企業の顔として、商品の顔として、いつの間にか頭の隅にしっかり刻み込まれているデザインたち。しかしイメージを「形」に変え、それで人の心を捉えるというのは、実に難しい作業でもある。普段何気なく眼にしているロゴやマーク、その知られざる裏側に迫ってみよう。(本誌編集部 國近絵美 写真提供: Kayo Hayashi)
「世界一有名な犬」に見る、キャラクターのブランド力

テレビCMでは実物(にそっくりの犬)が登場することもある、世界で最も有名な犬、ニッパー。英国人画家のフランシス・バラウドが描いた1枚の絵を基に作られたこのHMVのロゴだが、実はこの原画が出来上がったのは、1899年のこと。そして絵の誕生のきっかけとなったのは、遡ること1884年、フランシスの兄、マーク・バラウドが1匹のジャック・ラッセルを拾ったことに始まる。
訪問客の足に噛み付く(nip)ことから「ニッパー(Nipper)」と名づけられたその犬は、マークが87年に死去した後、フランシスが引き取ることになった。ある日、フランシスが兄の声を吹き込んだレコードをかけると、ニッパーは不思議そうに首をかしげて蓄音機を覗きこんだという。その様子があまりに印象的だったのか、ニッパーの死から3年後の98年に、フランシスは蓄音機を覗きこむニッパーの姿を描くことにした。そして翌年完成したその絵は「His Master’s Voice(ご主人様の声)」と名付けられる。
その年の暮れ、英国で蓄音機の販売を行っていた「グラモフォン・カンパニー」がこの原画を購入し、1900年、少しシンプルに描き直されたニッパーのロゴが同社の広告に登場する。ロゴは客たちに評判が良く、グラモフォン・カンパニーが販売するレコードはいつの間にか絵の題名を略して「HMVレコード」と呼ばれるようになり、正式ではないものの、会社自体も「HMV」と呼ばれるようになったという。
それから数年後、円盤式蓄音機の発明家であるエミール・ ベルリナーが設立した「ビクター・トーキング・マシーン・カンパニー」が、米国でこのロゴの版権を手にする。そのため 「His Master's Voice」のロゴが、国によって全く別の会社に所有されることになった。
現在、ビクター・トーキング・マシーン・カンパニーの後身である「RCAレコード」は、ラジオと蓄音機にしかニッパーのロゴを使用していない。現在も「ビクター」の名で同じロゴを採用しているのは、米ビクターから独立した「日本ビクター株式会社」のみとなっている。というわけで、HMVジャパン社のロゴにニッパーの姿は無く、蓄音機がぽつんとあるだけだ。その愛らしさゆえ、意外と複雑な飼い主事情を持つニッパーだが、現在オリジナルの絵は、グラモフォン・カンパニーの後身である「EMI」社の英国オフィスに飾られているという。
一文字で高級感を出す、老舗ならではの技

世界最大級の英陶磁器メーカー、ウェッジウッド社が食器を製造・販売し始めたのは、1759年のこと。「結婚式の引き出物といえばウェッジウッド」という、高級な贈り物のイメージが日本では定着しているが、同社の成功の秘訣は、なんといってもこの「企業イメージ」による他社との差別化に他ならない。そしてそのイメージ戦略としてどこよりも早く社名を「ブランド化」したのがウェッジウッドだった。
創始者であるジョサイア・ウェッジウッドは、当時英国では珍しかった古代ギリシャ・ローマのミステリアスなイメージの名称を商品に付け、高級感を出した。そして、当時は紋章などのマークを陶器の裏にプリントするのが主流であったが、ウェッジウッドは1772年ごろから社名をロゴとして使用。そして1989年にロゴが規格化され、現在の「W」のロゴを印すようになった。
無駄のない美しさで個性を強調

誕生から30年近くたった今でもモダンな魅力を持つビクトリア&アルバート美術館のロゴは、英国が世界に誇るグラフィック・デザイナー、アラン・フレッチャーによる作品だ。フレッチャーは他にも、英通信社「ロイター」が92年まで使用していた、89個の点からなるロゴも手掛けている。
特別な日には、特別な衣装で

2007年6月、ビクトリア&アルバート美術館の開館150周年を記念して製作されたロゴ。150人のデザイナーや写真家、建築士などを招き、各々がV&Aへの思いを作品にして1ページずつ収録した「記念アルバム」のようなアート本を作成したという。
英国民の心を1つにしたロゴとは?

デザイン1つで、人はこんなにも怒れるものなのか……と感心するほどの議論をかもし出したのが、このロンドン五輪のロゴ。大会史上初めてオリンピックとパラリンピックのロゴが統一され、しかも動画での使用を意識した「次世代デザイン」であると大々的に謳われたものの、去年6月に発表されるや否や、国民から厳しい批判が相次いだ。さらには動画版を見た22人がてんかん症状を起こし、その上、制作に40万ポンド(約9000万円)も費やしたことが発覚し、国民の怒りが倍増。ロゴの廃止を求めるインターネット上の署名運動では、2日間で約5万人の署名が集まったという。
2012という数字を基にしたデザインはピンク、青、緑、オレンジのバリエーションを持つ上、確かに従来のニュートラルなデザインと比べると異色の作品であり、ロンドンらしいといえば、そんな気がしないでもない。しかし、オリンピックは世界中の人々を巻き込む、注目の一大イベント。だからこそ、「もう少し老若男女に愛されるデザイン」を英国民は求めたのだろう。
過去に2004年アテネ・オリンピックのシンボルや「東京メトロ」のロゴを手掛けたこともある、ロンドンを拠点とする超有名ブランド・コンサルタント。かのゴードン・ブラウン首相の妻、サラ・ブラウンが勤めていたこともあり、33カ国にクライアントを持つという。ちなみに、今回制作指揮をとった同社エグゼクティブ・クリエイティブ・ダイレクターのパトリック・コックスは、ロゴの発表から数週間、報道陣から身を隠すために出社を控えていたという。
皆もおなじみ、ウルフ・オリンズの代表作
2003年4月、ロンドンに本社を持つグローバル・テレコミュニケーション企業「BT」グループが、12年ぶ りにロゴの一新を行った。これまでの「パイプを吹く人」のロゴはかなり認知度が高かったにも関わらず、 従来の「電話サービス」のイメージが強かったため、 多彩なビジネスを展開するBTによりふさわしいデザインを目指して今回の変更に踏み切ったという。
基礎化粧品から食品まで、ありとあらゆる業種を傘下に持つ世界最大級の消費財メーカー「ユニリーバ」が、2004年に行った大幅な再ブランディングの際に製作された。同社が所有する多彩な事業や商品ブランドを象徴し、なおかつ1つに統一したいという難しい期待に答えたのが、25個のアイコンからなるこのロゴ。それぞれの意味はウェブサイトでチェック出来る。
ロンドンのイメージを創りあげた巨匠たち


質の良いデザインは一生もの──そんな言葉がかわいらしく思えるほど長い間愛され続けているのが、ロンドン地下鉄のデザインだ。チューブの路線図、ロゴ、そしてフォントの3つは、単に交通機関のデザインとしてではなく、ロンドンという都市全体のイメージを創りあげることに成功した、初めての公共デザインなのではないだろうか。
1910年代、それまで数社によって運営されていた交通機関が、「ロンドン・トランスポート」という1つの組織として統合される。そこで「ラウンデル」と呼ばれる円形のマークを採用したのがフランク・ピック、そしてシンプルでいて洗練された書体をデザインしたのがエドワード・ジョンストンだ。1916年に完成したフォント「ジョンストン・アンダーグラウンド」は読みやすさ、親しみやすさ、そしてデザイン性の全てに優れており、それ以降、地下鉄に関する表示やデザインは、全てこのフォントが使用されることとなった。
さて、その「ジョンストン・アンダーグラウンド」だが、もともとはディスプレイ用に作られていたため、パンフレットや時刻表などの細かい印刷物を作るには不向きであった。それでも活字を「ジョンストン」のフォントで統一するべきだと考えたロンドン・トランスポートは、1979年、河野英一という印刷専門学校を卒業したばかりの在英邦人デザイナーに「ジョンストン」をベースにした新しいフォントの制作を依頼する。そして河野が完成させたフォント「ニュー・ジョンストン」は、現在でも公共交通機関の駅名や表示、印刷物などに使用されている。このフォントの特徴は「i」と「j」、そして「.」や「,」の点の部分が◆形になっているところだ。
一方、現在使用されている地下鉄の路線図の原型がデザインされたのは、1931年のこと。製図者であったハリー・ベックは従来の地図を簡素化し、8線(当時)が複雑に絡み合った地下鉄システムを洗練された「アート作品」のように変えることに成功した。ベックのデザインした地図と実際の地理とでは距離感がかなり違うが、乗客たちに何よりも「使いやすさ」を提供するという、公共デザインの第一目的を見事に達成している。
空軍? モッズ? 人気マークをめぐる戦いとは
左)Royal Air Force
右)「The Who」のロゴとターゲット・マークを組み合わせた、
いかにもモッズなデザイン
モッズとは、50年代後半にロンドンから発祥した、ファッションや音楽をベースとしたライフスタイルとその支持者を指し、60年代初期にピークを迎えたサブ・カルチャーのこと。デビュー当時の英バンド「ザ・ビートルズ」も、マネージャーの意向でモッズ・ファッションとヘアスタイルにさせられたというほどの一大ムーブメントだった。そしてそんなモッズたちが好んで使用したのが、この「ターゲット・マーク」 と呼ばれるデザインだ。
もともとは英国空軍のマークで、軍が所有する航空機には現在も必ずこのマークが描かれている。しかし、60年代に英ロック・バンド「ザ・フー」がこれをTシャツやグッズなどに多様したため、モッズも自分たちのファッションに取り入れ始めた。それにより、ターゲット・マークは空軍のマークとして認知される前に、モッズの象徴的なデザインとして世界中に浸透してしまった。
ターゲット・マークは一度も知的財産として登録されたことがなかったため、英国防省は2003年、これを空軍が販売する洋服ラインのトレードマークとして特許庁に申請した。しかし、「トップショップ」などを所有する英国大手ファッション・グループ「アーカディア・グループ」が、このマークはモッズのムーブメントによって公有財産(パブリック・ドメイン)になっていると反対した。そして2004年1月、商標登録所は「ターゲット・マークはモッズたちによって広まり、人々はそのマークがついた服を見ても、空軍を連想することはないだろう」という結論を出した。しかし、服飾以外の物にターゲット・マークを使用する権利は空軍に与えられている。
英国空軍の航空機には必ず入っているこのマーク。多くの国が同じ形のマークを航空機に使用し、中の色を変えてそれぞれの国籍を表している
地上波5局の「顔」に迫る

長い時間をかけ、少しずつ手直しされてきた各局のロゴたち。企業イメージという資産を守りつつ、視聴者に新鮮さを抱かせるコーポレート・アイデンティティー(CI)やロゴを常に模索しているのが、テレビという媒体ならではの面白さかもしれない。
まず、テレビ界の大御所「BBC」が放送を開始したのは1936年。しかし53年まではロゴらしきものは使用されず、62年に初めて、現在のものに似たボックス型のロゴが作られた。そして90年代より、「チャンネル4」のロゴ・デザインですでに成功していた英デザイン・広告代理店「Lambie-Nairn」にロゴの製作を依頼し、91年にはBBCという企業ブランドを再構築させるため、再び同社にトータル・デザインを任せたという。さらに、97年には約500万ポンド(約11億5000万円)をかけ、3年にわたってロゴと商標を現在のものに変更した。
一方、67年にカラー放送をする英国初のテレビ局となった「BBC2」は、当時は局名よりも「カラーであること」を強調するロゴを採用していた。そして91年、「Lambie-Nairn」からの提案で数字の「2」を定期的に遊び心のあるデザインに変えたことにより、視聴者からの人気が急上したという。デザインが社内チームで行われるようになった現在でも、この手法は用いられている。
6回に及ぶ微かな訂正を加えながらも、55年に制作されたオリジナルのロゴを長年守り続けていた「ITV」。しかし、06年1月に大文字のアルファベットから現在の小文字に変更し、同年11月にはロンドン発のCM製作会社「Blink Production」によって現デザインへと移行した。ロゴ変更当時は、小文字に変わったことでぐっと親しみやすくなったと、視聴者に好評だったという。また、ITVのキッズ専門チャンネルである「CITV」のロゴを手掛けたのも同プロダクション。
現在の「Channel 4」のロゴの原型をデザインしたのは、後にBBCのイメージ・チェンジを成功させたデザイン事務所、「Lambie-Nairn」。5色の積み木のような棒を組み合わせて作った「4」という数字だけで視聴者に同局のイメージを連想させるという革新的なアイデアを実現し、このデザインは96年まで使用された。現在同局のCMでは、建物や風景などを一定の角度から見るとこのロゴに見えるという、斬新な手法がとられている。
97年に開局されたばかりの「Channel 5」が現在のロゴになったのは2002年のこと。経営体制が変わり「Five」に局名が変更されたことに伴い、ホワイトチャペル・ギャラリーや近代美術館「ICA」のロゴ、そして美術館のウェブ・デザインなどを手がけるデザイン集団「Spin」にロゴ制作を任せた。02年までは「⑤」というシンプルなデザインに、背景が5色に塗られた四角いボックス型のロゴが使用されていた。
超大手企業のロゴ革命に学ぶ

ビジネス環境の変化とともに、企業の顔が変わるのは当然 のこと。しかし大企業になればなるほど、ロゴやCIの急激な変化が吉と出るか凶と出るか、賭けの要素が大きくなるのもまた事実。色を味方につけて吉と出た良い例が、英国に拠点を置くエネルギー関連企業「BP」のロゴだ。
1920年代に油田操業を開始して以来、世界100カ国で約10万人の従業員を有するグループへと成長したBPの最初のロゴは、今とは全く違うデザインであった。そして1930代年に新しく採用されたロゴは、なんと社内で行ったデザイン・コンテストで選ばれた、購買部員の作品だったという。翼型の枠にBPのレターを入れただけのこのシンプルなロゴは、内側を赤、青、緑、黄、白に変えられるようにと発案されたが、いつの間にか黄色と緑色が多様され、そのうちこの 2色が同社のシンボル・カラーとして定着したという。
そして2000年、前身の「British Petroleum」から「BP」に正式名を変える際、これまでとは全く違う太陽のマークをロゴとして採用することになった。ギリシャ神話に登場する太陽の神で、エナジーの象徴でもある「ヘリオス」からヒントを得たというこのロゴは、これまでのBPの企業イメージと関連付けてもらえるよう、社のカラーである黄色と緑を強調。印象的でありながら「見慣れた配色」にすることで、マークの変化による違和感を和らげる狙いがあったという。
シンプルなほど「本気」で遊べる

グローバルな巨大企業であるほど、シンプルなロゴを使用しているもの。そして世界中で展開している検索エンジン 「グーグル」もその多分に漏れず、この基本となるロゴに国名が入るだけというシンプルなつくりで統一されている。そんなグーグルで抜群の人気を誇るのが、1日限定で発表される記念日のロゴ。著名人の誕生日や没日、祝日などのイメージが、オリジナルのロゴをベースにデザインされたものだ。
中にはほとんど原型をとどめていない作品もあるが、それでもユーザが「グーグル」とすぐに認識出来るということから、同社の共同創立者であるセルゲイ・ブリンによってデザインされたオリジナルのロゴがいかにインパクトがあり、世界に浸透しているのかが分かる。そして何よりも、この遊び心いっぱいのグーグルの経営方針が、いっそうユーザーの心 を捉えるのではないだろうか。
2000年より記念日ロゴの製作を手掛けている、米グーグル・ウェブマスターのデニス・ホワン。全世界にファンを持つ彼の作品には、 もちろん英国ネタも登場している。
コナン・ドイルの誕生日 2006
名探偵「シャーロック・ホームズ」シリーズの生みの親、英作家コナ ン・ドイルの誕生日記念。世界中のファンから「来年も!」との声が寄せられたという。
ルイ・ブライユの誕生日 2006
「点字の父」、ルイス・ブライユの生誕を記念して、点字で「Google」と綴った作品。色の配置以外はオリジナルと全く異なるデザインで、同社の遊び心や前衛的なセンスが全面に出ている。
セント・ジョージズ・デー 2006
イングランドの守護聖人の祝日は、イギリス人にとっては国民の日。スコットランド人ユーザーから「セント・アンドリューズ・デーのロゴも作って」との声が殺到したという。
ハロウィーン 2005
恒例の行事なだけに、毎年アイデアを考えるのに一苦労だとか。記念日ロゴは楽しくハッピーなデザインが多いため、不気味なムード作りに力が入った、本人もお気に入りの作品。



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しいが、真の姿は硬派な反戦主義者。03年、当時労働党の議員だったギャロウェイ氏は、国内で論争を呼んでいたイラク派兵に真っ向から反対し、同党を除名。翌年にリスペクト党を結成した。07年には同党の状態が「あまりに無秩序である」とするギャロウェイ派と、同党と協力体制にある極左の社会主義労働者党派に分かれ対立し、同年11月にはギャロウェイ派が「Respect Renewal」を結成、同党から脱退した。
オフィシャル・モンスター・レイビング・ルーニー党
ワン・ロンドン党
イングランドとウェールズ 緑の党
英国独立党

ウェールズ国民党 (ウェールズ民族党)











大名行列を横切ろうとした乗馬中の英国人を薩摩藩士が切りつける生麦事件が発生
岩倉使節団が訪英
ロンドンで小泉首相とブレア首相が日英首脳会談














競技解説
英国と欧州大陸を結ぶ高速鉄道「ユーロスター」が11月14日、英国内に新設した専用軌道での運行を開始。時速約300キロでの走行が可能となり、ロンドン―パリ間はこれまでより20分早い2時間15分、ロンドン―ブリュッセル間は1時間53分で結ばれる。ロンドンのターミナルは、ウォータールー駅からセント・パンクラス駅に移った。新ターミナルからは同日午前11時すぎ、ブリュッセル行きの「一番列車」が出発した。
10年間にわたり長期労働党政権を率いてきたトニー・ブレア首相の任期途中での辞任に伴い、6月28日をもって労働党のゴードン・ブラウン新党首が戦後第13代の首相に就任、同日中に新内閣が発足した。ブレア政権下ではナンバー2として財務相を務めながら、国内の好調な経済を長期にわたって維持してきたブラウン氏。ブレア氏よりいずれ首相の座を譲り受けるとの取り決めがあるとの噂が度々流れていたが、政権奪取後10年目にしてようやく首相の座を射止めた。
エリザベス女王(81)と夫のフィリップ殿下(86)が11月20日に結婚60年のダイヤモンド婚を迎え、前日の19日には、ロンドンのウェストミンスター寺院で記念式典が行われた。バッキンガム宮殿によると、ダイヤモンド婚を迎えた英君主は史上初めて。夫妻にとって、同寺院は結婚式を挙げた思い出の教会。長男のチャールズ皇太子と故ダイアナ元妃をはじめ、離婚が続いた英王室で「互いを支え合うエリザベス女王夫妻の仲の良さは際立つ」とは外交筋のコメント。
8月11日、数字選択式宝くじで英国史上最高額となる3540万ポンド(約85億円)の当たりくじが出た。この確率は7600万分の1で、1995年6月に出たこれまでの最高額、2250万ポンドを一挙に抜き去った。当選者は、スコットランドに住む郵便会社勤務のアンジェラ・ケリーさん。夫と別居中で長男ジョンさん(14)と2人暮らし。宝くじは1.5ポンドで購入し、これまでの年収が2万1000ポンドだったことを明かし「当選を知った時は手が震えました。まだ動揺して実感がわきません」と話した。英紙によると、当選は秘密にするつもりだったが、職場内でうわさが広まり、会見することにしたという。
パレスチナ自治区ガザで武装集団に拉致、拘束されていたBBC放送のアラン・ジョンストン記者(45)が7月4日未明、事件発生から約3カ月半ぶりに無事解放された。同記者は解放後、ガザ市でイスラム原理主義組織ハマス幹部のハニヤ前自治政府首相らとともに記者会見し、「人生で最悪の16週間だった。携帯していたラジオでわたしの解放を求める世界各地の人々の支援を知っていた。感謝したい」と述べた。ジョンストン記者は主要欧米メディアでガザに常駐する唯一の外国人記者。3月12日、銃を持った集団に拉致された。
世界七不思議の候補ともされる英南西部の巨石遺跡群ストーンヘンジの近くで、同遺跡群を造った人々の集落の一部とみられる新石器時代(紀元前2600年ごろ)の住居跡を発見したと英大学の発掘チームが1月30日、発表した。研究者の1人は「ストーンヘンジは当時としては最大の埋葬地で(住居跡などを含む)巨大な複合施設の一部だったと考えられる」と述べ、諸説あるストーンヘンジの目的を解き明かす貴重な発見だと強調した。確認された住居跡は8棟で、それぞれ広さ約5メートル四方。最大で100棟あった可能性もある。
英国一のフットボール選手であり、その私生活 の一挙手一投足まで注目される、デービッド・ベッカムが8月、米プロ・リーグ、MLSのロサンゼルス・ギャラクシーに移籍した。その契約金は、なんと、5年で総額2億5000万ドル(約298億円)!スポーツ専門テレビ局のESPNは、ベッカムの「金のために米国に行くと世間は言うだろうが、そうではない。才能ある選手とともにギャラクシーを新しいチームにつくり変えることは、とても楽しみだ」というインタビューを繰り返し放送した。
スコットランド・サッカー記者協会は5月2日、今季の年間最優秀選手にセルティックのMF中村俊輔を選出。中村はプロ選手協会からも年間最優秀選手に選ばれており、ダブル受賞となった。欧州主要リーグで、日本人としての年間最優秀選手は初。同協会のブラック会長は「中村は見ていて楽しい選手。欧州チャンピオンズ・リーグのマンチェスター・ユナイテッド戦での2本のFKと、プレミア・リーグ優勝を決めたキルマーノック戦でのFKは彼を集約している。重圧の中で輝く瞬間を生み出せる」と評した。
今年一番の注目レーサーといえば、ルイス・ハミルトン。カリブの血を引き褐色の肌を持つことから、「F1界のタイガー・ウッズ」「褐色のベッカム」など、一躍時の人となった。実際、今年1年間の記録といえば、「デビュー6戦目で栄冠の初優勝」「米国グランプリで連勝」「ハンガリー・グランプリで優勝」「日本グランプリ優勝」とそうそうたるもの。年間ランキングでは惜しくも2位と敗れたが、今季の主役だったことに間違いはない。デビュー戦から9戦連続で表彰台に上がり、F1記録を大幅に更新。新人では歴代最多に並ぶシーズン4勝をマークした。
英国で最も権威ある映画賞、英国アカデミー(BAFTA)賞の授賞式が2月11日開催され、「クイーン」でエリザベス女王役を演じ、下馬評の高かったヘレン・ミレンが主演女優賞を受賞した。一方007シリーズのボンド俳優としては初のノミネートとなった俳優、ダニエル・クレイグは惜しくも受賞を逃したが、ボンド・ガールを演じた仏女優、エヴァ・グリーンが新人賞を獲得した。
1990年代に活躍した英国の人気女性歌手グルー プ「スパイス・ガールズ」が、今年6月に再結成を発表。本当に?4人は実は仲が悪いんじゃないの?など世間ではまだまだ疑いの感があったが、表明通り、12月2日カナダでツアー初日を迎えた。約2時間のコンサートでは計22曲を熱唱、ガールパワー健在ぶりを見せつけた。

ブリティッシュ・ファッション・アワードに出席したヴィヴィアン。66歳にして、このカッコ良さ
71年の「Let It Rock」で発売していた「ROCK」Tシャツ
グルグルと逆回りする時計は、26年前から変わっていない
85年の「Mini Clini」コレクション
初のコレクション「Pirate」から
ボタンやアクセサリーなど、様々なデザインに使われているロゴ、オーブ
ボタンやアクセサリーなど、様々なデザインに使われているロゴ、オーブ
ボタンやアクセサリーなど、様々なデザインに使われているロゴ、オーブ
87年に従来のコルセットの概念を打ち破って以来、毎年のように斬新な、デザインが発表されている
87年に従来のコルセットの概念を打ち破って以来、毎年のように斬新な、デザインが発表されている
同年の「Harris Tweed」コレクションより
89年の「Voyage to Cythera」コレクションでは、モダンと中世のスタイルを斬新にミックス
89年の「Voyage to Cythera」コレクションでは、モダンと中世のスタイルを斬新にミックス
右のメンズ・ウェアに使用されているのが、ヴィヴィアン・オリジナルのタータン・チェック「McAndreas」
94年の「Café Society」コレクションより
美しいカッティングが多く発表された02年の「Anglophilia」コレクション











可憐と優美 ─ 将来期待のバレリーナ




退役軍人組織「Ex-Service Action Group」の統計によると、英国全体に存在するホームレスのうち約22%が元軍人。彼らの多くが義務教育を終えた直後に入隊し、以後は軍隊の中でまるで自身の家族を築くかのような生活を送るために、一般社会に出てから自立した生活を営む際に問題を抱えてしまう場合があるという。また戦場という危機的状況には対応出来ても実社会における職業的技術を持ち合わせていないため就職が出来なかったり、場合によっては戦場でトラウマを抱えてしまった者などが除隊後に社会に適応できなかったりしてホームレスになってしまう場合が多い。今ではホームレスのためのチャリティ団体「Crisis」でボランティアとして働くスコットランド出身の64歳、エドウィン・リントンさんもかつてはそのうちの1人だった。
35歳、ニューカッスル出身
ただバスキングをしていた時の方が、日によっては自由に使えるお金が多かった。まだロンドンのウォータールー駅でバスキングを始めたばかりの頃、習いたてのギターではわずか1曲しか弾けなかったにも関わらず、1日で50ポンドも稼いだことがあるという。「でも路上生活していると、食べ物、飲み物も購入しなければならないので結局は高くつきますね。ホステルであれば食事は安く提供してもらえますから」。
1991年に英国で創刊され、2003年からは日本版も発売が開始されたホームレスが販売するストリート・ペーパー、「ビッグ・イシュー」。労働の場を提供することでホームレスの人々に自立を促すことを目的とした同誌では、一部を£1.50で販売、このうち£0.80が販売員の収入となり、残り£0.70がビッグ・イシューの製作費、人件費として徴収される。ホステルなどに住んでいる「見えないホームレス」たちにとっては、住居費などを政府の援助で賄うことが出来るので、売った部数がそのまま収入になる。ビッグ・イシューの販売経験のあるデービッドさんは1日に30部をさばき計£24の収入を得たことがあるようだ。
私たちのチャリティ団体では、ホステルやB&Bなどに住むいわゆる「隠れたホームレス」たちを悪循環から救い、自立した生活を送ることが出来るように働き掛けています。


Illegal Sleep 2007 © Zarina Bhimji. DACS, London 2007
Shadows and Disturbances 2007 Courtesy of the artist and Haunch of Venison, London ©Zarina Bhimji. DACS, London 2007
壁に空いた穴をのぞくと、上の砂漠のような風景が広がる
AMNESIAC SHRINE or Double Coop Displacement, Matt's Gallery, 2006 ©Mike Nelson Courtesy the artist and Matt's Gallery, London.
Mirror Infill, 2006 Commissioned and produced by Frieze Projects ©Mike Nelson Courtesy the artist and Matt's Gallery, London
Sleeper 2004-5
State Britain, 2007 Installation view at Tate Britain ©Mark Wallinger Photo: Sam Drake, Tate Photography
There Will Be No Miracles Here 2006 Courtesy of the artist, doggerfisher and Haunch of Venison, London ©Nathan Coley . Photo: Photography: David Lambert & Rod Tidnam, Tate
Camouflage Church, 2006 ©Nathan Coley Courtesy doggerfisher and Haunch of Venison
左)Hope and Glory 2007 Courtesy of the artist, doggerfisher and Haunch of Venison, London ©Nathan Coley . Photo: Photography: David Lambert & Rod Tidnam, Tate


















F&Mと言えば紅茶にスイーツ。もはや英国みやげの代名詞とも言えるこれらの商品が一同に介するのがGround Floor。以前よりも空間に余裕を持たせ、整然とした配置になっているのが嬉しい。品格漂うダークグリーンの紅茶の定番パッケージが、現在は銀色をメインに、アクセントでブランド・カラーの青みがかったグリーン「Eau de Nil」を使ったニュー・デザインに。年末年始の、いつもとは一味違うおみやげにいかが!?
扉を開けるとまず出迎えてくれるのが、クリスマス・デコレーション。ツリーに馬車、サンタクロース。奇抜なものはないけれど、欧州でこの時期を過ごす喜びが感じられる、伝統的なクリスマスの姿がここにはある。色とりどりのマカロンでつくられたタワーや砂糖菓子のデコレーション・ケーキには子供も大喜び。
そして紅茶と並び、F&Mの主力商品とも言えるハンパー。300周年を迎える今年は特に種類が豊富。全部で38種類のハンパーが、恭しく鎮座している。別欄でご紹介している300周年記念の「The Tercenturian」(2万ポンドなり!)はもちろんのこと、「The Imperial」「The Winsor」など、商品名からして気品漂うハンパーの数々は、購入することはできなくても、見ているだけでもワクワクしてくる。



今回の改装で一番の変化を遂げたのがここ、地階。上から覗き込めば、彩りも鮮やかな野菜や果物が顔を出す。正面奥には高級感漂うデリカテッセンと、肉や魚、チーズのコーナーが。左手にはワイン・コーナー。その隣には創立年を冠したバー、1707ワイン・バーがあり、コーナーにあるどんな商品でも一律10ポンドの持ち込み料プラス小売価格で楽しむことができる。
毎年クリスマスが近付くと人々の話題となるのがF&Mのハンパー。日本で言うならば、年末年始の福袋?今年のハンパーは全部で38種類。その中でも驚きなのが、一つ2万ポンド(約474万円)の「究極」のハンパー、「Tercenturian」だ。3種類の異なるフルーツ・ケーキから成る3段重ねのケーキ、ジェロボーム社のシャンペン、300年記念シャンペン・トリュフ、カシミアのマフラーなどなどが入ったこのハンパー、注文するともれなくF&Mの専用馬車でご配達。包みを開ける前からスペシャルなひと時は始まっているのだ。
F&Mではその昔、すべての届け物を馬と馬車を使って行っていた。その伝統を継承し、F&Mでは今でも希望により馬と馬車を使った配達を行っている。そのお値段は受け取り人一人につきなんと1000ポンド(約23万6500円)! 下手したら買った商品よりも配達料の方がずっと高くつく、さすがの高級サービスだ。
チャールズ・ディケンズと言えば、「オリバー・ツイスト」や「クリスマス・キャロル」など、貧困層の人々の生活を臨場感あるタッチで描くことで知られる大文豪。そんなイメージからすると意外や意外、彼は高級感漂うF&Mの大ファンとしてとみに知られる人物だった。彼は世界的競馬大会、エプソン・ダービーについて、次のように述べている。「ほら、見てごらん。フォートナム・アンド・メイソンが見える。どのハンパーも悠々と広げられていて、芝生の上にはロブスター・サラダが咲き誇っているかのようだ」。ディケンズのほか、米国生まれ英国育ちの人気作家、ヘンリー・ジェイムズなども同様にF&Mのファンだったというから、当時から知的階級に愛される、気品漂うデパートだったのだろう。








