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Mo. 03. Aug. 2020

再統一の立役者コール元首相の郷土愛

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2016年は、昨年の第二次世界大戦終戦70周年と東西ドイツ再統一25周年を経て巡って来た新しい時代の幕開けの年である。東西ドイツ再統一の際の立役者がヘルム―ト・コール元首相であったことは、ご存じの方も多いだろう。ドイツ人は一般的に、自分の生まれ育った故郷への愛着が強いと言われるが、コール氏も例外ではなかった。今回はそんなコール元首相の「地元」にスポットを当ててみよう。

コール氏の生い立ちと功績

ヘルムート・コール(Helmut Josef Michael Kohl)氏は、1930年4月3日にドイツ南西部の町ルートヴィヒスハーフェン・アム・ラインに生まれた。父は財務官僚で、彼自身は3人兄弟の末っ子だ。16歳でキリスト教民主同盟(CDU)に入党し、フランクフルトおよびハイデルベルク大学で法学と政治学、社会学、そして歴史学を学び、1958年に博士号を取得。1960年に以前から親交のあったハンネローレ・レンナーと結婚し、後に二男の父となった。その後、地元企業の相談役などを引き受ける傍ら、CDUにおける要職を歴任し、着々と党内で実績を重ねていった。

そして1973年、ついにCDUの党首となる。1982年9月20日には当時の首相であったヘルムート・シュミット氏(SPD)に対して、建設的不信任決議案を提出。同年10月1日、そのシュミット氏に代わって首相の座についた。国民からの支持を得て、1982~98年まで16年間にわたって首相を務めたコール氏だが、1998年にシュレーダー氏(SPD)にその座を明け渡した。首相の座を退いた後は汚職にまつわる疑惑が生じ、2008年に階段から落ちて脳に損傷を受けてからは車いす生活が続いている。85歳となった現在、健康状態が懸念されている。

コール氏の在任中の業績として特に注目すべきなのが、①関係各国との関係の強化、②東西ドイツ再統一である。コール氏は、関係各国と政治的にはもちろん、経済・軍事的な関係の強化を図り、また、ドイツの統一を警戒する諸国との関係を深め、信頼を得ることで、東西ドイツ再統一を実現させたのだ。

そのような活動の中で、コール氏は、積極的に各国の関係者たちを自らの故郷に招待し、もてなしたことで知られる。

コール元首相の「第二のリビング」と郷土料理

コール氏には、「第二のリビング」と言われる場所があった。それは、ルートヴィヒスハーフェン・アム・ラインから車で20分程のダイデスハイムという街にある『Deidesheimer Hof(ダイデスハイマーホーフ)』というホテルである。

ダイデスハイマーホーフ
ダイデスハイマーホーフ

現在はホテルとして利用されている、この建物の歴史は古く、1395年以前までさかのぼることができるという。司教が利用したり、役所の一部になったり、時代と共に変遷を繰り返し、20世紀初頭にホテル経営が始まった。現在のハーン一族がオーナーとなったのは1971年。ハーン一族はそれまでも、20世紀初頭からこの町にワイン畑を持ち、ベルリンでここプファルツ地方のワインと料理を提供するレストランを経営していた。

このホテルでコール氏に招かれてプファルツ料理を味わったのは、シラク仏元大統領、エリザベス二世、ゴルバチョフソ連元大統領、ハヴェル・チェコ元大統領、エリツィン・ロシア元大統領、メージャー英国元首相、マルルーニー・カナダ元首相、プローディ欧州委員会元委員長、クエール元米副大統領、サッチャー英国元首相と、枚挙に暇がない。

さて、彼らは、このホテルでどのような料理を味わったのだろうか。特に知られているのは、プファルツの特産である「ザウマーゲン」。このザウマーゲンだが、コール氏にはこだわりがあり、ダイデスハイムの隣村であるヴァヘンハイムにあるハンベル(Hambel)という肉屋のものがお気に入りだったそうだ。そのためダイデスハイマーホーフでももちろん、ハンベルからザウマーゲンを取り寄せていた。ハンベル肉店のザウマーゲンは、ミュンヘン経済サミットやニューヨークでの国連総会の際にも提供され、出席者が舌鼓を打ったという。

ハンベル
ハンベルの店内から作業場を望む

「私たちは元首相の家に配達はしないよ、コール氏が自ら取りに来るんだ」と誇らしげに語るのは、肉店のオーナー、クラウス・ハンベル氏である。

コール氏は、政治的手腕が優れていたというだけにとどまらず、自分の愛する生まれ故郷や郷土料理を紹介することで、要人たちと「私的な(Persönlich)」結びつきを深めて、相手の懐にスッと入り込むという特技を持っていたのではなかろうか。

歴代ドイツ首相と出身地および郷土料理について

戦後の歴代ドイツ首相(東西ドイツ統一前は西ドイツ首相)の出身地と、その地域でよく食べられるとされる料理をご紹介。

名前と
所属する党
在籍期間出身地出身地の郷土料理
コンラート・アデナウアー(CDU) 1949年
9月15日〜
63年10月16日
ノルトライン=ヴェストファーレン州ケルン ケルシュビール、黒パン、ライン風ザウアーブラーテンなどのライン地方料理
ルートヴィヒ・エアハルト(CDU) 1963年
10月16日〜
66年12月1日
バイエルン州フュルト シュヴァイネハクセ、白ソーセージ、レバーケーゼ、クネーデルなど
クルト・ゲオルグ・キージンガー(CDU) 1966年
12月1日〜
69年10月21日
バーデン=ヴュルテンベルク州エービンゲン シュベッツレ、マウルタッシェ、豚肉ローストなど
ヴィリー・ブラント(SPD) 1969年
10月21日〜
74年5月7日
シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州リューベック 生ハム、カモのロースト料理、鍋料理など
ヘルムート・シュミット(SPD) 1974年
5月16日〜
82年10月1日
ハンブルク 塩漬けニシン、若鳥のロースト、鍋料理など
ヘルムート・コール(CDU) 1982年
10月1日〜
98年10月27日
ラインラント=ブファルツ州ルートヴィヒスハーフェン・アム・ライン ザウマーゲン、フラムクーヘンなど
ゲアハルト・シュレーダー(SPD) 1998年
10月27日〜
2005年11月22日
ノルトライン=ヴェストファーレン州モッセンベルク(ブロムベルク) 黒パンのプンバーニッケル、蒸留酒コルンなどのヴェストファーレン料理
アンゲラ・メルケル(CDU) 2005年
11月22日〜
現職
ハンブルク生まれ、ブランデルク州テンプリン育ち ハンバーグのようなブレッテン、塩漬け燻製豚バラ肉ロースト、鍋料理、カレーソーセージなど

元首相やメルケル首相が、上記の郷土料理をどれだけ好んだかは定かではないが、メルケル首相がハンバーグを食し、シュミット元首相が塩漬けニシンに舌鼓を打ち、コール元首相がザウマーゲンを頬張り、シュレーダー元首相が黒パンをつまみにビールを飲みながらドイツの将来について議論を戦わせ、思索していたかと思うと、歴代首相たちの威厳ある顔が、ぐっと親しみのある柔らかいものに感じられるのは気のせいであろうか。

用語解説

プファルツ地方の郷土料理ザウマーゲン
Saumagen

プファルツ地方の郷土料理、豚の胃袋を使った太いソーセージのようなもの。中には豚肉のひき肉、ハム、角切りのジャガイモ、スパイス、塩が詰められている。食す際には両面をカリッとするまで焼き、ザワークラウトと玉ねぎを炒めたものと、ドイツパンもしくはマッシュポテトを添えるのが定番。

<参考>
www.helmut-kohl-kas.de
www.deidesheimerhof.de
www.metzgerei-hambel.de
■ 南直人 「世界の食文化18-ドイツ」
■ 野田浩資 「野田シェフのドイツ料理」 里文出版
www.hdg.de/lemo

今井民子(いまい・たみこ)気が付けば在独10年以上、日独両企業に勤務した経験を活用しながら尽きることのない好奇心を持って読者の皆さんに分かりやすく面白いニュース追跡を目指しています。日本人らしさを忘れずにドイツで生きていくことが目標です。よろしくお願いいたします。
 
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