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生まれ変わるリープフラウエンミルヒ

生まれ変わるリープフラウエンミルヒ

リープフラウエンミルヒ(Liebfrauenmilch)は、おそらく世界で最も名の知られたドイツワインだろう。リープフラウは聖母マリアのことで、教会名に由来する。ミルヒの語源には「ミルク(ミルヒ)」と「修道僧(メンヒ)」の2つの説がある。リープフラウエンミルヒの生産量はドイツの全ワイン生産量の8%にすぎないが、輸出ワインの35%を占めているため、国外において、より知名度が高い。しかし、リープフラウエンミルヒと聞いて、どれだけの人が美味しいワインを思い浮かべるだろうか?リープフラウエンミルヒは、かつて栄光のワインだったが、その後、急激に名声を失った悲劇のワインでもある。そして21世紀、オリジナルのリープフラウエンミルヒが復活している。その盛衰を追った。(岩本順子)

リープフラウエンミルヒ小史

リープフラウエンミルヒの故郷、ヴォルムスは人口約8万人の小都市。トリアーと並ぶ、ドイツ最古の都市のひとつである。ローマ人の築いた街ゆえ、当時からワインがつくられていた。リープフラウエン教会は市壁の北に位置し、スペインのサンチアゴ・デ・コンポステイラまで続く巡礼道「ヤコブの道」の通過点だった。

14、5世紀ごろ、リープフラウエン教会の傍にあったカプチン会修道院の修道僧が、教会の周囲にぶどうを植え、ワイン造りをはじめた。やがて、その美味しさはヨーロッパ中に知れ渡る。この「リープフラウエン教会の塔の一番長い影が届く範囲内に植えられたぶどうからつくられたワイン」が、本来のリープフラウエンミルヒなのである。修道僧たちは、ワイン目当ての巡礼者たちが増えてくると、樽を一つ一つ封印し、証明書を発行するようになった。すでに当時からコピーが出回っていたのである。

17世紀後半、プファルツ継承戦争でヴォルムスの街は焼け野原と化したが、リープフラウエン教会は戦禍をまぬがれた。フランス軍が撤退し、ヴォルムスが再建されたのは18世紀前半。そして1784年、リープフラウエンミルヒの発展に貢献する人物がヴォルムスに現れた。鉄の取引のためにやってきたオランダ人実業家、ペーター=ヨーゼフ・ファルケンベルクである。彼は、リープフラウエンミルヒに惚れ込み、ヴォルムスの女性を妻に迎え、2年後には大聖堂の側にワイン商社を開業した。

フランス革命後、リープフラウエン教会周辺はフランス領となる。そして19世紀初頭、フランス政府主催の国家財産オークションで、カプチン会修道院とリープフラウエンミルヒのぶどう畑が競売にかけられた。当時ヴォルムス市長だったファルケンベルクは、この時の競売で念願の畑の大部分を手に入れ、自社ワインを造り始めたのである。

その後ファルケンベルク社は、自社のリープフラウエンミルヒを英国各地のレストランやパブに売り込み始めた。当初このビジネスはうまくいかなかったが、19世紀半ばにビクトリア女王が、ラインガウのホッホハイムにぶどう畑を所有するザクセン王子アルベルトと結婚したことが契機となり、英国王室でドイツのラインワイン「ホック」(ホッホハイムのワインの呼称)がもてはやされ、リープフラウエンミルヒも売り上げを伸ばした。20世紀初頭、イギリスのワイン商は、同社のリープフラウエンミルヒをシャトー・マルゴーなどの偉大なボルドーと同価格で販売していたという。

しかし、この時期、ファルケンベルク社の成功を目のあたりにした、他のドイツのワイン業者たちが、一斉にリープフラウエンミルヒのコピーを売り始めた。ファルケンベルク社は、オリジナルのリープフラウエンミルヒの1本1本に、かつてのカプチン会の修道僧のように、生産地と品質を保証する印章を押し、コピー商品の防止につとめた。しかし、リープフラウエンミルヒの需要は増える一方で、ファルケンベルク社も「リープフラウエン教会の塔の一番長い 影が届く範囲」を越え、ぶどう畑を拡張する。

1908年のドイツワイン法改正時に、ファルケンベルク社は、リープフラウエンミルヒという名称を「自らの畑の固有名」としてその使用権利を主張するか、現状に合わせ、「ラインワインの総合名称」として認めるかの選択を迫られ、同社は後者を選んだ。18ヘクタール程度のぶどう畑では、世界の需要を満たすことはできないからだ。当時、ライン川沿いの多くの醸造所が、リープフラウエンミルヒのコピーを生産することで生計をたてていたが、ファルケンベルク社の決断は、これらのワイナリーの経済的破綻を救うことにもなった。オリジナルのリープフラウエンミルヒの畑は、この時「リープフラウエンシュティフ ト(リープフラウエン修道院/Liebfrauenstift)」と改められた。

リープフラウエンシュティフト
シェーブス醸造所のリープフラウエンシュティフト・
キルヒェンシュトゥック(リースリング)

その後、2度の世界大戦を経ても、リープフラウエンミルヒ熱は冷めることを知らなかった。そして1971年に、再度ワイン法が改正され、オリジナルのリープフラウエンミルヒの畑は、今度は「リープフラウエンシュティフト・キルヒェンシュトゥック(リープフラウエン修道院教会区域/Liebfrauenstift Kirchenstück)」と改名され、現在に至っている。

現行のワイン法によると、リープフラウエンミルヒは、ラインガウ、ラインヘッセン、ラインプファルツ、ナーエの4生産地域のぶどうからつくられるワインの種類名である。同じボトルの中には、4地域のうち1地域のワインだけしか入れてはならず、原産地名をラベルに明記しなければならない。一方、ぶどう品種の混合は認められており、ミュラー・トゥルガウ、リースリング、シルヴァーナー、ケルナーの4品種のいずれかが最低75%含まれていればよい。 味は半辛口から甘口。リープフラウエンミルヒは、口当たりがよく、安価な初 心者向けワイン、との定評がある。

21世紀の新生リープフラウエンミルヒ

1990年代の終わりから、ファルケンベルク社のティルマン・クエインス、グッツラー醸造所のゲアハルト・グッツラー、シェーブス醸造所のアルノ・シェーブス、そしてシュポーア醸造所のクリスチャン・シュポーアの4人が、オリジナルのリープフラウエンミルヒの畑「リープフラウエンシュティフト・キル ヒェンシュトゥック」で、偉大なるリープフラウエンミルヒのリバイバルに取 り組んでいる。

ファルケンベルク社は、200年前とほぼ変わることなく、約13ヘクタールを所有、グッツラー醸造所とシェーブス醸造所は、隣り合わせの畑を、それぞれが0,2ヘクタールずつ所有、シュポーア醸造所はファルケンベルク社から1ヘクタールの畑を借りてワインづくりを行っている。「リープフラウエンミルヒは、良くも悪くも、世界で最も有名なワイン。この知名度をプラスに活かしたいと思った」。そうゲアハルト・グッツラーは言う。

2003年、ゲアハルトの醸造した過去5年のヴィンテージが厳しい審査に通り、ドイツ名醸ワイン生産者協会(VDP)は、リープフラウエンシュテイフト・キルヒェンシュトゥックの一部をグローセス・ゲヴェックス(特級畑)に認定。以後、VDP会員であるグッツラー醸造所は、この畑のリースリングをグローセス・ゲヴェックスとして市場に出している。彼の凝縮したリープフラウエンシュテイフト・キルヒェンシュトゥックは、専門家たちの間で定評がある。

リープフラウエン教会とワイン畑
リープフラウエン教会とワイン畑
© Stadtmarketing Nibelungenstadt Worms

アルノ・シェーブスもゲアハルトとともに、1998年からリープフラウエンシュテイフト・キルヒェンシュトゥックを生産している。友人同士である2人は、共同で畑作業を行っている。2人は土壌の特色を最大限に活かすため、62センチ間隔、1ヘクタールあたり約8000本という密植を試みている。「こうすると、ぶどうの樹はお互いに競い合って、地中深くに根をおろし、土壌の性格をより反映してくれる」。そう2人は言う。畑を購入した時に植わっていた、樹齢30年を越えるリースリングはそのまま活かし、新たに植樹する場合は、そのリースリングの古木の枝を接ぎ木して植えるという徹底ぶりだ。

アルノは毎年最良の状態で収穫したぶどうから、1種類の辛口ワイン「キルヒェンシュトゥックQ.b.A」を生産している。「収穫はすべて手作業、極端なまでのぶどうの選別作業を行っているため、できあがるワインは年間600本だけ」だそうだ。彼のリープフラウエンシュテイフト・キルヒェンシュトゥックには秘められた、力強い味わいが感じられる。「僕は、リープフラウエンシュテイフト・キルヒェンシュトゥックの畑のすぐそばで生まれたので、この畑にとても愛着がある。僕は、繁栄と没落、そして復活、という物語を信じる。僕たちのリープフラウエンシュテイフト・キルヒェンシュトゥックが、かつての名声を取り戻すことは、きっと可能だと思う」。そうアルノは意気込む。

「マドンナ」ブランドのリープフラウエンミルヒで有名なファルケンベルク社が本格的にこのプロジェクトに取り組み始めたのは、2001年にティルマン・クエインスが醸造責任者に抜擢されてから。13ヘクタールあるため、あらゆるランクのワインが生産されている。生産本数は年間約6万本で、すでに、アメリカ、スカンジナヴィア諸国のほか、シンガポール、香港、台湾にも輸出している。ティルマンのリープフラウエンシュテイフト・キルヒェンシュトゥックは、いずれもエキゾティックな果実の味と香りに満ちたエレガントな仕上がり。純粋培養酵母を使い、18度で発酵させている。「リープフラウエンシュテイフ ト・キルヒェンシュトゥックは偉大なる歴史をもつ畑。そこに魅了される」そうティルマンは言う。


アルノ・シェーブス、ティルマン・クエインス
、クリスチャン・シュポーア、ゲアハルト・グッツラー(左から順に)

クリスチャン・シュポーアは、2003年からリープフラウエンシュテイフト・キルヒェンシュトゥックで、リースリングとシャルドネを50%ずつ栽培している。「リープフラウエンシュテイフト・キルヒェンシュトゥックは複雑な構成の土壌なので、できあがるワインにも複雑味が出る」と言う。クリスチャンのリープフラウエンシュテイフト・キルヒェンシュトゥックは、同じ畑ながら、他の3人のそれよりスパイシーな味わいだ。

4人の造り手たちの生み出すオリジナルのリープフラウエンミルヒは、いずれもそれぞれの個性が表現された極上ワイン。伝説のリープフラウエンミルヒはすでに復活している。それは、14、5世紀の巡礼者たちが絶賛し、19、20世紀の英国王室が魅了された味に限りなく近いだろうか。

筆者プロフィール
岩本順子 翻訳者、ライター。ハンブルク在住。ドイツとブラジルを往復しながら、主に両国の食生活、ワイン造り、生活習慣などを取材中。著書においしいワインが出来た!―名門ケラー醸造所飛び込み奮闘記 (講談社文庫) 、ドイツワイン 偉大なる造り手たちの肖像 他。
最終更新 Dienstag, 03 September 2019 15:03
 

ハッピー・バースデー!ヴァイスヴルスト

ハッピー・バースデー!ヴァイスヴルスト

ミュンヘン・レポーター ゲッペルみどり

白ソーセージ
主人がきれいに盛りつけてくれました

みなさんご存知でしたか?ミュンヘン名物ヴァイスヴルスト(Weißwurst)が、今年生誕150周年を迎えました。

ヴァイスヴルストは主に子牛肉を使った白ソーセージで、パセリなどの香草を混ぜているものが主流です。レモンも入っているので、柔らかでジューシーなのにさっぱりとした味わいが楽しめます。

時間が経つと味が落ちるため、作りたてを食べる直前に茹でるのがおいしく味わう秘訣です。冷蔵庫がなく、ソーセージも茹でずに保存しなければならなかった時代の名残りとして、「ヴァイスヴルストは正午の鐘の音を聞いてはいけない」という風習があります。そのため、レストランではいつでもヴァイスヴルストが食べられるわけではありませんのでご注意ください。

ヴァイスヴルストの歴史は、1857年2月22日にまで遡ります。ミュンヘンのマリエンプラッツにある家族経営レストラン「Zum Ewigen Licht」のオーナーのセップモーザー氏が、焼きソーセージ用の羊の腸を切らしてしまったある日、代わりに豚の腸を使ったところ、羊の腸に比べ太く仕上がったため、焼くとはじけてしまうのではと頭をひねり、茹でて調理したのが始まりでした。その後、このソーセージは大好評となり、南バイエルン地方に広まったといわれています。

しかし、ミュンヘンの情報マガジン「GO」3月号によると、違う説もあるようで、そこには「ヴァイスヴルストはミュンヘンで誕生したものではなく、ハンブルクで最初に考案され、北から南に輸入されたものだという説がある」と書かれています。私は「ハンブルク発祥地」説があることをまったく知らなかったので驚きましたが、これだけミュンヘンで愛されているヴァイスヴルストなのですから、ミュンヘン生まれのソーセージであることには変わりないと思ってい ます。

一方、GOのコラムニストは、次のように続けています。「ミュンヘン人にとって、ヴァイスヴルストは150年もの間、人生の晴れの日も雨の日も、なくてはならない存在として共に歩んできたものなのだ」


「Zum Ewigen Licht」で注文したヴァイスヴルストと
ブレッツェン、ヴァイスビア袋に入った甘いマスタード

ヴァイスブルストの伝統的な食べ方は2種類あります。1つ目は、先端にナイフで切り目を入れ、手に持って中身を吸い出す方法です。ドイツ人の夫は、これこそ正当な食べ方だと主張しています。新鮮なヴァイスヴルストであればあるほど、中身をチュルッと吸い出すことが簡単にできるとか。2つめは、お皿の上で縦半分にナイフで切れ目を入れて転がせて皮を取る方法です。一般的な食べ方なので、レストランではこの食べ方をお勧めします。

というのも私自身の失敗談なのですが、我が家では夫にならい中身をチュルッと吸う方法でしか食べたことがなかったため、切って転がせて皮を取る方法を知りませんでした。初めてレストランでヴァイスブルストを食べた時、上手に転がせて皮を取ることができずに苦労したのを今でも覚えています。

そしてヴァイスブルストには、なんといっても白ビール(Weißbier)と甘いマスタード(süßer Senf)とブレッツェン(Brezen)が欠かせません。私はヴァイスブルストとブレッツェンを食べて、白ビールを飲んでいる時、ミュンヘンに住む1人の人間として誇りを感じます。ヴァイスヴルストは、それくらいミュンヘンの生活に深く馴染んだソーセージなのです。

ご家庭でのヴァイスブルストのおいしい茹で方ですが、大きめの鍋に水を入れ、沸騰させます。沸騰したらコンロから鍋を下ろし、温度が75~80度くらいになったら塩とヴァイスヴルストを入れます。絶対に沸騰させてはいけません。また塩を入れるのもお忘れなく。塩がないと味気ないヴァイスヴルストになってしまうからです。パセリやレモンの皮を少し鍋に入れてもいいですね。15分くらいお湯につけるのが目安ですが、ヴァイスヴルストの先の皮が少し開いて中身が見えるようになったら、調理終了の合図です。できたてをホクホク味わいましょう。

私がお薦めするおいしいヴァイスヴルストが買える肉屋は2つあります。バイエルン州に245店舗ある大手の「VINZENZMURR」と、我が家の近くの伝統のある肉屋「SEDLMEIR」(Pfanzeltplatz 14)です。この肉屋は、なんと今年の2月に「ヴァイスヴルスト金賞」を受賞しました。以前に一度、日本人の知人にそのお店で買ったヴァイスヴルストをごちそうした時、彼女はあまりにもおいしくて4本食べてしまったくらいです。私もおいしくて4本食べてしまいました。人間っておいしいものに出会うと夢中で食べてしまうの かもしれませんね。

みなさんもミュンヘンのヴァイスヴルストを一度味わってみませんか。

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最終更新 Dienstag, 03 September 2019 15:08
 

ドイツでガーデニングライフを楽しむ

ドイツでガーデニングライフを楽しむ

休日に散歩していて、汗だくになって土を掘り起こしたり、はさみを片手に植物の手入れに、いそいそと励むドイツ人の姿を目にすることはありませんか。英国人のイングリッシュガーデンのようには知られていませんが、ドイツ人も何たってガーデニングが大好き。初夏の陽射しに誘われて、ドイツであなたもガーデニングデビューしてみませんか。今回は花より団子派に捧げます。(編集部)

1. クラインガルテンに挑戦

日本であれドイツであれ、庭付きの一戸建てに住む、なんていうのは誰にとっても憧れの的だろう。だがそうはいっても現実には一戸建てなんて夢のまた夢、ましてや大都市に住んでいると庭なんて...。でも大丈夫、何たってドイツはクラインガルテン(市民農園)の発祥の地。街中に住んでいようが、小さいながらも自分だけの緑のオアシスが持てるのだ。

クラインガルテンの歴史

イラストクラインガルテンはシュレーバーガルテン(Schrebergarten)とも呼ばれる。全国各地に協会(約1万5200団体)があり、その協会が会のメンバーに区画を貸し出すという方式になっている。クラインガルテンの歴史は古く、そもそもは19世紀初頭、貧しい人々に土地を貸し出して栄養源となる野菜や果樹を植えたのが始まりだ。その後、その運動のイニシアチブをとったシュレーバー氏の名前をとったシュレーバー協会が作られ、ライプツィヒに最初のクラインガル テンが生まれた。工業化が進む中、労働者にとっては郊外に住み、緑に触れ、花に囲まれた暮らしは夢の1つだった。そしてその後、とりわけ第2次大戦後の食糧難を解消するため、クラインガルテンが全国的に広がり、現在、ドイツでは計4万6640ヘクタールがクラインガルテンとして利用され、400万人以上が余暇に庭仕事を楽しんでいる。

どうやったら借りられる?

一番よくあるパターンが友人からの口コミ情報、あるいは親から譲ってもらうという人脈もの。もしコネがない場合は、新聞広告の不動産欄やインターネットで物件をチェックしたり、自宅近くの協会の連絡先を探してみよう。人気のある協会だと、順番待ちリストに登録されることになる。もしどうしても連絡先が分からない場合は、ウェブサイトのwww.kleingartenvereine.deにアクセスすれば、連絡先が閲覧できる。さらにもっと積極的に探したい場合は、同サイトの「探しています」に募集広告を載せてみるのも手だ。

いくらくらい費用はかかるの?

立地、面積によってコストは様々。ある協会では平米当たりの賃料が0.28ユーロ。会費や保険料なども含め、年間約250ユーロくらいが平均的だ。これに植栽費用、ガーデニング用具の購入費などが必要になってくる。

気をつけるべき点は?

それぞれの協会ごとに定款があるのでそれをよく読むべし。基本的には、(1)ガルテンをきちんと管理すること(2)騒音を出さぬよう静かにすること(3)コミュニティへの奉仕活動(年間約8時間)-が義務付けられている。自分の志向と一致しているか、確認してから申し込もう。何を植えるべし、あるいは何を植えざるべし(例えば針葉樹、ビャクシンなど)というのが逐一決められている所もあり、自分に合ったクラインガルテンを選ぶよう留意すべきだろう。

それでもやめられないクラインガルテンの魅力

土地を借りて自由に好きな作物を作りたい、と思っている人には少し窮屈な面もあるかもしれない。だが、自然と親しみ、日々のストレスを忘れ、同じ土地で庭仕事の労苦を他の人と分かち合うことで、新たな友人の輪が広がるかもしれない。それに何より、自分で汗を流し、手塩に掛けて作った野菜の成長を見守り、食卓で口にする喜びは何ものにも替え難い。

一口メモお庭の恋人?いえ小人、ガルテンツヴェルク
ドイツ文化の代表とも、悪趣味の代表ともいわれる庭の置物Gartenzwerg。従来の無毒スタイルをかなぐり捨てた、新しいスタイルのGartenzwergの登場によってリバイバルを果たした。

2. ガーデニングの達人に聞く

ガーデンの達人
上)菜園の前に立つ
Stuckenschmidtさん
中) 花と野菜が同居する
花壇
下)植えられるのを
待つばかりの幼苗
キューニクスウィンター(Königswinter)にある小さな村Rostingenの古農家Rostinger Hofに1975年より居を構える陶芸家のYoshie・Stuckenschmidt-Haraさん。約5000㎡の庭の中には池のある日本風庭園の一角あり、果樹園あり(リンゴやセイヨウスグリを初め、日本でおなじみの長十郎梨や梅も)、そして何よりも目を引くのは日本の野菜がスクスクと育つ菜園だ。

採種も自らが行い、タネから育てた野菜はカボチャ、トマト、ナス、ゴボウ、下仁田ネギ、春菊、(日本の)キュウリ、水菜、壬生菜、ミョウガ、シソ、枝豆などなど、郷愁をそそられる顔ぶればかり。(小豆も蒔いて、収穫まであと一歩のところだったのがサヤだけを残して何者かに食べられてしまったそう)。知り合いからもどんどん集まってくる野菜の種や苗を全て無農薬、コンポストを利用した有機栽培で大きくしている。

水はけのよい南斜面という地の利が幸いしてか、大抵の日本の野菜が作れるそうだが、これまでの経験で唯一うまくいかなかったのが大根。「何度作っても黒い線が入った」のだそうだ。それにしてもどうやってこれだけの野菜をうまく作れるのか?そのコツを聞いたところ、それぞれの特性に合わせてマルチをしいて雑草の生えるのを防いだり、 土の水分の蒸散を防いだり、連作をさせない、しっかりと苗作りをするといったいくつかの回答が返ってきたが、究極の決め手は「適度に水をやって、適度に肥料をやって、あまり愛情をかけすぎないこと」(Stuckenschmidtさん)にありそうだ。

子育て同様、成長を注意深く見守りつつ、甘やかさないことが大きな実につながるのだろう。

3. ベランダ菜園で手軽においしく

家で手軽に土に親しみたいならばベランダでだって立派に野菜が作れる。ただし、ベランダのある方角を事前にチェックするのをお忘れなく。野菜によっては日照時間が短いと実がならないものもあるからだ。また病虫害に強い品種を選ぶのも、収穫まで持っていくことができるかの重要なポイントだ。プランターで栽培するときに気をつけてやらなければならないのは限られた面積に植えられているので、肥料や水切れには気をつけよう。また植えるときにも十分間隔をとってやることが大切だ。

トマト

何と言ってもトマトの成長には日光が欠かせないので、ベランダは南向きがベター。葉に水がかかると病気にかかる原因となるので、雨よけには気をつけたい。また背が伸びるタイプではなく、こんもりと茂るベ ランダトマトを購入すると育てやすいだろう。

ピーマン

トマトとくればキュウリと答えたくなるのが日本人。だがご存知のようにドイツのキュウリはビックサイズのヘビキュウリ(Schlangengurke)あるいはピクルス用のミニキュウリしかない。そこでもっとポピュラーなピーマンに挑戦してみてはどうだろうか。場所をとらないが、肥料と水を十分与えるのを忘れないように。

ハーブ

ちょっとした料理のアクセントに欲しくなるのがハーブ各種。すっかりおなじみのバジルやミントはもちろん、日本ではあまり見かけない葉の広がったタイプのパセリや調味料マギーの原料にも使われるレビスチム(通称Maggiekraut)も試してみたい。これらハーブは切った後もどんどん伸びてくる。バジルの場合は花(種子)ができないよう、まめに摘み取るのが長く楽しむ秘訣だ。

サラダ

夏はサラダのシャキシャキ感がうれしい。ベランダ菜園にお薦めしたいのが摘みサラダ(Pflücksalat)。次から次へと収穫できるのでお得感がある。

一口メモ 農夫の法則(Bauern Regel)
気象予報技術が発達した今でも、昔からの経験則に基づいた言い伝えほど、あてになるものはない。例えば、 Mai kühl und nass füllt dem Bauer Scheune und Fass. (5月が涼しく雨が多ければ、実りは多く安心していられる)など一聴の価値がある。

4. ガーデニング用語

Laube f. 庭小屋
Gießkanne f. じょうろ
Schlauch m. ホース
Erde f. 土
Dünger m. 肥料
Saat f. 種子
Jungpflanzen f. 幼苗
Balkonkasten m. プランター
Topf m. 鉢
Beet n. 花壇
Gemüse n. 野菜
Kräuter f. ハーブ
Pflanzenschutzmittel n. 農薬(chem.- biolog.-)
Insekten f. 虫
Ernte f. 収穫

5. オープンガーデンデーでよそのお庭を拝見

ブンデスガルテンシャウ

2年に1回の頻度で開かれるブンデスガルテンシャウ(Bundesgartenschau)。国レベルで開かれる庭関連の最大のイベントで、最新の庭のトレンドを知ることができるだけでなく、昔ながらの貴族のキッチンガーデンが再現されていたりと、庭に関する全てを知ることができる。今年は4月から10月までの間、チューリンゲン州のGeraとRonneburgで開かれている。詳しくはwww.buga2007.deでチェックを。

オープンガーデンデー

個人の庭をのぞいてみたいという人は各地で時期を異にして開かれるオープンガーデンデーに参加してみてはどうだろうか。「植物の美と不思議を他の人と分かち合う」とい うことを趣旨として1927年に英国で始まったプライベートガーテンの公開行事が、1989年からドイツでもハノーファーを皮切りにスタートしたのが全国に広がっていった。日程やどのガーデンが公開されているかは、www.dggl.orgを参照のこと。

一口メモ ガーデニング雑誌&TV
農薬や化学肥料を使わないBio商品が有名なドイツだけに、雑誌も自然志向を目指す人向けのKraut&Rüben、NatürlichGärtnernといった雑誌が人気。またFloraやMein schöner Gartenなどは眺めているだけでも楽しくなる一冊だ。なおテレビ好きには毎日18時からバイエルン放送で流れるQuerbeetをお薦めしたい。バイエルン訛りのナレーションと色鮮やかな植物の面々がのどかなひと時を約束してくれる。

編集後記
土と触れ合う機会があるという人はどれくらいいるでしょうか。環境問題や食の安全が叫ばれる時代の中で、ガーデニングは自然と親しむことの少なくなった都会人に自らの暮らしを見直すきっかけも与えてくれるかもしれませ ん。今回訪問させていただいたStuckenschmidtさんのお宅では健やかな庭を見せていただき、気持ちが晴れやかになりました。本当にありがとうございました。

参考文献 www.umwelt.jp

最終更新 Dienstag, 03 September 2019 15:28
 

マックス・ラーベ氏にインタビュー

マックス・ラーベ氏にインタビュー

マックス・ラーべ(Max Raabe)とパラスト・オ ーケストラ(Palast Orchester)といえばドイツ人で知らない人はいないと言い切ってもいいかもしれない。舞台で見る彼はポマードでなでつけたオールバックの髪形とえん尾服、直立不動の姿勢で決して感情を表さない。(「曲の持つ力で感情を表現することができるから、表情などで気持ちを表さなくてもいい」という)ゴージャスな12人のバンドを従えて艶やかなバリトンで歌い上げるのは1920年代~30年代初頭の流行歌や風刺小唄のカバー。唯一無比なるバンドが当時のままに音色を奏で始めれば、気分はすっかり黄金の20年代へタイムスリップする。ナチスドイツに「退廃芸術」のらく印を押され、闇に葬り去られようとしたこれらの歌曲の掘り起こしを続けるパラスト・オーケストラが結成されて今年で20年になる。今月末には2回目の来日公演を控えるマックス・ラーベ氏にベルリンでインタビューしました。(編集部)

パラスト・オーケストラ結成まで

── 1920年代~30年代の雰囲気そのままにオーケストラ演奏で歌うパラスト・オーケストラが結成されて20年ということですが、そもそも誰のアイデアだったのですか。

マックス・ラーベ(以下R):そもそもはピアニストと自分2人だけの短いプログラムでスタートしました。その後、学友とともに小さいバンドで活動するようになって、レパートリーも広がる内に、ふとある時、「1920年代、30年代の編成そのままのオーケストラがあったらいいよね」という話になりました。たまたま、その当時のダンスホールで演奏する際に使われたA4サイズくらいの、もうすっかり黄ばんだ楽譜が見つかり、30分くらいの短いプログラムを組んで演奏するようになりました。

── 最初から他の人が思い付かないようなユニークなことをやろう、という思惑があったのですか?

R:1985年にベルリンに出てきた時に、自分達が今やっているような音楽をやっているようなオーケストラがないことに驚きました。何たってこの音楽はベルリンに欠かせないと思っていましたし、皆タイトルも知っている、時にラジオでも流れたり、古い映画でもたびたび耳にして誰もが知っているメロディーだったから。もちろんピアノで演奏 する人はたまにいたけど、ぜひオーケストラで演奏したいといつも思っていました。

── パラスト・オーケストラと名付けたのは?

R:私が名付けました。20年~30年代は映画館、劇場、キャバレーとありとあらゆるものにパラスト(宮殿)という名前が冠せられました。巨大かつゴージャス、エレガントでモダンなものを!という動きがあり、パラストと呼ぶことでそのイメージを喚起しようとしたんですね。そこで皮肉を込めて、自分達のオーケストラ名にパラストとつけました。もちろん宮殿なんて持っていないんですけどね。

── こんなに成功するとは20年前に予想しましたか? あるインタビュー記事で、シャレのつもりだったと読みましたが…。

R:最初は学生のダンスパーティーで演奏するだけで、学生の間の余技と考えていました。メンバーの誰もが4、5年で終わると思っていたんじゃないですかね。卒業したらオペラ歌手とか管弦楽オーケストラの団員になってとか、それぞれ思っていました。ただ音楽を学ぶ身としてはアルバイトに洗車とか芝刈りとか音楽に関係のないことではなくて、純粋に音楽で収入を得られるというのはすごく贅沢だと思ったし、喜びでもありました。

── いつ頃「これならいける」という感触をつかんだんでしょう?

R:うまく受け入れられるといいなあといつも願っていましたが、最初のコンサートで聴衆が感激してくれたのを見て、「これでいいんだ」と確信しました。古い曲を新しくモダンにアレンジするのではなく、当時のままに演奏するスタイルが良かったのだと思います。そして少しずつ、着実に前に進んでいくことができました。

音楽スタイル

── そのユニークさゆえにライバルの出現を許さなかったわけですね。

東京にて
昨年の来日時のスナップショット

R:外国ではプラハにも同じようなバンドがありますし、英国のパサデナ・オーケストラは成功を収めています。ただし、ドイツでは私たちがドイツのレパートリーを独自のスタイルで演奏した初めてのグループで、後に続こうとしたグループはパラスト・オーケストラ、そして私のスタイルをコピーしたので成功しませんでした。聴衆はコピーよりはオリジナルを聴きたがったんですね。このスタイルは、 真面目な演奏と自嘲とを混ぜてうまく綱渡りする必要があるんです。

── スタイルの話が出ました。「マックス・ラーベ」あってのパラスト・オーケストラですが、皮肉っぽさがにじみ出るマックス・ラーベという舞台上の人物と、素顔の自分を比べてやりにくいと感じることはありませんか。

R:実際の自分とは距離ができるし、街を歩いていても皆が「どうせ横柄な奴だろう」と思って話し掛けてこないから、いいですね。(笑)舞台で自分は演技をしているわけではないけれど、「マックス・ラーベ」という人物像を誇張したり、強調したり…、でも友人たちからは「素顔は昔から変わらないね」と言われています。ずっと歌手になりたいと思っていましたし、自分がやっていて、楽しいと思えることで食べていけるのは幸せなことです。他のことを職業にしていたら、きっと飢え死にしていたんじゃないですかねえ。(笑)

── パラスト・オーケストラの音楽にはどのような思いが込められているのでしょうか?歌われている曲の中には「堕落音楽」として、当時ナチス政権によって禁止された曲もありますね。

R:演奏が禁止されたものもありますが、これは詞などの中味が問題だったわけではなく、作詞家・作曲家がユダヤ人だったがゆえでした。これらの歌を歌うときには必ず、作った人の名前を読み上げますが、それには葬り去られようとしたそれらの人々の名を再び蘇らせたい、そして弾圧を受けた作曲家たちへの償いをしたいという気持ちを込めています。

── 音楽の方向性を変えようと思ったり、ソロ活動をメーンにしようと思ったことはありませんか?

R:今やっている音楽が自分に合っているし、まだまだ興味は尽きないので、別なことをやりたいと思ったことはありません。家では音楽はあまり聴かないのですが、もともとクラシック音楽出身なので、聴くとしたらもっぱら室内楽。チームで何かを作り上げるのが好きですし、自分もオーケストラも年々変貌しています。レベルもますます高くなっていますし、決して停滞したりしていないので、無理矢理何かを変えようとは思いません。そうだ、今月末の来日公演に合わせて、日本で発売されるCDのボーナストラックとして日本語の歌も3曲(「白い船のいる港」「野球小僧」「夜来香(やらいしゃ)」)収録しました。まずメロディーを聞いて、詞を訳してもらって選曲しました。もちろんドイツ語の曲を歌うようには正確に解釈はできないのですが、それはきっと日本人がシューベルトの曲を歌うのと同じではないでしょうか。

── ご自身で作詞・作曲もされていますが、インスピレーションはどこから得ているのでしょうか。ひょっとして 「TOKIO HOTEL」などからもですか?

R:自分で曲を作る場合には「まず先に詞ありき」です。テキストのアイデアがあって、それにリズムをはめこんでいく。そしてその詞とリズムが失われないようにして全体を作り上げるわけです。言葉遊びも含めて歌詞が自分にとってはまず重要です。メロディーから考えて歌詞を作ろうとするとメロディーとマッチすることはまずないですね。(笑)

── オーケストラから「こんなの演奏できないよ」なんて突き返されたりすることもあるのですか?

R:自分の楽曲についてはオーケストラの他の誰よりも厳しく判断しています。出来たと思っては捨てる、の繰り返しで最後に残るのはほんのわずかです。(残りは1%くらいですか?)いや1%よりも少ないですね。(笑)

── オペラ歌手のように毎日練習されるのですか?

R:普段は調子が良くないなと思ったら2~3分練習するし、いいな、と思ったら1日中なまけています。(笑)コンサート前は声帯を温めるために練習しますね。ただ、主な仕事は頭の中で次のプロジェ クトの構想を練ったりすることで、声の維持という点ではあまり重きを置いていません。

── 20年の歩みを振り返っていかがですか?

R:名誉欲に食いつぶされたり、絶対に成功してやろうという気持ちは決してありませんでした。目の前のプロジェクトを一つ一つ達成するということを繰り返した結果、1992年に出した「Kein Schwein ruft mich an」(作詞作曲マックス・ラーベ)(電話が鳴り続けるとうっとうしいけれど、鳴らないと淋しいという内容をユーモラスに歌ったもの)がドイツとオーストリアでヒットし、名前が知られるようになって、これは可能性があるんじゃないかと思いました。

海外での成功

── ドイツ国内だけでなくロシアやウクライナ、米国など海外でも高い評価を得ています。成功の理由はどこにあると思われますか?

R:まずは楽曲の持つ力であり、強さでしょうか。そしてオーケストラの演奏も優れていること。聴衆を見ていると、私たちではなく、私たちがやっている音楽を信じてくれているというのを感じます。成功の理由は自分では説明がつきませんが、多くの国で受け入れられていることを素直にうれしいと思っています。

パラスト・オーケストラ

── 昔の曲のカバーがメーンですが、いつか新たに歌う曲がなくなっちゃうんじゃないかという懸念はありませんか?

R:確かに最初は演奏できる曲が十分ないことを心配していたのですが、あまり有名ではないけれど素晴らしい、心躍るような曲をそのたびに発見することがあって、今やレパートリーは400曲以上を数えます。きっとこれからもこんな調子で続いていくのでしょう。

── イッセー尾形さんとの交友を通じて、昨年初めて来日公演を行ったわけですが、イッセーさんには出会った瞬間から分かり合えるものを感じたのでしょうか?

R:お互い控えめな人間だから(笑)、グループ交際から徐々に徐々に近づいていった感じでした。イッセーさんはとても愛すべきキャラクターの持ち主ですね。(年初の尾 形さんのベルリン公演でも飛び入りで日本の曲を歌われたそうですね)3小節のとっても短い節回しです。

── 日本と日本の聴衆の印象はいかがでしたか?

R:空港から街中に向かう途中で、緑の濃さに驚き、ドイツで見慣れている自然との違いをはっきり感じました。着いてからはすぐに温泉につかって、ゆっくりと日本に慣じんでいきました。日本の風呂文化、食文化は素晴らしいですね。日本の聴衆も、行く前には周りから「控えめだよ」と聞いていたけれども、実際には会場で心温かい歓迎を受けました。特にドイツ、日本と反応の違いは感じませんでしたね。

── 来日も間近に迫りましたが、期待されていることはありますか。

R:まずは、うまく公演が成功することですね。その他はおまけというところでしょうか。公演に来てくださる皆さんに会えるのを楽しみにしています。

Photo © Frank Eidel

Max Raabe Max RAABE(マックス・ラーべ)
1962年リューネンに生まれる。教会の合唱団からスタートし、20歳の時にベルリン芸術大学オペラ科に入学。同窓生とともにパラスト・オーケストラを結成し、1987年に初演。 92年に出した「Kein Schwein ruft mich an」の大ヒットで一躍全国に名前が知られるように。今年は結成20周年の節目の年としてドイツのみならず、米国、アジアでツアーが予定されている。
日本公演
5月25日(金)大阪・中央公会堂
5月26日(土)東京・第一生命ホール
ドイツ公演の詳細は www.palastorchester.de

インタビュー後記
会う前から緊張でドキドキ、どうしようどうしようと思っていたところに、現れたのはテレビの画面で見るのと全く同じ(背の高さは190cmくらいでしょうか)ラーベさんでした。穏やかな語り口にうっとりと聞きほれる間もなく、瞬く間にインタビューの時間は過ぎ去ってしまいました。残念です。

最終更新 Dienstag, 03 September 2019 15:50
 

ドイツの我が家で囲む和の食卓

ドイツの我が家で囲む和の食卓

654号で募集した「ドイツの我が家で囲む和の食卓レシピ」。お手軽な一品から、ちょっとしたおもてなしに活用できるメニューまで、様々なアイデアとそれにまつわる楽しいエピソードが集まりました。たくさんのご応募ありがとうございました。一口にドイツといっても、大都市と地方の町では食事情は大きく異なってきますが、献立に頭を悩ませたり、故郷の味が恋しくなった時に、これらのレシピを試してみてはどうでしょうか。

ハル焼きアキ焼きJFC賞
ハル焼きアキ焼き
真理バウムガーデン様

ホ-ムパーティを開いたところ、このレシピを串に刺さずに出していたら、いつの間にか長ネギだけが残っていて、豆腐と肉の部分は全て消えていました。「ウ〜ン、ネギはあくまでも、脇役の運命なのかなぁ!?しかも食べてもらえないなんて、なんて悲しき定め…。」この経験から、やわらかなネギの旨みを知ってもらいたい私としては、一串で1セットとして出してみました。串焼き風で、これが好評です。これからの季節にピッタリの、さっぱり塩焼き風、春焼き(ハル焼き)。そして、ご飯にも 合う照り焼き風、秋焼き(アキ焼き)。ドイツで、日本の季節感を味わってみて下さい!!

 材料
七面鳥のひき肉(Puten Hackfleisch)または生でも食べれる豚挽き肉(Mett)
200g
豆腐(BIO食品としてBioladenなどで手に入ります)
200g
(1丁)
長ネギ
3~4本
卵
1/2個
しょうがの絞り汁
少々
片栗粉(Kartoffel Mehl)
小さじ1
● ハルだれの材料  
だし汁
1カップ
しょうゆ
大さじ4
みりん
大さじ4
砂糖
大さじ2
片栗粉
小さじ2
● アキだれの材料  
しょうゆ
小さじ2
レモンまたはライム
1/4個
オリーブオイル
小さじ1
塩
少々
パセリ
お好みで少々
 作り方
1 長ネギの白い部分を4センチのぶつ切りにする。フライパン(出来ればテフロン加工のものが良い)に少量の油をひき、程よい焦げ目が付くまで中火で焼く。焼き上がったら、3分ほど蓋をして蒸し焼きにする。(その時、水は入れない)その後、ネギを取り出し冷ましておく。
2 1で使わなかった長ネギ(適量)を、細かくみじん切りにして、ボールの中でひき肉と混ぜ合わせる。少量の溶き卵(大さじ4~5杯)、しょうがの絞り汁、片栗粉(小さじ1)を入れて粘りが出るまでまぜる。
3 豆腐をペーパーナフキンに包んで、水気を切り、5mm~1cm幅で刺身のように引き切りする。豆腐の表面2cm×5cm程に、2をパンにペーストを付ける様に、バターナイフ等を使って手で押さえながら、のせるように付ける。
4 フライパンで、豆腐の面から香ばしく焼き上げる。 長ネギと同様に、最後に蒸し焼きにする。
5 焼き上がったら、お皿に移してネギと豆腐を交互に 串に刺す。
6 ハルだれは、片栗粉以外の材料を混ぜ合わせて煮る。最後に倍量の水で溶いた片栗粉を加えて、とろみをつける。
7 アキだれは、すべての材料を混ぜ合わせ、仕上げにお好みでパセリを振る。
8 お好みのソースに絡めて、できあがり。

グーラシュライスイワタニ賞
グーラシュライス
Kumi Sanders 様

カレールーが手に入らないとき、ドイツのどこのスーパーにでも売っている既製のグーラシュスープ(Gulaschsuppe)で、カレーもどきを作ってます。ドイツ人は、このスープと一緒に、パンを食べるけど、私はお米の国の日本人。カレールーが手に入らなかった時に、代用品として思いつきました。グーラシュスープはメーカーによっても味が違ってくるので、いろいろ試してみると良いと思います。ご飯の代わりに、スパゲティにかけ ても、いける味です。

 材料
グーラシュスープ
1缶(500g)
オリーブオイル
少々
玉ねぎ
小1個
にんじん
小1本
ピーマン
半個
 作り方
1 鍋にオリーブオイルを入れ、上記の野菜を小さく切って炒める。
2 スープを入れて、にんじんが柔らかくなるまでコトコト煮る。
3 2を、ご飯にかければできあがり。
*一手間かける時間も惜しいという方は、グーラシュスープを温めてご飯にかけるだけでもOK

アボカドサーモン丼ハウス賞
アボカドサーモン丼
茂木祥子様

アボカドもスモークサーモンもここドイツでは入手が楽です。アボカドとサーモンのお寿司はカリフォ ルニアロールとして有名ですが、のりで巻く手間を省くため、ちらし風にしました。

 材料
アボカド(熟れているほどおいしい)
1個
スモークサーモン
適量
穀物酢
40cc
砂糖
大さじ1
塩
少々
米
2合
 作り方
1 酢、砂糖、塩を混ぜ、電子レンジに15秒かけて砂糖を溶かす。
2 硬めに炊いたご飯に1の酢を回し入れ、混ぜながら冷ます。
3 アボカド、サーモンを一口大に切る。
4 酢飯をどんぶりによそい、アボカドとサーモンを盛り付けて、 お好みでわさび醤油を添えていただく。

大根のべったら漬け風串亭賞
大根のべったら漬け風
堀米いつ子様

最近では、近くのスーパーでも、いわゆる「す」の入っていない立派な大根を手に入れることができるようになりました。おいしい大根にめぐりあったときに作るのがこれ。2、3本まとめて漬けても、あっという間に食べてしまいます。上記の分量で漬ければ、かなり「べったら漬け」に近くなります。甘いのが苦手な主人と、酸っぱいのが大好きな私、そして、減塩を心がけている子ども達のために、我が家では、砂糖と塩を控えめにして漬けています。

 材料
大根
大1本(約1.5kg)
砂糖
200g
塩
40cc
酢
40cc
 作り方
1 大根は皮をむいて、縦半分に切ったあと、適当な長さに切る。
2 全ての材料を厚手のビニール袋に入れて、袋の上からよくもむ。
3 重石をして、大根がかぶるくらい水分が出たら、漬け汁ごと密閉容器にうつし、冷蔵庫で保存する。
*重石がない場合は、瓶詰めや缶詰を利用するとよいでしょう。1週間から2週間でおいしく食べられます。また、大根と同様に、コールラビやラディッシュなどでも同じようにして作ることが出来ます。その場合は、翌日から3日目くらいが食べごろです。

どら焼き串亭賞
どら焼き
堀米いつ子様

チョコレートが大好きな私。ドイツのお菓子もケーキも大好きですが、時々無性に食べたくなるのが、あんこがたっぷり入ったこのどら焼き。あんこの優しい味にほっとしながら、日本人であることを実感するひとときです。同じ生地で、はちみつを除けば、ホットケーキもおいしく作れます。また、小麦粉とベーキングパウダーの分量を各々1.5倍にすれば、アメリカンドッグのタネにも。朝食に、3時のおやつに、また子ども達の誕生日パーティーにもおすすめです。

 材料(6個分)
卵
1個
砂糖
カレースプーン山盛り3杯
牛乳
100ml
はちみつ
カレースプーン山盛り1杯
小麦粉(タイプ405)
100g
ベーキングパウダー
小さじ1強
塩
ひとつまみ
あんこ(市販)
適量
 作り方
1 ボールに卵をほぐし入れ、砂糖を加えて泡立て器で軽く泡立てる。
(*ただし、ふんわりするまで泡立てないこと)
2 1に牛乳とはちみつを加え、ムラなく混ぜ合わせる。
3 小麦粉、ベーキングパウダー、塩を2にふるい入れ、粉っぽさがなくなるまで混ぜ合わる。時間があれば、この後、30分ほどラップをかけて生地を休ませると、きれいに仕上がる。
4 フライパンを中火にかけ、油を入れてなじませたら、余分な油をペーパータオルでふき取る。 一度フライパンを火からおろして、濡れふきんの上で粗熱を取り、3のタネを流し入れる。このとき、大きめのスプーンや小さめのお玉を利用し、同じ分量を流し入れるとよい。
5 表面にぷつぷつと泡が出てきたら生地を裏返し、両面焼く。裏返した方は、表面が乾く程度でよい。
6 焼きあがった生地にあんを挟み、できあがり。好みでホイップクリームを挟んでも美味です。

編集部よりアジアンショップであんこを買う事もできますが、もし近くにそういったものを扱っているお店がない場合は、BIOのお店で小豆を購入して(Azuki-Bohnen)、あんこを手作りしてみてはいかがでしょうか。一晩水につけた小豆100gを水約400ccとともに鍋で煮ます。指でつぶれるような柔らかさになったら、砂糖を加え、さらに塩も少々加えながら、水分を飛ばし、しゃもじで小豆をつぶせばできあがり

ごまネーズ明石清酒賞
ごまネーズ
原田彰子様

今年80歳になる祖母から、10年以上前に教えてもらって以来、(実家でも、嫁いでからも)我が家の定番です。超簡単で温野菜や野菜スティックがもりもり食べちゃえます。生野菜があまり好きでない我が家の3歳の娘も、これならたくさん食べ てくれます。

 材料
ごま
大さじ1
マヨネーズ
大さじ2
砂糖・塩・醤油
少々
 作り方
1 ごまをから煎りして、油がでるまで細かくする。(ごまペーストがあれば、混ぜるだけ)
2 ペースト状になったごまにマヨネーズ、砂糖、醤油、塩を混ぜればできあがり。
3 2にスティック状に切った人参やきゅうりをディップする。ゆでたブロッコリーやカリフラワーとは最高の相性です。またゆでた鶏のささみなどをあわせると、ちょっとしたおかずにもなります。

編集部よりごまのペーストはトルコ系の食料店などでTahiniという名前で売られています。

きんぴら大根串亭賞
きんぴら大根
石井三琴ハウグ様

歯ごたえが忘れられない大根きんぴらはドイツ人の夫も大好きな我が家の一品。和風の食材としていつも買い置きのある大根、古くなってスカスカになろうが、柔らかくなろうが、乾燥しようが、この料理では関係ないようです。お好みでにんじんやセロリを入れても美味しい。作り方はとても簡単ですが、ご飯が美味しくいただけます。 「あと一品っ!」という時に是非これを。

 材料
大根
1/2本
にんじん
1本
セロリ
お好みで
ごま油
適量
だしの素
少々
七味、または唐辛子
お好みで
しょうゆ
大さじ3〜4
料理酒、みりん、またはワイン
少々
砂糖
少々
 作り方
1 野菜は太さを揃えて全て千切りにする。
2 ごま油をフライパンにしき、野菜を一気に炒める。この時、だしの素、砂糖、唐辛子を入れる。
3 少し大根が透明になってきたら酒、しょうゆを入れて水分がなくなるまで炒める。
4 出来上がりにゴマをかけても良い。
*冷えても美味しいので、余ったきんぴら大根は翌日冷蔵庫からそのまま食卓に出して召し上がってください。

卵とじカツ丼卵とじカツ丼
加藤朋美様

もうこれはみなさん作っているかもしれないので、特にアイデアレシピとまではいかないかな?でも日本で作るよりもしかしたら安く簡単にできるかもしれないこのレシピ、シュニッツェルにはすでに味がついているので、めんつゆでの味付けは薄めでいいと思います。

 材料
スーパーで売っているSchweine Schnitzel(冷凍ではなく、ハムなどと並んで冷蔵状態で売っているもの)
2枚
玉ねぎ
小1個
卵
2個
水
少々
めんつゆ(なければ顆粒だし+しょうゆ+酒)
少々
乾燥ネギ、または乾燥パセリ  
ご飯  
 作り方
1 シュニッツェルをトースターなどで温める。
2 その間に、フライパンに浅く水を入れて沸騰させ、切った玉ねぎを入れて、めんつゆで味をつける。
3 温まったカツを食べやすい大きさに切って、2の中へ入れる。
4 溶き卵を入れて好みの固さになったところで火を止める。
5 ご飯の上にのせれば、あっという間に「卵とじカツ丼」が完成!
*スーパーで売っている乾燥ネギやパセリをちょっと振りかけると色合いも良くなります。

なんちゃってごまプリンなんちゃってごまプリン
ナミタンママ様

日本にいる母がよく作ってくれた練りごまを使ったごまプリンが食べたくなったものの、練りごまが手に入らなかったので、主人がよくパンに塗っているピーナツバターで代用して作ってみました。本家本元である母に食べてみてもらったところ、練りごまを 使ったものよりまったりしていておいしい!とのお墨付きをもらった一品。日本 食初心者の外国の方にも必ず喜んでいただける手軽なデザートです。

 材料(4人分)
生クリーム
1カップ
牛乳
0.5カップ
砂糖
大さじ4
ピーナツバター
大さじ2
粉ゼラチン
5g
 作り方
1 水大さじ2に粉ゼラチンを振り入れてふやかす。
2 生クリーム、牛乳、砂糖を鍋に入れて弱火にかけよく混ぜる。
3 ふつふつとしてきたら火を止め、ふやかしたゼラチンを入れて溶かす。
4 ピーナツバターを入れてさらによく混ぜる。
5 型に入れて冷蔵庫で30分から1時間冷やす。

ルッコラサラダうどんルッコラサラダうどん
茂木祥子様

だんだんと暖かくなってきて、日本で食べたサラダうどんが懐かしくなり、作ってみました。レタスより入手しやすいルッコラで試してみました。ルッコラとゴマダレの相性がびっくりするほど良く、とてもおいしいです。

 材料(2人分)
うどん(乾麺でもOK)
2玉
ルッコラ
適量
トマト
1個
市販のごまだれ  
 作り方
1 うどんを茹でて、冷水で冷やす。
2 どんぶりに、うどん、トマト、ルッコラを盛り付け、ゴマダレをかけていただく。お好みでゴマ、刻み海苔をのせてもおいしい。彩りのトマトをにんじんの千切りで代用しても合う。

編集部よりごまだれは、練りごま大さじ4、しょうゆ大さじ3、みりん・酢/各大さじ2、だし大さじ1、砂糖小さじ1、おろししょうが、おろしにんにくを混ぜればできあがり。

柏餅風柏なし柏餅風柏なし
石井三琴ハウグ様

外国で生活していると時々和菓子が食べたくなります。小さな町では日本の和菓子屋さんはないし、自分で作るしかない!といろいろ試してみました。柏餅も笹団子もとても簡単で美味しいです。冷凍も出来るので、突然のお客様でも解凍すれば出来立ての美味しさです。是非試してみてください。上新粉ともち米粉は中華食材店で購入できます。

 材料(柏餅10個分)
上新粉
50g
もち米粉
50g
水
約80cc
市販のこしあん
150〜200g
塩
少々
砂糖
少々
桜の塩漬け(飾り用)
お好みで
 作り方
1 上新粉ともち米粉、塩、砂糖をボールに入れ混ぜ、水を入れてさらして混ぜる。(耳たぶくらいの硬さにする)
2 あんこをボール状に丸め、1で包み丸める。桜の塩付けをのせる。
3 クッキングペーパーの上にのせ蒸し器で15分~20分蒸す。
4 このまま食べるのが一番おいしい。沢山作ってしまったら、なるべく空気に触れないようラップで包み、冷めたら冷凍庫へ。
*自然解凍してレンジで温めてもいいが、オーブンで焼いてもおいしい。

笹団子風笹なし笹団子風笹なし
石井三琴ハウグ様

 

 材料(柏餅10〜15個分)
上新粉
70g
白玉粉(よもぎ入り)
30g
水
約80cc
市販のつぶあん
150〜200g
塩
少々
砂糖
少々
 作り方
1 上新粉と白玉粉、塩、砂糖ボールに入れ混ぜ、水を入れてさらして混ぜる。(耳たぶくらいの硬さにする)
2 あんこをボール状に丸め1で包み丸める。
3 クッキングペーパーの上にのせ、15分~20分蒸し器で蒸す。保存したい場合は、ここでラップに包み冷凍庫へ。あんこを自分で作る場合は、レンジで少し水分を飛ばしてから使用のこと。

ドイツ風しゅうまいドイツ風しゅうまい
編集部K

白状すると実はこれ、オリジナルではございません。ある料理雑誌をもとに作ったところ、全ての材料がドイツで揃うとい点と、ジャガイモがアクセントになっているという「ドイツらしさ」が気に入って、自分でもバリエーションを加えながら作るようになりました。とっても簡単なのでぜひ試してみてください。

 材料(4人分)
挽肉(合い挽きまたは豚)
400g
じゃがいも
大3個
玉ねぎ
中2個
にんじん
中2本
ネギ
2本
しょうゆ
大さじ1
ごま油
大さじ1
刻みにんにく
2かけ
すりおろしたしょうが
1かけ
スープの素(鶏ガラ、なければ野菜でOK)
大さじ1
 作り方
1 じゃがいも2個分をすりおろし、ざるに上げて水分を切る。
2 玉ねぎをみじん切りにする。
3 挽き肉に1と2を混ぜ、しょうゆ、ごま油、スープの素、しょうがとにんにくを混ぜてなじませる。
4 3を小さく手で20個ぐらいにまとめる。
5 残りのじゃがいもと人参を千切りにする。ネギは一口大に切る。
6 厚手のフライパンにごま油をしき、5を軽く中火で炒める。しんなりしてきた所で、4と水カップ1をのせて蓋をする。火が通ってきたところで蓋をとり、10~15分間ほどそのまま弱火にかける。
*お好みで、辛子じょうゆをつけてお召し上がりください。
最終更新 Dienstag, 03 September 2019 16:04
 

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