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香川真司インタビュー - ドイツで最も愛されている日本人

ドイツで最も愛されている日本人
香川真司選手

Shinji Kagawa

いま、ドイツで一番有名な日本人、それは疑いようもなくShinji Kagawaである。彼はドイツのサッカー史に確固と名を刻み、ボルシア・ドルトムントのファンはもちろん、ドイツサッカー好きが集まれば、みんなで「カーガーワーシンジー♪」のチャントを合唱できるほど。いつも絶好調だったわけではない。しかし、スタジアムを湧き立たせる凄まじい引力とある種の説得力を持った彼のプレーは、一度見たら忘れられない。2月某日、気温が氷点下に下がった極寒のドルトムントで、私たち取材班はそのスーパーヒーローを目撃した。今回の単独インタビュー取材では、彼がドイツで愛される理由を探る。
(Text&Interview:Megumi Takahashi / i-mim.de, Photos: C.Y.Kervin)

ブンデスリーガ二連覇、プレミアリーグ優勝、アジア選手権優勝、日本代表の10番、昨年ついにブンデスリーガ日本人最多ゴール数も更新(41ゴール)し、控えめに言って日本サッカー界の生きる伝説である。

ピッチ上で躍動する彼の姿は、スタジアムの観客席から何度も見てきた。しかし、同じ目線に立つ「香川真司」を目の前にした印象は、「めっちゃカッコイイ!」だった。浮き足立って申し訳ない。私服で登場した29歳の彼は、無邪気なサッカー少年ではなく、紳士的な大人の男性だったのだ。取材や撮影は、慣れてきたけど得意ではない、と本人は言う。しかし、静かに発せられる言葉は、しなやかな芯の強さを持つ。

どんな時も同じ気持ちで

香川真司がいかに日本、ドイツ、世界から注目されている選手であるかを証明するのに苦労はない。身近なところでは、ツイッターに約150万人、インスタグラムに120万人、フェイスブックで293万人のフォロワーを擁している。リアルな世界でも、バーチャルな世界でも絶大な影響力を持つ彼は、他者から絶えず寄せられる「期待」とどう向き合っているのだろうか。

あまり「期待」っていう言葉は使わないかな。でもまず、他者からの期待については全然気にしていないですね。もちろん、期待もあれば、逆に「期待されない」ということもあるわけで。ましてや結果が出なければ批評を受ける世界、メディアの報道も含め、そこはもう人それぞれ感じ方が違うものだと割り切っています。もちろん、メディアの皆さんが盛り上げてくれたり、ファンの皆さんに応援いただいて、ポジティブな期待を感じながらプレーできることは嬉しいことだと思っています。

1989年、兵庫県神戸市に生まれ、4歳からサッカーにはまっている。地元のユースクラブを経て、中学に進学する12歳の時に宮城県仙台市にあるFCみやぎバルセロナへのサッカー留学を決意。そこで個の能力を伸ばし、2006年セレッソ大阪に移籍して16歳でJリーガーに。高校卒業前の選手とプロ契約を結ぶというこの異例のスカウトが、若き日の香川に寄せられた期待の高さを物語っているが、本人は「子供の頃から飛び抜けた才能を持っていたわけじゃない」と言う。

別にそこまで自分自身に期待していることはありません。本当に、日頃の積み重ねというか。その日やるべきことを、試合でできることを、自分自身のストロングポイントを発揮するために日々取り組むだけだと思っているので……。

やっぱりサッカーは、すべてが上手くいくスポーツではなく、ミスがほとんどのスポーツなので、自分自身に対して変な期待感を持つのはあまり良くないことかな。一つ一つのプレーに対して失望したり、責めるのではなくて、どんなプレーに対しても同じ気持ちでやり続けないと。サッカーは90分間のスポーツで、前半と後半があり、試合の流れがあり、勝っている時間帯があり、負けている場面があり、刻一刻と状況が変わってくる。だから、どんな状況にも対応できるようにと、そういう準備をしています。

2010年、セレッソ大阪の象徴である背番号8番を背負っていた香川は、ブンデスリーガ1部のボルシア・ドルトムント(BVB)からのオファーを受け、育成補償金35万ユーロ(約4000万円)で移籍。そこからユルゲン・クロップ監督の下で、リーグ二連覇。2011年にはリーグ戦とドイツポカールのW優勝というBVBの歴史に残る快挙を成し遂げ、2012年に英国プレミアリーグの名門中の名門マンチェスター・ユナイテッド(マンU)に移籍した。移籍金は約16億円と報じられ、このシンデレラストーリーにドイツのチームは一層、日本人選手の獲得に力を入れることとなった。

英国に渡り、マンUに在籍していた間もドイツ国内では常に「香川待望論」が渦巻いていた。「どれだけ愛されているんだ香川真司……!」と、香川がドイツに刻んだ歴史の意味を、彼がドイツを旅立った後に再認識することとなった。

彼の実力を信じるクロップ監督とスポーツディレクターのミヒャエル・ツォルク、サポーターたちの想いが届き、再びShinji Kagawaがドイツに帰還したのが2014年のこと。昨年は、2020年までの契約延長が発表され、香川とBVBの特別な関係はこれからも続く。

香川真司

自分に起こることには、必ず意味がある

「挫折をしたことがない」と香川は言う。彼の半生はしかし、良くも悪くも半端なく振り幅の大きいものであったはずだ。19歳で初召集され、中心選手となった日本代表でも。プロの選手として平常心を保つため、彼の心の中ではどのような気持ちの整理が行われているのか。

「失敗したシーズン」とか「上手くいっていなかった」とか、そういうことを言われがちなんですけど、そういうものもすべて自分の経験ですし、自分に返ってくるものなので、いくら上手くいかないシーズンがあったとしても、そのシーズンがあったからこそ、今の自分がいると思っています。その過程で、「挫折」したと(周囲からは)言われることもあるかもしれない、でも結果論として、今こうやってその経験がプラスアルファとなって自分に返ってきているので、意味のないことは絶対にないです。自分に起こることには、必ず意味があるし、そういうものをどう未来に繋げていくかという前向きな考え方は、確実に必要なのかなと思います。

もちろん、僕自身も落ち込むことも、思うようにいかなくて悩むこともたくさんある。でも、それを投げ出してしまえば終わりですし、どんなに紆余曲折しながらでもやり続けることに意味があると思っています。そうすることで、答えっていうのも少なからず見えてくることもあるので。諦めないことが大事なんじゃないかなって思っています。

香川真司

ドイツ、欧州は僕にとって最高の環境

それにしても、ドラマを生む男である。ブンデスリーガで最も熾烈なライバル関係にある、ボルシア・ドルトムント対シャルケ04のレヴィアーダービーという大舞台。香川はこれまで、ダービー戦9試合に出場し、通算4ゴールを記録。ダービーヒーローとして見せる香川のプレーは、BVBサポーターの心を鷲掴みにして離さない。

特にドルトムントへの移籍から間もない2010年9月19日のシャルケ戦では、いきなり2ゴールを挙げる活躍を見せ、大げさでなく香川フィーバーが発生した。香川自身もこの試合を、「運命を変えてくれた一戦」と振り返っている。ドイツで、すでに一つの夢を叶えたと言えるのではないだろうか。

もちろん、欧州でプレーすることが昔から自分の夢でもあったので、そういう意味では、夢は叶ったんじゃないかなと思っています。

おそらく、住み慣れた場所で、友だちがいて、食事や言葉に不自由しない、そういう場所が生活する上ではベストなのかもしれません。でも、サッカー選手としては、サッカーの本場である欧州を目指したい。日本でプレーしている中で感じられるものと、欧州で感じられるものとでは幅が違いますし、日本では掴めないものがあります。

ましてや、外国人としてチームに入り、周囲には日本人もいない、そこで自分の評価を自分で高めていかなきゃいけない、そういうことをどうにか達成していく日々。少しでも達成できた時の嬉しさが自分自身を一人の人間としてさらに強くしてくれると思います。本当にやりがいしかないですし、サッカーのレベルを含めて、ここはサッカー選手としての僕にとって最高の環境。成長し、もっと上に行くために、なくてはならない環境だと思っています。

いずれにしても、厳しい環境であることは間違いなくて、サッカー選手というジャンルを問わず、欧州を始め世界中で生活している方、皆さんのことをリスペクトしています。

まだまだ上を目指すサッカー選手として、欧州と日本の一番の違いは、歴史が育んだ文化としてのサッカーが根付いているかどうかだと香川は感じている。

欧州に来て、サッカーが一つの文化として成り立っているんだなということを、肌で感じます。ここでは、サッカーやスポーツが生活の一部になっている人が本当に多くて、週末になればユニフォームを着た人たちが街に溢れ、スタジアムに来て、自分たちが生まれ育ったチームを応援しています。それがもう、代々受け継がれていく。おじいさん、おばあさん、お父さんから子供に。そんな風に良いサイクルで回って、文化として成り立っているので、サッカーの与える影響力は凄まじいです。それくらいの影響力を持ち得るスポーツなんだということを、改めて認識しました。

だから、日本のサッカーも、それくらいの影響力を持って欲しいと思っています。ただ、プロ化してからまだやっと四半世紀という現状を考えれば、いきなり欧州のように文化として根付くのは、それこそ不可能に近い。やはり地道な努力と、あとは、選手がどんどん世界に出ていって、日本サッカーのグローバル化を進め、世界というものに焦点を当てて活躍できるようになっていければ、日本でもサッカーの価値がどんどん上がっていくんじゃないかなと思います。

香川が2010年にドルトムントへの移籍を決めた理由の一つが、BVBが誇る「黄色い壁(南スタンド)」の存在だったという。初めてピッチ上から黄色い壁を見た時の印象について語ってもらうと、目が輝きを増した。

すごく圧倒されました。そして、それは何も初めての時だけのことではなくて、まったく見慣れることはありません。試合をやるたびに、素晴らしいサポーターと雰囲気を生み出してくれるスタジアムだなと感じています。

やっぱりね、サポーター無くして、これだけの歴史は生まれてこないんですよ。彼らのつくるスタジアムの雰囲気、応援があるからこそ、素晴らしい試合が生まれる。黄色い壁の前に立つ時は、本当にサポーターあってのチームなんだなっていうことを再確認できる瞬間でもあり、サッカー選手として幸せだなと思います。

1909年に創設されたボルシア・ドルトムントの100年以上の歴史で、ブンデスリーガ制覇は8度、ドイツポカール優勝が4度。そのうちリーグ優勝2回、ポカール優勝2回に香川は貢献した。

昨年はドイツポカールで久しぶりに優勝して、やはり素晴らしいものだなと感じ入りました。リーグ連覇して、ポカールも優勝してW優勝した2011/12年。あの頃、僕たちはまだまだ若くて、加入してから2年連続で優勝できてしまった。逆に言ったら、あんまり苦労もせずに勝ち取れたものだった。

でも、それから自分自身のキャリアを積んで行く中で、優勝する、勝ち続けることの難しさを経験して、あの時の二連覇の価値というものが、今さらに、年が経てば経つほどに、感じられる部分があります。やっぱり、すごいことを僕らはやり遂げたんだなと。もちろん、まだまだ現役なので、そこまで浸るつもりはないですけど(笑)。だからこそ、もう一度チャレンジしたいです。

浸りすぎてはいけないかもしれないが、ブンデスリーガの歴史をまとめた一冊『50 JAHRE BUNDESLIGA 1963-2013』の2011/12年のページからも、一言引用したい。

Die Titelstory des BVB wär nicht
komplett ohne Shinji Kagawa.
by Carsten Germann

香川真司なくして、
BVBの連覇は成し得なかっただろう

香川真司から発せられる言葉は、想像していた以上に自然体でシンプルだ。しかしその裏には、2017年の欧州CLモナコ戦直前の選手バス襲撃事件があり、度重なる監督の交代とポジション争いがあり、今年のW杯出場の有無があると思うと、計り知れないものを感じ、ひれ伏したくなる。飽くなき挑戦者、それが香川真司の真髄だった。

あっという間に取材の持ち時間をオーバーし、直接伝えられなかったので、この場をお借りして香川選手に「ありがとう!」と伝えたい。

彼は、私たちに夢を見せてくれた。ドルトムントでの優勝パレードに参加した日、日本人はみんな「香川の兄弟姉妹か?お父さんか?」とジョークを飛ばすドルトムントサポーターに暖かく迎え入れられ、香川チャントを歌いながら肩を組み合った。黄色と黒とビール臭さに埋もれながら、サッカーは人を繋ぐことに長けたスポーツだと知り、筆者は大げさでなく、世界平和の夢を見た。

サポーターはスタジアムに何を見に来ているのか。勝ち負けだけでは計れない人生の不条理と喜びがそこにはあり、観衆は選手たちに夢を託す。香川真司はその夢のきらめきを見せるプレーヤーだ。ドイツで日本で世界中で彼が愛される理由もきっとそこにあるに違いない。

※敬称は省略させていただいています。

最終更新 Montag, 07 Mai 2018 15:04
 

日本映画祭 第18回ニッポン・コネクション

日本映画祭 - 約100作品が集結!
第18回
ニッポン・コネクション
2018年5月29日(火)〜6月3日(日)

5月29日(火)から6月3日(日)まで、6日間にわたって日本映画と日本文化の祭典、「ニッポン・コネクション」が開催される。今年も幅広いジャンルの日本映画や伝統的な日本カルチャーがフランクフルトに集結。

ニッポン・コネクション

今年のハイライトは是枝裕和監督作が手掛けたサスペンス映画『三度目の殺人』や今年のベルリン国際映画際で国際批評家連盟賞を受賞した行定勲監督による青春映画『リバース・エッジ』など、日本でも高い人気を誇る監督たちによる作品が集結。

三度目の殺人是枝裕和監督作が手掛けたサスペンス映画『三度目の殺人』

リバース・エッジ行定勲監督による青春映画『リバース・エッジ』

アニメーションファンにおすすめなのが、独特の世界観を表現する湯浅政明監督による『夜明け告げるルーのうた』と『夜は短し、歩けよ乙女』。両作品とも今回がドイツでのプレミア上映となる。また、ドキュメンタリー映画では、2017年の東京国際映画祭で上映された戸田ひかる監督による『Of Love & Law』や、日系アメリカ人の禅僧、ヘンリ・ミトワ氏の一代記となる中村高寛監督作『禅と骨』がラインナップ。

日本文化のセクションでは、パフォーマンスやコンサートを通してさらに日本を掘り下げていく。キッズプログラムでは、こいのぼりのワークショップが行われたりと、日本映画と共に日本の伝統的なカルチャーが楽しめるのもニッポン・コネクションならではの魅力だ。

開催場所

Künstlerhaus Mousonturm、Theater Willy Praml in der Naxoshalle, Mal Seh’n Kino, Kino im Deutschen Filmmuseum, Atelier Naxoshalle, Ausstellungsraum Eulengasse

チケット・詳細

詳細やチケットに関する情報は、下記の公式サイトをチェック!
www.NipponConnection.com

ニッポン・コネクション

ニッポン・コネクション

最終更新 Freitag, 04 Mai 2018 05:46
 

ドイツでの学校選び - 日・独間で育つ子供の未来を考える

日・独間で育つ子供の未来を考える ドイツでの学校選び

日本とドイツ、2つの国を行き来する子供たちには無限の可能性がある。デジタル化によって変化が加速する時代を生き抜き、人生の苦楽を知り、心身共に健康に……と、子を思う親の悩みは深い。ドイツでの教育の機会やそれぞれの学校の特色を知り、十人十色の子供たちと向き合いながら一歩ずつ進んで行こう。学校を選ぶということは、人生に何が必要かを親と子が一緒に考えていくことだと信じて。(Text&Interview:Megumi Takahashi / i-mim.de)

ドイツの教育を知る基礎知識

「ドイツの教育システム」というものは存在しない。16の州からなる連邦国家ドイツには、16の異なる教育システムがある。ここでは、一番人口の多いノルトライン= ヴェストファーレン州の学校制度を例に上げ、ドイツの教育制度のベースとなっている考え方を掴もう!

1. Elementarbereich 幼児教育

就学前の児童が通う幼稚園や保育園。通園は義務ではないが、3歳から6歳の児童の90%以上が通う。

2. Primarbereich 初等教育

ドイツの義務教育の開始年齢は6歳前後。NRW州では9月末に6歳になる生徒を基礎学校(Grundschule)に入学させる義務がある(言語発達によって1年遅らせることも)。入学する学校の選択は保護者に委ねられており、学区による指定校はない。英語教育は1年生から、成績がつくのは3〜4年生。卒業後の進路は、成績や学習への取り組みをもとに小学校から推薦書を受け、保護者の希望を加味して決定する。

  • ベルリンとブランデンブルク州では6年制を採用
  • 英語など外国語の学習が始まる時期、採点が始まる時期も州によって異なる

3. Sekundarbereich I 中等教育1

伝統的なハウプトシューレ、レアルシューレ、ギムナジウムに加え、ゲザムトシューレやゼクンダーシューレなど、統合学校も増えてきている。学習内容や在籍期間、卒業資格などが各学校で異なる。全日制の義務教育は、中等教育1まで。ハウプトシューレ、レアルシューレ、ギムナジウムは試験に合格すれば編入することも可能。

  • ハウプトシューレ(基幹学校):9年生修了で基幹学校の卒業資格。10年生まで修了すると、中等教育修了資格が得られる
  • レアルシューレ(実科学校):10年生修了で基幹学校の卒業資格と中等教育修了 資格が得られる
  • ギムナジウム:8年制(州により9年制)で、9年生までが中等教育1に当たる。 進級してギムナジウム上級へ
  • ゲザムトシューレ(統合学校):入学に際して、小学校からの推薦書の内容は問 われず、すべての生徒が入学を希望できる。10年生までが中等教育1、進級し てギムナジウム上級へ
  • ゼクンダーシューレ:2011年から統合教育システムとしてスタート。10年生 修了後は、ギムナジウムかゲザムトシューレのギムナジウム上級へ進級するこ とができる

4. Sekundarbereich II 中等教育2

中等教育の後期で、日本の高等学校に当たるギムナジウム上級(Gymnasiale Oberstufe)と、職業訓練や専門教育に重きを置いた専門学校がある。ギムナジウム上級は、中等教育修了(Mittlerer Schulabschluss)の成績が規定以上の者に認められている。ハウプトシューレの10年生を終えた生徒でも、約10%前後が編入している。

5. Tertiärbereich 高等教育

大学に進学できるのは原則、アビトゥアを取得した生徒のみ。アビトゥアを取得すれば、いつでも、どこでも、何度でも大学に通うことができるが、医学、法学、建築学など人気の学科は、アビトゥアの成績がトップレベルに良くないと入れない。また、芸術やスポーツなど入学試験がある学部や大学もある。専門学校や職業カレッジでは、実務と並行しながら専門職の道を目指す。職人業の場合は、マイスター学校へ進むこともできる。

ドイツの教育を知るためのキーワード

Kulturhoheit(文化高権)

なぜ州によって、教育システムが違うの?
ナチスドイツ時代に教育現場や文化施設がプロパガンダに利用されたことへの反省から戦後、西ドイツが採用した各州の文化高権。文化や教育に関わる立法、行政については16ある各州がそれぞれ強い権限を持ち、国は原則として口もお金も出さない! もちろん、ドイツ全国共通の学習指導要領や年齢別の目標があり、州はこれを参考に教育政策を行っている。

Abitur(アビトゥア)

10歳で将来が決まるって本当?
伝統的なドイツの教育制度では、大学への入学に必須の資格アビトゥアの受験資格はギムナジウムの生徒にしかなかった。しかし教育改革が進み、統合学校などアビトゥアの受験資格を得られる学校が増え、大学進学への道は確実に広がっている。つまり、必ずしも10歳の学校選択ですべてが決まってしまうわけではない。高学歴思考は高まってきているが、ドイツの教育で最も重要とされているのが職業教育。

PISA-Shock(ピサ・ショック)

ドイツの国際的な学力水準は?
経済協力開発機構(OECD)が2000年から3年ごとに実施している学習到達度調査(PISA)。32カ国が参加した第1回調査の結果、ドイツは読解で21位(日本8位)、数学と科学で20位(日本1位・2位)と不本意な結果に。その後、移民の子供を対象とした就学前教育の強化、伝統的な学校制度の見直しなどの改革が進み、2015年調査では読解11位(8位)、数学・科学16位(5位・2位)に上昇!

Inklusion( インクルージョン教育)
Integration(統合教育)
Digitalisierung(デジタル化)

ドイツの教育現場の課題とは?
障害を持つ子供たちを普通学級で教育するインクルージョン教育、難民や移民の増加に伴って重要性の高まる統合教育、教育現場のデジタル化などが課題。問題は、それらに対応する教師が不足していること。現在、教職に就いている教師の4割が50歳以上。その割合がテューリンゲン州では63%に上る。教師の育成がドイツ教育の最重要課題だ!

ドイツでの学校選び

日本人学校、インターナショナルスクール、現地校……どの学校を選ぶべきか、ポイントとなる部分を、それぞれの学校を選んだ保護者の声や学校関係者のインタビューからご紹介しよう。

A 日本人学校

  • 数年以内に日本に帰国する予定
  • 日本での進学・受験の準備をしっかり進めたい
  • 母国語である日本語の教育を重視している
  • 日本の教育方法や内容を評価している

Bインターナショナルスクール

  • 海外を含む転勤が多い
  • 国際感覚、国際言語としての英語力を養いたい
  • 英語圏の大学進学を目指している
  • 教育費が高額であっても子供のために投資したい

C現地の公立学校

  • ドイツに永住、または長期滞在する予定
  • ドイツ語の学習、ドイツ社会への参加を重視している
  • 公立の学校の場合、大学まで授業料が無料
  • ドイツの職業と密着した教育システムを評価

D現地の私立学校

  • ドイツに永住、または長期滞在する予定
  • 学力のみを重視せず、その子に合った教育法を探してみたい
  • ドイツ語の学習を重視している
  • エリート教育が子供の未来に役立つと考える

A日本に帰国する予定がある生徒の進路候補No.1
日本人学校

学期:4月始まり
費用の目安:年間約5000ユーロ(国や地域、学校によって異なる)

日本国内の小・中学校と同等の教育を行う目的で設置されている全日制の学校で、文部科学大臣が認定した学校。ドイツ国内には、デュッセルドルフ、ハンブルク、フランクフルト、ベルリン、ミュンヘンの5カ所に設置されている。日本に帰国後、スムーズに転校や進学ができる。

「生徒の安全、安心、健康のため」
デュッセルドルフ日本人学校 
Japanische Internationale Schule e.V. in Düsseldorf

全日制の学校としては欧州北米地域で一番古い歴史を持つ日本人学校が、ここデュッセルドルフ日本人学校。小中学部を合わせた生徒数は500人弱。欧州のリトルトーキョーとして知られる当地には日系企業が集積し、大多数の生徒が現地に駐在することになった家族の都合でドイツに引っ越してきている。小中学校合わせて9年間通い、卒業する生徒は非常に少なく、平均で3年ほど在籍した後、各地へ転校していく。ドイツで生まれ育った生徒も、ギムナジウムに進級する前に現地の学校へ進むことが多い。

デュッセルドルフ日本人学校デュッセルドルフ日本人学校

「ここでは、生徒みんなが転校生の経験があるので、新しい仲間を温かく受け入れる土壌ができています」と、事務局長として11年間この学校を見つめてきた木田宏海さんは言う。異国での不慣れな生活の中で、日本人学校が生徒と保護者の心の拠り所となっている。

事務局長の木田宏海さん事務局長の木田宏海さん

日本人学校の教員の8割が日本の公立学校から派遣されてきており、運営母体は私立だが、教育は日本の教育指導要領に従い、公立から派遣された教師から受ける。NRW州によって補充校(Ergänzungsschule)に認定されており、同校に通う生徒はドイツの義務教育を満たしていると認められる。

国語の授業のほか、小学校1年生からドイツ語の授業がスタート、英語は3年生から。ドイツ社会との接点を持つ課外活動にも熱心だ。「もちろん、日本人学校に通うだけでドイツ語も英語もペラペラになるということではありません。だけど、せっかくドイツに住む機会を得たのですから、生徒の記憶に残る経験を」と、現地の学校やコミュニティーとの交流も盛んだ。日系企業での職業体験や、スポーツ選手や宇宙飛行士など、第一線で活躍するプロフェッショナルを招待しての講演会など、デュッセルドルフという立地を活かしたイベントにも力を入れている。

卒業生の進路には名門国立、私立学校がずらりと並び、海外での経験を糧に卒業生に研究者やアナウンサー、国際的に活躍する人物が多数出ていることも、在校生に夢を与えている。

卒業生の活躍卒業生の活躍

B英語力を養い、多国間を行き来する国際的な生徒に
インターナショナルスクール

学期:夏学期からスタート
費用の目安:年間約2万ユーロ(国や地域、学校によって異なる)

いくつもの国の出身者が在籍し、英語で授業が行われる。国際バカロレア資格などを持つ国際的な教育機関。ドイツ各地に約20カ所ある。英語、ドイツ語のほかにも、日本語など外国語科目の選択肢が多い学校もあり、言語学習の面のみならず、手厚いサポートが受けられる学校が多い。

「アットホームなハイテクキャンパスへようこそ」
ISRインターナショナルスクール・オン・ザ・ライン 
ISR International School on the Rhine

2002年に創業したISRインターナショナルスクールは、デュッセルドルフやケルンに近いノイスという街にモダンでハイテクなキャンパスを構えている。デュッセルドルフ西部のオーバーカッセル地区と学校を行き来するスクールバスもあり、片道15分の距離。

ISRインターナショナルスクール・オン・ザ・ラインモダンでハイテクなキャンパス

現在、幼稚園児から12年生まで世界40カ国出身の約760名の生徒が学ぶ全日制の学校生活の共通言語は英語。ドイツ語も必修科目だ。初級から上級まであらゆるレベルの英語学習を受けられ、英語力に課題がある生徒にはブースターレッスン(無料の英語レッスン)で、言語習得を促す。

多彩な教師、講師陣も魅力の一つ。元プロのサッカー選手カーステン・バウマンなど、各分野のトップランナーを迎えている。

日本人の生徒との結びつきも強い。日本人教師が、全学年の生徒にハイレベルな日本語教育を提供(1〜5年生は週に1度、6〜10年生は3回、11・12年生は3〜5回)。エッセイとプレゼン能力の向上に焦点を当て、言語能力と理解力を磨く。

ISRインターナショナルスクール・オン・ザ・ライン日本人教師がハイレベルな日本語教育を提供

大学進学に向けた教育システムSABIS®のライセンス校。生徒一人一人に対する充実した個別サポート、希望するキャリアに応じた多様なカリキュラム・プログラムを提供できるのが強みだ。卒業生は大学入学資格として世界的に認知されているIBプログラムで優秀な成績を残しており、世界各国の名門と呼ばれる大学に進学をしている。ドイツ国内の大学進学を希望する生徒には、「Allgemeine Hochschulreife」としてIBディプロマを授与される。

また、デジタル化に向けても積極的に設備を整えており、電子ブック、バーチャルリアリティーゴーグル、3Dプリンター、インタラクティブホワイトボードなどを授業に取り入れている。

ISRインターナショナルスクール・オン・ザ・ラインデジタル化に向けても整った設備

学問と並び、人格形成も大切なテーマ。リーダーシップや責任感を養う機会としてのサマースクールや休暇キャンプなど、夏休みのプログラムも多数。在籍平均年数は7.5年間と長く、同級生とインターナショナルな友情を育むことができる。

Cドイツ社会の中で生きる力を身に付けるなら
現地の公立学校

学期:夏学期からスタート
費用:無料(教材費、実費は別)

ドイツでの生活が長くなる予定で、親もドイツ語でのコミュニケーションに抵抗がなければ、ドイツの公立学校への進学を検討してみよう。ドイツの学校は基本的に学費が無料。

「10歳で将来が決まる」「義務教育から大学まで授業料無料」「マイスター制度が根付く国」と、ドイツの教育制度についてのイメージはいろいろあるが、上記で解説した通り、ドイツは複線型の教育制度となっている点が、日本の単線型(6・3・3制)との一番の違い。教育改革により、進路選択は柔軟になってきているが、学校内での競争は激しい。希望する進路先に入学するには、良い成績を残さなければならない。入学試験のないドイツには一発勝負の受験勉強のプレッシャーこそないものの、毎日の取り組みが問われるシビアな学校生活がある。

ドイツの教育が最も重視していることは、すべての生徒が将来、経済的に自立できるようになることだと考えると理解しやすい。教育のテーマとして自己肯定力も大切にされている。どの学歴を経るにせよ、新卒採用のないドイツでは就職の際には即戦力と専門性を求められるため、学生のうちからインターンなどを通して職業体験を積んでいく必要がある。  

一方で、数年後、数十年後には今ある職業の多くがなくなるともいわれる時代に、既存の職業教育では立ち行かないとの危機感も高まっている。新しい時代に必要な力を育てる教育とは。ドイツ経済を支えてきた教育システムは今、まさに岐路に立たされている。

D子供の個性や能力を伸ばす教育を
現地の私立学校

学期:夏学期からスタート
費用の目安:年間約6000ユーロ(学校によって方針に大きな違いがある)

シュタイナー教育、モンテッソーリ教育、自然教育、エリート・インターナート、教会系、職業訓練に力を入れているところなど、いろいろ。いま、ドイツでは私立の学校が増えてきている。

経済的な理由によって教育機会の平等が奪われないようにと公立学校が充実しているドイツにおいて、私立学校はまだ少なく、私立学校に通う生徒は全体の約1割。とはいえ、その数は急増しており2000年から2016年の増加率は43%に上る。

移民問題や教師不足などを背景に公立学校の教育の質が疑問視されている中で、少人数制の質の良い教育をうたう学校もあれば、成績重視の教育のあり方に疑問を持ち、もっと伸び伸びと子供を育成したいという願いの下に作られた学校もある。

ドイツで一番有名な私立学校は、日本ではシュタイナー教育として知られる、オーストリアの思想家ルドルフ・シュタイナーの「教育芸術」を実践するヴァルドルフ学校。教科書を使わない、成績をつけない、子供の全人格を成長を促す教育に取り組んでいる。

モンテッソーリ教育を実践するモンテッソーリ学校は、「感覚教育」を重視。自主性や個性の尊重、自分で学ぶ力を育む。伝統的なカトリック学校、プロテスタント学校、インターナートと呼ばれる寄宿舎での寮制の学校も存在する。

私立学校の増加と共に、教育の質が必ずしも高くない学校があることや、高所得家庭や、ドイツ人家庭の割合が多いなど生徒の多様性に欠けることなども指摘されている。

最終更新 Montag, 13 September 2021 15:51
 

香川真司選手も登場!ボルシア・ドルトムントと日本企業交流会

香川真司選手も参加! ボルシア・ドルトムントと
日本企業交流会レポート

2018年4月17日デュッセルドルフにあるMAZAK Technology Centerにて、ブンデスリーガ一部のボルシア・ドルトムント及び、マーケティング会社「ラガルデール・スポーツ」主催の日本企業との交流会が開催されました。

チーム代表のカルステン・クラマー氏はジョークを交えながら場を和ませる進行で会場を盛り上げる中、在デュッセルドルフ日本国総領事館の水内龍太総領事も駆けつけられ、チームへ応援のメッセージを述べられました。

左からカルステン・クラマー氏、水内龍太総領事、香川真司選手左からカルステン・クラマー氏、水内龍太総領事、香川真司選手

そんな折にチームの「期待の星」、香川真司選手が登場し、会場は一層盛り上がりをみせます。チームから総領事にユニフォームのプレゼンする場面があったり、ボルシア・ドルトムントのファンである小さな子供やその家族も参加しての写真撮影やサイン会、抽選会などが行なわれました。終始リラックスした雰囲気でイベントは幕を閉じました。

最終更新 Montag, 24 Juni 2019 13:23
 

第68回 ベルリン国際映画祭

さまざまな視点で切り取った作品が集結!
ベルリン国際映画祭

「カンヌ国際映画祭」、「ヴェネツィア国際映画祭」と共に世界三大映画祭の一つである「ベルリン国際映画祭」。68回目を迎えた今年は、2月15日から2月25日にわたって開催された。さまざまな作品が出展された本映画祭のおすすめ作品の紹介や現地の様子をレポート。

Text:編集部(コンペティション部門受賞作一覧)、中村真人(レポート・おすすめドイツ映画)

コンペティション部門受賞作品一覧

金熊賞

Touch Me Not

監督:アディナ・ピンティリエ(Adina Pintilie)
製作国:ルーマニア・ドイツ・チェコ・ブルガリア・フランス

Touch Me Not

アディナ・ピンティリエ Adina Pintilie

アディナ・ピンティリエルーマニア・ブカレスト出身のアーティスト、映画監督。2007年のドキュメンタリー『Don't Get Me Wrong』で監督デビューを果たす。2013年に発表した短編映画『Diary #2』は、ヴィム・ベンダース監督やマーティン・スコセッシ監督も参加経験がある映画祭、オーバーハウゼン国際短編映画祭(ドイツ)で、ゾンダ賞を受賞した。フィクションやドキュメンタリー、アートなどを題材に、登場人物たちの心情を探求して描くスタイルが魅力とされている。また、映像のビジュアル面は、個性的かつスタイリッシュに表現されている。2010年からは故郷・ブカレストの国際エクスペリメンタル映画祭(BIEFF)のキュレーターを務めている。

Touch Me Not あらすじ

ラウラは触れられたり抱きしめられると、恐怖のあまり怯んでしまう。そんな彼女はカウンセリングを受け、男性の娼婦を雇うが、いまだに殻に閉じこもったままだった。また、身体の自由がきかないクリスティアンは、長年付き合っているガールフレンドとの生活について話し始める……。現実とフィクションの狭間を描く本作は、登場人物たちの感情の旅に観客を導くような、洞察力に溢れた作品。実験的なビジュアルで、さまざまなセクシャリティの形を映し出す。
銀熊賞

Twarz Mug

監督:マウゴジャタ・シュモフスカ (Małgorzata Szumowska)
製作国:ポーランド

マウゴジャタ・シュモフスカ

Małgorzata Szumowska<ポーランド・クラクフ出身の映画監督・プロデューサー、脚本家。2000年の『Happy Man』で注目を集める。同作品は2001年のヴァラエティ誌のベストフィルムの一つに選ばれた。『In the Name Of』(2013年)はイスタンブール映画祭でグランプリを受賞。『Body』(2014年)は第65回ベルリン国際映画祭で銀熊最優秀監督賞を獲得した。

Twarz (Mug) あらすじ

ポーランドの田舎町で家族やペットに囲まれながらごく普通の生活を送っていたヤツェクは、ある日大事故に遭う。事故により顔の移植手術を余儀なくされた彼は、周囲の人たちの自分に対する見方が変化していることに気が付き、やがて自身のアイデンティティにも直面する。
アルフレッド・バウアー賞

Las herederas The Heiresses

監督:マルセロ・マルティネシ(Marcelo Martinessi)
製作国:パラグアイ・ウルグアイ・ドイツ・ブラジル・ノルウェー・フランス

マルセロ・マルティネシ

Marcelo Martinessiパラグアイ・アスンシオン出身の映画監督、脚本家。2007年のドキュメンタリー『Los Paraguayos』でデビュー。同郷で暮らすストリートチルドレンたちと共に製作した『Calle Última』(2011年)では、さまざまな国際賞を受賞。 2017年公開の『La Voz Perdida』は、ヴェネツィア国際映画祭で最優秀短編映画賞を受賞した。

Las herederas あらすじ

長年パラグアイで暮らしているチェラとチキータは財政難に陥っていた。そんな中、借金でチキータが刑務所に入ることになり、人生初の困難に直面していたチェラは、地元でタクシーサービスを始める。チェラを演じたアナ・ブランは、最優秀女優賞を受賞。
銀熊最優秀監督賞

ウェス・アンダーソン Wes Anderson

作品名:Isle of Dogs
製作国:英国・ドイツ

ウェス・アンダーソン

Wes Anderson米・テキサス州出身の映画監督・プロデューサー、脚本家。1996年公開の『アンソニーのハッピー・モーテル』で長編映画監督デビュー。前作『グランド・ブダペスト・ホテル』は、第64回ベルリン国際映画祭で銀熊賞を獲得。同作品でゴールデングローブ賞の作品賞を受賞、アカデミー賞監督賞にノミネートされた。

Isle of Dogs あらすじ

日本のとある都市、メガ崎市では犬による伝染病が蔓延していたため、犬たちはゴミ島に隔離されてしまう。そんな中、アタリ少年は自分の飼い犬を探し出すため、ゴミ島に降り立ち……。『ファンタスティックMr.FOX』以来となるストップモーション・アニメーション映画となる。
銀熊最優秀女優賞

アナ・ブラン Ana Brun

作品名:Las herederas (The Heiresses)
監督:マルセロ・マルティネシ(Marcelo Martinessi)

銀熊最優秀男優賞

アンソニー・バジョン Anthony Bajon

作品名:La prière (The Prayer)
監督:セドリック・カーン(Cédric Kahn)

銀熊最優秀脚本賞

マニュエル・アルカラ Manuel Alcalá
アロンソ・ルイスパラシオス Alonso Ruizpalacios

作品名:Museo (Museum)
監督:アロンソ・ルイスパラシオス(Alonso Ruizpalacios)

銀熊芸術貢献賞

エレナ・オコプナヤ Elena Okopnaya

受賞内容:コスチューム、プロダクトデザイン
作品名:Dovlatov
監督:アレクセイ・ゲルマンJr. (Alexey German Jr.)

第68回 ベルリン国際映画祭レポート

「civil courage(市民の勇気)」をテーマにかかげた第68回ベルリン国際映画祭。ドイツが、欧州が、 世界が直面する数々の課題を取り上げた作品が、ここベルリンの地に集結した。
(Text:中村真人)

「♯MeToo」ムーブメントから考える
今回のベルリン国際映画祭

昨年秋、ハリウッドの映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが長年女優らに悪質なセクハラ行為を行っていたことが明るみになると、「#MeToo」と呼ばれる世界的なムーブメントに発展した。ベルリン国際映画祭の総合ディレクター、ディーター・コスリックはこの動きを深刻に受け止め、第68回となる今回の映画祭のテーマの一つに据えた。中でも2月19日に映画やテレビ関係者が登壇して行われたディスカッションは、大きな注目を集めた。

「『#MeToo』はセックス・スキャンダルという括りで報じられることが多いが、問題は権力とその乱用であり、暴力、不当な嫌がらせだ。それらはセックスとは関係がない」
(挨拶を述べたカタリーナ・バーレイ家庭相)

「私たちが必要とするのは何か別の意識であり、最終的に自分たちの自由を狭める新しい決まりごとではない」
(女優のナタリア・ヴェルナー)

多くの人々に夢や希望、さまざまな現実を提起し、同時に社会的影響力を持つ映画が、どれだけ公正な環境で作られているのか。今年のベルリナーレは映画やメディア業界全体の足下を見直す一つの問いかけとなった。

『タッチ・ミー・ノット』のキャストたち金熊賞を受賞した『タッチ・ミー・ノット』のキャストたち

「#MeToo」の影響もあり例年に比べてハリウッド映画やそのスターの登場が少なかった中で、今回の映画祭のオープニングを飾ったのはウェス・アンダーソン監督のストップモーション・アニメーション映画『犬ヶ島』。日本の架空の都市、メガ崎市で蔓延した「犬インフルエンザ」によってゴミの島に隔離された犬たちをめぐる物語だ。スカーレット・ヨハンソンや渡辺謙、オノ・ヨーコら日米の著名人が声優を務めたことでも話題になった。近未来を舞台としながらも、1960年代の日本の風俗を取り入れ、力強い和太鼓のリズムが映画の通奏低音になっている。不思議な懐かしさを感じた一方、ジブリ映画の優しいテイストとも異なり、ゴミの島での犬たちの過酷な状況やプロパガンダを煽る権力者のどぎつい描写も目立つ。地元メディアは時代批評を込めたアニメ作品として概ね高い評価を下し、結果的に銀熊賞(最優秀監督賞)が贈られた。

「『犬ヶ島』は、陰謀論やフェイクニュース、オルタナティブ・ファクトがマルチメディアで吹き荒れる中、あらゆる生活に危機をもたらし、迫り来つつある全体主義というものを極めて説得力のある形でヴィジョンにした。(中略)ベルリナーレで4本目の出展となるアンダーソン監督の今作品は、これまででもっとも成熟され、(フェイクニュースなどで)感覚が麻痺してしまう前に不可欠な覚醒の映画である」
(『ベルリーナー・ツァイトゥング』紙)

『犬ヶ島』のキャストたちウェス・アンダーソン監督作『犬ヶ島』のキャストたち。女優の夏木マリ(左)ら日本のキャストも今回の映画祭に参加した

ドイツや世界が直面する問題を
さまざまな目線で切り取る

「#MeToo」の動きにも見られるが、コスリックが語るところのcivil courage(市民の勇気)が今回のベルリナーレの通底した主題になっていたといえよう。現在の世界(特に欧州)を分断する大きな要因である難民問題を取り上げた作品も目立った。別項で紹介した『トランジット』や『スティクス』の他、マルクス・イムホーフ監督のドキュメンタリー映画『エルドラド』にも感銘を受けた。アフリカからの難民船を救出するイタリアの海軍船にカメラは密着する。レスキュー隊の一人が、難民の人々に向かってこう言う。

「理想郷は約束できないが、状況は日に日に良くなるよ」(ちなみに、タイトルの『エルドラド』とは伝説の黄金郷のこと)。しかし彼らはほどなくして、不法労働や売春に手を染めざるを得ない状況に追い込まれ、スイスに逃げ込もうとした家族は国境で戻されてしまう。そのような現実に挿入させる形で、1941年生まれのスイス人のイムホーフ監督は、自身の過去の記憶にさかのぼる。子供時代、彼の両親はジョヴァンナというイタリアからの戦争孤児の女の子を受け入れたという。しかし、その後生まれた法律により、ジョヴァンナはスイスから追放されてしまい、ミラノで栄養失調のため14歳の若さで死んだ。現在76歳のイムホーフ監督は、作品の中で少年の視線に立ち返り、亡きジョヴァンナと想像上の会話を交わす。ドイツでも難民問題を背景によそ者を排斥する動きが高まる中、静かな警告の力を放つ作品だった。

『エルドラド』難民船の救出劇を追う、ドキュメンタリー作『エルドラド』

日々接するマスメディアのニュースでは「難民問題」とひとくくりにされ、それがいつの間にか漠然としたイメージや世論を形作ってゆくが、同じメディアでも映画の場合、普段思いもよらないものの見方や気付きを提示されることが時にある。その力を生むきっかけが監督の個人的体験だったり(『エルドラド』)、亡命作家の小説だったり(『トランジット』)、架空の冒険だったり(『スティクス』)とさまざまだが、映像作家の多様な表現に集中的に触れられるのはベルリナーレのかけがえのない魅力だと今回改めて感じた。ベルリンのかつての空港跡に滞在する難民の悲しみや憧れを描いたパノラマ部門の『Zentralflughafen THF』は、アムネスティ・インターナショナル映画賞を受賞した。

『Zentralflughafen THF』パノラマ部門で賞を受賞した『Zentralflughafen THF』

際立った女性の活躍と日本映画の盛況

この他、コンペ部門で観て印象に残ったのは、2011年7月22日、ノルウェーのウトヤ島で起き、69人の若者が犠牲になった凄惨な銃乱射事件を犠牲者の視点から72分間ワンカットで描いた『Utøya 22. juli』(エリック・ポッペ監督)。ブレジネフ時代の1971年、当局から出版が禁じられていたロシア系ユダヤ人作家セルゲイ・ドヴラートフ(1941〜1990)の悲喜と周囲の人間模様を透徹したカメラワークで表現した『Dovlatov』(アレクセイ・ゲルマンJr.)は、銀熊賞(芸術貢献賞)に輝いた。そして、最優秀作品である金熊賞に選ばれた『タッチ・ミー・ノット』のアディナ・ピンティリエ監督と銀熊賞(審査員グランプリ)の『Twarz』のマウゴジャタ・シュモフスカ監督はいずれも女性。「#MeToo」の余波の中で幕を開けた今回のベルリナーレは、例年になく女性映画人が活躍した年でもあった。

日本映画も盛況だったといえる。行定勲監督の『リバーズ・エッジ』は、パノラマ部門で国際批評家連盟賞を獲得。バッハのフーガから啓発を受けたという清原惟監督の『わたしたちの家』は、横須賀を舞台に、一つの家の中で二つの物語が並行しつつも決して交わらない形で展開するというムズムズした後味が残る佳作。東京芸大大学院の修了作品として撮られた映画で25歳の若手監督が国際映画祭にデビューとは、ベルリナーレには夢がある。日本の若手作家にはこれからもっとベルリンを目指してほしいと思う。小津安二郎監督の『東京暮色』のデジタル修復による上映会には、今回審査員を務めた坂本龍一と小津作品を信奉するヴィム・ヴェンダース監督が登壇し、ファンを喜ばせた。

『リバース・エッジ』パノラマ部門国際批評家連盟賞を受賞した『リバース・エッジ』

001年から長年ベルリン国際映画祭の総合ディレクターを務めてきたコスリックの時代が終わりに近づいた。今夏には次期ディレクターが発表され、コスリックは2019年の映画祭で退任する。今年は早い時期で売り切れの上映会が続出し、映画を観たいけれどもチャンスがないという人が周囲に目立った気がする。世界三大映画祭の中ではずば抜けて市民のために開かれたベルリナーレ。これからもそのスタンスは変えないでほしい。

ベルリン国際映画祭メイン会場のポツダム広場
ベルリン国際映画祭 ポツダム広場も映画祭一色に
ベルリン国際映画祭ポツダム広場に設置された一般チケット売り場
ベルリン国際映画祭会場の近くではさまざまなフード屋台が軒を連ねる
ベルリン国際映画祭ZOO PALAST
ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した『Dovlatov』の記者会見から
ベルリン国際映画祭熊をモチーフにした映画祭のポスターが街中に並ぶ

第68回 ベルリン国際映画祭
おすすめのドイツ映画

Transit トランジット

公開日:2018年4月5日(木)より
監督:クリスティアン・ペツォールト(Christian Petzold)
出演:フランツ・ロゴウスキ(Franz Rogowski)、パウラ・ベーア(Paula Beer)他

Transit トランジット

第二次世界大戦中、ドイツ軍がパリに迫る中、ゲオルクは南仏のマルセイユに逃れる。彼の荷物の中には、逃亡の恐怖から自殺した作家ヴァイデルの遺品である原稿、そしてメキシコ大使館からのビザの確約書が入っていた。この港町では別の場所に移動する者しか滞在できないため、受け入れ可能性のある国の入国許可が必要である。そこで、ゲオルクはヴァイデルに成り済まして、数少ない渡航の席を確保しようとする。が、謎めいた美女であるヴァイデルの妻マリーに出会うと、彼の当初の計画は変わってゆく……。

ユダヤ系作家のアンナ・ゼーガース(1900〜1983)が自己の亡命体験を元に書いた同名の小説の映画化。監督のクリスティアン・ペツォールト(『東ベルリンから来た女』など)は、第二次世界大戦時の登場人物を用いながらも、舞台は現代のマルセイユという、過去と現在を交わらせる手法を取った。ゲオルクが親しくなる少年ドリス(逃亡の途中で死んだ仲間ハインツの子供)は、まさに現代の難民の子を思い起こさせる。いつの時代も変わらない領事館での官僚主義。先が見えないままホテルやカフェで交わされる難民同士の会話を聞きながら、観る者もまた永遠の「トランジット」空間をさまよう。

Das schweigende Klassenzimmer
沈黙する教室

公開日:公開中 
監督:ラース・クラウメ(Lars Kraume)
出演:アナ・レナ・クレンケ(Anna Lena Klenke)、トム・グラメンツ(Tom Gramenz)他

Das schweigende Klassenzimmer 沈黙する教室

1956年、東独スターリンシュタットのギムナジウムに通うテオとクルトは、まだ壁によって隔てられる前の西ベルリンに出向き、映画館で西側のニュース映画に触れる。そこで目にしたのは、東側では決して報じられることのないハンガリー動乱の実状だった。衝撃を受けた2人は、スターリンシュタットに戻ると、ハンガリーの犠牲者を追悼しようとクラスメイトに黙祷を提案する。しかし、この行為が教師、さらに教育担当官の逆鱗に触れた。クラスメイト全員が「国家の敵」という烙印を押されてしまったのである。当局による首謀者探しと圧力は、やがて生徒の家族にも及ぶようになり、生徒たちは自分の将来に影響を及ぼす重大な決断に迫られる……。

『アイヒマンを追え!』で戦後西ドイツにおける過去との対峙を主題にしたラース・クラウメ監督が、今度は実話を元に知られざる東ドイツの戦後史の一幕を描いた。理想に燃えていたはずの社会主義国家が、なぜ狂信的な全体主義に陥っていったのか。50年代当時の社会の不穏な雰囲気をリアルに伝えるだけでなく、生徒たちの家族にナチス時代の記憶が不意に襲ってくるシーンは、観る者の胸に迫る。

Styx スティクス

公開日:ドイツでの公開日未定(オーストリアでは今秋公開予定)
監督:ヴォルフガング・フィッシャー(Wolfgang Fischer)
出演:スザンネ・ヴォルフ(Susanne Wolff)他

Styx  スティクス

ドイツで緊急医として働くリケは、休暇を取り、かねてから思い描いていたヨットでの一人旅を実現させる。ヨーロッパの南端ジブラルタルから、目指すは南太平洋に浮かぶアセンション島。激しい暴風雨の夜を乗り越えた後、リケの視界の先に重量超過で沈没しかけている難民船の姿が入る。すぐに無線で救命を求めるが、反応はない。ようやくつながった沿岸警備隊は救助を約束するものの、到着までかなりの時間がかかるという。このままでは多数の人命が目の前で失われてしまう。自分はいま何をすべきか。リケは溺れかけている1人の少年を救助するが……。

1時間半の上映時間の大部分が長さ12メートルのヨットを舞台にした映画だが、リケ役を演じるスザンネ・ヴォルフの肉体的強度が、作品に圧倒的な迫力を与えている。「スティクス」とは、ギリシャ神話で生者と死者を分け隔てる川のこと。リケの視点に身を置くことで、観客はニュース映像でしか知らないような難民船に出会い、生と死の狭間を共に行き交う。ヴォルフガング・フィッシャー監督によるこのドイツとオーストリアの共作は、今回の映画祭でハイナー・カーロウ賞などを受賞した。

In den Gängen 通路にて

公開日:4月26日(木)より
監督:トーマス・ストゥーバー(Thomas Stuber)
出演:フランツ・ロゴウスキ(Franz Rogowski)、サンドラ・フュラー(Sandra Hüller)他

In den Gängen 通路にて

ヨハン・シュトラウス2世の「美しき青きドナウ」が優美に流れる中、浮かび上がる舞台は、ドイツの東の地方都市にある巨大なスーパー。主人公のクリスティアンは、今日からここで働き始める。同僚には、無口で不器用な彼に仕事の手ほどきをし、いつしか父親のような友人になる飲料部門のブルーノ。休憩中にクリスティアンにちょっかいを出す菓子部門のマリオンらがいる。やがてクリスティアンはマリオンに恋心を抱くようになるが、実は彼女は人妻。そのマリオンがある日突然病欠でいなくなると、クリスティアンの心はぽっかり穴が空き、深い失意が襲う。また元の惨めな生活に戻ってしまうのか……。

延々と続く長い通路、どこまでも規則正しく商品が並ぶスーパーを舞台にしたヒューマンドラマ。極めて規格化された仕事場からじんわりとにじみ出る人の温かみがこの映画の魅力だろうか。今回の映画祭ではコンペ部門で出展され、エキュメニカル審査員賞、ギルデ映画賞を受賞。また、『トランジット』でも主役を演じたフランツ・ロゴウスキは、欧州の若手俳優に与えられるシューティング・スター賞に輝いた。ドイツ人のパートナーや友人と観たら、あれこれ語らいながらより楽しめる作品かもしれない。

最終更新 Freitag, 16 März 2018 15:44
 

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