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ロンドンのゲストハウス
Fr. 15. Nov. 2019

喜怒疲楽のカヌー旅日記 父なるライン川を漕ぐ 吉岡 嶺二カヌー旅マップ

St. Goar – Koblenz
最後の夜に、手痛いハプニング

伝説は美しく語り継ぐべし

2012年7月2日、ザンクト・ゴアールでは早朝から乗船待ちのフェリー客が集まっていた。日の丸を掲げたカヌーが珍しいのか、私に話し掛けてくる人や写真を撮っていく人がいた。そんな一時が過ぎ、フェリーの後を追って出港。7時30分、さあ、コブレンツまであと35キロだ。

相変わらず川の流れは速く、水面はざわざわと騒がしい。大型船の航路は右寄りに移り、赤いブイが遠ざかった。もう少し右に進路を寄せた方が良いだろうと、斜めに横切るように進んだのだが、この判断が少し遅れた。前方の川中島から水面下に続く浅瀬の先端に隠れ岩が待ち構えていた。

前日、ローレライに散々悪態をついたツケが回って来た。岩の間にがっちりとはまり、動けなくなってしまったのだ。舟に水が流れ込まないよう左舷寄りに座って右舷を上げ、パドルを川底に突き刺して懸命にもがくが、前へは出ていかない。やむを得ず後ずさりし、やっとのことで抜け出した。水舟になって転覆したら、そのまま押し流されていただろう。ライン川560キロ地点の暗礁は、「わがローレライ」となった。やはり伝説は美しく語り継いだ方が良いらしい。

ライン川で地中海料理をいただく

命拾いをして10キロ、ボッパルトまで進んだ。狭い砂浜に上がって船底をチェック。無傷で良かった。流れはここから大きく右へ曲がり、さらにUターンするように蛇行していく。ライン川流域最大のビューポイントと言われる場所なので、ぜひ見ておきたい。町はずれから出ているリフトで山頂へ行き、カフェに入ってコーヒーとケーキを注文。普段は外で甘い物など食べることはないのだが、やはり現地の味を身体が自然に求めるのかもしれない。

ボッパルトの山頂からの眺め
ボッパルトの山頂から眺めたライン川。
カヌーの上からは、岸沿いにただ真っ直ぐ進んでいく感じがするのだが……


15時45分、コブレンツに到着。川縁にプラットフォームを見付け、流れに押し流されないよう、つるつるした表面に爪を立てるように取りついて、なんとか艇を止めた。旅の一応の目的地に着いた。一応と言うのは、予定よりも1日早く、予備日を含めれば2日早いので、もう少し先のケルンかデュッセルドルフまで行こうかと、この時点では考えていたのだ。

ともあれ祝杯だ。川沿いを歩き、モーゼル川との合流点に出た。三角形に突き出たドイチェス・エック(ドイツの角)だ。一大観光スポットには、大勢の人が集まっている。さらにぶらぶらと町中を歩いて地中海料理の店を見付けた。「ポセイドン」という名前が気になった。ポセイドンは海の神、地震の神だから、今回の旅に相応しい。暗くなってから店に入ると、ギリシャ系のマスターが迎えてくれた。日本語に興味があるらしい。携帯端末の画面に「蛸」の文字を映し出し、勧めてくれた。塩と潰したにんにくをまぶし、オリーブオイルで焼いたタコが出てきた。酒はモーゼルワインと、ギリシャ系のリキュールだというウーゾ。常連客も加わって大歓待を受け、居心地も良くて、つい長居してしまった。

ほろ酔い気分が、一気に興ざめ

テントに戻ると一大事! なんと、艇に積んでおいた防水袋が全部消えていたのだ。たまたま通り掛かった警官に説明したが、ドイツでは当たり前、盗られたほうが悪いと言わんばかり。それもそうだ。だが最後の夜で良かった。今夜の宿はどうするのかと警官に聞かれた。セントローレンス川で座礁した時は警備艇に救助され、聴取後、警察署の裏庭にテントを張らせてもらったが、パトカーではそうも行くまい。再びポセイドンに戻ると、マスターがホテルを探し、自分の車で送ってくれた。コブレンツは喜怒疲楽の思い出の地となった。

 
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吉岡 嶺二吉岡 嶺二(よしおか・れいじ)
1938年に旧満州ハルビンに生まれる。早稲田大学卒業後、大日本印刷入社。会社員時代に、週末や夏休みを利用して、カヌーでの日本一周を始める。定年後はカナダ、フランスやイギリスといった欧州でのカヌー旅行を行っている。神奈川県在住。74歳。
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