フリーメイソンと聞いて、読者の皆様はどんなイメージを思い浮かべるだろうか。「世界征服を企む秘密結社」といった、何だか怪しげな組織を想像する人も多いのでは?しかし、こういったイメージは、実は現実とはかなり懸け離れたもののようだ。今回の特集では、そういった謎の集団と認識されるまでの経緯を追いながら、フリーメイソンの正体に迫る。(野口 大輔)
フリーメイソンとは?
フリーメイソンは世界最古かつ最大規模の友愛団体である(厳密には、フリーメイソンは各個人の会員のことで、組織はフリーメイソンリーと呼ばれる)。
フリーメイソンは現在、何をしている?
フリーメイソンはロッジと呼ばれる集会場において、儀式や講義を通して、人間の基本的な道徳を学び教え合っている。その中では、仲間そして人類における兄弟愛、個人の尊厳と自由を尊重すること、人間として家族や社会での責任を果たすことなどが強調される(近代フリーメイソンが成立した18世紀初めにおいて、これらの理念は画期的なものであったという)。教育の過程では、様々なシンボルを使用するところに大きな特徴がある。そのことが、人々にとってのフリーメイソンという組織のイメージを謎に満ちたものにしているともいえるだろう。また、社会への貢献を重視するフリーメイソンの信条に基づいて、慈善活動も積極的に行なっている。ちなみに、フリーメイソンの会員同士は、お互いの名前に「ブラザー」を付けて呼び合うらしい。

フリーメイソンのシンボル・マーク。直角定規は誠実、公正そして美徳を表す。
コンパスは友情、道徳、兄弟愛を表す。「G」はGod あるいは
The Grand Architect of the Universe「万物の偉大なる建築者」のイニシャル。
また、Geometry(幾何学)との意味も持っている。
フリーメイソンの名前の由来は?
はっきりしたことはわかっていないが、ある歴史家によると、ギルドのメンバーである石工が都市や街といった特定の場所に留まることを求められず、自由に旅に出たり仕事を探したりすることができたからだという。また、「Freestone Mason」という言葉が短縮されたという意見もある(Freestoneとは軟らかく加工しやすい石のこと)。
フリーメイソンって陰謀を持つ秘密結社?

フリーメイソンでは
会報誌も発行している
フリーメイソンって政治結社?
フリーメイソンは政治結社ではない。逆にフリーメイソンの集会において政治の議論をすることは禁じられている。よって、組織として特定の政治的な立場を表明することはないし、特定の政党を支持することもない。もちろん、会員個人がどんな政治的信条を持つのかについては自由である。
フリーメイソンって宗教団体?
「我々は宗教団体ではない」と少なくともフリーメイソンは主張する。あくまでも本人の信仰を尊重するとし、逆に会員になるためには、何らかの信仰を持っていることが入会条件になっている。というのも、フリーメイソンにおいては抽象的な概念としての「至高存在」(Supreme Being)があり、例えば儀式の中でも、これを崇めるという行為が存在するからである。しかし、「至高存在」はキリスト教における神ではないし、イスラム教における神でもない。つまり、特定の宗教における神ではない。それゆえに、様々な宗教のバック・グラウンドを持った会員がフリーメイソンに入会し、その理念を共有できるのであろう。
フリーメイソンの組織はどうなっている?
巨大な組織であることから、カトリック教会のようなピラミッド型の中央集権的な組織を想像する人も多いかもしれないが、これは全くの誤解。実際にはそれぞれの国を統括する「グランド・ロッジ」と呼ばれる本部が、他国の本部をお互いに承認し合うことで初めて組織が成り立つ仕組みになっている。フリーメイソンの正式名称が「Free and Accepted(承認された)Masons」であることからも、彼らがこの「承認」という手続きをどれだけ重要視しているかが伺われる。また国ごとの統括組織については、1717年にロンドンにおいて世界最初のグランド・ロッジが誕生。今や世界中に会員を持つまでに拡大したフリーメイソンだが、近代組織としてはロンドンに起源を持っていることになる。
ミーティングでは何が行われている?
ミーティングで行われることは大きく分けて2つある。1つはロッジの運営に関わること。例えば、予算や役員の選出、新しい会員のための投票、その他の報告などである。もう1つは、新しい会員を受け入れるための儀式、ロッジのマスターが就任する際の儀式、役員の任命の儀式など。新しい会員を受け入れる儀式は、フリーメイソンの原則を伝授する若干ドラマチックな部分と、講義によって会員の果たすべき責務について学ぶ部分に分かれる。

19世紀に行われたミーティングの様子を描いた挿絵
いまだに古めかしい儀式を行なうのはなぜ?
儀式という体験を共有することで、会員同士の結束が強固になると考えられているから。また、ドラマや寓話、そしてシンボル・マークの使用は、フリーメイソンの原則を会員に深く印象付けることになる。この儀式では、多くのシンボルが描かれたトレーシング・ボードと呼ばれる布切れが大きな役割を果たす。かつて儀式では、フリーメイソンの仲間以外に解読されることを恐れ、儀式の内容を書き留めることがほとんど許されていなかった。その代わりとしてシンボル・マークを使っての教育が行われていたわけだ。なお、ロッジに入る際には、石工の作業着であったエプロンを着用することになっている。エプロンのデザインはその階級によって異なる。
写真右上)1825年に制作されたトレーシング・ボード
写真右下)第二次世界大戦中に英国を率いたウィンストン・チャーチル元首相もフリーメイソンの会員であった。写真は彼が儀式の際に着用したエプロン
フリーメイソンの会員に階級はある?
徒弟(Entered Apprentice)、職人(Fellow Craft)、親方(Master Mason)の3階級に分かれている。これらの階級の名称は、フリーメイソンの起源が中世の石工のギルドだったことに由来する。フリーメイソンに入会すると、まずは徒弟からスタートすることになる。入会時および階級が上がる時には儀式があり、会員たちはこの儀式を通して、フリーメイソンをより深く理解し、また結束を深めるのである。
フリーメイソンへ入会するには?
まずは仕事を持った成人男性であること。女性は入会できない。その理由は、フリーメイソンの起源が石工の集団であったということの名残であると言われている。当時、男性と同じ労働を女性が行うことは困難であった。その慣習が今に至るまで続いているのである(ちなみに、フリーメイソンとは別の組織として、女性が参加できる団体がある)。
次に、しっかりとした信仰を持っていること。よって、無神論者は入会できない。宗教はキリスト教、ユダヤ教、イスラム教徒はもちろん、仏教徒でもよい。
入会するためには、会員によって推薦されなければならない。フリーメイソンへの入会はあくまでも本人の自由意思が尊重されるため、会員が勧誘を行うことはない。よって、フリーメイソンの会員になるには、まず会員の知り合いを見つけることが必要である。米国などでは、かなりの数のフリーメイソン会員がいるため、友人や知り合いがフリーメイソンだということも多いらしい。もしも知人にフリーメイソンの会員がいない場合は、各地にあるロッジに依頼して会員を紹介してもらうことが可能なようである。その後、審査を通過して、初めてフリーメイソンの会員になることができる。
Copyright and reproduced by permission of the United Grand Lodge of England

フリーメイソンの起源一般的に受け入れられている説としては、中世のイングランド、スコットランド、フランスにおける石工のギルド(職人組合)がある。彼らはゴシック様式の大聖堂や城塞を設計し建設する集団であり、数十年あるいは数百年を要する大プロジェクトを遂行するための特別な技術や知識を持っていた。そして、それらの知識はギルド内部のみにおいて共有され、決して口外されることはなかった。なぜなら、そういった技術や知識は彼らに利益をもたらすものであったからだ。
フリーメイソンをテーマに1754年に製作された彫刻
ギルドでは、ロッジと呼ばれる集会所においてメンバーに建物を構築するための技術や知識を伝えた。当時はまだ文字が読めない人が多かったため、やり取りはすべて口述。また彼らは暗号を使い、特殊な握手の仕方でお互いが同じギルドの仲間であることを確認したのである。現在においても、お互いがフリーメイソンであるということを暗号や握手によって判断するのは、その名残と考えられる。さらには様々なシンボル・マークを使うことによって情報を象徴的にわかりやすく伝えようとする、というのも彼らの特徴。そのため現在のフリーメイソンにおいても、シンボル・マークはそれぞれ重要な意味を持っていて、儀式や教育の場で大きな役割を果たしているようだ。また、これらのシンボルの多くが石工の使う道具の形をしているのは、当時の名残であろう。
時代が流れるにつれて教育を受ける平民が多くなり、やがて口述による技術や知識の伝承の必要性が薄れていく。かつて隆盛を極めたゴシック様式の建築もその人気は衰え、建築材料も石より煉瓦が使用されることが増えてきた。つまり石工たちのギルドの仕事における優位性、そして本来の存在意義が急速に失われていったのだ。フリーメイソンのロッジの存続が怪しくなってきた17世紀中頃には、イングランドのフリーメイソンが石工たちの代わりに新たに建築とは無関係の貴族や知識人たちの加入を認めるようになる。これ以降、石工の職人団体としてのギルドであったフリーメイソンが、友愛を目的とする団体に徐々に様変わりしていく。
ヨーロッパ随一の大都会へと成長した17世紀頃のロンドンには、多くの人々が仕事を求めて集まってきた。彼らが酒場やコーヒー・ハウスなどで様々な話題を語り合う中で、趣味や関心を同じくする人々によって数多く作られたのが、社交クラブと呼ばれるグループである。フリーメイソンのロッジも、他の社交クラブと同じように酒場やコーヒーハウスでの親睦を深めていくようになった。そういった経緯を経てロンドンに存在した4つのロッジが集まって1717年に統括組織を設立し、近代フリーメイソンが誕生することになるのだ。

英国 英国のフリーメイソンでは、ロイヤル・フ ァミリーが入会することが伝統となっているらしい。ただし、女性の入会は認められていないことから、エリザベス女王はメンバーではないようだ。1967年からイングランドのグランド・ロッジのグランド・マスターには、ケント公が就任している。英国に限らず、王室のある他のヨーロッパ諸国、例えばスウェーデンなどでも、ロイヤル・ファミリーとフリーメイソンの関係は非常に深い。
米国 フリーメイソンの会員は米国が世界で最も多い。その中でも、ベンジャミン・フランクリンやジョージ・ワシントンなど米国の建国にたずさわった人の多くがフリーメイソンの会員であった。このことから、米国の基本理念がフリーメイソンの理念に大きく影響を受けているというのは事実であろう。また、歴代の米国大統領の中にもフリーメイソンの会員だった人物は少なくない。
フランス フランス革命の主要人物の多くがフリーメイソンであった。ちなみに、一般にもよく知られるフランスの「自由・平等・博愛」という理念は、フリーメイソンの理念でもある。また米国のニューヨークにある自由の女神像はフランスのフリーメイソンから米国のフリーメイソンに送られたらしい。
日本 第二次世界大戦後の日本を統治した連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の総司令官ダグラス・マッカーサー。彼もフリーメイソンであった。また、GHQで日本国憲法の草案作成を担当したメンバーの多くもフリーメイソンだったといわれ、そのため、日本国憲法にフリーメイソンの理念の影響 が指摘される。
オーストリア 世界中で愛されている18世紀オーストリアの作曲家、モーツァルトもフリーメイソンであった。彼は、フリーメイソンのための音楽を何曲も作曲している。中でも有名なのはオペラ「魔笛」で、フリーメイソンの儀式に基づいて作曲されたらしい。フリーメイソンのシンボリズムや教義がこのオペラの中で使用されているというのが、現在の通説である。そのため、モーツァルトはフリーメイソンの秘密をばらしたために殺された、という噂もあったほど。

観光客であふれるロンドンの中心部、コベント・ガーデン。ここにフリーメイソンの総本山ともいえるイングランドのグランド・ロッジがあるのを知っている人は少ないのではないだろうか。実は、ここには一般の人も入ることが可能なのだ。さらに内部には博物館があり、建物内のガイド・ツアーまで行われている。秘密結社と呼ばれている割には、意外とオープンな組織なのかもしれない。そこで今回は、世界に名高いフリーメイソンの謎を解き明かすべく、このガイド・ツアーに参加することにした。
いざフリーメイソンの総本山へ!
コベント・ガーデンの駅を出て東に歩いていくと、すぐにグランド・ロッジの建物が目に入った。期待と不安を抱えながら建物に近づいていくと、ちゃんと博物館の案内が出ていた。そして、建物に恐る恐る足を踏み入れる。左側から突然声がかかったので振り返ると、そこには老紳士が。ここで博物館に行きたいことを伝えて、受付名簿にサイン。建物内の博物館の場所と、30分後に無料のガイド・ツアーが実施されることを教えてくれる。どことなく語り口も穏やかで、さすがは友愛を信条とするフリーメイソンだと感心する。
写真右上)内部にある豪華な作りの応接間
写真右下)玄関。この先にベールに包まれたフリーメイソンの秘密があるのか?
いよいよガイド・ツアーが開始!
ツアー開始を待つ間、博物館の展示を見る。ここには、フリーメイソンの衣装を始めとする様々なコレクションが展示されている。ガイド・ツアーが始まる時間になって、ガイドの老紳士が現れる。ちなみに、ガイド・ツアーは1時間おきにあるようで、この老紳士も「今日3回目で疲れたよ」と冗談交じりに言う。ガイド・ツアーの参加者は意外にも多くて総勢10名。その国籍は米国人の老夫婦が2組4名、ニュージーランドの若者が2人、スペインからの女性が2人、アジア系の女性が1人、そして筆者である。
写真右)内部にはステンド・グラスもあった
老紳士ガイドの楽しい説明とともに建物を巡る!
まずは、簡単なフリーメイソンの概略の説明から始まった。この老紳士はガイド担当だけあって、話もユーモアにあふれていて参加者を楽しませてくれる。いよいよ建物の内部に入ると、最初の部屋には歴代のグランド・ロッジにおけるグランド・マスターの肖像画が。そこには現在のグランド・マスターであるケント公の顔もあった。
写真右)現在グランド・マスターを務めるケント公
続いて両脇にたくさんの部屋が並んだ幅の広い廊下を通ると、床も壁もきれいに磨かれていることに気付く。さすがフリーメイソン、細部まで手入れが行き届いているな、と妙に感心しつつ歩いていくと、Grand Templeと呼ばれるフリーメイソンの儀式が行われる大ホールの前に辿り着く。ここの天井にはフリーメイソンのシンボルを使った装飾が描かれていることを発見。Grand Templeの入口となっている大きなドアに施された彫刻の説明を終えた老紳士ガイドが、ついにそのドアを開ける・・・・・・。
写真右)手入れの行き届いた廊下。さすがにしっかり管理されている
フリーメイソンのメンバーも大感激の Grand Temple!
いよいよGrand Templeへ入室。3方から座席に囲まれていて、約1700人収容ということだ。東側には、グランド・マスターの堂々とした席が置かれている。天井を見上げると、そこにはフリーメイソンの特徴であるシンボルが描かれていて、ガイドの老紳士がその象徴的な意味を説明してくれた。もっとおどろおどろしい空間を予想していたのだが、部屋の作りは意外とシンプル。しかし、この中でフリーメイソンの儀式が行われる時には、その雰囲気はまるで違ったものとなるのだろう・・・・・・。ちなみに、このGrand Templeの場所を使って映画の撮影やコンサートが行われたりすることもあるそうだ。

グランド・ロッジに向かう階段の荘厳さは圧巻の一言
ところで、ツアー参加者の米国老紳士2人は、このGrand Templeに入ってから興奮気味。というのも、どうやら彼らはフリーメイソンらしい。フリーメイソンの総本山グランド・ロッジを訪ねることができて、感激している様子であった。そして、ガイドの老紳士が呼びかけるまで、ひたすら写真を撮りまくっていた。フリーメイソンの人にとっては、それほどまでに大切な場所ということなのだろう・・・・・・。
以上でツアーは終了。残念ながら、我々はフリーメイソンの核心ともいうべき儀式を見ることができない。また今回の取材ではメディア関係者による写真撮影にも制限がかかったため、内部についてもそのすべてを公開できたわけではない。フリーメイソンの存在に少しでも興味を持っていただけたのであれば、やはり実際にこの博物館を訪ねて、ガイド・ツアーに参加してみてはどうだろう。
| Freemasons' Hall | |
|---|---|
| 住所 | 60 Great Queen Street London WC2B 5AZ |
| TEL | 020 7395 9257 |
| website | www.grandlodge-england.org |
| 開館時間 | 月~金(10:00~17:00) |
| ガイド・ツアー | 月~金 (1日5回11:00、12:00、14:00、15:00、16:00) *写真付の身分証明書(パスポートなど)の提示を 求められる場合あり。 |
| 入場料 | 無料 |



パン柄トートバック販売中


5月17日発行の本誌では、

英国の「知の権威」が語る捕鯨問題 ①
捕鯨活動が最も活発に行われた18世紀には、当時英国の主要港であった英国北部の都市ハルとロンドンが2大拠点となっていました。この2地点から年間何百という単位で捕鯨船が出航し、大きく分けて2カ所に向けて旅立っていったのです。1つはグリーンランドや、カナダ沖のデービス海峡といった北方の海。もう1つは南方の海で、太平洋や南米の海岸部、そしてハワイと日本の中間点となる海域でも捕鯨を行っていました。

英国の「知の権威」が語る捕鯨問題 ②






ゴードン・ブラウン首相(56)

ジャッキー・スミス内務相(44)
アリスター・ダーリング財務相(53)
デービッド・ミリバンド外務相(42)
エド・ボールズ児童・学校・家族相(40)
ダグラス・アレキサンダー国際開発相(39)
ジェームズ・パーネル 文化・メディア・スポーツ相(37)
ジョン・ デナム 革新・大学・ 職業技術相(54)
ショーン・ウッドウォード 北アイルランド相(49)
ハリエット・ハーマン下院院内総務(57)
ヘーゼル・ ブリアーズ コミュニティー・地方自治相(51)



5月末から自然史博物館で始まったこのスペシャル・エキシビションは、入場者全員が南極探検隊の一員となって、いろんなチャレンジをこなしていくというもの。-10℃というレアな世界を体験できたり、実際に南極探検で使われていた道具を見学したり、知っているようで知らない極地に関するクイズやゲームに挑戦したり、始めから終わりまで興味津津!テレビや映画でしか見たことのない南極の世界、果たして何人がサバイバルできるのでしょうか!?
凍ったバナナで釘も打てる
かわいいあの子の離乳食は? 
寒い&怖いは当たり前……?

乗りこなせれば天下無敵!
ここで展示されているのは、実際に南極で使われていたスノー・モービル。しっかりしたシートで、乗り心地バツグンです。運転に特別な免許はいらないそうなので、この機会にコツを覚えてしまっても良いのでは?ちなみに、深く積もった新雪の中を運転するのが一番難しいそう。
リサーチ・ステーションでは、体験隊が実際にどんな部屋で生活し、仕事をするのかが学べます。お店も、テレビも、車も、病院もない、地球で最も孤独な大陸、南極。若き隊員見習いたちは、ここで無事に1年を過ごせるのでしょうか? 
実際に英国陸軍で支給される非常食をもとにつくられたサバイバル・パック。アルミニウムの袋は、直接火にかけることもできる。中身は栄養価の高いエナジ ー・フード、コーヒー・セットなど
アデリー・ペンギンの白と黒を強調したかったのだろうけど……。大胆な発色のこの飴は、クロスグリのフレーバー。もちろん舌や唇にも着色するので、舐める時は気をつけて
ロンドン中心部からさほど遠くない場所に、本格的な遊園地があるのはご存知ですか?500エーカーもの広大な敷地に、25以上もの乗り物やアトラクションがぎっしり詰まったソープ・パーク。ここでは、絶叫系アトラクションを制覇しなくては気がすまない「上級者」や、恐いもの見たさでマイペースに楽しみたい「中級者」、そして小さなキッズたち「初級者」が、皆それぞれ満足できること間違いなし。日ごろのストレスや「なぜ夏が来なかったんだ……」という憤りを、アウトドアで思う存分発散しちゃいましょう!
ほぼ90度!を時速130キロで急降下!


バンジ-&逆バンジ-に挑む 


⑦ Ribena Rumba Rapids
⑧ Mr. Monkey's Banana Ride
⑨ Sea Snakes And Ladders
世界中で愛される人気キャラクター、機関車トーマスとその仲間たち。チビッコなら誰もが、あの青い列車に乗って、シュッポ、シュッポと風を切って走るシーンを心の中に抱いているはず。そんな子供たちのイマジネーションを実際に叶えてくれるのが、このイベント。英国各地のヘリテージ・レールウェイに、サー・トーマス・ハットやファット・コントローラーをはじめ、おなじみの機関車たちが勢ぞろい。トーマスとディーゼルのレースやさまざまなアトラクションが繰り広げられるほか、もちろん、実際に乗り込むのもOK! 本物の蒸気機関車に乗れるなんて、大人もワクワクの新鮮な感動に出会えるはずですよ。
ブロックと言えばレゴ! 何百個、何千個、何万個もの小さなブロックを組み立てて、実にさまざまなモノを造りだしてしまうあのレゴ・ワールドは、お見事!うちの子も、こんな無限の想像力があったらなぁ……。それなら実物に触れるのが一番ということで、ここレゴランドで1日たっぷり遊びましょう。まず、目を見張るのが、約4000万個のレゴを使って再現されたロンドン。ビッグ・ベンもロンドン・アイも実によくできていて、思わずじーーっと見入ってしまう完成度の高さです。ほかにも、レゴでできた電動自動車やローラー・コースターなど「乗って楽しむレゴ」あり、レゴのスタッフの指導に沿って「作って楽し むレゴ」ありの充実ぶりです!
普段は都会の雑踏の中を走らせているマイカーに乗って、そのまま、さまざまな動物たちが暮らすサファリ・パークへ!窓の外、背の高~いキリンに手を振ったかと思いきや、ふと気づけば、あわやライオンが大接近!?はたまた、クマやオオカミが走ってついてきたりして、まさに野生の王国にワープしたかのような感動を味わえます。飼育スタッフの話を聞いたり、実際に動物たちと触れ合ったりできるほか、鳥のフライング・ショーなどさまざまなアトラクションもお楽しみ。また、このサファリ、実はWoburn Abbeyという美しいカントリー・ハウスの付属施設で、他にもゴルフ場や豪華なアコモデーションなども。せっかくなら、泊りがけで出かけたい一大スポットです。
普数あるプラネタリウムの中でも、グリニッジ天文台で繰り広げられるそれは、世界でも随一!最新のデジタル・レーザーでドームいっぱいに映し出される満点の星空は、本物を凌ぐ迫力で、思わずため息ものの美しさ。そこへ現役の天文学者が星の誕生からその死まで、ドラマティックなストーリーの語り部となって、宇宙探検の旅へ連れて行ってくれます。さらに、メイン・プログラムの後には、さまざまな疑問・質問に分かりやすく答えてくれるというおまけつき。キッズの知的好奇心が満たされるのはもちろん、大人にとっても、小さな悩みなんて吹き飛ぶほどの壮大な世界に夢がふくらみそう。
映画に出てくるクールなスパイを見ては、私もスパイになりたい!な~んて憧れてた子はいない?はい、なってくださいスパイに!というのが、サイエンス・ミュージアムで行われているこのエキシビション。まずはスパイ・メーカーに雇われ、暗号の解読法や変装の仕方、嘘の見極め方など、スパイに必須のスキルを修得。そして、本格的なスパイ道具を持たされ、闇の組織の実態を暴くために、いざ出陣!しかし、敵もなかなか手強くて、最新のセキュリティ・ガードをはじめ、あの手この手でスパイの侵入を防ごうとする……。さあ、あなたは無事ミッションを成し遂げ、ファイナル・ステージまで進めるか!?
ガーデンハットやサングラス、プリントTシャツなどのオリジナル・ウェアを作ったり、顔にペインティングをしておちゃめな昆虫に変身したり、顔はガードして 蜂の巣を見学したり、併設のガーデンで採れたハーブでパンやビスケットを焼いたり……。夏休みのキッズたちに、とっておきのお楽しみとなりそうなのが、ここGEFFRYE MUSEUMで開かれている「サマー・ホリデー・アクティビティ」。下は3歳から上は15歳まで、年齢別に考えられたワークショップは、実にさまざま。なかでもアート・クラフト系は充実で、世界でたったひとつのモノをつくれ ば、夏休みの課題にもぴったり。
爽やかな風に吹かれて、パッカ、パッカ、パッカ……。大人でも一度は挑戦してみたいと思う、上品で優雅な乗馬。でもご存知ですか?実はこれ、普段は使わない筋肉を使うので、見た目よりも意外にハードでいい運動になるんです。今年の夏は、天気もパッとしなくて気分も晴れないという人たち、親子そろって挑戦してみませんか?しかも、ロンドンのど真ん中、ハイド・パークでトライできるというのだから、お手軽さも満点。未経験でも、スタッフの丁寧なレッスン(有料)があるので大丈夫。無邪気で純粋なキッズたちは、大人より案外すんなり乗りこなしそうですね。
ロンドンのテムズ河東部から、エセックス、フォートフォードシャーまで50キロ以上にも延びる広大な公園が、ここリー・バリー・パーク。豊かな自然の中、魚 釣りやボートなど、水辺のアクティビティが充実。また、敷地内の散策に出かけたいなら、便利なレンタサイクルがおすすめです。都心の真ん中とは違う新鮮な 空気に、大人の方が気分すっきり癒されそう。また、グリルの貸し出しもあるので、食材を準備していけば、緑に囲まれた公園の中でバーベキューを楽しむこと も可能。大自然の中、思い切り体を動かして、おいしいものを食べて遊べば、親子のコミュニケーションもぐっと深まりそうですね。
1989年7月、BPは陸軍省より、第二次ボーア戦争最中のアフリカに赴く命令を告げられる。豊富な金の鉱脈を巡って南アフリカのトランスバール共和国と争ったこの戦争でBPは、「マフェキングの包囲戦」と呼ばれる戦いに参加。8000人以上の敵軍に、200日以上にわたって包囲されるという事態に見舞われた。

BPは、子供たちを4組のグループに分け、8日間にわたって共同生活を送らせた。キャンプ活動の内容は、テントの張り方や地図の使い方の講習、野生生物の観察、救助法や愛国心の勉強など。それらすべての学習には「体験重視」という方針が貫かれていた。ボーイスカウト運動について述べる際、「すべての子供たちに、彼らの方法でいいから自分で火を起こさせろ。失敗したことが分かったら、今度は正しい方法を教えて、もう1回試させるんだ」と再三にわたって語ったように、BPは子供たちが自分たちで失敗を体験することが重要だと考えていた。そして失敗の中にこそ教育の本質があるというのが、彼の思想であったのだ。
1908年になると、BPは後に聖書、コーラン、毛沢東語録に続く20世紀のベストセラーとなる「Scouting for Boys」という名の本を出版する。6部構成のこの本においては、まずボーイスカウトの心得とでも言うべきものが、騎士道、アフリカ民族の風習など多彩な例を挙げながら説明されている。そして意外にも日本に関する記述も多い。日本の武士道、柔術の思想を称えながら、寒風摩擦の効用などを説いている。文章中では日本人を「Jap」と呼んでいるところに時代を感じる。

エディンバラを訪れた多くの人が知らないうちに通り過ぎている、グレーフライアーズ・カークヤード(Greyfriars Kirkyard)のすぐそばに立つ犬の銅像。グレーフライアーズ・ボビーと呼ばれるこの犬は、実はエディンバラ版の「忠犬ハチ公」なのである。
エディンバラの街の喧騒に疲れたら、ちょっと足を伸ばしてウォーキングに出かけるのはどうだろう。そこでお勧めなのがウォーター・オブ・リース・ウォークウェイと呼ばれる川沿いの遊歩道。エディンバラを経由して海まで続いている長い道になっている。今回取り上げるのは、エディンバラ市街からスコットランド国立近代美術館とディーン・ギャラリーへと向かうルートだ。 ウォーキングはニュー・タウンの北西から始めるのが良いだろう。この遊歩道に足を踏み入れると、石造りの街並みが続くエディンバラ市街とはうって変わり、自然の息吹が感じられる。そして上流に向かって進んでいくと、川沿いに立ち並ぶ古い建物群が視界に入ってくる。ここはディーン・ビレッジ(Dean Village)と呼ばれる、穀物製粉の村として800年以上も続いた由緒ある歴史的な集落。絵のように美しい光景は、格好の写真撮影スポットだ。さらに川のせせらぎを聞きながらのんびり先へと歩いていくと、スコットランド国立近代美術館にたどり着く。川沿いのウォーキングはここで終了。
ハート・オブ・ミドロジアンは、ロイヤル・マイルにあるセント・ジャイルズ教会(St GilesCathedral)の西側のドアのそばにある舗道に施されたハート型のモザイク模様。この場所にはかつてTolbooth of Edinburghと呼ばれる建物があった。ここはかつてエディンバラの政治の中心であった一方で、牢獄もあり、公開処刑が行われたいわくつき場所でもある。
エディンバラというと英国を代表する古都だけに、どうしてもホリールード宮殿やエディンバラ城といった歴史的なスポットに足が向きがちになるのはやむを得ないところ。しかし今、エディンバラは大きく変わりつつある。その変化の一番の象徴として挙げられるのが、スコットランド議事堂だ。この建物は、1997年にスコットランド自治の象徴として議会の開設が認められたことにより建設されることになった。そういう意味では、スコットランドの人々にとって最も重要な建物といえるのではないだろうか。
エレファント・ハウスは、エディンバラにあるカフェ。このカフェを特に有名にしたのは、ハリー・ポッターの作者として知られるJ・K・ローリングが、シリーズの第1作「ハリー・ポッターと賢者の石」の原稿をこのカフェで書いたと言われているからである。
映画「ダ・ヴィンチ・コード」の舞台の一つともなったロスリン・チャペル(Rosslyn Chapel)。500年以上にも及ぶ歴史を持つこのチャペルは、他の教会とは全く異なる雰囲気を醸し出している。バラ十字団のシンボルであるバラと十字架で装飾されたこのチャペルで、特筆すべきは、内外に施された彫刻である。キリスト教から異教に至るまで、その彫刻の精巧さ、多様さは見るものを圧倒する。
1861年11月24日、ロイヤル・マイルに面していた築250年の長屋が突然崩れた。その長屋に住んでいた35人の住人が死んでしまうという悲劇だった。ところが、建物の残骸を片付けていたところに崩壊した建物の間から、少年の叫び声が聞こえた。「Heave awa' chaps, I'm no'dead yet".」彼は無事に救出され、崩壊した場所にあたるペイズリー・クロース(Paisley Close)には少年の胸像と言葉が残された。
シャーロック・ホームズの作者コナン・ドイルがエディンバラ出身で、エディンバラ大学で医学を学んだことはよく知られるところ。さて、ロンドンのベーカー・ストリートと同様に、ここエディンバラにもシャーロック・ホームズの銅像が建っている。実はその銅像の建っている場所は、ドイルの出生地のすぐそば。近くには「コナン・ドイル」と名づけられたパブもあり、地元出身の名士を称えている。
例えば、エディンバラ城は、3億年以上前に火山の爆発によってできた丘の上に建てられている。またロイヤル・マイルから見える、標高250メートルのアーサーズ・シート(Arthur's Seat)と呼ばれるこの丘もかつては火山だった。
ツアー観光客が知らない、エディンバラの奥深さを紹介してきた今回の特集。でも夏のエディンバラといったら、誰もが知っているエディンバラ国際フェスティバルはやっぱり外せない。フェスティバルが開催されている期間には、人口が約2倍に膨れ上がるとか。今年も世界中から一流のアーティストがこの街に大集結。約3週間にわたってオペラ、ダンス、クラシック・ミュージックそして演劇などの様々なイベントが目白押しだ。
オーガニックを選ぶ理由
オーガニックを選ばない理由
1946年に創設された英国で最も古い認証団体。EUの規定を上回る独自の厳しい基準を設定しており、国内のオーガニック製品のおよそ80%を管理している。公認チャリティー団体として、個人の寄付や団体の負担金で賄われており、オーガニック農法への転換のサポートや、農場検査、学校給食の見直しプログラムを考案するなど、オーガニックの普及に大きく貢献している。

英国を始め欧米では、オーガニックの概念が普及していて、体や環境に良いものを求めていますが、日本では、オーガニックに対する知識がまだまだ浅く、全体的に品質よりも価格が重視される傾向がありますね。個人主義と集団主義の違いもあるのかもしれません。欧米人は良いと思えば1人でも始めるけれど、日本人はみんながやらないと、なかなか始めないところがありますから。
私は、いつの日か一般の食卓にオーガニック食品が当然のように並べば良いなと思っているんです。需要が増えれば、オーガニック農場も拡大しますし、子孫に美しい自然環境を残すことにつながりますからね
英国では、80年代後半の狂牛病(BSE)、さらには2001年の口蹄病の流行により、食の安全性に対する関心が一気に高まった。2006年の売上高は前年比30%の成長。値段よりも質を重視する消費者の最近の傾向を受け、年々オーガニック専門店が増えている。
英国人歌手スティングの邸宅「Lake House」の約60エーカー(24万平方メートル)の敷地では、オーガニック野菜や果物の栽培のみならず、豚や魚などを飼育し、チーズや蜂蜜も作られているという。約半年は、家族6人が自給自足で生活できるほどだとか。スティング夫妻は、農薬が自然環境に悪影響を及ぼしていること、またその毒性が消費者にほとんど知らされていないことを懸念してオーガニックに興味を持ち始めたという。妻のトルーディー・スタイラーさんは「Cooking from Lake HouseOrganic Farm」という本を出して、自らのオーガニック生活と様々なレシピを紹介している。

1981年に当社が、英国初のオーガニック成分を配合したコスメ商品を販売し始めました。まだその時代は、オーガニックという言葉ほとんど知られておらず、周囲の反応は薄かったですね。1992年に、ソイル・アソシエーションが初めてオーガニックの認定基準を設けましたが、対象となったのはエッセンシャル・オイル(精油)のみ。その後、2002年にようやくクリームなどのコスメも対象とした基準が作られ、商品が認証されると一気に知られるようになりました。他社に関しては、ここ5年以内くらいにできた新しい会社が多いです。
合成の化学薬品には発ガン性物質が含まれているものもあり、実際に見た目には分からない有害性があります。化学調味料と人工添加物だらけの食事と無農薬で作られた安全な食事、どちらを選ぶかということと同じだと思うんです。また、1つ1つのコスメに関しては実験が行われていても、複数を同時に使用した時に人体にどのような影響がでるかは、分かっていないのです。
オーガニック・コスメのお店は、女性客が大半を占めるが、よくよく見てみると、シェイビング・クリームやビタミンを配合した石けんなど所狭しと男性コスメもしっかり並んでいる。何でも、最初は彼女や奥さんに連れられて来店する男性が多いようだが、そのうち1人でも買いに来る人が結構いるそう。ハリウッド・スターたちの間でもオーガニック・コスメは愛用されていて、ジョニー・デップやロビー・ウィリアムズなどがニールズ・ヤードレメディーズのお得意様だとか。

綿花栽培は多くの途上国で、人々の重要な収入源となっています。しかし、一般の綿花の栽培には、大量の農薬が使われ、そのため年々土壌が弱ってしまうんです。収穫量を減らさないためには、さらに多くの農薬を購入せねばならず、そのせいで借金地獄に陥いり、地域によっては多数の自殺者が出ているのです。オーガニック農法を促すことは、そういった人々を救えると同時に、水質汚染なども防いで環境保全にも役立ちます。
日本には、ものを粗末にすることに罪悪感を抱く「もったいない」という概念が根付いていますし、健康や環境に良いライフ・スタイルに移行しつつありますね。一方英国では、この数年、特に環境問題への意識が強く、企業はそうした問題への配慮なくしてビジネスを行うのが難しいほどです。
一般のコットン栽培には、大量の農薬が必要とされると言われているが、それでは農薬を使わず、代わりにどのような手法によってオーガニック・コットンが作られるのか左記の図で比較してみた。
少し前まで、パジャマや肌着、ベビー服と商品があまり選べなかったオーガニック・コットンだが、有名デザイナーとのコラボレーションで発売されたTシャツなどが話題を集め、一般に知られるようになった。例えば、ピープル・ツリーでは、東京、原宿とロンドンのオックスフォード・ストリートにあるTOPSHOPなどで、機能性だけでなくデザインも優れた商品を展開するなど、オーガニック・コットンは新しいファッション・トレンドになりつつある。



ジェレミー・パックスマン
「視力を失ったのは、30歳になってからなんです」。低音でよく響く声が受話器の向こう側から聞こえてくる。声の主は、マイルズ・ヒルトン・バーバーさん、58歳。職業、冒険家。BBCはかつて彼を「世界で最も勇敢な全盲の冒険家」として取り上げたことがある。実際、その経歴たるやすごい。イギリス海峡を横断飛行した初めての全盲パイロット、視覚障害者として初めて2万フィートの高度を突破、さらには南極大陸をソリで横断、ウルトラ・マラソンと呼ばれる過酷な砂漠レースに出場、そしてアフリカ大陸の最高峰キリマンジャロ征服などなど。「目が不自由な」という枕詞なくしても、聞く人が十分感嘆してしまうだけの冒険を重ねてきた人物だ。
マイルズさんの冒険家デビューは、50歳と遅咲きである。それまでは、英国に留学したり、故郷ジンバブエに戻って化学薬品会社の営業部で働いていたりしていた。一般の社会人がそろそろ定年を意識し始める年齢で、なにゆえに冒険家になったのか。その理由は時を同じくして視力を失った、兄のジェフリーさんが大きく関係している。
いくつもの冒険を成功させているうちに、やがてパイロットになりたいという、幼い頃の夢が甦ってくる。そもそも、日本などで利用されている最新航空機の運転は、その大部分がコンピューター管理によって行われている。彼がEメールを読むように高度や燃料メーターなどの記録を音声化し、航空機の運転を管理できる機能さえあれば、目が見えなくても空を飛べるはずだと思った。
約2万1000キロに及ぶ今回の飛行旅行についての思い出話が始まると、口調が極端に早くなる。冒険家特有の武勇伝の数々が、非常に爽快に流れていく。「マレーシアで暴風雨に吹かれて、地上数百メートルまで急降下したことがあったんです。肝心の視覚障害者用コンピューター・プログラムが雨でびしょびしょになってしまい動かなくなってしまった。雨が顔に激しく打ち付けて、そりゃもう大変でしたよ」。声のトーンで判断する限り、大変そうというよりはとっても楽しそうである。
今回の旅には、機内の音声機能が故障した場合に備えて、文字通り自分の目となってくれる仲間が同乗していた。ロンドンからキプロスまでと、そしてキプロスからオーストラリアまでそれぞれ1名。彼らが、コックピットから何が見えるかをマイルズさんに教えてくれた。どんな風景が見えて何を感じるかを、空の上で仲間と話し合う。そんな毎日を過ごしたマイルズさんを、空の下では子供たちが待っていた。「インド、パキスタン、バングラディッシュでは、目の不自由な子供たちがたくさん私のことを待ち受けていました。まるで空から降りてくるサンタクロースになったような気分でしたね」と、照れるように言った。
さて、マイルズさんは冒険家としてだけでなく、ビジネス・コンサルタントとして企業向けに講演活動も行っている。そこで彼は「Never give up」「Think big to achieve big」といった言葉を使って、聴衆を鼓舞している。正直なところ、ちょっと気恥ずかしい言葉だと思う。でも、こちらが気後れするぐらい前向きで、しかも強い意志を持つ彼のことだ。自分の信念について、ちっとも疑いを持っていないのだろう。
東京に本社を置く日系電気メーカーで欧州担当を務めている高田さんは、今年4月から英国支社に赴任。現在は専業主婦の妻と地元の小学校に通う娘2人と共に、ロンドン西部イーリングに在住している。正式な駐在期間は未定だが、恐らく3~5年となる予定。日本では株売買などをしたこともあり、英国の金融商品に興味あり。また日本には預金が2000万円ほどある。
日本の大学を卒業してすぐに、英語とモダン・アートを学ぶために渡英した山口さん。日本で大学生だった時に一生懸命貯めた100万円の留学資金と、実家から入金される毎月10万円の仕送りを使ってロンドンでの限られた時間を精一杯満喫しようとしている。少なくともビザが切れるまでの1年間は英国に滞在する予定。
日本からのポンド建て送金は、円からポンドへの為替レートと手数料によりコストが決定されます。為替レートは公示仲値
日本で数年のキャリアを積んだ後にロンドンに渡英し、半年間のバイト期間を経てついにフルタイム採用となった田口さん。労働者ビザを取得したため、最低5年間は英国に滞在する予定で、場合によっては永住者ビザに切り替えて今後の人生を英国で過ごすことも検討している。英国と日本に貯金が少々あり、日本で加入した生命保険にまだ入っている。
当初は大学院生として渡英した信子さんは、その後ロンドンの証券会社で数年のキャリアを積んだ後、20年前に職場で出会った英国人と結婚。現在はフリーランスの通訳として活躍する一方、18歳の息子と15歳の娘を持つ主婦の役目もこなしている。在英25年、持ち家に住んでおりその住宅ローンは夫が毎月返済している。今後は英国に永住する予定。







