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独断時評


ドイツのEVシフト 補助金廃止で逆風

2月22日、記者会見に臨んだメルセデス・ベンツのオラ・ケレニウスCEO2月22日、記者会見に臨んだメルセデス・ベンツのオラ・ケレニウスCEO

ドイツのBEV(電池だけを使う電動車)シフトに陰りが見えてきた。一部のメーカーは、2030年以降も内燃機関の新車の販売を続ける方針を打ち出した。背景には、突然のBEV補助金廃止がある。

当面BEVと内燃機関の車を販売へ

メルセデス・ベンツのCEO(最高経営責任者)であるオラ・ケレニウス氏が2月22日に行った発言は、ドイツだけではなく世界中で注目された。同氏は「2030年以降も、BEVだけではなく、内燃機関の車も販売できるような柔軟な体制をとる。モビリティー転換の速度は、顧客と市場の条件が決める」と述べた。同社は「2030年以降は、できるだけBEVだけを売る」としていたこれまでの方針を変更したのだ。

彼はその理由を、「多くのユーザーは、まだBEVに変更する準備ができていないからだ」と説明した。同社の予測によると、2030年代の後半でもBEVとPHEV(プラグインハイブリッド車)の販売台数は、全体の50%前後にしか達しない。メルセデス・ベンツが2023年に販売した204万4000台の乗用車のうち、BEVは24万1000台(12%)にとどまった。ただし同社は「将来は完全なBEV化を目指す」という目標を堅持し、生産体制を整備していく。つまり、中長期的に商品ポートフォリオの中心をBEVにすることは間違いないが、当面は市場の様子を見ながら、内燃機関を使う車も販売するという方針を打ち出したのだ。

ドイツでは今年に入ってからBEVの売れ行きが低迷している。連邦自動車局(KBA)によると、2023年12月のBEVの新車の登録台数は5万4654台だったが、今年1月には59%も減って2万2474台に落ち込んだ。BEVの登録台数はガソリンエンジンを使う車(81万724台)に大きく水を開けられている。

購入補助金廃止の衝撃

BEVの売れ行き悪化の理由は、ショルツ政権が昨年12月に購入補助金を突然廃止したからである。引き金となったのは、連邦憲法裁判所が昨年11月にショルツ政権の過去の予算措置の一部について、違憲判決を言い渡したことだ。政府は2024年度予算の修正を迫られ、脱炭素化のための歳出の削減を余儀なくされた。白羽の矢が立ったのが、BEVだった。政府は2024年末まで購入補助金を出す予定だったが、事前の警告もなく廃止を約1年前倒しした。自動車業界からはこの措置について強い批判の声が上がった。

KBAによると、現在ドイツを走っているBEVの台数は、約145万台。同国で使われている乗用車の2.6%にすぎない。普及率が伸びない最大の理由は、価格の高さである。現在ドイツでは約150種類のBEVが売られているが、そのうち価格が3万ユーロ(480万円・1ユーロ=160円換算)未満の車は、3車種しかない。この国が深刻な景気後退に襲われている今、消費者が内燃機関の車を買うのは無理もない。

ドイツのメーカーが2万ユーロ(320万円)前後のBEVの新車を販売できるようになるのは、早くても2026年になると推定されている。BYDなど中国製のBEVメーカーは現在ドイツでの販売体制を整えている最中だ。さらに補助金の廃止で、市民の足はBEVから遠ざかる。ドイツ政府は2030年までに1500万台のBEVを普及させることを目指しているが、補助金廃止はこの目標に逆行する決定だ。

BEVの人気が低いもう一つの理由は、公共充電器の少なさだ。連邦系統規制庁によると、2023年末の時点で公共充電器は10万4236基。BEVの数が2020~2023年に4.7倍に増えたのに対し、充電器は2.6倍しか増えていない。2030年までに目標とする100万基設置を達成できるかどうかは未知数だ。

保守党が「内燃機関車の2035年禁止」撤回を要求

政治的な動きも気がかりだ。欧州連合(EU)は2035年以降、ガソリンやディーゼル・エンジンを使う新車の販売を禁止する方針だが、ドイツの野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は今年1月に採択した政策綱領の中で、この禁止措置の撤回を求めている。同党は現在支持率がトップで、来年の連邦議会選挙で勝利し、連立政権を率いると予想されている。自動車業界からは、「BEVだけで車の脱炭素化はできない。合成燃料(Eフュエル)やバイオ燃料を混焼させて、内燃機関の車を使い続けるべきだ」という声が出ている。CDU・CSUが所属する欧州議会の欧州人民党が、6月の欧州議会選挙へ向けて禁止措置の撤回を求めるかどうかが注目されている。

一方で、欧州最大の自動車メーカー・フォルクスワーゲン(VW)グループのオリバー・ブルーメCEOは3月13日、「欧州で2035年以降、内燃機関の新車を禁止する措置を覆そうという議論が行われているのは理解できない。わが社にとってBEVが未来の技術だ」と述べ、あくまでBEVシフトを貫く姿勢を強調した。また、欧州自動車工業会(ACEA)のルカ・デ・メオ会長は、1月13日付の独日刊紙で「欧州で12年以内にBEVが新車に占める比率を100%に引き上げるのは、政府の補助金なしには不可能だ」と語っている。さらにメオ会長は、「ただし世界は、BEVに向けて走り出している。もう後戻りはあり得ない」と述べた。

BEV化の速度が遅くなっても、欧州では中長期的にBEVが究極の目標であることに変わりはない。EUは2045年までにカーボンニュートラルを達成することを目指しているからだ。ただしBEVの比率が高まるまでは、当初の予想よりも長い時間がかかりそうだ。

最終更新 Mittwoch, 03 April 2024 10:58
 

ミュンヘン安保会議と「トランプ再選」という不安

2月17日、MSCで会談したショルツ首相とハリス米副大統領2月17日、MSCで会談したショルツ首相とハリス米副大統領

2月16~18日まで、ミュンヘンのホテル・バイリッシャーホーフで恒例の安全保障会議(MSC)が開かれた。今年で60回目を迎え、オーラフ・ショルツ独首相、国連のアントニオ・グテレス事務総長、米国のカマラ・ハリス副大統領、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領など多数の政治家、官僚が参加し、ウクライナ戦争やガザ戦争を中心に意見交換を行った。

苦戦するウクライナ軍

今年のMSCには、冒頭から悪いニュースが二つも飛び込んできた。ロシアの民主改革を求めていた反体制活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏が、北極圏の収容所で獄死した知らせと、ウクライナ軍がドネツク州のアウディーイウカという街をめぐる攻防戦でロシア軍の攻撃を支えきれず、撤退したというニュースだ。

ウクライナは2022年2月にロシア軍の首都キーウ攻略を防いだものの、戦争は膠こうちゃく着状態が続く。米国と欧州諸国の援助が滞っているために、ウクライナ軍は武器や弾薬などの不足に悩まされている。前線の兵士たちは、赤外線暗視装置や防寒具などが十分に国から支給されていないため、個人で購入したりボランティアからの寄付を募ったりしているほどだ。

MSCに参加したキーウのビタリ・クリチコ市長は、「(西側諸国が)武器や弾薬の供与を増やさなければ、あと5~6カ月しかもたない」と悲観的な見方を明らかにした。キール世界経済研究所のデータバンクによると、欧米などが2022年1月から今年1月までにウクライナに供与した援助額(軍事、経済、人道援助)の総額は2524億ユーロ(40兆円3840億円・1ユーロ=160円換算)に上る。そのうち兵器、弾薬などの軍事援助は1075億ユーロ(17兆2000億円)だが、前線では物資不足が深刻化している。

その典型的な例が155ミリ砲弾だ。ウクライナ軍は、1日約7000発の砲弾を消費する。このため昨年欧州連合(EU)は、ゼレンスキー政権に対し「2024年3月までに115万発の砲弾を供与する」と約束した。だがEUが実際に3月までに供与できる砲弾の数は、約50万発にとどまる模様だ。EU諸国は東西冷戦の終結後、防衛予算を年々削減していた。したがってドイツのラインメタルなどの兵器メーカーが生産量を増やすには時間がかかるのだ。EU諸国は今年末までに、155ミリ砲弾の年間生産量を140万発に増やす方針だ。

もちろんEU諸国も努力はしている。北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長によると、今年末までに、31の加盟国のうち18カ国が、「防衛予算が国内総生産(GDP)に占める比率を少なくとも2%にする」という目標を達成する見通しだ。ドイツの防衛予算の対GDP比率は昨年末の時点で約1.5%だったが、ショルツ首相が2022年4月に、連邦軍の増強のために1000億ユーロ(16兆円)の特別予算を組むことを発表し、米国のF35型戦闘機などを調達したため、2%ラインを突破する。

トランプ発言の衝撃

だがMSCに参加した欧州諸国の政治家・官僚たちの間には、ドナルド・トランプ前米大統領が今年秋の選挙で再選することへの強い不安感が漂っていた。同氏は今年2月の選挙演説で、「私が大統領になったら、NATO加盟国が防衛に十分に金を支出しない場合、その国を守らない。むしろロシアに対して、『やりたいことをどんどんやれ』と言うだろう」と発言した。最初の任期中にもNATOに対する懐疑心を抱き、米国をNATOから脱退させる可能性まで示唆したことがある。

ストルテンベルグ事務総長は、この発言について「欧州の安全保障を侵食するものだ」と強く批判した。トランプ氏の発言は、NATOの最も重要な機能である集団安全保障ルールに疑問を抱かせるからだ。北大西洋条約によると、ある加盟国が攻撃された場合、ほかの加盟国は自国への攻撃と同列に見なして、攻撃された国を援助したり、反撃したりする義務を負っている。トランプ氏が再選された場合、米国がこの原則を骨抜きにする危険がある。ウラジーミル・プーチン露大統領の思うつぼである。さらにトランプ氏は、「私が大統領になったら、ウクライナ戦争を短期間で終わらせる」とも語っている。彼はウクライナ政府に対して、「ロシアとの停戦交渉のテーブルに着かなければ、武器供与を停止する」と圧力をかける可能性がある。

ドイツの政治家からは、米国を100%信頼することは危険だとして、EUが独自の核兵器を持つべきだという意見が出ている。緑の党のヨシュカ・フィッシャー元外務大臣や、社会民主党のカタリーナ・バーレー欧州議会議員は、「EUはロシアへの抑止力を高めるために、米国だけに頼らずに独自の核戦力を持つことを検討するべきだ」と発言している。エマニュエル・マクロン仏大統領も、ドイツに対してフランスとの間で核兵器をシェアすることを提案している。だがショルツ政権は公式にこのオファーに回答していない。軍事関係者の間には、「ドイツはGDPの2%ではなく、米国同様に3.5%を防衛予算に充てることが必要になる」という見方もある。

ドイツは冷戦終結によって主権を回復し、「平和の配当」を最も多く受け取った国の一つである。だが、今後は産業、教育、芸術、文化などだけではなく、軍事にも多額の予算を注ぎ込み、ボリス・ピストリウス国防大臣が言うように「戦争ができる国」になることを求められる。特に米国が内向的な性格を強めていることは、欧州にとって大きな懸念の種である。「自分の国は自分で守らなくてはならない時代」の到来だ。

最終更新 Donnerstag, 29 Februar 2024 09:20
 

約90万人の市民が極右団体やAfDへの抗議デモ

多くのドイツ市民が、極右勢力や社会の右傾化に対抗するために立ち上がった。極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の党員も参加した会合で、外国人追放計画が協議されていたことが分かり、各地で多数の市民が抗議デモを繰り広げた。

1月21日、ベルリンの連邦議会議事堂前に集まったデモ参加者たち1月21日、ベルリンの連邦議会議事堂前に集まったデモ参加者たち

各地で数十万人がデモに参加

1月20日と21日、肌を刺す寒気のなか、「AfDを食い止めよう」、「全てのナチスは愚かだ」などと書いた手製のプラカードを持った市民たちが、ベルリン、ミュンヘン、ケルン、フランクフルト、ハンブルク、シュトゥットガルトなどで広場や道路を埋め尽くした。デモはドレスデン、マグデブルク、エアフルトなど旧東ドイツの街でも行われた。最も規模が大きかったのは、1月21日にベルリンのブランデンブルク門周辺で開かれた抗議集会で、警察発表によると10万人が参加。主催者は「35万人が集まった」と述べている。

連邦内務省の1月22日の発表によると、この2日間にデモに参加した市民の数は、91万600人に上る。その理由は、AfDの支持率が高まったり、反ユダヤ主義の動きが強まったりするなど、社会の右傾化傾向が強まっているからだ。デモ参加者からは、「今の雰囲気は、1930年代にナチスが権力を掌握する直前の雰囲気に似ている」という声すら聞かれた。

極右勢力の「外国人追放計画」

多くの市民の危機感を高め、抗議デモに駆り立てたのは、調査報道センター「コレクティーフ」が1月10日に公表したスクープ記事である。コレクティーフによると、昨年10月25日に、ポツダムのホテルで極右勢力の関係者らが、秘密会合を開いた。主催者は、デュッセルドルフの歯科医ゲルノ・メーリヒ。彼は1970年代に「国家に忠実な青年の同盟」という極右組織の指導者を務めたことがある。

特に問題とされているのは、極右勢力「アイデンティタリアン運動」に属するオーストリアのマルティン・ゼルナーが行った講演である。ゼルナーは、ドイツの文化や伝統を守るために、新しい法律を制定することによって、亡命申請者など数百万人の外国人を国外へ追放する「マスタープラン」について説明した。

ゼルナーは追放すべきグループとして、「亡命申請者」、「ドイツにとどまる権利を持っている外国人」と「ドイツに帰化したが、社会に適応しようとしない、元外国人」を挙げた。つまりドイツに帰化した外国人をも追放するべきだと主張したのだ。ゼルナーは、これらの外国人の行き先として、「北アフリカの国」を提案し、「この国ならば、200万人の外国人を送り込める」と語った。コレクティーフは、「ドイツ国籍を持つ者を肌の色や出身地で差別し、一部の市民を国外追放するという提案は、憲法違反だ」と批判している。

極右勢力が「Remigration」(逆移住)と呼ぶこの提案について、聴衆の間から抗議の声は上がらなかった。ある参加者の「どのように実行するのか」という質問に対し、ゼルナーは「新しい法律によって、追放するべき外国人、元外国人たちに社会に適応するよう圧力をかければよい。逆移住は、短期間では実現できないので、10年単位の時間をかけて行うべきだ」と語った。

この提案は、1940年にナチスがユダヤ人をマダガスカルに強制移住させようとした計画に似ている。ナチスはこれを実現できなかったため、約600万人のユダヤ人を強制収容所に送り込むなどして虐殺した。

コレクティーフによると、会議にはAfDのアリス・ヴァイデル共同党首の腹心・アドバイザーであるロラント・ハルトヴィヒなど、複数のAfD党員が参加していた。ザクセン=アンハルト州議会でAfD議員団を率いるウルリヒ・ジークムントもその場にいた。さらには、キリスト教民主同盟(CDU)の右派勢力「価値同盟」のメンバーであるジモーネ・バウムも参加。AfD党員らは、「私は個人として参加した。党を代表しての発言は一切行っていない」と弁解している。

与野党を問わず抗議デモを称賛

多くのドイツ市民はこの会合に複数のAfDの党員が参加していたことを知って、同党の危険さを理解し、抗議デモに参加した。オーラフ・ショルツ首相は1月20日にビデオ演説を公表し、「極右勢力は、われわれの民主社会の分断と攻撃を試みている。ドイツには約2000万人の外国人またはドイツに帰化した外国人が住んでいる。われわれは、彼らを守るために、社会の連帯を強め、極右勢力に対してはっきり『ノー』と言わなくてはならない」と国民に呼びかけた。首相は、外国人に対して「あなたたちは、ドイツに属している。われわれはあなたたちを必要としている」と強調した。

野党CDUのフリードリヒ・メルツ党首も、「この抗議デモは、ドイツの民主主義が活力を持っている証拠だ」と述べ、抗議行動に参加した市民たちを讃えた。彼は「AfDには、正真正銘の国家社会主義者(ナチス)もいる。しかしAfDに票を投じる市民が全員ナチスであるというわけではない。AfDは、現政権への市民の不満を悪用して、自党への支持率を増やしているのだ」と指摘。メルツ氏は、AfDを「事実上のナチス党」と呼んだノルトライン=ヴェストファーレン州のヘンドリク・ヴュスト首相とは一線を画した。

アレンスバッハ人口動態研究所が昨年12月前半に行った世論調査によると、AfDへの支持率は18%と、CDU・CSU(34%)に次いで第2位。9月にザクセン州など3州で行われる州議会選挙では、AfDが勝つ可能性が指摘されている。抗議デモの高まりが、AfDへの支持率にどう影響を与えるかが、注目される。

最終更新 Donnerstag, 01 Februar 2024 10:26
 

2024年のドイツを展望する

2023年は中東情勢が再び流動化するなど波乱の年だったが、2024年も同じように困難な年になりそうだ。特に、国内外で重要な選挙が目白押しだ。

昨年12月13日、2024年予算案に関する合意内容を発表するショルツ首相ら昨年12月13日、2024年予算案に関する合意内容を発表するショルツ首相ら

旧東独3州でAfDが勝利か?

ドイツで最も注目されるのが、旧東ドイツで行われる州議会選挙だ。9月1日にザクセン州とテューリンゲン州、9月22日にブランデンブルク州で投票が行われる。現在ドイツのための選択肢(AfD)の支持率は、旧東ドイツで首位もしくはキリスト教民主同盟(CDU)と並んでいる。昨年7月にはテューリンゲン州のゾンネベルク郡でAfD党員が全国で初めて郡長になったほか、12月にはザクセン州ピルナで、初のAfD市長が誕生した。

社会民主党(SPD)や緑の党に対する支持率が低落傾向にあるなか、AfDに対する支持は根強い。AfDは排外的姿勢が強く、ネオナチまがいの発言をする幹部もいる。このためザクセン州、テューリンゲン州、ザクセン=アンハルト州の憲法擁護庁は、これらの州のAfD支部を極右組織と断定した。それにもかかわらず、AfDがこれらの州で30%を超える支持率を得ている理由は、市民がショルツ政権の難民政策、経済政策、環境政策について、強い不満を抱いているからだ。

昨年12月に世論調査機関INSAが公表した政党支持率調査によると、AfDへの支持率は全国でもCDU・CSUに次いで第2位。ドイツ(特に西ドイツ)は、第二次世界大戦後、歴史教育の時間に生徒たちにナチスの犯罪について詳しく教えるなど、「過去との対決」の努力を真剣に続けてきた。そうした国ですら、AfDのような非民主主義的政党の人気が高まるのは、インターネット上で流布されるフェイクニュースと右派ポピュリズム的思想の結果だろうか。AfDへの高い支持率は、CDUの路線も徐々に右傾化させている。CDUは昨年12月に発表した政策綱領案の中で、移民を統合する文脈で用いられてきた「ドイツの指導的文化(Leitkultur)」という言葉を再び使い始めた。外国人であるわれわれ日本人にとっても、気になる傾向だ。

予算危機が市民の可処分所得を減らす

2024年に注目されるのは、連立与党が市民の信頼感を回復できるかどうかだ。昨年11月15日の違憲判決で、ショルツ政権の信用性は深く傷ついた。過去の予算措置について違憲判決が下され、600億ユーロ(9兆6000億円・1ユーロ=160円換算)が「無効化」されたのは前代未聞である。

ショルツ政権は昨年12月に、EV(電気自動車)購入補助金廃止の前倒しなどの歳出削減策や、農業従事者の税制上の優遇措置の廃止などを含む2024年予算案を公表し、混乱の収拾に努めた。だが自動車業界からは、補助金カットが1年前倒しされたことについて、「EV普及政策に逆行する決定だ」という強い批判が出ているほか、鉄鋼業界からは「歳出削減のために、電力の託送料金の上昇を抑制するための補助金55億ユーロがカットされ、産業用電力料金の負担が増える」として善処を求める声が上がっている。さらに自動車と暖房にかかる炭素税の2024年の上昇率が引き上げられたことも、庶民の懐具合を直撃する。

昨年ショルツ政権への支持率は、建物エネルギー法案をめぐる議論によって大きく下落した。ショルツ政権の「予算トリック」がもたらす負担増は、市民の不満感をさらに強める可能性がある。

ウクライナ危機の分かれ目の年

国際情勢も混沌としている。今年2月にはロシアのウクライナ侵攻が始まってから、丸2年になる。

ウクライナの将来にとって、今年11月5日に行われる米国大統領選挙は、決定的な意味を持つ。現在トランプ前大統領の共和党内での支持率はトップであり、同氏がホワイトハウスに返り咲く可能性はゼロではない。万一トランプ氏が再選された場合、米国の対ウクライナ軍事援助は大幅に減らされる可能性が強い。彼以外の共和党の政治家が大統領になっても、ウクライナへの援助をバイデン政権と同じレベルに保つことは難しい。トランプ勝利は、プーチン大統領にとって強力な追い風となる。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、「われわれは祖国だけではなく、欧州をも守っている」と主張する。確かに、万一ウクライナがロシアに占領された場合、プーチン大統領は味をしめて、モルダウ、バルト三国、ポーランドなどにも矛先を向ける危険がある。彼の究極の目標は、「偉大なロシアの復活」にあるからだ。

米国からの対ウクライナ支援が激減した場合、ドイツをはじめとする欧州諸国は、武器支援・財政支援を大幅に増やさなくてはならない。ショルツ政権が、2024年予算について「債務ブレーキ(国内総生産の0.35%を超える財政赤字を禁止する憲法上の規定)を適用するが、ウクライナ情勢がエスカレートした場合には、その限りではない」という例外を盛り込んだことに、ドイツ人たちの懸念が浮き彫りになっている。

昨年10月7日にハマスが大規模テロでイスラエル人約1200人を殺害したことから、イスラエル軍がガザ地区に猛烈な攻撃を加えている。パレスチナ側の死者は12月上旬に約1万7000人を超え、その3分の2が子どもと女性である。イスラエルを支持するドイツ政府も、ネタニヤフ政権に対し、市民の死傷者を抑える努力を強めるよう要求している。流された血は、新たな憎しみを生む。中東の戦乱は欧州でのテロの危険も高める。一刻も早く戦火が止むことを祈りたい。

最終更新 Donnerstag, 04 Januar 2024 13:33
 

違憲判決でエネ転換予算が600億ユーロ減額

ドイツ連邦憲法裁判所(BVerfG)が11月15日に下した違憲判決は、ショルツ政権だけでなく経済界、市民を驚かせた。再エネ拡大、電気自動車(EV)補助金などの経済グリーン化に大きな影響を与えそうだ。

11月15日、違憲判決を受けて記者会見で話すショルツ首相(中央)、ハーベック経済・気候保護相(左)、リントナー財務相(右)11月15日、違憲判決を受けて記者会見で話すショルツ首相(中央)、ハーベック経済・気候保護相(左)、リントナー財務相(右)

コロナ向け国債発行権の他目的への流用は違憲

この判決の中でBVerfG第二法廷のドリス・ケーニヒ裁判長は、「ショルツ政権がコロナ・パンデミック対策予算のうち余った600億ユーロ(9兆6000億円・1ユーロ=160円換算)の国債発行権を、無関係の特別予算『気候保護・エネルギー転換基金』(KTF)に流用したのは憲法違反。このため、ショルツ政権が2022年初めに成立させた2021年度の2回目の補正予算は無効だ」と述べた。

判決の背景にあるのは、憲法(基本法)第109条の財政規律ルール「債務ブレーキ」(Schuldenbremse)だ。2009年に連邦議会で可決されたこの制度によって、連邦政府は2016年以来、国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字を禁止されている。国の借金が将来の世代に過重な利払いなどの負担を残すことを禁じるためだ。この債務ブレーキが一因となって、ドイツは2014年以来6年間財政黒字を記録した。

だが2020年にはコロナ・パンデミック、2022年にはロシアのウクライナ侵攻という未曽有の事態が発生。憲法によると、自然災害や深刻な不況など政府がコントロールできない異常事態には、債務ブレーキの適用を一時的に停止することができる。このため連邦議会は、2020~2022年の3年間については、債務ブレーキを停止した。ドイツ政府は2020年3月、コロナ対策費用として、経済安定化基金(WSF)を創設し、2000億ユーロ(32兆円)の資金を借金(国債発行)によって追加的に調達できることになった。WSFは、過去にも使われた「特別予算」(Sondervermögen)で、通常の連邦予算の枠外に設定された。

2018~2021年までメルケル政権の財務大臣だったオーラフ・ショルツ氏は、21年12月に首相に就任した。同氏は、21年にコロナ対策に充てられる予定だったWSFの予算のうち、600億ユーロの国債発行権が使われずに残っていたことに気付いた。三党連立政権は、再エネ発電設備の増設や、産業界のエネルギー源の脱炭素化など、多額の資金を必要とするプロジェクトを実行する予定だった。そこでショルツ首相は22年前半に、21年度向けの2回目の補正予算を組み、余った600億ユーロの国債発行権を、経済グリーン化を主目的とするKTFに流用させた。さらに債務ブレーキの適用を免除した年度が終わった後にも、政府が追加的に国債を発行できるように規則を変更した。

BVerfGは、ショルツ政権がコロナ対策に充てるはずだった国債発行権を、経済のグリーン化という全く違う用途に流用する際に、その理由を十分に開示しなかったことや、債務ブレーキが免除された会計年度が終わっても、特別予算を理由にして新たな借金をできるようにした点を違憲と認定した。

600億ユーロの補ほてん填方法は不明

政府はKTFの600億ユーロでさまざまな助成措置を予定していた。判決が言い渡された直後、クリスティアン・リントナー財務大臣は原則としてKTFからの支払いを禁止した。KTFからの助成が予定されていたプロジェクトは、産業界の脱炭素化(230億ユーロ)、鉄道インフラの整備(125億ユーロ)、外国の半導体工場の誘致のための補助金(72億ユーロ)など多岐にわたる。11月21日には2023会計年度の全ての支払いも禁止した。現在政府と議会は2024年の予算を作成中だが、その作業も難航が予想される。

本稿を執筆している11月22日の時点では、事実上「消滅」した600億ユーロをどのように穴埋めするのか、どのプロジェクトが変更または中止になるのかは明らかにされていない。社会民主党(SPD)や緑の党からは増税を求める声があるが、自由民主党(FDP)は反対している。一方FDPは、長期失業者らへの援助金(生活保護)の削減などを要求しているが、緑の党は反対の立場だ。リントナー財務大臣は同23日午後、「23年についても緊急事態と見なし、債務ブレーキの適用を解除するよう、連邦議会に提案する」と発表した。

電力・天然ガス価格ブレーキにも飛び火?

CDU・CSUは、もう一つ違憲訴訟を準備している。ロシアのウクライナ侵攻が引き金となって電力価格・天然ガス価格が高騰したために、ショルツ政権は2023年1月1日から来年3月31日まで、市民や企業の負担に上限を設定した。この電力・天然ガス価格ブレーキにはこれまで310億ユーロ(4兆9600億円)が支出されたが、そのための予算もWSFの枠内で調達されている。CDU・CSUは「ショルツ政権がコロナ対策の国債発行権を、エネ価格抑制に流用したのも憲法違反」として訴訟を提起する予定だ。ハイデルベルク大学のクーベ教授は、「今回の判決により、WSFの国債発行権のうち1650億ユーロ(26兆4000億円)が使えなくなる可能性がある」と指摘している。

最悪の場合、電力・天然ガス価格ブレーキへの財源が足りなくなり、市民や企業の負担が増える可能性もある。ショルツ政権が重視するエネルギー転換が、予算不足のためにブレーキをかけられる危険もある。「欧州の病人」ドイツの肩には、インフレによる国内消費の冷え込み、GDPのマイナス成長に加えて、財政政策の未曽有の混乱というもう一つの重荷が加わった。

最終更新 Donnerstag, 30 November 2023 12:25
 

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