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特集


クラインガルテンとは?その歴史と借り方を紹介

ドイツ人が庭仕事を愛する理由クラインガルテンとは?

ガーデニングといえば真っ先に英国を思い浮かべるが、実はドイツは「クラインガルテン」と呼ばれる集合型市民農園の発祥の地であり、れっきとしたガーデニング大国だ。そんなドイツで本格的に庭仕事を始めたい人のために、クラインガルテンの成り立ちとその利用方法についてご紹介しよう。 (Text:編集部)

クラインガルデン

始まりは子どものための「小さな庭」
クラインガルテンの歴史

「庭仕事」はドイツ人の趣味として、長年「ショッピング」と1位の座を競うほどの人気を誇る。さらにコロナ禍においては、トイレットペーパーの次に園芸用品の売れ行きが最も伸びたといわれる。そんなドイツ人の「庭仕事好き」の始まりとも言えるのが、「クラインガルテン」(小さな庭の意)と呼ばれる市民のための集合型貸し農園だ。

クラインガルテンは、シュレーバー博士(写真左)にちなんで
            「シュレーバーガルテン」とも呼ばれる クラインガルテンは、シュレーバー博士(写真左)にちなんで「シュレーバーガルテン」とも呼ばれる

クラインガルテンの歴史は、1814年にシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州のカッペルンにある教会が、庭を持ちたい人を募って教会の土地を貸し出したことに始まる。そして1864年には、ライプツィヒの医師で教育改革者のモーリッツ・シュレーバー博士が、貧しい家庭の子どもたちが健康で安全に遊べる「小さな庭」を造った。当時、産業革命の過程で都市が急速に発展する一方、工場労働者たちは小さなアパートで貧しい暮らしを強いられ、生活環境の悪化が社会問題となっていたのだ。この子どもたちの遊び場はやがて、自然との触れ合いのなかで家族が絆を深める場所となり、人々はそこで育った野菜や果物で栄養を補った。さらに第二次世界大戦後には、食糧難を解消するためにクラインガルテンが全国に普及していったという。

今日、ドイツ全国各地には約1万4000のクラインガルテン協会があり、およそ500万人が生垣や柵などで区切られた小さな庭を借りて、余暇に庭仕事を楽しんでいるという。その利用に当たっては多くの規則が存在するため、しばしば「保守的」と揶揄(やゆ)されることもあるが、最近ではコロナ禍の影響もあって園芸人気が高まり、多くのクラインガルテンでは順番待ちリストが希望者で埋まっている。またここ5年間の新しい借主は、12%が移民を背景に持つ人であるとともに、45%が若者や家族連れ世帯。世代や文化的背景を越えて、ドイツにおけるガーデニング人気はまだまだ続きそうだ。

借主をはじめ、近隣住民にとっても憩いの場であるクラインガルテン。 借主をはじめ、近隣住民にとっても憩いの場であるクラインガルテン。今日では、使用できる農薬や化学肥料の種類を制限するなど、環境に配慮した取り組みを行っている協会も少なくない

クラインガルテンを借りるには?

借りる方法と費用

クラインガルテンの貸与期間はおよそ30年間。借りる方法としては、新聞やインターネットの掲示板や、友人・家族からの口コミ、最寄りのクラインガルテン協会に直接問い合わせるのが一般的だ。土地利用代は協会の規定や面積にもよるが、1平方メートル当たり月額平均17セントといわれ、多くの人は年間350ユーロ程度を支払っている。それに加えて協会費が年間約30ユーロ。また新しく庭を借りる場合は、以前の借主から庭に植えてある植物や小屋(Gartenlaube)などを買い取ることになるが、これには平均1900ユーロを支払うという。

ちょっぴり厳しいルール

1983年に制定されたクラインガルテン法をはじめ、協会ごとにさまざまなルールが設けられている。例えば、貸与面積の30%は野菜や果実を育てること、年間8時間以上コミュニティーへの奉仕活動を行うことなど。また、小屋での1~2日程度の宿泊は可能だが、住むことは禁止されている。さらに、クラインガルテンは「公共空間」であり、借主以外の市民のための散歩道としても重要な役割を果たす。そのため多くの協会では、クラインガルテンを囲む塀の高さを1.2~1.5メートル以下に指定し、それぞれが庭を美しく管理して景観を守ることが求められている。

参考:Deutschland Verstehen「Ein eigener Garten für einen Euro pro Tag」、Gartenhaus Magazine「Schrebergarten: Die wichtigsten Zahlen und Fakten」、本誌664号特集「ドイツでガーデニングライフを楽しむ」

最終更新 Dienstag, 23 Februar 2021 09:45
 

簡単で手軽に育つ!観葉植物&ハーブ8選

ドイツで手軽に始める「おうち緑化計画」初心者でも育てられる観葉植物&ハーブ8選

緑のある暮らしに憧れるけれど、忙しくて時間がないという人や、うまく育てる自信がないという方も多いかもしれない。ここではそんな方にぴったりな、育てやすい観葉植物&ハーブをご紹介。小さな緑があるだけで、おうちで過ごす時間もぐっと充実するはず!

室内で楽しむ観葉植物4選

お部屋にちょっとアクセントを加えたいなら、緑を添えてみてはいかがだろうか。観葉植物は育てるのが簡単で、リラックス効果や空気清浄効果があるものも。ドイツでも特に人気の高い4つの観葉植物を、その愛される理由とともに紹介する。
参考:fresh Ideen「Die beliebtesten Zimmerpflanzen Deutschlands」、mein-schöner-garten.de、Süddeutsche Zeitung「Schönes Grün, hässliche Geschichte」、kakteen-haage.de

Fensterblatt
モンステラ

Fensterblatt
日光 Fensterblatt-sun 水分 Fensterblatt-water

ドイツ語名が「窓の葉」という意味の通り、切れ込みが入った独特の葉が特徴。もとは中南米の植物だが、1832年にミュンヘンの植物学者が州立植物コレクションのためにメキシコを旅行した際、初めてドイツに持ち帰ったといわれる。第二次世界大戦後、奇跡的な経済復興を遂げたドイツでは、ブルジョワ家庭の豊かさの象徴としてモンステラがブームに。耐寒性・耐陰性が高いので室内の置き場所は基本的にはどこでもOKだが、たまに日光に当てると元気に育つ。大きいものでは2~3メートルの高さになる。

Glücksfeder
ザミオクルカス

Glücksfeder
日光 Glücksfeder-sun 水分 Glücksfeder-water

肉厚でつややかな葉が魅力的なザミオクルカスは、水や日光をそれほど必要としないため大変育てやすい。ドイツ語名は「幸福の羽」という意味で、8~12枚くらいの葉が閉じたままニョキニョキと茎が伸びていき、まるで花が咲くように一気に葉が開く。原産地は東アフリカやタンザニアのザンジバル諸島で、旺盛な生命力を感じさせるたたずまいから「ザンジバルの宝石」や「不滅の植物」といった名で愛されている。現地では痛み止めの湿布や、さまざまな病気の治療薬としても使用されたとか。

Chinesischer Geldbaum
ピレア・ペペロミオイデス

Chinesischer Geldbaum
日光 Chinesischer Geldbaum-sun 水分 Chinesischer Geldbaum-water

中国の雲南省西部が原産地で、標高1500~3000メートルの森林の日陰の岩で成長していたというピレア・ペペロミオイデス。初めて欧州に持ち込んだのは、1946年に中国からノルウェーに帰国した宣教師だといわれる。原産地が中国であることと、丸くてかわいらしい葉の形が硬貨を連想させることから、ドイツでは「中国のお金のなる木」という意味の名前で親しまれている。繁栄と幸福の象徴とされており、植木鉢にコインを入れておくとお金が増えるという噂もある、なんとも縁起の良い植物だ。

Kakteen
サボテン

Kakteen
日光 Kakteen-sun 水分 Kakteen-water

現存する世界最古のサボテン農園は、実はドイツ中部の都市エアフルトにある。サボテンは16世紀にスペインの航海者によってアメリカ大陸からドイツにも入ってきたといわれるが、このサボテン農園「KakteenHaage」が創業されたのは1685年。現在でも3500種類以上のサボテンを栽培しており、世界各地からもサボテンファンやバイヤーが買い付けに訪れる。サボテンは寒さと暑さに強く、水やりの頻度もそれほど多くない。種類も豊富なので、お気に入りのサボテンを寄せ植えするのも◎。

初心者のためのハーブ4選

ドイツの食卓に欠かせないハーブ。料理のアクセントになったり彩りを添えたり、時には身体の調子を整えるためにも活躍してくれる。そんなドイツ人にとって身近なハーブは、実は菜園初心者にぴったりな植物だ。特によく使われる四つのハーブの効用と共に、窓辺やバルコニーでの育て方をご紹介しよう。
※妊娠中の方や疾患のある方は使用できないハーブがありますのでご注意ください。
参考:Mein EigenHeim「Urban Gardening: Große Ernte auf kleinem Balkon」、Das Online Kräuterbuch、 SparBlog「Küchenkräuter für Menschen ohne grünen Daumen – So bleiben Basilikum & Co. frisch」、本誌1050号特集「摘みたてハーブのある暮らし」

Basilikum
バジル(シソ科メボウキ属 / 一年草)

Basilikum

イタリアンをはじめとするさまざまな料理に活用されるため、ぜひ常備しておきたいハーブの一つ。メディカルハーブとしても知られ、胃腸の働きを整えたり、風邪の症状を緩和させたりといった効果が期待できる。加熱すると香りが飛びやすくなるため、生に近いものを使おう。

育て方のコツ

温暖な地域から来たバジルは、暖かくて日当たりの良い場所が大好き。土が湿っている程度の量の水やりを1〜2日ごとに行おう。収穫はハサミを使って2〜4枚をカットする。プランターの場合は、バジルの成長を促進させてくれるローズマリーと一緒に育てると良い。

Schnittlauch
チャイブ(ヒガンバナ科ネギ属 / 多年草)

Schnittlauch

ネギを少しマイルドにしたような味のチャイブは、和洋中どの料理にも使えるハーブ。ドイツではサラダやスープ、ハーブバターに使われるほか、卵料理やジャガイモ料理にも合う万能選手。ビタミンCや鉄分が豊富で、食欲を増進させる効果が期待できる。高熱に弱いため、最後に添えるのがベスト。

育て方のコツ

部分的に日陰になり、風通しの良い場所を選ぼう。水やりは2〜3日ごと で、土の表面から2〜3センチ部分が乾燥している場合は水分が必要な目安。土から2センチほど残してハサミでカットして収穫する。プランターの場合は、害虫から守ってくれるディルとの相性が◎。

Minze
ミント(シソ科ハッカ属 / 多年草)

Minze

清涼感のある香りでお馴染みのミント。お茶やカクテルに入れるほか、デザートやフルーツサラダ、また中東料理にもよく登場する。家庭菜園向きのペパーミントはメディカルハーブとしても知られ、お茶などで飲用すると消化不良や緊張性頭痛を和らげる効果が期待できる。

育て方のコツ

完全に日が当たる場所ではなく、やや日陰がベスト。また、成長が早く1メートル近く伸びることもあるので、スペースに余裕を持たせてあげて。水やりは2〜3日ごとで、土の表面から2〜3センチ部分が湿っている状態にすること。収穫は上部から10〜20センチをハサミでカットする。

Rosmarin
ローズマリー(シソ科マンネンロウ属 / 多年草)

Rosmarin

抗菌作用があり食材の持ちを良くするため、肉や魚の香草焼きなどによく用いられる。葉の浸出液が強壮剤として処方されたり、外傷にも効果的として重宝されてきた。また、抗酸化作用が認められ「若返りのハーブ」との異名も。3月中旬〜5月は紫色の花が咲き、観賞用としてもおすすめ。

育て方のコツ

暖かく日当たりのいい場所を用意しよう。イベリア半島の乾燥した地帯の出身のため、水やりは3〜4日に1度が目安。葉っぱが乾燥していても、また水をやることで復活する。収穫は、太い茎を残して若い葉をハサミでカットする。

意外と奥深い!? 観葉植物のドイツ文化史!

観葉植物

古代エジプト人はプランターで植物を育て、古代ギリシャやローマ人は土の器で月桂樹を栽培するなど、観葉植物は数千年以上も昔から存在する。しかし一般市民レベルでは、欧州では17世紀ごろまで室内に植物を置く習慣はほぼなかったという。当時の庶民の生活環境は豊かでなく、植物を室内に置くと窓からの日差しが少なくなり、居住空間も狭くなるため、わざわざ飾ろうとは思わなかったのだ。

一方、17世紀後半~18世紀にかけて、植民地支配の過程で研究者や植物学者が南米やアフリカ、アジアなどに渡り、現地の植物を欧州に持ち帰って博物館などでコレクションするように。また産業革命による建築技法の発達で、個人宅にもより大きな窓を取り付けることが可能になったことと、工業化によって環境が悪化したことが相まって、次第に室内に観葉植物を置くようになった。さらに19世紀前半ごろのドイツは戦争によって疲弊し、市民は理想よりも日常的で簡素なものに目を向けるように。この時代の文学や家具、服装などはビーダーマイヤー様式と呼ばれ、この頃からサロンのテーブルに花や植物を飾る文化ができた。そして第二次世界大戦後、バウハウスから影響を受けたモダニズム建築や家具が一世を風ふうび靡。天井が高く大きな窓の付いたリビングや、鉄やアルミ、プラスチックなどを使ったモダン家具の人気とともに、その空間を彩るために観葉植物が一気に普及していった。

参考:Süddeutsche Zeitung「Das Comeback der Zimmerpflanze」、Gartentechnik.de「Geschichte der Zimmerpflanzen」、 Main Post「Gummibaum, Bogenhanf, Yuccapalme: Die Moden der Zimmerpflanzen」

おうち緑化でミツバチをレスキュー!

近年、ミツバチの数が減少していることが問題視されている。普段私たちが口にする野菜や果物などの3分の1は、ミツバチが活動することによって実を結んでおり、欧州では4000種類の野菜がそれに該当する。もしミツバチがいなくなれば、食糧生産量が大幅に減少。特にリンゴやトマトなどのビタミン豊富な食材の希少価値が上がり、価格も高騰するといわれている。

国連食糧農業機関(FAO)の統計によると、世界全体の商業的なミツバチの巣の数は1961年から2014年にかけて45%増加したが、欧州では26.5%減少した。2002年と2003年の冬にはドイツで平均30%のミツバチが死滅し、最大80%に達したという。「ミツバチの大量死」がメディアでも取り上げられるようになったのは、この頃からだ。

ドイツでは、2010年から連邦政府の支援を受けて、専門家と養蜂家が協力して「ミツバチ観測プロジェクト」(DeBiMo)をスタート。その結果、いくつかの死因が特定された。その一つに、農薬や除草剤による影響が挙げられる。とりわけネオニコチノイド系農薬は毒性が強く、欧州連合(EU)では2018年にその使用が禁止されることが決まった。

国際環境NGO グリーンピースによれば、ミツバチを救うために必要なことは、持続可能な農業を促すことだという。それを実現するために一人ひとりができることとして、同団体は有機栽培を推奨する。もちろん、買い物をするときにビオの商品を選ぶだけでなく、化学肥料を使用せずに自分の庭やバルコニーで植物を育てることも選択肢の一つだ。ミツバチに優しい植物でおうちを緑化しながら、小さな働き者たちにぜひ思いを巡らせてみて。

参考:beegut「Faktencheck: Bienensterben wie schlimm steht es wirklich um die Honigbiene?」、www.greenpeace.de「BIENENSTERBEN: BYE BYE, BIENE?」

最終更新 Montag, 22 Februar 2021 18:00
 

チョコレート大国ドイツの愛とおいしさの秘密

ドイツ人は年間11キロのチョコを食べる!?チョコレート大国ドイツの愛とおいしさの秘密

季節ごとにさまざまなフレーバーが楽しめ、疲れた時の甘〜い一口がたまらないチョコレート。そんなチョコ好きにとってうれしいことに、ここドイツはチョコレート大国だ。年間1人当たり約11キロのチョコを消費するというドイツ人の「チョコ愛」を探るとともに、編集部スタッフがドイツチョコの食べ比べ調査を、別ページにて実施!大切な誰かやいつも頑張っている自分に贈りたい、絶品チョコが見つかるかも? (Text:編集部)

チョコレート

ドイツ人とチョコの愛の物語

中南米からドイツへの長い旅路

チョコレートの歴史の始まりは中南米。紀元前に繁栄したオルメカ文明にはチョコレートの原料である「カカオ」に似た言葉があり、最初にカカオを利用したといわれている。その後、マヤ文明(4~9世紀)ではカカオの栽培を開始し、上流階級の間で飲料として重宝された。またカカオは貨幣や神への捧げものとしても役割を果たしていたという。

16世紀初頭、アステカ王国(14~16世紀)はスペイン軍の征服によって植民地となった。それを機にスペイン人たちがカカオ飲料(チョコレート)に砂糖を入れて飲むようになり、欧州にチョコレートが到来。16世紀末には薬用効果もある高級品として、欧州各地の特権階級や聖職者の間で広まり、需要が高まったことで植民地でのカカオ生産が始まった。

産業革命によって大量生産が可能になると、安価なチョコレートが出回るようになり、1847年には英国で初めて固形チョコレートが生産された。その後、1875年にスイスでミルクチョコレートが誕生すると、ドイツでもミルクチョコレートの生産が盛んに。今日にも残るチョコレートメーカーが誕生したのもちょうどこの頃からで、ドイツの一般市民たちもチョコレートを楽しめるようになった。

戦争を経てチョコレート輸出大国に成長

第二次世界大戦中、ドイツではチョコレートのほとんどは軍向けに生産されていた。そのため、終戦後に米国の慈善団体から寄付されたチョコレートが、初めてのチョコレートだったという子どもも少なくなかったという。そして、戦後復興のなかでドイツのチョコレート生産は再び息を吹き返す。

現在ドイツは、チョコレートの輸出量で世界一を誇り、全体の16.9%を占めている。こうした背景には、戦後にチョコレートを生産し続けてきたドイツの中小企業による地道な努力があるという。人はチョコレートを食べると幸せな気持ちになるとしばしばいわれるが、チョコレート生産大国の国民がチョコ好きというのは、当たり前のことなのかもしれない。

フェアトレードでカカオ農家に愛を

チョコレート生産でたびたび話題に上がるのが、児童労働問題や森林破壊などの環境問題。ドイツでは、農家と公正な取引を行うフェアトレードや環境にも人にも優しい有機栽培に取り組む企業が存在する一方、大手メーカーも近年そういった問題に積極的な姿勢を見せている。

実際に、持続可能な方法で栽培されたカカオを含む菓子製品の割合は、2011年の3%から2019年には72%となり、ここ10年で大きく伸びている。しかし、フェアトレード協会によれば、公正に取引きされるカカオの市場全体のシェアは8%とまだ小さい。また、フェアトレード認証といっても、一部の製品に条件を満たした原料を使用しているだけなのか、児童労働を禁ずるような100% フェアな製品なのかなど、マークの種類によって幅があることも問題になっている。

とはいえ、ドイツのように大手メーカーもフェアトレードについて積極的という国は、そう多くはないのが現状だ。世界のカカオ生産量の10%以上をドイツが輸入しているため、チョコレートを愛する国としてこのような公正な取引きを行うことはある意味で「使命」。誰もが笑顔でチョコレートを食べられるように、ドイツは世界をリードしていくべきだろう。

参考:日本チョコレート・ココア協会ホームページ、CHOCION ホームページ、OroVerde – Die Tropenwaldstiftung ホームページ、WELTEXPORTE「Die international größten Exportländer von Schokolade」

ドイツでもバレンタインデーにチョコを贈る!?

日本では、バレンタインデーに女性が思いを寄せる男性にチョコレートを贈る……という伝統(?)があるが、職場の男性などに贈る「義理チョコ」をはじめ、友人同士で贈り合う「友チョコ」、自分へのご褒美として「マイチョコ」、男性が女性に贈る「逆チョコ」など、そのバリエーションは時代と共に増え続けている 。

ここドイツでは、男女関係なくパートナーにプレゼントを贈り合う。ソーシャルショッピングサイトmydealzが2020年2月に発表した調査報告によると、女性の44.4%、男性の45.1%がバレンタインデーにパートナーに何かを贈りたいと回答した。人気の贈り物は、男性は花(32.9%)が1位だったのに対し、女性はレストランでごちそう(19.2%)すること。ちなみに、女性から2番目に人気の贈り物として、チョコレートとプラリネ(16.7%)がランクイン(男性は4位で6.1%)。ドイツでも、チョコレートが特別なプレゼントとして認識されているようだ 。

一方で、愛が強すぎて(?)パートナーを困らせてしまう贈り物の例も。2020年2月のYouGovとStatistaが「バレンタインデーの最悪な贈り物」を調査したところ、1位は家具、2位は家電、3位は電子機器、4位はお金という結果となった。もし今年のパートナーへの贈り物に迷っていたら、やはりチョコレートを贈るのが間違いないのかもしれない 。

参考:Pepper「Umfrage zum Valentinstag: 15 Fragen, 15 Antworten」、Statista「VALENTINSTAG Die schlimmsten Geschenke zum Valentinstag」

数字で見るドイツ人のチョコ好き度

ドイツ人は一体どれほどチョコレートが好きなだろうか。さまざまな統計やアンケート調査からも、ドイツでチョコレートが愛されていることが裏付けられている。

チョコレート製品の消費量は堂々の1位!

欧州における年間1人当たりのチョコレート製品消費量(2017年)

チョコレート製品の消費量は堂々の1位! 参考:CAOBISCO

ドイツ人の好きなお菓子はやはりチョコレート!

少なくとも週に1度は食べるお菓子の種類(2019年10月~2020年3月)

ドイツ人の好きなお菓子はやはりチョコレート! 参考:VuMA

ドイツで人気フレーバーは王道の「ミルクチョコ」!

ドイツ人が1番好きなチョコレートの種類(2018年)

ドイツで人気フレーバーは王道の「ミルクチョコ」! 参考:BDSI

ドイツのチョコレート&プラリネ
食べ比べ調査報告書
最終更新 Dienstag, 02 März 2021 18:08
 

【全9種】ドイツで人気のチョコレート&プラリネを食べ比べ!

人気メーカーから高級老舗までドイツのチョコレート&プラリネ食べ比べ調査報告書

1月某日、本誌と姉妹誌JAPANDIGESTの編集部スタッフ4名が、オンライン会議にてドイツ各地の9社のメーカーから取り寄せたチョコレート&プラリネ(一口サイズのチョコ)の食べ比べ調査を実施した。今回は、1 売上トップ3の定番&新作チョコ、2 フェアトレード&ビオチョコレート、3 老舗チョコレート店のプラリネの三つのカテゴリに分けて試食。それぞれのブランドヒストリーとともに、各調査員のコメントもご参考にそれぞれの味を想像してみて! (Text:編集部)

調査員

編集部D:板チョコが朝ごはん代わりのチョコマニア 編集部O:チョコは全部同じだと思っているチョコビギナー 編集部C:とにかくナッツ入りチョコに目がない 編集部T:1番好きなチョコはリッターのアルペンミルク

ドイツで絶大な人気を誇るチョコレートブランド TOP3

1位Milka ミルカ

milka バレンタイン向けパッケージのハート型チョコ「I love Milka Haselnusscrème」

ウシのイラストと紫色の包み紙に入ったミルカは、ドイツで人気ナンバーワンの座を誇るチョコレート。1826年にスイスでフィリップ・スシャールがココアの生産を始めたのがその起源で、1901年にミルクチョコレートが「ミルカ」として商品登録された。発売当初から、お馴染みの紫色の包み紙が使われていたそう。100% アルペンミルクを使用し、代々受け継がれるオリジナルレシピで作られたチョコレートは、舌触りの良い繊細な味わいが特徴だ。

I love Milka Haselnusscrème
2.69€ / 110g
www.milka.de

コメント

  • リッタースポーツやキンダーと比べて、甘みがまろやかで食べる手が止まらない(D)
  • ミルカのミルクチョコは食べたら絶対にミルカだとわかる味!(C)
  • 「板チョコ以上高級プラリネ未満」な感じで、気軽に人にプレゼントできそう(O)

2位Ritter Sport リッタースポーツ

milka 直近の新フレーバーから「Cranberry Nuss」と「Die Starke 81%」

正方形のフォーマットがトレードマークのリッタースポーツ。1912年にシュトゥットガルトでリッター夫妻がチョコレートの生産を始め、戦前の1932年にこの珍しいフォーマットの板チョコが誕生した。常時20種類以上の味が販売されているが、消費者のアイデアも取り入れながら毎年新しいフレーバーが開発され、世に送り出される。また2018年以降は、100%持続可能な方法で生産されたカカオを使用していることを公表している。

Cranberry Nuss 100g
Die Starke 81% 100g
www.ritter-sport.de

コメント

  • クランベリーやナッツよりもチョコレートが強いけど、食べる場所によって印象が違いそう(C)
  • クランベリーがジューシーでアクセントになっておいしい。ヘーゼルナッツの歯ごたえも良し◎(D)
  • 81%のビターチョコはハードでドライ。これまでのビターチョコとそこまで変わらないかも?(T)

3位Kinder キンダー

milka キンダーの人気チョコを詰め合わせた「Kinder Happy Moments」

キンダーの故郷はなんとイタリア。数々のヒット商品を生み出してきたフェレロ社のブランドとして1968年に誕生し、初の海外進出先としてドイツで成功を収めた。日本では、卵型のチョコレートの中からおもちゃが出てくる「キンダーサプライズ」(KinderÜberraschung)が知られているが、イースターの卵から着想を得たのだとか。チョコレートからアイスクリームまで、さまざまな商品ですっかりドイツの味として親しまれている。

Kinder Happy Moments
162g
www.kinder.com

コメント

  • 子どもが大好きな典型的なチョコバー! 全体的に甘めだが、ミルクチョコは特においしい(T)
  • ポン菓子入りのキンダーカントリーは初めて食べたけど、病みつきになりそう(D)
  • ずっと同じ味なので、子どもの頃に見ていたCMを思い出してすごく懐かしくなる!(C)

人にも環境にも優しいドイツ発のビオチョコレート

GEPA ゲパ

GEPA ゲパ ビオのアールグレイと抹茶が香る「Earl Grey Blanc」と「Matcha Blanc」

1975年に設立されたゲパは、フェアトレードのパイオニアとして発展途上国の食品や工芸品などを扱ってきた。南米と西アフリカの小規模農家組合から直接カカオ豆とカカオバターを購入しており、2000年にビオチョコレートの生産へ移行。独自認証の「GEPA fair+(フェアプラス)」は取得条件が厳しく、より公正な取引きをしていることを示す。100%ビオとは思えないさまざまフレーバーのほか、乳製品を使わないヴィーガンチョコも展開する。

Bio Schokolade Earl Grey Blanc 2.49€ / 80g
Bio Schokolade Matcha Blanc 2.49€ / 80g
www.gepa.de

コメント

  • 袋を開けた時に強いアールグレイの香りが! 味は濃いめで茶葉のカリカリ感がある(O)
  • 日本の抹茶チョコレートよりも少し薄めの味だけど、抹茶ファンにはぜひおすすめしたい!(C)
  • 抹茶よりもホワイトチョコの味がメインという印象だけど、雑味がなく上品な味わい(D)

Vivani ヴィヴァーニ

Vivani ヴィヴァーニ チョコファンもきっと未体験の味「Weiße Hanf Caramel」と「Bitter 100+Cacao Nibs」

2000年に小さなビオチョコレートブランドとしてスタートしたヴィヴァーニ。設立者はもともとビオおよびフェアトレードの企業に勤務していた経験を生かし、サステナブルなチョコ作りを追及してきた。今では世界50カ国以上に最高品質のチョコレートを届けている。チョコレートを単なるお菓子ではなく芸術作品として捉え、パッケージにはドイツ在住アーティストによる絵画を採用。その美しい見た目も人気の理由の一つになっている。

Weiße Hanf Caramel 2.45€ / 80g
Bitter 100+Cacao Nibs 2.45€ / 80g
https://vivani.de

コメント

  • 一口目は馴染みのない味だけど、ヘンプとキャラメルは甘くておいしい組み合わせ◎(T)
  • 初のカカオ100%……苦いを通り越して酸味が感じられる。チョコマニアの人はぜひ試してほしい(D)
  • 当たり前だけど100%だから甘くない……(笑)。ミルクに溶かしてココアとして飲むとおいしいかも!(C)

the nu company ヌ・カンパニー

the nu company ヌ・カンパニー 雑穀やナッツが入ったさまざまな種類が楽しめる「nucao」

健康的な食事とサステナブルなライフスタイルを理想に掲げ、さまざまな食品を開発するヌ・カンパニー。その始まりは2016年にシェアメイトだった創立者の3人がキッチンでDIYチョコに挑戦したことだったという。試行錯誤の上、一般的なチョコよりも65%少ない砂糖で、100%ビオ&ヴィーガンの「ヌカオ」を開発した。土に返る包装を採用するほか、1商品売れるごとに木を1本植えるプロジェクトなどの環境保護活動にも積極的だ。

nucao
2.29€ / 100g
www.the-nu-company.com

コメント

  • ごはん1膳分の栄養が補給できそう。甘さはそれほど感じられず健康的な味(O)
  • チョコバーというよりもミューズリーバーに近い。珍しい味わい……個人的にはもう少し甘くても良さそう(T)
  • 企業理念に共感! 糖分を控えていたり、ダイエット中の人におすすめ(D)

特別な味をお取り寄せ! 老舗チョコレート店のプラリネ


Rausch ラウシュ

Rausch ラウシュ いろいろなスピリッツがそのまま入った「Selection feine Brände」

家族経営のパティスリーとして1890年に始まり、1918年にベルリンの高級菓子店として設立された。1920年代に開発されたクラシックなプラリネのレシピはラウシュ家によって大切に保管され、今日に至るまでショコラティエたちが愛情を込めて作っている。ベルリンのミッテ地区にあるチョコレートハウスでは、カフェやデリでケーキやアイスクリームなども楽しめる。店内を飾る「チョコレートアート」は圧巻で、一見の価値あり!

Selection feine Brände
12.50€ / 130g
www.rausch.de

コメント

  • かじってびっくり! お酒が溢れ出してくる。チーズとかしょっぱいものと一緒に食べてもいいかも(O)
  • サクランボ酒やウォッカなど6種類のお酒が入っているので、お酒好きな人にとても喜ばれそう(D)
  • 一口で食べないと大変なことになるので、みなさん気をつけて!(笑)(C)

Heinemann ハイネマン

Heinemann ハイネマン お酒入りの定番プラリネが詰まった「Pralinen gemischt mit Alkohol」

鮮やかな緑色のパッケージでお馴染みのデュッセルドルフのコンディトライ。1932年の創業以来、「最高品質と鮮度」を理念に掲げてお菓子作りを続けている。名物のシャンパントリュフをはじめとするプラリネやケーキは地元の人に愛されるのみならず、欧州で高い評価を得ている。チョコレートがけのバウムクーヘンも人気が高く、デュッセルドルフ在住の日本人の間では定番の帰省土産にもなっている。カフェ併設の店舗では、朝食メニューなどの食事も提供する。

Pralinen gemischt mit Alkohol
16.95€ / 240g
www.konditorei-heinemann.de

コメント

  • ハイネマンといえば、クラシックな味と季節ごとに違うすてきなパッケージが特徴(C)
  • 紅茶風味のプラリネがお茶もお酒も香ってなかなかイケる。デュッセルドルフ馴染みの味(D)
  • 名物シャンパントリュフを初めて食べたが、お、おいしい! お酒とチョコがいい感じに口の中で混ざり合う(O)

Elly Seidl エリー・ザイドル

Elly Seidl エリー・ザイドル お好みの種類を選んで詰め合わせられる「Pralinenboxkonfigurator」

エリー・ザイドルは1918年にミュンヘンにオープンしたチョコレート工房。当時ビジネスは男性中心だったことから、創立者のバーバラ・グラートヴォールは女性経営者としてセンセーショナルを巻き起こしたそう。店名は娘のエリーにちなんで付けられ、その後エリーが事業を引き継いだ。120種類以上のプラリネを販売しており、季節限定プラリネや新製品の開発に暇がない。毎年約500万個が世界中のチョコレートファンに届けられている。

Pralinenboxkonfigurator 16 Pralinen
15.60€ / 200g〜
www.ellyseidl.com

コメント

  • 好きなプラリネを選べるのはすてきなアイデア! クマさん型のNougatbärchenはとってもクリーミー(T)
  • 一つひとつ丁寧に作られている感じがして、当たり外れがなさそう。見た目も楽しい◎(O)
  • Aprikosengeistはブランデーでマリネされたアンズが宝石型のようなチョコに入っていて、絶妙なバランス!(D)
チョコレート大国ドイツの
愛とおいしさの秘密
最終更新 Dienstag, 09 Februar 2021 10:10
 

「ドイツ哲学入門」のための入門

哲学初心者からビジネスパーソンまで「ドイツ哲学入門」
のための入門

カント、ヘーゲル、ハイデガー……ドイツは近代以降、「哲学の国」として多数の哲学者を生み出してきた。「ドイツ人は理論的」ともいわれるように、哲学とドイツの関係はとても深いが、実際のところ「哲学」ってよく分からない、という人も多いだろう。本特集では、哲学者の岡本裕一朗さんによるナビゲートのもと、皆さんをドイツ哲学の入り口にお連れする。ドイツで哲学が発展した背景や、近現代の哲学者の言葉から、現代を生きるヒントが見えてくるかも?(Text:編集部)

お話を聞いた人

岡本裕一朗さん

岡本裕一朗さん
YUICHIRO OKAMOTO

1954年、福岡県生まれ。玉川大学名誉教授。西洋の近現代思想を専門とするほか、哲学とテクノロジーの領域横断的な研究も行なっている。

ドイツ哲学はじめの一歩

そもそも「哲学」って?

哲学を一言で説明するならば、「私たちが当たり前だと思っている知識や考え方について、それが『本当に正しいのか?』を問い直す」こと。例えば数学の問題を解くときに、私たちはさまざまな公式を組み合わせて使いますが、「そもそもその公式って正しいの?」と、今まで信じてきた知識をもう一度疑ったり、組み替えたりするのが哲学の営みです。そのため、哲学とは何らかの「答え」を出すというよりも、むしろ「問い」を生むことなのです。哲学者がいわゆる「変人」のようなイメージを持たれているのは、私たちが絶対に疑わないような前提条件や常識を平気で疑い、問い続けているからかもしれません。

ドイツが「哲学の国」になった理由

Immanuel Kant
当時のドイツ語は学問用語として洗練されておらず、カントはラテン語やギリシャ語の哲学書から、多くの哲学概念をドイツ語に翻訳した

17世紀前半のドイツは三十年戦争に敗れ、国全体にわたる大きな荒廃に見舞われました。それによって英国やフランスなどに比べて近代化が遅れたことが、その後のドイツ文化の発展に大きく寄与したといわれます。哲学の場合も、イマニュエル・カント(1724-1804)以前の哲学者は、ドイツ人であってもラテン語か、もしくは当時最も洗練されているとされたフランス語を使うことが一般的でした。田舎言葉のように見なされていたドイツ語では、哲学はうまく表現できないと考えられていたのです。それに対して、初めてドイツ語で哲学を書いたのがカントです。当時のドイツ人哲学者にとって大きなテーマの一つは、「いかにほかの欧州先進諸国に負けない国家をつくるか」。ある種のナショナリズムの発露としても、ドイツ語で哲学を語ろうという動きが活発化していったのです。

そうした形でドイツ哲学が19世紀に非常に大きな力を持ち始めると、国家や官僚制度と大学が緊密に結びつき、哲学者は大学でのポストを得て研究に専念できるシステムが確立されていきました。そうなると当然、国家とのつながりの中で重要な役職を得ようとする者も登場してくるわけです。例えば20世紀の大陸哲学の重要人物であるマルティン・ハイデガー(1889-1976)は、ナチス支持者としてフライブルク大学の学長となりましたが、戦後は「ナチス加担者」として厳しく批判され、それまでの名声に深い影を落としました。

時代の転換点に求められる「哲学」

このようにドイツ哲学は、さまざまな歴史的状況と結びついて発展してきたのですが、実は、哲学者の活躍は時代の変化とリンクしていることが多いです。例えば15~16世紀に活版印刷技術が登場した時や、18~19世紀の産業革命の時期には次々と哲学者が台頭しました。時代の考え方が根本的に変わり始めると、これまでの常識ではうまくいかなくなることも増えてきます。そうした場合に、新しい考え方が必要になり、それが哲学という形で表面化するのではないでしょうか。

その意味では、私たちが生きる21世紀もまた、時代の大きな転換点かもしれません。デジタル技術やバイオテクノロジーの発展によって、これからの「人間」や「社会」はどのような方向に向かうのか。さらに2020年は新型コロナウイルスが世界中で流行したことで、私たちがこれまで当たり前だと思っていた生活が根本的に覆されました。その意味では、後に「偉大な哲学者」と呼ばれる人物が、これから数十年の間に登場してもおかしくないと思います。

ドイツの哲学者たちと考える
「○○とは何か?」

哲学者たちは、その時代ごとにさまざまな「問い」を探求してきたが、面白いことに彼らの言葉は、時代を超えて示唆的である。ここでは、そんなドイツの哲学者4人の言葉をピックアップ。彼らの言っていることに対して「どういうこと?」と首をかしげつつ、自分なりに哲学してみよう。

「哲学」とは何か?ゲオルク・ヘーゲル

ミネルバのフクロウは、迫りくる夕闇とともに飛び立つ


ゲオルク・ヘーゲル
Georg Hegel

(1770-1831)

プロフィール近代ドイツを代表する哲学者。カントから始まるドイツ観念論の完成者といわれている。人間の個人的な意識よりも、いっそう大きな「理性」や「精神」などの概念を強調し、それに基づいて自然や歴史を説明した。

主な著書『精神現象学』(1807)、『法哲学』(1821)

「ミネルバのフクロウ」とは、ローマ神話の女神が従えているフクロウであり、知恵の象徴とされている。ヘーゲルは、それぞれの時代における考え方をフクロウに例えて、一つの時代が終わろうとするとき(=迫りくる夕闇)に、その時代を俯瞰(ふかん)的に把握するために哲学が登場すると考えた。つまりヘーゲルもまた、「時代の転換点には新しい哲学が登場する」ということを説明しているのだ。

興味深い点は、ヘーゲル自身は、自分が生きている時代こそが歴史の転換期であり、古代ギリシャ時代から始まる歴史の頂点だと確信していたことだ。ヘーゲルが生きた当時、ドイツは欧州における後進国であり、フランスとの戦争では惨めな敗戦を経験していた。そのためヘーゲルは、哲学によってドイツを国家として再生することを目指し、それによって彼の時代の歴史は完成される、と考えていた。

「現代」とは何か?フリードリヒ・ニーチェ

次の2世紀がニヒリズムの時代だ


フリードリヒ・ニーチェ
Friedrich Nietzsche

(1844-1900)

プロフィール24歳でバーゼル大学の教授に抜擢されるも、処女作が全く評価されずアカデミズムの世界から追放された。近代市民社会やキリスト教道徳などをラディカルに批判。晩年は精神錯乱に陥り、10年ほど狂気の境をさまよった後に死去した。

主な著書『ツラトゥストラ』(1885)、『この人を見よ』(1888)

「ニヒリズム」とは、ラテン語の「ニヒル」(何もない)が語源で、絶対的な価値基準や真理が消滅してしまった状態を指す。ニーチェが19世紀を生きたことを考えると、彼が「ニヒリズムの時代」と言っているのは20世紀と21世紀のことだ。

ニーチェの有名な「神は死んだ」という言葉もあるように、近代以降の科学技術などの発展により、キリスト教の神などの存在が人々にとって絶対的に信じられるものではなくなった。そうなると、人間の認識や評価は全て相対的なものであるという「相対主義」の考え方が蔓延し、人々は何が正しくて何が間違っているかという判断に自信を持てなくなる。このような困難な時代の訪れをニーチェは予言していたのだが、21世紀の政治やメディアのあり方が「ポストトゥルース」とも呼ばれているように、彼の予言はあながち間違っていないのかもしれない。

「人間」とは何か?ハンナ・アーレント

人間の条件は、人間が条件づけられた存在であるという点にある


ハンナ・アーレント
Hannah Arendt

(1906-1975)

プロフィールドイツのユダヤ人家庭に生まれ、大学時代にはハイデガーやフッサールなどのそうそうたる哲学者の下で学んだ。ナチスの迫害を逃れ、フランス、米国へ亡命。20世紀の全体主義を人類全体の問題として解明しようとした。

主な著書『全体主義の起源』(1951)、『人間の条件』(1958)

ナチスによって収容所に送られた経験を持つアーレントは、ナチスのような全体主義国家を生み出した大衆社会の心理を分析した。彼女の主張では、ナチスの人間は特別な悪人ではなく、人間は誰しもが全体主義に走る可能性があるという。そのことを証明するために、「そもそも人間とは何か」を探求したのだ。

アーレントは、人間を条件づけるものとして「労働・仕事・活動」の三つを挙げる。「労働」は生きるために必要なものを生み出すこと(例:肉体労働)、「仕事」はものを作り出すこと(例:芸術作品の制作)、そして「活動」は、政治のように他者に直接働きかけることだと説明する。そして近代以降、私たちの生活では「労働」が優位に立ち、「仕事」や「活動」が人間的な意味を失ってきた。アーレントは現代において特に「活動」の意義を改めて確認し、それを取り戻すことを求めた。

「存在」とは何か?マルクス・ガブリエル

植物も、夢も、トイレの水を流した音も、ユニコーンも存在する


マルクス・ガブリエル
Markus Gabriel

(1980-)

プロフィール2009年に若干29歳でボン大学の教授に就任。ドイツ観念論を専門とするが、古代から現代哲学に至るまで幅広い知識を持ち、多数の言語を操る。自身の「新実在論」の構想を解説した著書『なぜ世界は存在しないのか』は世界的なヒットに。

主な著書『なぜ世界は存在しないのか』(2013)、『「私」は脳ではない』(2015)

現代思想の新たな天才と呼ばれるガブリエル。彼が提唱した「新実在論」のポイントは、「存在」とは「意味の場において現象する」ことと捉えられていることだ。つまり世界には、自然科学で規定される物理的な物や事実だけでなく、例えばユニコーンは「神話」という意味の場、自分が見た夢は「自分の記憶」という意味の場において存在するというのだ。

この主張の根底には、20世紀以降の自然主義への批判がある。自然科学の進展によって「人間の心の動きさえ、脳を解明すれば分かる」というように、世界や精神などの哲学本来のテーマを語ることが、科学の特権へと変化してきた。このように科学が唯一の「意味の場」となり、人間の心や精神が取り残されていることをガブリエルは否定し、人の心の動きも肯定するべきだと主張する。

21世紀が見えてくる!?
岡本先生のドイツ哲学相談室

ここまで、ドイツの哲学の面白さを分かりやすくご紹介くださった岡本先生。実は最近では、経済界の人やビジネスパーソンからも「哲学の話をしてほしい」と依頼を受けることが増えているそう。特集の最後に、そんな岡本先生に「哲学」にまつわる疑問にお答えいただいた。

Q1哲学って実際のところ、役に立ちますか?

そもそも「哲学は役に立つのか?」ということが言われ始めたのは、18〜19世紀くらいのこと。かつてドイツの大学では、まず一般教養として哲学を学び、その後、神学部・法学部・医学部などに分かれて専門的な知識を学ぶというシステムが作られました。つまり哲学はもともと、職業に直結する「役に立つ」学問ではないというのが大前提。さらに18世紀から19世紀にかけて科学技術が飛躍的に発展すると、ますます哲学には「役に立たない」という位置付けが与えられるようになりました。

そうした風潮をひっくり返したのが、カントです。例えば法学部であれば、当時の法曹界の基本的な理論に楯突くような議論は絶対にできませんでした。しかし哲学は職業と直結しないという意味で非常に自由であり、「そもそもその法律って本当に必要なの?」と問えるのです。また、特定の分野のルールに縛られず、幅広い視野で問題を捉えることができるのが哲学の強み。その意味では、先の見えない未来に立ち向かっていくために、これから哲学が役に立つシーンは少なくないと思います。

Q2経済人やビジネスパーソンなどからも「哲学」が求められる理由は?

逆説的ですが、世の中があまりうまく行っていないと、哲学は求められるような気がします。世の中がスムーズに行っていれば、ちょっとした問題が起きても修正すれば何とかなる。そんな時に哲学者はお呼びでなく(笑)、経済学者や社会学者の方を呼んで、どうすればもっと利益が出るか、経済がうまくいくかという話を聞きたいですよね。実際、20世紀末あたりまでは経済界の方から講演を依頼されるということはなかったです。

それが21世紀になって、米国の同時多発テロやリーマンショックが起き、「果たして資本主義は継続できるのか」という議論が起きました。日本の場合は、2011年の東日本大震災や原発事故も、私たちの既存の価値観を大きく揺さぶる契機に。このように根本的な前提や原理が揺らいで発想を変える必要があるのではないか、社会のルール自体を見直す必要があるのではないかと、経済や社会を推進する人たちも強く感じ始めているようです。

Q3哲学の世界では今、どんなことが語られていますか?

今日の哲学にとって重要な課題は、例えばデジタルテクノロジーやバイオサイエンス、あるいは資本主義経済の行く末、環境問題など、さまざまな変化の見通しをどう描き、どう理解していくかを考えることです。例えばバイオテクノロジーが発達し、人間の遺伝子も編集可能な段階まで来ていますよね。それによって、20万年くらい続いてきたホモ・サピエンスが終わりを迎えるとしたら……まるでSFのように聞こえるかもしれませんが、21世紀はそうした「人間」や「社会」の変化が全面に出てくる時代になると考えられます。

この変化を一気に推し進めたのがコロナ禍です。今までの私たちの生活様式では、会社に行ってみんなで仕事をする、というような集団行動が当たり前でしたが、コロナ禍によってほぼ不可能に。リモートワークをはじめ、学校でも対面ではなくオンライン授業が行われ、人々の移動や行動も制限されています。これを機にテクノロジーの導入も一気に進み、これまで以上に人々が管理・コントロールされる社会が訪れるかもしれません。

そうなると、私たちが近代以降当たり前と考えていた「自由」や「平等」の概念も、今まで通りの考え方でうまく処理できなくなる。世界の哲学者はこの状況について、分散型の新しい社会形式を見出そうとする者もいれば、P11で紹介したガブリエルは「コロナ禍で起きた社会の分断から、いかに連帯をつくるか」を語るなど、哲学の議論は一層活発化しています。

もっと知りたい人におすすめの書籍

哲学と人類 ソクラテスからカント、21世紀の思想家まで

哲学と人類 ソクラテスからカント、
21世紀の思想家まで

著者:岡本裕一朗/発行元:文藝春秋
2021年1月27日刊行

今日、目覚ましい技術革新の時代を生きる私たちは、社会や生命を変えうる「テクノロジー」とどのように向き合うべきか……。人類史を形成してきたテクノロジーの歩みと、その検討を続けてきた哲学者の歴史をたどることで、21世紀以降の未来が見えてくるかもしれない。

Q4哲学に興味を持ったら、どんな本を読めばいいですか?

分かりやすく書かれた哲学の入門書や解説書が多く出版されていますが、私自身が解説書を執筆する際には、絶対にオリジナルの代わりにはなり得ない、ということを基本にしています。解説書はあくまでも解説書でしかないので、それ一冊を読んでも全てを分かったことにはなりません。むしろ解説書を読んだ後で、ぜひオリジナルに挑戦してほしい。

ただ残念なことに、本当の哲学書って難しい言葉で書かれていますし、特にドイツの哲学者はみんな分厚い本を書きますから、最後まで読み通せる人はそう多くありません。そこでおすすめなのが、古代ギリシャの哲学者であるプラトン(BC427-BC347)の『メノン』や『リュシス』などの短い対話篇です。これらは、プラトンの師であるソクラテス(BC469ごろ-BC399)が議論によって若者を育てようとする対話を記録したもので、比較的読みやすいです。さらに、相手にどんな質問を投げかければ有意義な応えを引き出せるかを実践しているので、議論の方法を学びたいという学生や社会人の方にとっても読む価値がありますよ。

もっと知りたい人におすすめの書籍

哲学の名著50冊が1冊でざっと学べる

哲学の名著50冊が1冊でざっと学べる

著者:岡本裕一朗/発行元:KADOKAWA
2020年10月16日刊行

カントの『純粋理性批判』、マルクスの『資本論』……世界の哲学者たちがどのような思想を持っていたのか、知的好奇心はあるけど難解すぎて読み切る自信がない。そんな人のために、哲学の名著50冊の要点を図版を使って分かりやすく解説してくれる、哲学入門にぴったりな一冊だ。

最終更新 Freitag, 01 Oktober 2021 13:45
 

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