独断時評


次期首相はベアボックか、ラシェットか?

今年9月26日の連邦議会選挙は、ドイツと欧州の政治・経済を大きく左右する重要な政治日程だ。メルケル首相の後継者は、緑の党のアンナレーナ・ベアボック共同党首とキリスト教民主同盟(CDU)のアルミン・ラシェット党首の間で争われる可能性が強い。

ラシェット氏(CDU)とベアボック氏(緑の党)ラシェット氏(CDU)とベアボック氏(緑の党)

政権入りを目指す緑の党

4月19日に緑の党は、ベアボック共同党首(40)を首相候補に指名した。同氏はオンライン会見で、「ドイツは大きな底力を持っています。政治を変えて、このパワーを解き放ちましょう」と有権者に呼びかけた。

ハノーファー生まれのベアボック氏は、ハンブルク大学で政治学と法学を学んだ後、2004年から2年間ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに留学。2005年に緑の党に入党し、同年から2008年まで、欧州議会のエリザベート・シュレーダー議員(緑の党)の事務所のリーダーを務めた。2009~2012年まで欧州緑の党の役員会にも属した。英語を流暢に話すベアボック氏は、緑の党きっての国際派でもある。

ベアボック氏は巧みな弁舌と鋭い理解力・洞察力、高いネットワーク力によって、緑の党の中で急激に頭角を現した。同氏は急進的な左派勢力とは無縁の、「実務派」なのだ。彼女は2009年に緑の党ブランデンブルク州支部の共同支部長に選ばれた後、2013年に連邦議会選挙に初当選。2017年まで議員団で気候変動問題に関する責任者を務めた。

同氏は、2018年の党代議員集会で、ロベルト・ハベック(シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州政府の元環境大臣)と共に共同党首に選ばれた。2019年のドイツでの欧州議会選挙では、地球温暖化問題を他党よりも熱心に取り上げることによって、得票率を前回の約2倍に増やすという快挙を成し遂げている。

経験豊富なラシェット候補

一方政権与党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、4月20日にCDUのラシェット党首(60)を首相候補に選んだ。アーヘンで生まれたラシェット氏は、ボン大学などで法学を修め、フリージャーナリストとして放送局で働いた後、キリスト教系の新聞の編集長を務めた。1979年にCDUに入党し、1994年に連邦議会選挙に初当選。2012年にノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州のCDU支部長になった後、2017年に同州政府の首相に就任した。

ラシェット候補は、CDUの中で保守中道の穏健派に位置する。メルケル首相の路線に比較的忠実だ。メルケル首相は、2015年にハンガリーで立ち往生していた約100万人のシリア難民に対し、超法規的措置でドイツに入国し亡命申請することを許した。この人道的決定は、多くの国民から「ドイツの治安を悪化させた」と厳しく批判されたが、この時も、ラシェット氏はメルケル首相の難民政策を支持したのだった。

CDU・CSUでは、首相候補選びが難航した。CSU党首でバイエルン州政府首相のマルクス・ゼーダ―氏も首相候補に名乗りを上げ、ラシェット氏との間で意見が対立したからだ。だが結局CDU役員会が票決で、ラシェット党首を推すことを決めたため、ゼーダ―氏は連邦首相府の主となる野心を捨てた。

緑の党の支持率が上昇、保守党は下落

現在、どの政党も単独では議席の過半数を取れない。政界では、「緑の党抜きに連立政権を組むことは難しい」という意見が有力だ。緑の党は上昇気流に乗っている。世論調査機関のアレンスバッハ人口動態研究所が今年4月に公表した政党支持率調査の結果によると、緑の党の支持率は昨年4月には19%だったが、今年4月には4ポイント増えて23%になった。

逆にCDU・CSUの人気は、コロナ対策の混乱やマスク汚職などのために急落している。今年4月の同党への支持率は、昨年4月の38%から10ポイントも減って28%になった。一部の支持率調査では、緑の党が首位に立っている。4月26日にシュピーゲル誌が公表した世論調査では、緑の党への支持率は29%で、CDU・CSU(24%)を5ポイント上回った。

また民間放送局RTL・n-tvの世論調査では、「直接首相を選べるとしたら、誰を選びますか」という設問に対し、ベアボック氏を挙げた回答者は32%で、ラシェット氏(15%)、社会民主党(SPD)のオーラフ・ショルツ氏(15%)の2倍を超えた。この背景には、緑の党が予定通りの期日に首相候補を発表して「鉄の規律」を誇ったのに対し、CDU・CSUでは1週間以上ラシェット氏とゼーダ―氏が公の場で対立し、党内の足並みが乱れている印象を与えたという事実もある。

有権者は変革と安定のどちらを選ぶか

2005年以来、16年間にわたってメルケル政権を経験した市民の間では、「変革が必要だ」という意識が高まっている。昨年以来のパンデミックにより、デジタル化の遅れなど長期政権の「制度疲労」も露わになった。今後緑の党の支持率がさらに上昇し、CDU・CSUの凋落傾向に拍車がかかった場合、ドイツで初めて緑の党の首相が生まれる可能性もゼロではない。

ただしベアボック氏には、大臣はおろか地方自治体の首長を務めた経験すらない。統治に関する経験は、ラシェット氏の方が豊富である。NRW州議会選挙で、同氏は世論調査の支持率が低くても、有力な対立候補を負かすという粘り強さを見せたことがある。残り約5カ月間に、どのような展開があるかは分からない。誰がメルケル首相の後継者になるか、即断は禁物だ。

最終更新 Donnerstag, 06 Mai 2021 12:48
 

なぜ連邦政府の権限をコロナ禍で強化するのか?

4月13日に、メルケル政権はコロナ対策について連邦政府の権限を大幅に拡大するために、感染症防止法の改正案を閣議決定した。州の権限の一部を連邦政府に譲渡するこの決定は、連邦制の在り方にも大きな影響を与える。

13日、連邦議会議事堂前にはコロナ政策に抗議する人々が集まった。横断幕には「不安ではなく自由を」と書かれている13日、連邦議会議事堂前にはコロナ政策に抗議する人々が集まった。横断幕には「不安ではなく自由を」と書かれている

連邦政府が全国一律ロックダウンへ

感染症防止法によると、これまで商店の営業や学校の閉鎖などコロナ対策の細部を決めて実行する権限は州政府に与えられていた。だが「連邦政府による非常ブレーキ」と命名されたこの改正案が連邦議会と連邦参議院で可決されると、初めて連邦政府が全国一律の施策を命令できるようになる。

その際に重要な目安となるのは、直近1週間の住民10万人当たりの新規感染者数(Inzidenz、7日間指数)だ。特定の郡や市の7日間指数が100人を超える日が3日続いた場合、連邦政府は州政府に対してその地区で午後9時から午前5時まで外出を禁止するよう命令できる。また食料品店、スーパーマーケット、薬局、書店、花屋などを除く商店の営業は禁じられ、映画館、劇場、美術館なども閉鎖される。さらに、特定の郡や市の7日間指数が200人を超える日が3日続いた場合、連邦政府は学校や託児所の閉鎖を命じる。

本稿を執筆している4月14日の時点では、大半の郡や市で7日間指数が100人を超えているので、法案が連邦議会と連邦参議院で可決され改正法が施行され次第、大半の地域で一律のロックダウンが実施される。ただし、この改正法案は「パンデミックが続く期間に限って有効」とされ、現在のところ6月30日まで続くことになっている。

州の間でコロナ対策の足並みの乱れ

なぜメルケル政権はこのような厳しい措置に踏み切ったのか。これまでも7日間指数が上昇した際の非常ブレーキという措置は存在した。しかし感染症防止法によると、商店の営業などに関する細則の決定権が州政府に与えられていたため、一部の州政府は7日間指数が高くなっているのに、非常ブレーキを作動させていない。つまりドイツのコロナ対策は州ごとにバラバラの、パッチワーク状態となった。市民だけではなく政治家たちにとっても、どこでどのような規制措置が行われているかを把握するのが難しくなっていた。

メルケル首相は、州政府の間で足並みが乱れた状態に強い不満を抱いており、今回の感染症防止法改正を強く推し進めた。首相は「ウイルスの拡大状況は深刻であり、全国一律の非常ブレーキの導入は、もっと早く行うべきだった。各州が非常ブレーキについて、バラバラの解釈を行う時代は終わった。われわれは感染者数の急増に歯止めをかけて、医療現場で必死で働いている医師や看護師たちを支援しなくてはならない」と語っている。

英国に比べて深刻な感染状況

実際、新型コロナウイルスの感染拡大は続く一方だ。ロベルト・コッホ研究所によると、4月13日までの24時間の新規感染者数は1万810人に上り、294人が死亡した。時には新規感染者数が2万人を超える日もある。全国の7日間指数は141人となっているほか、パンデミックが昨年始まってからの累計死者数は7万8746人に達している。

しかも製薬会社のコロナワクチン生産が遅れていることなどにより、予防接種率も他国に比べて低い。ドイツでは4月13日までに市民の16.3%が1回、6.2%が2回予防接種を受けた。これに対し英国では4月12日までに市民の61.6%が1回、11.3%が2回予防接種を受けている。

この結果、英国の7日間指数は17人で、ドイツの8分の1となっている。24時間当たりの死者数は13人と、ドイツの23分の1だ(いずれも4月13日の数字)。コロナワクチンは1回打つだけでも、重症化・死亡のリスクを引き下げる。その意味で、ドイツなど欧州連合(EU)加盟国でのワクチンの遅れは、生死を左右する問題である。メルケル首相は、ワクチン接種が他国ほど迅速に進まないドイツでは、全国一律の非常ブレーキをかける以外に方法がないと考えたのだ。

「憲法との整合性に疑問」の批判も

だが今回の非常ブレーキに対する批判の声も強い。自由民主党(FDP)のクリスティアン・リントナー党首は、「メルケル政権の施策は疫学的な観点から効果があるのかどうかが不明である上に、予防接種を受けた市民への対応も欠けている。7日間指数だけで、市民の行動の自由を大幅に制限することは、憲法に照らして受け入れがたい」と述べている。

昨年3月にコロナパンデミックの第1波が発生した時には、ドイツは連邦制を採っているために各州が迅速に独自の対応を取ることができた。「フランスのように中央政府が強大な権力を持つ国とは異なり、ドイツでは州政府が機動的に感染防止策を取ったことが、死者数を低く抑えることにつながった」と指摘された。だが今年は真逆で、「16の州政府の足並みが乱れているために、コロナ対策が有効に機能しない」という批判が強まっている。コロナをめぐる連邦制に対する評価が、わずか1年で逆転したのは皮肉だ。

連邦政府は権力を集中させることで、本当に新規感染者数と死者数の増加に歯止めをかけることができるだろうか? 国民はメルケル政権の一挙手一投足を厳しく見守っている。

最終更新 Mittwoch, 21 April 2021 15:29
 

メルケル首相が前代未聞の謝罪会見

ドイツ政府のコロナ対策が迷走し、アンゲラ・メルケル首相の指導力が低下している。ワクチン投与の遅れなどについて市民の不満が高まり、メルケル首相が属する保守党の支持率が激減している。

3月24日、特別休日の取り消しを発表したメルケル首相3月24日、特別休日の取り消しを発表したメルケル首相

復活祭・特別休日をめぐる混乱

3月24日にメルケル首相が行った臨時記者会見は、政府の危機管理機能の低下を浮き彫りにした。首相は憔悴(しょうすい)した表情で「昨日われわれは、ウイルスの感染拡大に歯止めをかけるために、4月1日と3日を特別休日にすると発表した。しかし短い準備期間で新しい休日を導入することは不可能であり、さまざまな悪影響が出ると分かったため、決定を撤回する」と述べた。

なぜこのような事態が起きたのか。メルケル首相は22日午後2時に州首相たちとオンライン会議を始めた。首相は、約11時間に及ぶ議論の末、23日午前3時頃に、「4月の第1週に、2日間の特別休日を設定する」という施策を発表した。復活祭の祝日は毎年変わるが、今年は週末を挟む4月2日(金)と5日(月)が祝日だった。このためメルケル政権は1日(木)と3日(土)を特別休日にすることで、5日間にわたり市民の外出、他人との接触を大幅に減らそうとしたのだ。

しかし新たな休日の設定には、法律の改正が必要だ。メルケル首相たちは、10日足らずで法律を改正するのは不可能であることを見逃していた。彼らは深夜まで議論していたために、官僚たちと細部を詰めないまま、特別休日の導入を発表してしまった。

休日の導入は経済活動に大きな影響を及ぼす。企業経営者たちからは、強い反対の声が上がった。彼らは「休日を増やすと、売上高や収益が減る。4月1日を休日にすると、スーパーマーケットなどへの食料品の運送ができなくなる」と批判。ドイツの企業では休日労働は原則として禁止されている。社員を休日に働かせる場合、企業は特別手当を払わなくてはならない。

こうした批判を受けて、メルケル首相は前日の決定を急遽取り消した。首相は、「われわれは、休日導入がどのような影響を与えるかを十分に考えないまま、決定を行ってしまった。失敗の責任は、私1人だけにある。市民を困惑させたことについて、私は心から謝罪する」と述べた。ドイツが1949年に建国されて以来、連邦政府の首相が政策ミスを理由に謝罪したのは初めてだ。さらにメルケル政権は3月23日にカトリック教会・プロテスタント教会の指導者に対して、感染のリスクを減らすために、信者が教会に集まる形式での復活祭のミサを行わないよう要請していたが、教会から強い反発を受けたため、これも撤回した。

予防接種・簡易検査・休業補償支払いも遅れ

この失態が起きる前にも、すでに国民のメルケル政権への不満は高まっていた。ドイツのコロナワクチンの投与率は米国、英国、イスラエルなどに比べて大幅に低く、3月末の時点でも家庭医(ハウスアルツト)による予防接種が始まっていない。2月16日にイェンツ・シュパーン連邦保健相は、「3月1日以降全ての国民に無料で簡易抗原検査を実施する」という方針を発表したが、3月7日に「簡易検査を全国至る所で実施はできない」と述べ、発言を事実上撤回した。政府は昨年11月以降ロックダウンによって営業を禁止されているレストランや劇場などの経営者に休業補償を支払う方針を明らかにしたが、12月分の支払いが始まったのは、今年2月になってからだった。

さらに今年2月には、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の4人の議員が、民間企業のマスクを官庁に斡旋する見返りに多額の手数料を受け取っていた疑いが浮上し、検察庁が捜査を開始した。一部の議員たちがパンデミックを利用して私腹を肥やしていたことについて、市民の怒りが強まっている。

CDU・CSUの支持率が10ポイント減少

このため市民のCDU・CSUに対する見方は厳しさを増している。世論調査機関インフラテスト・ディマップの政党支持率調査によると、CDU・CSUへの支持率は、2015年にメルケル首相がシリアから多数の難民を受け入れて以来、20%台後半に落ち込んでいたが、昨年3月のコロナ・パンデミック第1波以降は、支持率が39%に急上昇した。ところが国民の間でコロナ対策への不満が強まり、CDU・CSUへの支持率は今年3月には29%に急落。昨年5月に比べると10ポイントもの減少だ。

アレンスバッハ研究所の世論調査結果によると、昨年4月に「政府のコロナ対策に満足している」と答えた市民の比率は75%だったが、今年3月には30%に激減した。「政府のロックダウンに伴う制限措置にはいらいらさせられる」と答えた人の比率は、41%から57%に増加している。こうした世論の動きを反映し、今年3月14日にバーデン=ヴュルテンベルク州とラインラント=プファルツ州で行われた州議会選挙では、CDUの得票率が過去最低の水準に落ち込んだ。

メルケル政権は、国民に対し予防接種と検査拡充がコロナ禍克服の決定打になるという希望を与えたが、今のところ、この約束を果たしていない。市民の間では、「他国に比べてドイツのコロナ対策は順調に行われている」という確信が日一日と薄れている。メルケル政権の政策が行き当たりばったりで整合性が取れていないことから、CDU・CSUは市民の信頼感を失った。この失望感は、今年秋の連邦議会選挙の結果にも影響を与えるだろう。われわれは、約16年間続いたメルケル時代の「落日」を目撃しつつある。

最終更新 Donnerstag, 08 April 2021 12:18
 

脱原子力決定から10年 日独の政策に大きな違い

メルケル政権が、日本の原子力災害を機にエネルギー政策を大転換して10年になる。ドイツ人たちは電力料金の上昇に頭を痛めながらもエネルギー転換を粛々と進め、来年末に最後の原発のスイッチを切る。

2011年3月26日にハンブルクの反原発デモの様子。事故直後、脱原発を求めるデモがドイツ各地で行われた2011年3月26日にハンブルクの反原発デモの様子。事故直後、脱原発を求めるデモがドイツ各地で行われた

メルケル首相が原子力批判派に「転向」

メルケル首相はもともと原子力推進派で、2010年10月には、電力業界や産業界の意向を受け入れて、原子炉の稼働年数を延長していた。だが翌年3月11日に東日本大震災が発生し、想定を上回る高さの津波が東京電力福島第一原発を襲った。炉心溶融、建屋の水素爆発によって放射性物質が外部に放出されるという、最悪レベルの原子炉事故となった。

メルケル首相は強い衝撃を受け、態度を180度変えて原子力批判派に転向した。首相は31年以上運転されていた7基の原子炉を直ちに停止させ、原子炉安全委員会に対し、国内の原子炉の緊急検査を命じた。同時に社会学者や哲学者から成る倫理委員会に対し、将来のエネルギー政策に関する提言を作成させた。

原子力発電の専門家たちは、「国内の発電所には十分な安全措置が講じられており、廃止の必要はない」と首相に報告した。これに対し倫理委員会は、「ドイツで万一原子炉の事故が起きた時の人的・物的損害は計り知れないので、原発を廃止して、再生可能エネルギーによって代替するべきだ」と提言した。

メルケル首相は原子力の専門家の意見ではなく倫理委員会の提言を尊重し、連邦議会に「2022年末までに原子力発電所を廃止する」という内容の法案を提出。連邦議会は2011年6月30日に、連邦参議院も7月8日に法案を可決した。つまりドイツ人たちは、福島の事故から4カ月足らずでエネルギー政策を転換し、原子力時代に終止符を打つことを決めたのだ。

「日本も原子炉事故を防げなかった」

メルケル首相は、2011年6月9日の演説で、原子力に対する自分の考え方は楽観的過ぎたと告白した。
「福島の事故は、全世界にとって強烈な一撃でした。この事故は私個人にとっても、強い衝撃を与えました。大災害に襲われた福島第一原発で、人々は事態がさらに悪化するのを防ぐために、海水を注入して原子炉を冷却しようとしていると聞いて、私は『日本ほど技術水準が高い国も、原子力のリスクを安全に制御することはできない』ということを理解しました」
「日本で起きたような大地震や巨大津波は、ドイツでは起こらないでしょう。しかしそのことは、問題の核心ではありません。福島の事故がわれわれに突きつけている最も重要な問題は、リスクの想定と、事故の確率分析をどの程度信頼できるのかという点です。なぜならば、これらの分析は、われわれ政治家がドイツにとってどのエネルギー源が安全で、価格が高すぎず、環境に対する悪影響が少ないかを判断するための基礎となるからです。私があえて強調したいことがあります。私は昨年(2010年)秋に発表した長期エネルギー戦略のなかで、原子炉の稼動年数を延長させました。しかし私は今日はっきりと申し上げます。福島の事故は原子力についての私の態度を変えたのです」

2022年末に原発全廃へ

ドイツはエネルギー転換を着実に進めている。この国では、福島の事故が起きる直前に17基の原子炉が使われていた。このうち11基がすでに廃止されており、残りの6基も来年末までに廃止される。メルケル政権は福島原発事故以降、再生可能エネルギーを振興する政策を加速した。2010年には同国の発電量に原子力が占める比率は22.4%、再生可能エネルギーは16.8%だったが、2020年には原子力の比率が11.3%とほぼ半減し、逆に再生可能エネルギーの比率が44.9%と大幅に増えた。

メルケル政権は、「2030年までにドイツで消費される電力の65%を再生可能エネルギーでカバーする」という目標を打ち出している。ドイツはエネルギーの非炭素化政策も並行して進めており、2038年までに褐炭・火力発電所も全廃する方針だ。

われわれ消費者は、毎年多額の再生可能エネルギー賦課金を払う。ドイツの電力料金は、欧州で最も高い部類に属する。だが脱原子力政策は、国民に強く支持されている。一昨年9月の世論調査によると、回答者の60%が「原子力発電所を予定通り2022年末までに全廃するべきだ」と答えた。「原子力の使用を続けるべきだ」と答えた人の比率(17%)を大幅に上回る。

日本政府は原子力を不可欠と判断

もちろん2023年1月1日以降、ドイツで使われる電力から、原発による電力が一掃されるわけではない。フランスでは電力の約70%を原発で作っているが、ドイツはフランスから電力を輸入しているからだ。欧州では毎日電力の輸出入が行われており、原発由来の電力を国境でストップさせることは不可能である。しかしフランス政府も、徐々に原発依存度を減らす方針だ。

日本政府は中長期的に、再生可能エネルギーだけではなく、原子力と高効率の石炭を使用する方針を変えていない。他国と陸続きのドイツとは異なり、日本は外国から電力を輸入することが難しいからだ。菅政権は、「原子力は温室効果ガス削減にも貢献する」と主張している。国民の健康と安全を重視して脱原子力に踏み切ったドイツ。エネルギー自給と経済性を重視する日本。大きく異なる日独のエネルギー政策は、今後両国にどのような未来をもたらすのだろうか。

最終更新 Donnerstag, 18 März 2021 10:19
 

ワクチンとロックダウンをめぐる激論

2月としては異様な暖かさとともに、コロナ禍の長いトンネルに微かな光明が見えてきた。ワクチンの有効性についての報道が目立ち始めた。

コロナワクチンを2回接種したことを証明する予防接種手帳コロナワクチンを2回接種したことを証明する予防接種手帳

他者への感染防止にも有効?

ハイテク大国イスラエルでは、ワクチンを2回受けた人の比率が2月24日の時点で35.5%と世界で最も高い。接種データを分析しているイスラエル保健省とファイザー・ビオンテック(FB)社は、「このワクチンはCovid-19による死亡を防ぐ上で99%有効であるほか、第3者への感染を防ぐ上でも89.4%の有効性がある模様だ」とする研究報告書を作成している。イスラエルの人口は約900万人と少ないので、データの収集・分析には適した国なのだ。

オックスフォード大学のデータバンク「Our World in Data」によると、ドイツでは2月24日までに181万人が2回予防接種を受けた。人口に対する比率は2.2%で、イスラエルや米国(5.8%)には及ばない。

一部の社のワクチンを「忌避」

その原因はメーカーの生産が間に合わないためだけではなく、国民の「好き嫌い」もある。ドイツでは誰でも無料でコロナワクチンの予防接種を受けられる。ただし、ワクチンの「銘柄」を選ぶことはできない。

この国で最も人気があるのは、FB社のワクチン。治験によると、感染防止効果は95%。次に人気なのが、米国モデルナ社のワクチンで有効性は94%。これに対しアストラゼネカ(AZ)社のワクチンは有効性が70%。欧州医薬品局は18歳以上に使用できるという条件で認可したが、ドイツ政府の常設予防接種委員会は、「治験が55歳までの市民にしか行われなかったので、データが十分ではない。このため接種対象は18〜64歳まで」という但し書きをつけて認可した。

2月23日までにドイツには3社から750万本のワクチンが供給された。このうちFB社の製品はほぼ全て投与され、モデルナ社の製品は約3分の1が使用された。これに対しAZ社のワクチンは、これまでに約140万本供給されたが、まだ約21万本(15%)しか使われておらず、85%が貯蔵されたままだ。

一つの理由は、AZ社のワクチンの副反応だ。ブラウンシュヴァイク市のエリザベート病院のカール・ディーター・ヘラー医長は、「2月18日、医師や看護師88人にAZ社のワクチンを投与したところ、37人が41度の発熱、悪寒、下痢、筋肉痛などを訴えて、翌日病院を休んだ。だが、翌週の月曜日には全員が回復して出勤した。後遺症が残った人はいない」と語っている。同病院では、多数の医療従事者が一度に休むと業務に支障が出るので、AZ社のワクチンを一度に多くの医師や看護師に打たないようにする方針だ。

一方、せっかく予防接種のアポイントメントが取れても、自分に投与される製品がAZ社製と分かるとキャンセルする人が多い。常設予防接種委員会のトーマス・メアテンス委員長は、「AZ社のワクチンの有効性が70%だからといって、役に立たないわけではない。このワクチンを打てば、万一新型コロナウイルスに感染しても、重症化したり死亡したりする危険は大幅に減る」と擁護している。

世界には、ワクチンが全く届いていない国が100カ国以上ある。そうしたなか、ドイツで約120万本のワクチンが使われずに余っているのは贅沢な話だ。ドイツ政府では、「イースター(4月上旬)が過ぎれば、この国ではワクチン不足は緩和されるだろう」と説明しているが、一部の市民の間に残るAZ社のワクチンに対する忌避は頭痛の種だろう。

イスラエル、予防接種証明書でロックダウンを部分緩和

予防接種が進むとともに、ロックダウンで疲弊する経済界からは「一刻も早い緩和を」という声が強まっている。ここでもベンチマーク(模範)になっているのが、イスラエルだ。同国は2回ワクチンを受けた人には、「グリーンパス」と呼ばれるデジタル予防接種証明書を交付し、レストランやフィットネスジム、劇場などへ行くことやホテルでの宿泊などを許可した。さらにギリシャとキプロスと協定を結び、予防接種証明書を持つ市民は、3月に空港が再開されれば旅行できるようにする。

連邦憲法裁判所の所長だったハンス・ユルゲン・パピーア氏も「2回予防接種を受けた人からの感染のリスクが極めて低いことが証明されれば、そうした人の権利を政令などで制限する法的根拠はなくなる。これはワクチンを受けた人に特権を与えることではなく、制限されていた市民権の回復だ」と語っている。

ホテル飲食業連合会のイングリット・ハルティゲス会長は、検査数の増加と組み合わせれば、予防接種はパンデミックとの闘いのなかで有効な手段になる。予防接種証明書が発行されれば、われわれはホテルや飲食店で客の証明書をチェックできる」と述べた。2回の予防接種後に旅行をしたり映画館、コンサートなどに行けるとすれば、特定の社のワクチンを忌避する人の数も減るかもしれない。

欧州連合(EU)加盟国の中ではギリシャが欧州委員会に対し、市民の旅行を可能にするために、予防接種証明書の発行を求めている。ドイツ政府はこれまでワクチンを受けた人に特権を与えることに慎重だったが、市民のロックダウンへの不満が高まるなか、春から夏にかけてこのテーマについての議論が進むかもしれない。

最終更新 Donnerstag, 04 März 2021 09:54
 

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