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ロンドンのゲストハウス
So. 17. Nov. 2019

喜怒疲楽のカヌー旅日記 父なるライン川を漕ぐ 吉岡 嶺二カヌー旅マップ

Worms – Mainz
チビ舟で分け入った物流の大動脈

大型船の通行を横目に、艇上でランチ

2012年6月30日6時30分、浮き桟橋の寝床はゆらゆらと心地良かったが、この日の目的地マインツには寄ってみたい所があり、すぐに大橋を潜り抜けた。橋のたもとにある中世様式のツインタワーは、ヴォルムスの入り口。昔からあったものなのか、現代になって町のシンボルとして建てられたものなのかは分からないが、私が訪れた際は工事中だった*。この町は再開発中らしく、停泊場前の広場には町の未来図を描いたボードが立っていた。この先、大きく発展していくのだろう。

早朝から大型船が頻繁に上り下りしている。ネッカー川の貨物船は長さ50メートル級のものだったが、ライン川を通るものは150メートル級の超大型船、それもほとんどが2連結だ。猛スピードで驀進していく下り船に比べ、上り船はあえぎあえぎの様子。この先のマインツからコブレンツまでは、定期の遊覧船が出ているが、時刻表を見ても、下りの所要時間が5時間半であるのに対して、上りは8時間半も掛かる。カヌーではとても上り切れない気がした。

貨物船が通った後の寄せ波はすさまじいが、川幅が広いために、こちらに押し寄せてくるまでの時間は長い。そのことさえ承知していれば、チビ舟ながら我が艇の安定性は良いので、艇上での食事だって問題ない。クラッカーにサラミソーセージ、手まり型チーズ、リンゴ。簡単なメニューだが、前日に買い込んでおいた昼食を済ませた。

グーテンベルク博物館で郷愁に浸る

マインツでは、印刷博物館(Gutenberg-Museum)を訪ねると決めていた。これまでのカヌー旅でも、メモリアルパークのアッパー・カナダ・ビレッジやリヨンの博物館を見てきたが、マインツはグーテンベルクの生誕地。ご本家には何としても立ち寄りたいと思い、時間を調整してきた。14時15分、上手い具合に到着した。マインツはライン川中流域最大の町。盛夏の週末とあって町は大賑わいだ。群衆を掻き分けるように進み、マルクト広場前の博物館に入った。

グーテンベルクが活版印刷術を発明したのは1434年。館内には、当時の印刷機や「グーテンベルク聖書」が展示されていた。たった今刷り上がったばかりのように、印刷インキがくっきりと盛り上がった活字頁や、ピカピカに光る原色版の絵柄ページをしっかりと見届けてきた。私が印刷会社に入ったのは50年前、活版方式の全盛期だった。当時、最新鋭と言われていたものと同型の印刷機も、懐かしみながら見物した。実演コーナーでは、わずか2人の見学者のために、活字の鋳込みや太い手押棒のプレス機を使った印刷を見せてくれた。部屋中に活版インキのワニスの臭いが漂っていた。

思い出の「アイン・プロージット」はどこに?

夕食を終えて帰る途中、「ラインゴルト」という名のビアレストランを発見。ライン川でかつて砂金が採れたことに因んで付けた店名だろう。昔、東京の後楽園球場の前に同名の店があったことを思い出す。小さな歌本が配られ、アコーディオン奏者と歌手のリードで歌いまくったものだ。『天国と地獄』や『乾杯の歌』など、多くの歌を覚えた。そして何度も繰り返されたのが、「アイン・プロージット! デア・ゲミュートリッヒカイト!」。ドイツではどこの店でもやっているのだと思っていたが、これまでそんな場面はなかった。この先どこかで出くわすだろうか。

寄せ波が這い上がってくる心配のない川縁の高い位置にテントを張った。かなり人通りの激しい道路との間だから、かえって安心していたようだ。

*1900年頃に建てられたニーベルンゲンタワー(編集部)

サマー・ビールフェスティバル
「アイン・プロージット!」川旅の後、ミュンヘンの英国庭園で開催されていた
サマー・ビールフェスティバルで観客に混じってグラスを上げた

 
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吉岡 嶺二吉岡 嶺二(よしおか・れいじ)
1938年に旧満州ハルビンに生まれる。早稲田大学卒業後、大日本印刷入社。会社員時代に、週末や夏休みを利用して、カヌーでの日本一周を始める。定年後はカナダ、フランスやイギリスといった欧州でのカヌー旅行を行っている。神奈川県在住。74歳。
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