Hanacell
特集


本を借りるだけじゃない
市民の新たな憩いの場
ドイツの図書館ガイド

昨今、ドイツの図書館は来館者の居心地を良くする工夫がなされ、本の貸し出しにとどまらないさまざまな取り組みを行っているところが増えている。またドイツ各地には、伝統的な建物から美しいモダン建築まで、一度は訪れてみたい図書館が数多く存在する。本特集では、もっと気軽に図書館を利用したり、旅行で各地のすてきな図書館を巡ったりできるよう、ドイツの図書館の魅力をお届けする。(文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

図書館

ドイツの図書館の特徴は?

ドイツの図書館に足を運んでみると、日本の図書館との違いに驚くこともあるかもしれない。まずはどんな特徴があるのか、いくつかポイントを絞ってご紹介しよう。

参考:ドイツ図書館協会(Deutscher Bibliotheksverband e.V.)ホームページ、 伊藤白「<研究ノート>ドイツの図書館事情」

1 日本よりも図書館の数が多い

日本では国が運営する図書館は国立国会図書館のみだが、ドイツにはライプツィヒとフランクフルトにあるドイツ国立図書館、ベルリン国立図書館、バイエルン国立図書館と三つもある。さらに、ケルン・ボンに医学、ハノーファーに工学、キール・ハンブルクに経済学をそれぞれ扱う国家レベルの専門中央図書館が存在する。一般市民向けの公共図書館はおよそ1万館あり、日本(2022年時点で3305館)よりもはるかに多い。これは州や自治体の図書館だけではなく、キリスト教会がボランティアで運営する小規模の図書館が多いことが理由の一つだ。公立図書館のある自治体は全体の42%にとどまっており、過疎地域などでは教会母体の図書館が大きな役割を果たしている。

2年間利用料がかかる

日本には図書館法第17条により「図書館無料の原則」があるため、誰もが無料で本を借りることができる。一方ドイツでは入館や閲覧自体は無料でも、本を借りるのには利用料がかかる。利用料は自治体によって異なり、年間10~30ユーロほど。本やDVD・CDが借りられるだけなく、近年では電子書籍の貸し出しやeラーニングの利用など、さまざまなサービスを提供する図書館が増えている。ちなみに延滞料もあるため、返却し忘れにはご注意を。

3電子図書館サービスが充実

ドイツの公共図書館では早くから電子図書館サービスに力を入れており、現在国内3700以上の公共図書館で電子書籍のほか、音楽や映画などをオンライン上で借りることができる。コロナ禍では紙媒体の書籍の貸し出しが大幅に減ったが、電子書籍は増加傾向にあったという。さらに一部の図書館では、さまざまな分野のeラーニングコースが設けられており、市民に学習機会を提供している。

4公共図書館と学校が連携

ドイツでは日本のように学校に図書室を設置する義務がないため、十分な設備のある学校は全体の6%ほど。そうした背景からも、14~15歳までの年齢層が最も多く公共図書館を利用しており、絵本や児童書、ヤングアダルトコーナーに力を入れている図書館も多い。さらに子どもや学校向けにイベントを開催したり、コンピューターゲームを含むさまざまなメディアを扱ったりする図書館も増えている。また、2000年に実施された国際学力調査でドイツが下位だったいわゆる「PISAショック」により、学校と公共図書館の協力は必須となり、例えば図書館が学習スペースを充実させるきっかけにもなった。

5「みんなの居場所」を目指している

今日、ドイツの公共図書館の多くが「サードプレイス」(自宅や職場ではない居心地のよい場所)を目指して運営されている。特に新しい図書館を造ったり改築したりする場合、都市そのものやそこでの生活をより豊かにするために、美しい建物や魅力的な内装にするなど、これまでよりも図書館のコンセプトに注意が払われるようになった。また同じ建物内や周辺には、カフェやレストラン、展示室、セミナールームなどさまざまなサービス施設が集まっていることも多い。ドイツの図書館は、本来の機能にとどまらないオープンな場所としてその姿を変えつつある。

世界遺産から現代建築まで 一度は訪れてみたいドイツの図書館6選

あまり本を読まない……という人でもきっと行ってみたくなる、ドイツ各地の伝統的な図書館からコンセプトにこだわった図書館まで6カ所をピックアップ。ツアーやイベント開催のほか、カフェテリアが併設されている場所も多いので、気になったところにぜひ足を運んでみて。

ヴァイマール
Herzogin Anna Amalia Bibliothek
アンナ・アマーリア図書館

アンナ・アマーリア図書館

1750年から1850年にかけてのヨーロッパ文学・文化史に特化した図書館。同館の名称となっている1739年生まれのアンナ・アマーリア公爵夫人は、18歳でザクセン=ヴァイマール=アイゼナハ大公国の摂政となった人物だ。ヴァイマールが知的・文化的中心地として発展するための基礎を築いた公爵夫人は1761年、16世紀に建てられたルネサンス様式の3階建ての「プチ・シャトー・フランセ」を図書館に改築するよう、国営建築家に依頼した。1797~1832年までは文豪ゲーテが館長を務めていたことでも知られる。これらの背景からヴァイマール古典主義運動における文化的重要性を証明するものとして、ユネスコ世界遺産に登録された。建物の保存のため入場者数が制限されており、見学は要予約。

Platz der Demokratie 1, 99423 Weimar
火~日9:30-18:00 
入場料:大人8ユーロ
www.klassik-stiftung.de/herzogin-anna-amalia-bibliothek

ウルム
Kloster Wiblingen
ウィブリンゲン修道院

ウィブリンゲン修道院

ヴィブリンゲン修道院の図書館ホールは1740年から10年かけて建設された。装飾が施された人物像や天井に描かれたフレスコ画などが見事で、ロココ様式の傑作だ。壮麗な調度品を備えた図書室は、膨大な蔵書を保管するためだけでなく、賓客のための格調高いレセプションホールとしても使われていたという。図書館の門の上の碑文には「知恵と科学の全ての宝物がここにある」と刻まれており、当時のあらゆる知識と思想が手に入る重要な場所だったことを示している。最盛期の蔵書数は約1万5000冊。背表紙はそれぞれ白く塗られるか、淡い色の紙で覆われていた。これは内装と完璧に調和させることが目的だったが、おかげで高価な革装丁の費用を節約することができたという。

Schlossstr. 38, 89079 Ulm-Wiblingen
11~2月:土日祝13:00-17:00、3~10月:火~日10:00-17:00
入場料:大人5.5ユーロ
www.kloster-wiblingen.de

ミュンヘン
Juristische Bibliothek
法学図書館

法学図書館

1843年にミュンヘンに設立された法律図書館は、1906年にゲオルク・フォン・ ハウベリッサーが設計したマリエン広場に面した新市庁舎の閲覧室に移転した。現在は1万点あまりの書物を蔵書している。鍛造のアール・ヌーヴォー様式の螺旋階段と鉄の手すり、花と蔓で飾られた壁の燭台が美しく、高さ10メートルの天井まで続く棚に本が並べられた部屋は一見の価値あり。映画「小さな魔法使いと秘密の城 リトル・ウィッチ2」の舞台としても使用されている。事前の参加登録が必要だが、定期的に朗読会、講演会、討論会が開催されており、さまざまなイベント主催者にも高く評価されている。見学したい場合は、市役所のツアーに参加すると館内を見ることができるので、気になる人はチェックしてみよう。

Marienplatz 8, Zi. 367, 80331 München
月~金9:00-16:30
www.muenchner-stadtbibliothek.de/juristische-bibliothek-im-rathaus

ライプツィヒ
Deutsche Nationalbibliothek
ドイツ国立図書館

ドイツ国立図書館
ドイツ国立図書館
ドイツ国立図書館

前身となるのは、1912年に出版業界の中心地だったライプツィヒに設立されたドイツ図書館。東西分断時代に西側の国立図書館としてフランクフルトにもドイツ図書館ができ、再統一後に現在の2拠点からなるドイツ国立図書館となった。1913年以降にドイツや周辺国、ドイツ語で出版された文書、画像、音声の全てのメディアを収集し、アーカイブしている。国立図書館法では全ての出版物の原本をドイツ国立図書館に納めることが規定されており、何を隠そう、本誌「ドイツニュースダイジェスト」も毎号コレクションに追加されている。現在4630万点を超える出版物を所蔵し、世界でも最大規模を誇る。ライプツィヒの国立図書館はその長い歴史から4回にわたって拡張され、一番新しい建物(写真左上)は2011年に開館。定期的に無料ツアーが開催されている。

Deutscher Platz 1, 04103 Leipzig
月~金 9:00-22:00、土10:00-18:00
www.dnb.de

シュトゥットガルト
Stadtbibliothek Stuttgart
シュトゥットガルト市立図書館

シュトゥットガルト市立図書館
シュトゥットガルト市立図書館
シュトゥットガルト市立図書館

シュトゥットガルト市立図書館は、韓国人建築家のイ・ウンヨン氏によってデザインされ、世界で最も美しい図書館の一つといわれている。立方体の建物で吹き抜けからは4~8階までを見渡せ、壁から床、階段まで白一色に統一された内装が印象的だ。また、同図書館は早くから「革新的な学習の場としての図書館」をコンセプトに掲げ、インターネットとRFID技術(電波・電磁波によって情報を読み書きする)を導入した最初の図書館の一つだった。2011年に現在の建物に移ってからもデジタル教育の分野に力を入れ、そのコンセプトを貫いてきたことが評価されて、2013年に年間図書館大賞を受賞している。50万点を超えるメディアを貸し出しており、子ども向けワークショップなどをはじめとしたイベントも多く開催している。館内は自由に見学可能。

Mailänder Platz 1, 70173 Stuttgart
月~土 9:00-21:00
https://stadtbibliothek-stuttgart.de

ベルリン
Jacob-und-Wilhelm-Grimm-Zentrum
ヤーコプ・アンド・ヴィルヘルム・グリム・センター

ヤーコプ・アンド・ヴィルヘルム・グリム・センター
ヤーコプ・アンド・ヴィルヘルム・グリム・センター

グリム兄弟の名を冠した、ベルリンの名門フンボルト大学に属する中央図書館。市内に点在していた12の分館が一つに統合され、2009年に開館した。スイス人建築家のマックス・ダドラー氏による幾何学的なデザインで、建物中央にある格子状の吹き抜け空間は圧巻だ。日の光が差し込むガラスの天井からは青空を眺めることができ、階段状になったテラスには250席分の座席がある。シックな机やランプもダドラー氏のデザイン。建物全体にはさらに1250席分のワークスペースが完備されており、プレイルームや児童書を備えた親子エリアも。2009年には、建築賞の一つであるBDA Preis Berlinを受賞した。入館は自由で、一般公開されているおよそ150万点の所蔵物に誰もがアクセスできる。

Geschwister-Scholl-Straße 1/3, 10117 Berlin
月~金 9:00-22:00、土日10:00-20:00
www.ub.hu-berlin.de/de/standorte/jacob-und-wilhelm-grimm-zentrum

祝!年間図書館大賞2023 変わり続けるデュッセルドルフ中央図書館

「Bibliothek des Jahres」(年間図書館大賞)はドイツで唯一の図書館アワードだ。ドイツ図書館協会とドイツ・テレコム財団が主催し、模範的および革新的な図書館に贈られる。このたび、ドイツニュースダイジェストのオフィスからもほど近い「デュッセルドルフ中央図書館」が、年間図書館大賞2023を受賞。どんな点が評価されたのか、同館のカンプ館長とレシュナーさんに話を聞いた。

デュッセルドルフ中央図書館デュッセルドルフ中央図書館のDr. ノルベルト・カンプ館長(右)とマルティナ・レシュナーさん(左)

リニューアルして来館者が倍増!

デュッセルドルフ中央図書館は2021年11月6日、中央駅前の文化施設KAP1に新しいコンセプトのもとリニューアルオープンした。2フロアに分かれ、総面積はサッカーコート二つ分(8000平方メートル)だ。白に統一された本棚にはカテゴリが大きく表示され、棚の高さは大人の顔よりも低いため、館内を見渡せばどこにどんなジャンルの本があるのかすぐに分かるつくりになっている。さらに、ゆったりと勉強したり作業したりできるスペースがあらゆる場所に設置されており、若者の姿も多い。

「年間図書館大賞を受賞した理由はたくさんありますが、一番大きな理由は市民にとってサードプレイスとなっていることでしょう」と話すのは、同館のカンプ館長。リニューアルオープン前のデュッセルドルフ中央図書館は別の場所にあり、十分な数の座席もなく、カフェも併設されていなかった。さらに天井が低く全体的に暗い印象があり、決して居心地が良い場所とはいえなかったという。

図書館の移転に当たり、そうした背景を踏まえて、人々に焦点を当てたコンセプトが打ち出されることになる。レシュナーさんもコンセプトづくりを担当した一人だ。「私たちは本当に多くの時間を費やしました。来館者がさまざまなものを探したり何かをしたりできるよう、いろいろなアイデアを出し合って」。そうして出されたアイデアが形となり、新しい図書館には600に上る座席を設置。ほかにも個別学習ボックス、VRや3Dプリンターなどのデジタル技術を試せる工房、楽器の演奏や録音できる音楽室など、図書館の域を超えた場所づくりが実現した。

そんな新しい図書館体験ができる場所として評価されたデュッセルドルフ中央図書館は、2023年に年間図書館大賞を見事受賞した。旧図書館時代と比較して、来館者数はなんと2倍に。今年に入ってからも2週間弱でおよそ400人の新規利用登録があり、来館者数は増え続けているという。

デュッセルドルフ中央図書館若者の意見も取り入れながらデザインされたヤングアダルトコーナー

市民の望みをかなえる場所に

デュッセルドルフ中央図書館は、誰もがいつでも自由に出入りできるオープンライブラリーをうたっている。平日は夜21時まで開館。図書館員が不在の時間帯もあるが、自動貸し出しやオンライン図書館サービスなどは24時間利用できる。さらに、ドイツではまだ珍しい日曜も開いている図書館であることは特筆すべきだろう。日曜の開館時間は13~18時の5時間だけだが、子ども連れのファミリー層が多く来館し、1時間当たりの来館者数は1週間のうちトップだという。市民にとって週末に過ごせる新たな居場所となったことも、年間図書館大賞で評価された点だ。

デュッセルドルフ中央図書館3Dプリンターは事前講習を受けると使用できる

また、多数のイベントや会合が開催されており、年齢、職業、社会的背景などにかかわらず、多くの人にとって出会いの場ともなっている。例えば、多言語による読み聞かせの会、日本語とドイツ語を話す練習ができるドイツ語・日本語ラウンジなども定期開催しているので、ドイツ語を勉強中という人にもぴったりだ。

そんなデュッセルドルフ中央図書館が最も大切にしていることをお二人に聞いてみると、「常に変わり続けること」という答えが返ってきた。来館者が何を望むのか、何が必要か、何が親しみやすいのかを考え、それに合わせて図書館が変わっていく必要があるという。先の日曜開館もその一環だといい、「2024年の新たな取り組みとしては、日曜のイベント開催を予定しています」とカンプ館長は意気込む。週末にいかに魅力的な機会を市民に提供できるのかは、今後の課題の一つとなっている。

デュッセルドルフ中央図書館絵本・児童書コーナーには想像力をかき立てる遊具も

年間図書館大賞を受賞して、同館へはほかの地域の図書館からの問い合わせや視察も増えたという。これからもドイツの図書館は切磋琢磨しながら、より面白くより居心地の良い場所へと少しずつ姿を変えていくことだろう。

Zentralbibliothek der Stadtbüchereien Düsseldorf
デュッセルドルフ中央図書館
Konrad-Adenauer-Platz 1, 40210 Düsseldorf
月~金9:00-21:00、土9:00-18:00、日13:00-18:00
※毎週土曜11:00に無料ツアーを開催
www.duesseldorf.de/stadtbuechereien/bibliotheken/zentralbibliothek

最終更新 Mittwoch, 07 Februar 2024 10:16
 

ベルリン国際映画祭:ベルリナーレを楽しむための3STEP

2024年2月15日(木)~2月25日(日) ベルリナーレを楽しむための3STEP

11日間のベルリン国際映画祭(ベルリナーレ)で上映される作品数は、新旧作合わせて約400本。注目の作品はもちろん、自分の興味に合った映画を鑑賞できるかどうかは、実は事前準備にかかっている。最後に、実際ベルリナーレに行ってみたいという方のために、映画祭を楽しむヒントを伝授する。

公式ウェブサイト:www.berlinale.de
開催期間:2024年2月15日(木)~2月25日(日)

Step 1観たい作品をリストアップ プログラムをチェックする

チケット購入前にどの作品を観たいか、必ずチェックしよう。おすすめは公式アプリ。ウェブサイトと同様に上映作品を部門や国などジャンル別に検索でき、気になる作品にチェックを入れると一覧となってタイムテーブルが表示される仕組みになっている。観たい作品の上映時間が被っていたり、会場間の移動に時間がかかることもあるため、スケジュール確認は重要。うまくスケジュールを組めば、1日に数本鑑賞できる。チケットが売り切れる場合もあるため、第2希望以降の作品も候補に残しておくのがベター。

プログラム公開日:2024年2月6日(火)

Step 2取れるかどうかは運次第!? チケットを購入する

会期3日前から販売開始されるチケットのために、PC前でスタンバイするのはベルリナーレの醍醐味。チケット数に余裕がある場合、各会場で当日券の販売もある(原則上映30分前から)が、確実に観たい作品や人気作品の場合はチケットの事前購入が必須だ。ここでは、ちょっと複雑なベルリナーレのチケット入手方法を解説する。
参考:https://www.berlinale.de/de/programm/ticket-info.html

チケット発売開始日:2024年2月12日(月)10:00

チケット購入ルール

  • チケットの値段は11~18ユーロで、部門によって異なる
  • チケットの販売はオンラインのみ
  • 1度に購入できるチケット枚数は、1人2枚まで(ジェネレーション部門は1人4枚まで)
  • 各作品の上映3日前から購入可。例えば、土のチケットは水から販売される(ただし、下記に例外あり)
  • 2月26日(日)のパブリックデーで上映されるプログラムは、2月12日(月)から毎日購入可

Step 3座席は早い者勝ち! 作品を観に行く

上映会場は基本的に完全入れ替え制の自由席。大きな会場では列ができるため、スクリーンが見やすい席を確保したい場合は早めに会場に向かうと安心だ。作品によっては、監督や出演者によるアフタートーク付きの場合も。ここまで来たら、あとはゆっくりと映画の世界を堪能して!

そのほかのTIPS

● 宿はできるだけ早めに確保しよう
映画祭期間中は宿泊代が値上がりし、立地のいい場所はすぐに予約で埋まってしまう。宿を先に押さえておくのがベター。ただし、滞在期間中に観たい作品が上映されるとは限らないので、これも運次第だ。

● パンフレットを手に入れよう
プログラムが出揃うと、街中で無料パンフレットの配布が開始される。部門ごとの作品紹介(英独)や11日間のタイムスケジュールを一覧で見られるので、ぜひ手に入れたい。記念に持ち帰るのもおすすめ。

● お土産はオリジナルグッズで決まり!
毎年デザインの違うオリジナルグッズの販売も。特にバッグは人気で、期間中それを持って会場間を移動する鑑賞者をよく見かける。販売場所はPotsdamer Platz Arkadenのほか、オンラインショップでも購入可。

最終更新 Donnerstag, 01 Februar 2024 09:15
 

ベルリン国際映画祭70年史 社会とともに歩み続けるベルリナーレ

ベルリン国際映画祭70年史 社会とともに歩み続けるベルリナーレ

ベルリナーレ

2024年で第74回を迎える、ベルリン国際映画祭(ベルリナーレ)。社会派の作品が多く集まることで知られるこの映画祭では、これまでドイツや世界が直面する問題をさまざまな視点で切り取り、社会に対して問いを投げかけてきた。映画という「社会の鏡」を通して、私たちは未来に何を見出すことができるだろうか?ベルリナーレ74年の歩みを歴史とともに振り返ってみよう。(Text:編集部)

ベルリン国際映画祭とは?

カンヌ国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭と並ぶ世界三大映画祭の1つ。例年2月の開催で、来場者数は50万人、上映本数は400本にも上る。愛称は「ベルリナーレ(Berlinale)」。コンペティション部門では、最高賞である「金熊賞(Goldener Bär)」を狙う作品が世界中から集められる。金熊賞のほかにも、監督や俳優、短編映画に贈られる「銀熊賞」、観客の投票によって選ばれる「観客賞」、LGBTをテーマにした優秀作品への「テディ賞」などがそれぞれ選ばれる。また、コンペティション部門には入らなかった優れた作品を上映するパノラマ部門や、若手監督作を多く上映するフォーラム部門など、多彩なプログラムが魅力だ。

主な部門

コンペティション部門 Competition
毎年約20作品が選ばれ、その年の最優秀作品に「金熊賞」が贈られる。

フォーラム部門 Forum
さまざまなジャンルから選ばれ、実験的な作品などもこれに含まれる。

パノラマ部門 Panorama
現代社会を映し出すような、少し変わった視点から描かれた作品が選ばれる。

ジェネレーション部門 Generation KPlus
(子ども向け)と14plus(ティーン向け)があり、若者に焦点を当てた作品を選出。

ベルリナーレの歴史

黒字は世界で起こった社会的出来事

1950

ベルリナーレの準備が始まる

1951

初めてベルリナーレが開催される

1955

ベトナム戦争開戦 / アジア・アフリカ会議

1956

国際映画祭として認められる

1961

アントニオーニが「夜」(イタリア・フランス / 1961)で金熊賞受賞

1961

ベルリンの壁建設

1963

カウンター映画祭が実施される

1965

ゴダールが「アルファヴィル」(フランス / 1965)で金熊賞受賞

1968

「プラハの春」

1970

「o.k.」(西ドイツ / 1970)がスキャンダルに

1970

ブラント独首相がワルシャワで跪く

1971

ヤング・フォーラム部門がつくられる

1974

ソ連作品が公式プログラムとして初上映される

1986

チェルノブイリ原発事故

1987

テディ賞がつくられる

1989

ベルリンの壁崩壊

1990

東西ベルリンで初開催される

1991

ソ連崩壊

1998

コソボ紛争勃発

1999

コソボ紛争終戦

2001

米国同時多発テロ

2003

米イラク戦争開戦

2011

イラク戦争終戦

2015

難民危機

2016

「海は燃えている~イタリア最南端の小さな島」(イタリア / 2015)が金熊賞受賞

2017

トランプ米大統領が誕生 / #MeTooムーブメントが盛り上がる

2019

「男女同比率に関する誓約書」に批准

「自由世界のショーケース」
政治的な国際映画祭の誕生

ベルリナーレの構想は、第二次世界大戦が終戦して間もない1950年に始まる。当時のベルリンでは戦後復興は始まっていたものの、街にはまだ戦時中の瓦礫が残り、芸術文化が花開いた1920年代の生き生きとした雰囲気には程遠かった。そんななか、ドイツに駐留する米軍の映画担当の士官だったオスカー・マーティを中心に、ベルリン市民のための映画祭の準備が進められた。そして1951年6月、アルフレッド・ヒッチコック監督の「レベッカ」(米国/1940)をオープニング作品に迎え、第1回ベルリナーレが開催される。また同時にベルリナーレは声明を発表し、西ベルリンが冷戦の前線都市として「Schaufenster der freien Welt(自由世界のショーケース)」を目指すことを明言。すでにベルリナーレには政治はつきものだったのである。

第1回目のベルリナーレのポスター記念すべき第1回目のベルリナーレのポスター(1951年)

米国に支援されていたことから、初期のベルリナーレはハリウッド色が強く、当時米国で活躍していた映画スターもゲストとして多数招かれていた。1956年には国際映画祭として認められ 3、初めて国際審査員を迎えることになり、いよいよコンペティションの場として世界から注目を浴びるようになる。1959年には53カ国から参加があり、60年代にはフランスのジャン=リュック・ゴダール監督やイタリアのミケランジェロ・アントニオーニ監督が最優秀賞である金熊賞を受賞する 4 6など、米国の映画産業以外にも光が当たるようになっていく。ベルリナーレは徐々に国際映画祭としての地位を確立していくが、冷戦の真っただ中で、まだ西側諸国だけで完結していたのだった。

東西ベルリンの境界に立てられた映画祭のポスター東西ベルリンの境界に立てられた映画祭のポスター

ピンチをチャンスに?
冷戦を越えた映画祭への成長

1960年代後半の欧米諸国では、冷戦による世界の二極化やベトナム戦争の泥沼化によって大規模な反体制運動が加速していく。映画批評家のウルリッヒ・グレゴールをはじめとする西ベルリンの若手映画人たちは、当時ハリウッドなどの西側商業映画が主流であったベルリナーレに対抗し、1963年からベルリナーレの開催時期に合わせてカウンターパートの映画祭を実施。前衛映画や社会批判の要素が強い映画を積極的に紹介していた。

そして1970年に事件は起きた。コンペティション部門に選出されたドイツ人監督ミヒャエル・ヘルホーファンの映画「O.K」(ドイツ/1970)で、ベトナム戦争で実際に起きた事件が描かれていたことから、当時の米国人審査委員長が「反米映画だ」と抗議したのだ 7。結果として、映画祭が終わる2日前に審査員たちが辞任し、それに抗議する若者たちが映画館を占拠。設立以来のコンセプト「自由世界のショーケース」は、危機を迎えることになった。

この事態に対し、当時のベルリン文化相ヴェルナー・シュタイン(社会民主党・SPD)は、グレゴールたちによるカウンター映画祭をベルリナーレに組み込むことを提案。翌年には、ヤング・フォーラム部門(Internationale Forum des Jungen Films)がベルリナーレの公式プログラムの1つに採用された。この部門はヴィリー・ブラント首相(SPD)が展開していた東方外交政策の波に乗り、1974年には初めてソビエト連邦の映画が公式プログラムとして上映。以降も社会主義諸国の優良な映画を積極的に取り上げるなど、「冷戦の壁を越えた国際映画祭」としての基盤を強固にしていった。

ベルリナーレ例年6月開催だったが、1978年からは2月開催に

ベルリナーレ1980年のポスター

人々を隔てる「壁」へのベルリナーレの応答

1989年、ベルリンの壁崩壊当日、ベルリナーレのディレクターだったモーリッツ・デ・ハーデルンが、東ドイツのホルスト・ペーネルト文化大臣に早速手紙を送った。次のベルリナーレで東ベルリンでも作品を上映することや予算を割くように提案したのだった。そして翌年、第40回ベルリナーレが東西ベルリンで開催。東西間の移動が自由になり、東ドイツ作品が賞を受賞するなど、2つの都市が再び1つとなったことを象徴する出来事となった。

2000年のポスター2000年のポスター

それから25年後の2015年、大量の難民がドイツへ流入。最初は快く受け入れるが、やがて欧州各地の国境沿いに有刺鉄線が張り巡らされた。この新たな「壁」はベルリン市民に衝撃を与え、翌年の第66回ベルリナーレでは難民をテーマとする作品が多数選出されることに。そして金熊賞は、地中海を渡る難民たちを描いた「海は燃えている~イタリア最南端の小さな島」(イタリア/2015)に贈られた。

翌年の第67回ベルリナーレは、トランプ米大統領の誕生直後に開催。同氏がメキシコとの国境に「壁」を造ると宣言していたため、審査委員でメキシコ人のディエゴ・ルナは「壁を崩壊させるための方法を学びにここに来た」とコメント。また、昨年までディレクターを務めたディーター・コスリックは「Mit Vielfalt gegen die Einfalt(多様性で画一性に立ち向かおう)」というテーマを掲げ、過度なナショナリズムに対抗する姿勢を見せた。近年いわゆる主要国以外の国の作品に各賞が贈られる傾向にあるが、この年もハンガリーの作品が金熊賞を受賞するなど、より国際色豊かな映画祭となった。

トルコ系ドイツ人監督のファティ・アキン2004年に金熊賞を受賞したトルコ系ドイツ人監督のファティ・アキン

社会の多様な声に耳を傾け続けること

ベルリナーレは74年の歴史のなかで、これまで社会的に構築された差別(性別、民族性、出生地域、年齢、障がい、性的アイデンティティ、宗教などの理由)によって疎外されてきた人々の視点や、彼らの生活を照らし出すことに力を注いできた。LGBTQをテーマにした作品に贈る世界初の賞として1987年に「テディ賞」が設立されたほか、2013年からは先住民族出身の映画監督作品を紹介するプログラムも継続中だ。

ベルリナーレ1987年、テディ賞がつくられる

また、2017年ごろから広まった「♯MeToo」と呼ばれる世界的なムーブメントによって欧米の映画業界での男女格差が注目されるなか、ベルリナーレは2019年 に「男女同比率に関する誓約書」に批准。誓約書には映画祭内での男女の割合を同率にするという内容が盛り込まれており、この年のベルリナーレでは約400本のうち半数、コンペ部門では17本中7本が女性監督作品で、審査員の半数以上を女性が務めた。「女性監督作品だからではなく、素晴らしい作品だから選ばれた」というコスリックの言葉がその通りである一方、ある程度意図的に女性比率を引き上げることは、既存の男性中心的な価値観を揺さぶることにもつながると言えるだろう。

また2020年からの新ディレクターは、カルロ・シャトリアンとマリエッタ・リッセンベークが務める。男女1名ずつの共同ディレクター体制という新たな試みに加え、三大映画祭のトップ職を女性が担うのは史上初。今後のベルリナーレがどのように映画界や社会に「問題提起」を続けていくのか、さらに注目度が高まっていくだろう。

2014年、黒木華が銀熊賞を受賞2014年には映画「小さいおうち」で日本人俳優の黒木華が銀熊賞を受賞

2019年のアワード審査員2019年のアワード審査員を務めた6人

2019年のアワード審査員2020年のポスターは、70周年を記念したデザイン

最終更新 Donnerstag, 01 Februar 2024 09:14
 

パリ五輪 - 100年ぶり3度目の五輪に湧く「花の都」 PARIS 2024

100年ぶり3度目の五輪に湧く「花の都」PARIS 2024

オリンピック 2024年7月26日(金)〜8月11日(日)
パラリンピック 2024年8月28日(水)〜9月8日(日)

パリ五輪 PARIS 2024

2024年にフランスの首都パリで開催されるオリンピック・パラリンピック。パリ中心部を彩る数々のモニュメントが競技場に変身するほか、大会を通したサステナブルな取り組みなどでも話題を集めている。今号では、そんなオリンピックに沸く「パリ」を大特集! パリ2024の大会コンセプトや注目ポイント、開会式について解説する。(文:英国・ドイツニュースダイジェスト編集部)

参考:Paris2024 公式ウェブサイト、IOC 公式ウェブサイト、公益財団法人日本オリンピック委員会ウェブサイト、フランス24

歴史を通して考える パリ2024のあるべき姿とは?

今日のオリンピックは、フランスの教育者ピエール・ド・クーベルタン男爵によって1896年に開催された、第1回アテネ大会に始まる。各国が覇権を争う帝国主義の時代に、クーベルタンはスポーツを通して国際交流を促し、世界平和に貢献することを目指した。その第2回目となるパリ1900では、女性が初めて選手として参加(しかしクーベルタン自身は、女性の参加に対して否定的であった)。またパリ1924では「選手村」が初めて建設されるなど、過去2回のパリ大会がオリンピック史に与えた影響は大きい。

そして今年迎える、100年ぶり3度目のパリ2024。世論調査ではフランス市民のオリンピック支持率が70%以上と、広く支持されている。さらにパリ1924で使用された施設「スタッド・イヴ・ドゥ・マノワール」が、パリ2024ではホッケーの試合会場となるなど、100年前と現在が交差する瞬間も垣間見えるだろう。

一方で、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、パリ2024ではロシアとベラルーシを除外するという。両国の選手に対しては、国を代表しない「中立」の立場の個人資格での参加を認めるが、両国の国旗や国歌の使用は許さず、政府関係者も招待しないという決断に至った。

二度の世界大戦による中断や、東西冷戦によるボイコット、コロナ禍による東京五輪の延期など、オリンピックはいつの時代も社会情勢に翻弄され、そのたびに「あるべき姿」を問われてきた。そんななか、パリ2024ではどのような未来を描き出すのか、次ページではその数々の取り組みをご紹介する。

エッフェル塔とフランス国旗2021年8月9日に行われた東京大会からパリ大会への引き継ぎセレモニー

オリンピック史上初の試みも PARIS 2024の7つの魅力

国際的なスポーツの祭典であるだけでなく、開催地のさまざまな魅力を盛り込むのがオリンピックの特徴。世界有数の観光地でもあるパリ2024ではどのような仕掛けが組み込まれるのだろうか。今日の世相をも反映した本大会の魅力を7つ紹介する。

近年の世相を反映 1. 多様性と平等を強調

今大会のコンセプトは「広く開かれた大会」(Games wide open)。「祭典」(Celebration)、「遺産」(Legacy)、「全員参加」(Engagement)という三つの柱を据え、一般市民も数々のイベントに参加できるこれでにないモデルとなる。特筆すべきは、各所にうかがえる平等と多様性の精神だ。大会のロゴは、フランスを象徴する女性像「マリアンヌ」の唇と輪郭に、金メダルと聖火を織り交ぜており、大会史上初めてオリンピック・パラリンピック共通で使用。マスコットはフランスで自由の象徴である伝統的なフリジア帽を元にデザインされた「オリンピック・フリージュ」と、義足を付けた「パラリンピック・フリージュ」で、男女の性別を明確に設けないものになった。

また、今大会は出場選手が男女それぞれ5250人と、史上初めて同数である。パリ1900から女性が競技に参加できるようになったが、当時の女子選手はたったの22人。全体に占める女子選手の割合は2.2%だった。現在、参加選手の中には、出産というライフイベントを経た女性も多数いる。復帰までに多大な努力を重ね、今回の出場権を勝ち取った選手にも注目したい。

パリオリンピックのマスコットオリンピック・フリージュとパラリンピック・フリージュ

スポーツと観光地のコラボ!2. パリの名所が競技場に変身

多くの人々を魅了する歴史的文化遺産が現存するパリ。パリを訪れたことがない人でも聞いたことのある、アイコニックな場所も競技会場として活用される。

シャンゼリゼ通り東部に位置し、国家的祝典の場としてたびたび使われてきたコンコルド広場はBMXフリースタイル、スケートボード、ブレイキン、3×3バスケットボールなど、アーバンスポーツ競技の会場に。ビーチバレーボール競技はエッフェル塔のそばの野外スタジアムで行われる。また、総距離男子273キロ、女子158キロを走る自転車競技のロードレースではパリの一部の地域も走行。ルーヴル美術館のピラミッドやオペラ座、モンマルトルの丘なども通過する。さらにヴェルサイユ宮殿では馬術競技が、アンヴァリッドではアーチェリーが行われる。

一方、屋内施設では、1900年のパリ万国博覧会のために建設されたグラン・パレでフェンシング、テコンドー競技を開催。北西部のエッフェル塔と南東部の軍事訓練用複合施設、エコール・ミリテールの間にあるシャン・ド・マルス公園に建設されたアリーナでは、柔道とレスリング競技が行われる。

ビーチバレーボール会場となるエッフェル塔の野外スタジアムビーチバレーボール会場となるエッフェル塔の野外スタジアム

日本も強豪国になりえる3. 新たに4競技が追加種目に決定

オリンピックは32競技329種目、パラリンピックは22競技549種目が実施される。パリ大会では東京2020で採用されたサーフィン、スケートボード、スポーツクライミング競技が継続して行われ、ブレイキン(ブレイクダンス)が初採用。計4競技計12種目が追加となる。

アーバンスポーツの一つとして注目を集めるブレイキンは、即興で作るダンスを交互に披露する1対1のダンスバトル。パリ大会には男女各16人が出場し、メダル獲得を目指す。これまでの世界大会では、身体的クオリティー(ボディ)、芸術的クオリティー(マインド)、解釈的クオリティー(ソウル)の三つのポイントを評価するトリビュームシステムを導入していたが、パリ大会ではこれらのシステムを元に、音楽性、独創性など五つのカテゴリからなる新たな評価法が採用される。

ちなみに日本勢は東京2020でメダルラッシュが相次いだスケートボードなど、五輪のアーバンスポーツ競技で優れた成績を残してきた。ブレイキンでもすでにトップクラスの選手がいる強豪国として知られており、複数のメダル獲得に期待がかかる。

オリンピック・デー2022で行われたブレイキンの入門セッションオリンピック・デー2022で行われたブレイキンの入門セッション

持続可能なオリンピックに向けて4. サステナビリティーへの配慮

環境破壊やごみの排出など、オリンピック開催と環境問題には密接な関係がある。こうした問題を踏まえ、国際オリンピック委員会(IOC)は、2030年以降の全てのオリンピック競技大会を気候変動に配慮したイベントにすると宣言。パリ大会はその新しいスタイルを実現する最初の大会になる。今大会で舞台となる会場の95%は既存のものが使われるのをはじめ、多くの試みがなされる。だが最もフランスらしいのは、食の国であるという自負と共に打ち立てた持続可能なケータリング計画「フード・ビジョン」だろう。

計画によると、大会の4週間で提供される1300万食の平均二酸化炭素排出量の半減(ロンドン2012比)を目指す。ペットボトルを禁止することで使い捨てプラスチックを半減させるほか、10万枚の皿も全て再利用される。また、食材の80%は地元またはフランス国内で調達。東京2020では消費されなかった13万食が廃棄処分になり問題となったが、今大会で余った食品は全て寄付、堆肥化、再生可能なガスの生産のいずれかになり、消費されなかった資源を100%回収するという。

ケータリング会社Sodexo Liveによるプレゼンテーションケータリング会社Sodexo Liveによるプレゼンテーション

会場はパリだけじゃない5. フランス各地での競技会場にも注目

競技はパリだけでなく、レ・イヴリン、オー・ド・セーヌ、セーヌ・エ・マルヌ、セーヌ・サン・ドニなどパリ周辺地域や、フランス各地、また仏領ポリネシアのタヒチ島など海外領土でも開催される。

サッカー競技は、国内で圧巻の強さを誇るサッカークラブのパリ・サンジェルマンの本拠地のパルク・デ・プランス(パリ)のほか、ボルドー、ナント、リヨン、サン・テティエンヌ、ニース、マルセイユの6都市にある各スタジアムで、セーリングはマリンスポーツが盛んな南部マルセイユで行われる。

サーフィンは南太平洋に浮かぶタヒチ島のチョープー(Teahupoo)で開催。チョープーには、島から流れる川の影響で河口付近のサンゴ礁が侵食されて生まれた「リーフパス」(Reef Pass)があり、これにより引き起こされるパワフルな波が有名。毎年同地で開催されるツアー大会では木造の仮設小屋を建て、ツアー終了後に撤去されるが、今回はサンゴ礁上にアルミ製の審判席を建設予定。サンゴ礁の破壊を危惧する抗議デモが行われていたが、ポリネシアの行政長官は解決策が見つかったとし、騒動の終結を宣言した。

サーフィン競技はフランス領ポリネシアのタヒチ島で開催サーフィン競技はフランス領ポリネシアのタヒチ島で開催

スポーツを愛する人を歓迎 6. 市民を巻き込んだ参加型オリンピック

オリンピックでは初の試みとして、大会と同日にアマチュア選手も参加できる参加無料の市民マラソン大会「皆のマラソン」(Marathon Pour Tous /Marathon For All)が開催される。二つのレースが夜間に行われ、フルマラソンへの参加選手はオリンピック大会と同じコースを、年配の人や障がいのある人も参加できる10キロレースはパリ市庁舎からアンヴァリッドまでを走る。参加希望者はParis 2024 Clubウェブサイト(https://club.paris2024.org)もしくは大会専用のアプリに登録し、各コースに課された課題やクイズに挑戦。ポイントを貯めることで、マラソンへの出場を懸けた抽選へ参加できる。

2021年10月31日にはパリ大会まで1000日を切ったことを記念し、市民ランナーを含む約3600人が参加したマス・マラソン大会をパリで開催。レースには東京2020のマラソンで金メダルを獲得したケニアのエリウド・キプチョゲ選手も参加した。タイムが遅い人から順に出走し、キプチョゲ選手は最後にスタート。キプチョゲ選手より早くゴールした約1000人のランナーが「皆のマラソン」への出場権を獲得した。

2021年にパリで開催されたマス・マラソン大会2021年にパリで開催されたマス・マラソン大会

パリらしさが満載!7. 見どころがいっぱいの開会式

開会式
2024年7月26日(金)20時24分開始(現地時間)
グランドフィナーレは午後11時50分、最後尾であるフランス選手団を乗せた船の到着と共に開始予定。

エッフェル塔に向かって進む各国の選手を乗せた船のイメージエッフェル塔に向かって進む各国の選手を乗せた船のイメージ

1. セーヌ川を船で入場行進

通常、オリンピックの入場行進は屋内の競技場で行われる。しかし本大会では難民選手団も加えた全206チームの選手団約1万500人が160隻の船に分乗し、パリの中心を東西に流れるセーヌ川上から開会式会場に向かう。船は、パリを象徴するランドマークを背景にして進むので、オリンピックがこの街で始まる瞬間を人々の目に焼き付けるだろう。

万人に開かれた大会を目指すパリ2024は、入場行進の際に河岸や橋で迎え入れる観客数を60万人と予定しており、これは屋内で開催される通常の観客数の10倍だという。また、川岸には80台の巨大スクリーンと音響システムが配置され、入場無料のエリアも設けられるので、誰もがその祝祭的な雰囲気を楽しめる。橋の各所に設けられたステージではパフォーマンスやイベントも。スポーツ好き、パリ好き、パフォーマンス好きの人が思う存分楽しめるオープニングになりそうだ。

2. 開会式のルート

パリ五輪開会式のルート

選手団を乗せた船は、パリ東部のオステルリッツ橋付近を出発し西へ向かう。2019年4月の火災で現在復旧工事中のノートルダム大聖堂を左に、船はパリ市庁舎を経てルーヴル美術館、オルセー美術館を通過していく。やがて右手にコンコルド広場の塔、グラン・パレを経て、クライマックスはエッフェル塔。そのたもとが開会式のメイン会場トロカデロ広場で、イエナ橋が約6キロの行進を終えた選手団を乗せた船の終着点だ。

3. 芸術的なパフォーマンス

開催国ごとの特色が色濃く反映される開会式は、オリンピックの見どころの一つともいえる。この一世一代のイベントを担う芸術監督が、演出家のトマ・ジョリー氏(Thomas Jolly)だ。フランス北部ルーアン生まれで今年42歳になる同氏は、2015年に同国の演劇界最高の栄誉であるモリエール賞を受賞した経歴を持ち、現在はアンジェ国立演劇センターの芸術監督。伝統と現代カルチャーを大胆に組み合わせた手法を得意としている。開会式も、演劇、ダンス、サーカス、オペラを融合させ、複数のストーリーを織り交ぜたさまざまなパートに分かれたスペクタクルなものになるという。開会式の出演者は当日までのお楽しみということだが、花の都パリの名に恥じない華やかで革新的なパフォーマンスになるのは間違いない。ジョリー氏はオリンピックの開会式だけではなく、シャンゼリゼ通りとコンコルド広場でのパラリンピック開会式、パリ郊外サン・ドニのフランス競技場で行う両閉会式も担当する。

スポーツと芸術の融合を目指すスポーツと芸術の融合を目指す

4. 開会式や入場行進を現地で観るには

希望者は誰でも無料で選手団のパレードを見ることができるが、より見やすい場所を確保できる有料チケットが販売中。また、開会式や観戦チケットの付いたお得なチケットもオリンピック公式サイトから併せて発売されている。

開会式専用プラン
https://olympics.onlocationexp.com/paris2024/ceremony/

観戦+宿泊のプラン
https://hospitalitytravelpackages.paris2024.org/discover?language=en

最終更新 Donnerstag, 11 Januar 2024 15:13
 

歩いて歴史を体感するパリ散策ガイド

歩いて歴史を体感するパリ散策ガイド

パリのイラスト Illustrations: ©︎Kanako Amano

オリンピックの開催に向けて、パリにはますます多くの観光客が訪れることが予想されている。混雑したところが苦手……でもパリに行きたい!そんな悩みに応えるべく、人気YouTubeチャンネル「フランスガイド中村」でパリの魅力を発信する中村じゅんじさんに、ただ歩くだけで120%パリ観光が楽しめる方法を伝授いただいた。

お話を聞いた人
中村じゅんじさん 中村じゅんじさん
地方都市レンヌで哲学を学び、2014年にフランス政府公認ガイドの資格を取得。2020年からYouTubeチャンネル「フランスガイド中村」で、歴史や美術をテーマにパリの観光情報を発信している。パリ在住。
https://www.youtube.com/@franceguidenakamura

パリが世界中の人から愛される理由

200年以上前から観光都市⁉

パリの観光都市としての歴史は長く、「グランドツアー」が始まった17世紀ころまでさかのぼります。グランドツアーとは、英国の裕福な子どもたちが学業を終えるときに参加する修学旅行のこと。数カ月かけて欧州を旅するのですが、最初の行き先といえばフランスだったんですね。宮殿や美術館、高級レストランに行くなどして、歴史文化や社会について学んだのです。そういう人たちがパリに来るので、現地では受け入れ態勢が必要になります。そのためにホテルができたり交通網が発達したりしました。観光ガイドの仕事が始まったのもこの頃です。

 

パリは観光客が来ることを前提にして街づくりがされてきたので、街中に観光客がたくさんいるのは当たり前のこと。ですから、昨今いわれている「オーバーツーリズム」は、実はパリではデフォルトなんですね。もし人が多いのが嫌だったら、この街を去るしかないですから。ただし、コロナ禍を経て人数制限のために要事前予約の美術館や博物館が増えてきたので、行く前に確認することをおすすめします。

100人いたら100通りのパリ

コロナ禍が始まってから、YouTubeでパリの歴史や文化を解説しているのですが、動画を見た方からさまざまなメッセージをいただきます。「ここは亡くなった母と一緒に歩いたところなんです」、「私は今施設に入っているので旅行はできないのですが、もう一度あの時のパリが見られてうれしいです」。動画に映し出された場所にはお母様との思い出があったり、あるいは若い時に留学していた自分が歩いた道だったり、それぞれのパリがあるんですよね。

そこで僕は、「100人いたら100通りのパリ」があることに気付いたんです。世界中から観光客が来て、愛されているパリだからこそ可能なんだと思います。

パリの魅力はずばり「歴史」

パリはそんな個人の想いが重なっていると同時に、フランス革命の中心になったり、印象派画家が第一回印象派展を開いたり、ものすごくたくさんの歴史的事件が起こった場所。パリはファッションの街だったり、グルメだったり建築だったりとさまざまですが、僕にとってはやはり「歴史のある街」です。

パリは歴史を大切に保存しようとする努力を絶え間なく続けてきました。実はフランス革命時には、すでに歴史的建造物を保護するという概念が生まれています。革命や暴動で建物が破壊されて、平等の観点から誰もが文化にアクセスできるようにするため、建物を保護しようとしたんですね。少しずつ制度が形作られていき、本格的に法整備されたのは第一次世界大戦の時。最初は建物だけが対象でしたが、周りの建物が近代的になると保護した建物の価値が半減してしまう。本当の価値を守るため、第二次世界大戦後には歴史保護地区という概念が生まれました。

こうしてパリは、歴史の中で現代的な生活が営まれるような独特な世界になっていきました。さらに街中には、歴史的な場所を示すパネルが無数に貼られています。街歩きも歴史を軸にしてやってみると、いろいろなことが見えてきますよ。次ページからは、そんな歴史を体感できるパリの散策コースを二つに分けてご紹介します!

ピカソのパネル「ピカソは1936~55年にここに滞在し、1937年に『ゲルニカ』を描いた」と書かれたパネル

歴史を体感するパリ散策

マレ地区編
Le Marais

人気の高いマレ地区は、パリを観光するなら絶対に訪れたいエリアの一つ。ショッピングを楽しむのもいいけれど、歴史をちょっと知れば街の見え方が変わって、さらに散策が面白くなるはず!

貴族の邸宅がいっぱい! 歴史保護地区になったマレ

フランス語でマレは「沼地」の意味。その昔、セーヌ川はよく流れを変え、マレ地区は水に浸かったり乾いたりを繰り返していたそう。マレはかつて王宮だったルーヴルや王の邸宅からほど近く、王に近づきたい!という貴族たちがこぞってこのエリアに邸宅を建てた。ところが、フランス革命で貴族たちは追われることになり、邸宅だけが残されたのだった。そんなマレ地区は、1960年代にフランスで初めて歴史保護地区に指定され、建物だけでなく街全体が保護されている。建て直しが認められないため、壁が大きく曲がっていたり、エアコンが取り付けられなかったりということも。ある程度の不便さも美しい景観を守るために受け入れられているのだ。

マレ地区の地図²

MAP ❶ サン・ポール駅
Saint-Paul

出発は❶サン・ポール駅。リヴォリ通りを進むと、オテル・ドゥ・シュリーと呼ばれる17世紀に建てられた貴族の邸宅だった建物(現在は国立記念碑センター)が見える。その裏に無料で入れる❷オテル・ドゥ・シュリーの庭園があるので、ぜひ通り抜けてみよう。
Bienvenue à l'Hôtel de Sully: www.hotel-de-sully.fr

MAP ❸ ヴォージュ広場
Place des Vosges

庭園を抜けると、美しく整備された❸ヴォージュ広場に出る。17世紀にアンリ4世(1553-1610)が再開発したエリアで、広場を囲むようにしてアーチ状になったレンガが特徴的な邸宅が立ち並ぶ。その一角に住んでいたのが、あの『レ・ミゼラブル』の著者として知られるヴィクトル・ユゴー(1802-1885)だ。その建物は、現在❹ヴィクトル・ユゴー記念館になっており入場は無料。歩きながら仕事をする習慣があったユゴーが愛用していたという二段重ねの机など、ちょっとマニアックな展示品もある。
Maisons Victor Hugo: www.maisonsvictorhugo.paris.fr

ヴォージュ広場

MAP ❺ カルナヴァレ美術館
Musée Carnavalet

ナポレオン3世(1808-1873)の第二帝政時代、ジョルジュ・オスマン男爵の主導のもとパリ大改造計画が実施された。まだ中世的な街並みだったパリを近代化するため、大きな道路を通すのに建物は次々解体されていった。一方で、豪華なしつらえがもったいないと思った男爵は、邸宅や店舗の内装だけを別の場所にそっくりそのまま再現することに。現在も❺カルナヴァレ美術館として現存し、それらを見ることができる。先史時代から今日に至るまでの歴史を紹介し、歴史好きなら一日いられてしまうほどの充実ぶり。それでいて入場無料!
www.carnavalet.paris.fr

カルナヴァレ美術館

MAP ❻ 老舗ゴーフル店「Méert」

小腹が空いたら、フランス北部の都市リールにある老舗菓子店❻Méert(メール)のパリ支店へ。メールの名物は、1849年から変わらず愛され続けてきたゴーフル。バニラのほか、キャラメルピーカンナッツ、ピスタチオ、ラムレーズンなどがある。しっとりした生地にシャリシャリとしたクリームの食感を楽しんで!
www.meert.fr

ゴーフル

MAP ❼ ピカソ美術館
Musée National Picasso-Paris

パリの❼ピカソ美術館は、かつて塩税によって富を成した役人の邸宅だった建物にある。ピカソ(1881-1973)はスペイン生まれだが、フランス各地にアトリエがあったため、何千点という未発表作品が残されていた。ピカソの死後、遺族には天文学的な金額の相続税の支払い義務が発生。それを回避するため、フランス政府は作品を国に納めることで税金を免除するという特別な法律を作ったのだった。そうして集められたピカソの作品が、この美術館に所蔵されている。展覧会によって内容がガラッと変わるため、何度も訪れたくなる場所だ。
www.museepicassoparis.fr

ピカソ美術館

MAP ❽ 北マレ地区
Le Nord du Marais

いわゆるおしゃれエリアとして知られる❽北マレ地区。フランス革命で亡命した貴族の邸宅が空き家になると、たくさんの職人たちがここに住み始めた。革、金銀細工、家具などさまざまな分野の職人がいたほか、産業革命後は工場があった時代も。そうした職人の工房の一部は代々受け継がれて今も残っている。さらにその延長線上として、北マレには若手の職人やアーティストが自分のスペースを持つ土壌ができあがった。どの通りにも小さなブランドやコンセプトストアなどが見つかるので、気の向くままに歩きながらショッピングを楽しもう。

北マレ地区

MAP ❾ アンファン・ルージュ市場
Marché Couvert des Enfants Rouges

ブルターニュ通りにある❾アンファン・ルージュ市場は、1615年から続くパリ最古のマルシェ。アンファン・ルージュは「赤い子ども」の意味で、かつてこの近くにあった孤児院の子どもたちが赤いマントを着ていたことに由来する。屋根の付いた市場には、野菜、肉、魚などの生鮮食品が売られているほか、フランス料理はもちろん、イタリアやレバノン、モロッコなどさまざまな国の料理を楽しむことができる。食べ歩きできるものを探すのも良し、座ってごはんを食べるのも良し。ゆっくり散策して、おいしそうなものを探してみよう。

アンファン・ルージュ市場

MAP ❿ テンプル広場
Square du Temple

市場の斜め向かいにある❿テンプル広場は、かつてテンプル騎士団の塔が立っていた場所だ。その塔は後に牢獄となり、フランス革命時にはルイ16世とマリー・アントワネットが幽閉された。また、パリ3区から強制送還されたユダヤ人の子どもたちの追悼碑があり、公園にはホロコーストを生き延びたノーベル平和賞作家エリ・ヴィーゼルの名が付いている。最後に⓫テンプル駅まで歩いたら、マレ地区ツアーは終了!


ルーヴル&オペラ地区編
Louvre & Palais Garnier

現在美術館になっているルーヴルはかつての王宮。そのため、周辺にはフランスという国を築き上げてきた歴史的遺産が集まっている。意外と知られていない裏の歴史を見つけながら歩いてみよう。

ルーヴル&オペラ地区編

MAP ❶ ルーヴル・リヴォリ駅
Station Louvre - Rivoli

1900年に開業した歴史ある❶ルーヴル・リヴォリ駅からスタートしよう。1968年にはマルロー文化相の発案で、構内にルーヴル美術館の所蔵品の複製が展示されるようになった。今でも「プチ美術館」として利用者を喜ばせている。

MAP ❷ ルーヴル美術館
Musée du Louvre

駅から地上に出ると、❷ルーヴル美術館が現れる。元々は、12世紀にフィリップ2世が要塞として建設したルーヴル城が始まりだ。その後、美術愛好家のフランソワ1世(1494-1547)が王宮として改装。彼が着手したルネサンス様式の建物は「クールカレー」(方形の中庭)と呼ばれ、今も残っている。中庭は自由に見学でき、ここをまっすぐ進むと、メイン・エントランスのガラスの「ルーヴル・ピラミッド」が見えてくる。これは1985~89年に実施された大ルーヴル計画によって生まれ、今ではパリのランドマークの一つになっている。
www.louvre.fr

革命からわずか4年後に公開されたルーヴルの歴史

フランス革命を経て、王の持ちものは全て国のものとなり、そのなかには膨大な美術品も含まれていた。当時の人々はフランス革命期のスローガンの一つ「自由、平等、友愛」に基づいて、それらを国民に公開することを決定。貧富の差に関係なく皆が文化を享受できるようにするため、王家の宮殿の一つだったルーヴルを美術館にしたのだ。このスローガンは、現在のフランス共和国の標語にもなっている。ルーヴル美術館は平等の観点におけるフランスの象徴的な存在であり、現在の文科省もその精神を受け継いでいる。ちなみにルーヴル美術館は革命からわずか4年後に正式に開館している。

ルーヴル美術館

MAP ❹ パレ・ロワイヤルのアーケード
Les Arcades du Palais Royal

ルーヴル美術館の前にそびえる❸パレ・ロワイヤルはルイ13世(1601-1643)の宰相、リシュリューが建設。後にルイ13世に譲渡され、幼少のルイ14世の住居だったことから「王宮」(パレ・ロワイヤル)となった。無料で入れる庭園を抜けると、商店街発祥の場所といわれる❹パレ・ロワイヤルのアーケードにたどり着く。当時、この敷地内には警察が入れなかったことから、売春婦やギャンブルなど裏社会のたまり場となり、革命家たちがここで議論することもあったという。さらにアーケードからの客を呼び込むために、周辺でも商店街が発展。なかでも❺ギャルリー・ヴィヴィエンヌは見事な建物で今でも人気スポットだ。

MAP ❻ フランス国立図書館博物館
Musée de la BnF

パレ・ロワイヤルのアーケードの小さな抜け道「Passage du Perron」を通ると(ちなみにこの通りにあるアパートの一つにフランス人作家コレット(1873-1954)が住んでいたため、彼女のパネルが設置されている)、❻フランス国立図書館博物館の通りに出る。この図書館は王室文庫を起源とし、膨大な蔵書を抱える。入場無料の楕円形閲覧室は、ガラス天井とイオニア式の柱による重厚感たっぷりの空間で一見の価値あり。併設の博物館には歴代国王のコレクションなどが展示されている。
www.bnf.fr/fr/le-musee-de-la-bnf

MAP ❼ オペラ座
Palais Garnier

図書館を出たら、ラーメン屋などが並ぶプティ・シャン通りへ。この一帯はいわゆる日本人街になっているが、まっすぐ進むとオペラ通りに当たり、右手には❼オペラ座が堂々とそびえ立つ。正式名称はガルニエ宮で、落成式が行われたのは1875年。今日、オペラ座はもちろんオペラやバレエなどの公演を見に来る場所だが、かつてはオペラ座に出かけることは特別な意味を持っていた。すなわち、オペラ座にいることは自分が出世した証であり、人々は「成功した自分」を見せつけるためにここへやって来たのだ。それを助長するかのように華麗な内観は見もの。
www.operadeparis.fr

オペラ座

MAP ❽ ギャラリー・ラファイエット
Galeries Lafayette

オペラ座を見学した後には、裏にある❽ギャラリー・ラファイエットへ。オペラ座界隈は銀行やオフィスなどが密集し富裕層が集まるため、デパート街が形成された。1894年にオープンしたギャラリー・ラファイエットは高級百貨店で、店内に入ると吹き抜けになっている。まるで宮殿のような丸天井は圧巻だ。展望台もおすすめで、パリを一望でき、オペラ座を上から見られる最高のスポットになっている。
www.galerieslafayette.com

MAP ❾ ギャラリー・ラファイエット・グルメ館
Galeries Lafayette Le Gourmet

日本のデパ地下のようにお惣菜がそろい、有名なシェフたちのケーキもずらりと並ぶ❾ギャラリー・ラファイエット・グルメ館。生鮮食品以外にもお菓子や紅茶、調味料などがそろっているので、お土産探しにはぴったり。さらにフランス各地の名産品がここで一気に手に入れられるのもうれしい。とっておきのお土産を手に入れたら、ルーヴル&オペラ地区ツアーは終了。お疲れさまでした!
https://gourmet.galerieslafayette.com

ギャラリー・ラファイエット

お土産におすすめ フランス各地から名産品が大集合!

塩とバターを使ったポンタヴェン名物菓子
Biscuiterie de l’aven
www.biscuiterie-loc-maria.fr
9.95 €

ポンタヴェン名物菓子 Biscuiterie de l’aven

アルザス地方のジャムの妖精こと
Christine FERBER
www.christineferber.com
11.20 €

アルザス地方のジャム Christine FERBER

純粋なフランス産マスタード
Moutarde de Bourgogne
www.fallot.com
3.65 €

フランス産マスタード Moutarde de Bourgogne

※上記はギャラリー・ラファイエット・グルメ館で手に入ります(2024年1月現在)

もっといろいろなエリアについて知りたい方!
YouTubeチャンネル「フランスガイド中村」をチェック

https://www.youtube.com/@franceguidenakamura
最終更新 Montag, 05 Februar 2024 16:09
 

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