブプライム危機でIKB以上に深い傷を負ったのは、ザクセン州立銀行です。同行を破綻から救うために他の銀行が注ぎ込んだ資金の額は、173億ユーロ、つまりIKBの2倍以上に達しました。連邦金融庁は、ザクセン州立銀行の損失が巨額であるために、現在の状態のまま存続させることは困難と考えました。このためバーデン=ヴュルテンベルク州立銀行が、連邦金融庁の指導の下でザクセン州立銀行を買収するという、異例の事態になったのです。同州は、さらに2億5000万ユーロの公的資金を注入することになっています。この救済措置がなかったら、ザクセン州立銀行は破綻していたでしょう。これらの二つの銀行ほどではありませんが、他の州立銀行や民間銀行も、多かれ少なかれサブプライム・ローンによる損失を抱えています。

なぜ、このような危機が起きたのでしょうか。米国では2000年ごろから金融緩和のために資金がだぶつき、民間銀行は自己資本のない市民にも、家を購入するためのローンを積極的に貸し出しました。客の中には失業者や不法移民もいたというから驚きです。不動産価格がどんどん上がったために、1軒目の家を抵当に入れて、さらに広い家を買うためのローンを組むことも可能でした。

こうした返済能力の低い市民に対するサブプライム・ローンは、銀行にとって焦げ付く危険が大きいはずです。しかし、金融工学が発達した今日の金融界では、こうしたリスクの高いローンを束ねて証券化し、利益を上乗せして資本市場に提供すれば、投資家を見つけることができます。IKBやザクセン州立銀行は、子会社を通じてこの種の証券に投資したのです。しかしドイツの公的銀行は、米国のサブプライム・ローンの危険性を十分認識していなかったのでしょう。米国で不動産価格が下がり始め、バブルが崩壊するとともに、こうしたローンは巨額の損失を生んだのです。

ドイツでは、今年ようやく景気が回復の兆候を見せ始め、平均株価も上昇していました。ところが、IKBやザクセン州立銀行が破綻の瀬戸際に追い込まれたことで、銀行を中心に株価が下がり始め、せっかく上り坂にあった景気の動向にブレーキがかかるかもしれません。米国で起きた不動産バブル崩壊が、大西洋を隔てたドイツを揺さぶるのは、経済のグローバル化を象徴しています。金融機関、特に半官半民の公的銀行に対しては、今後、リスク管理にいっそうの注意を払ってもらいたいものです。

14 September 2007 Nr. 680

最終更新 Donnerstag, 25 August 2011 10:26
 

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