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Di. 21. Mai. 2019

住宅没収は許されるか? ドイツで激しい議論

ドイツでは大都市を中心に住宅不足が深刻化し、家賃が高騰。ベルリンでは、2030年までに約20万軒不足すると推定されている。こうしたなか、同市の民間団体が大手不動産会社を国有化して物件を没収し、市民が割安の賃貸住宅に住めるようにするための住民投票を準備している。政界や経済界からは、「社会主義時代を思わせる」とし反対の声が上がっている。

住宅没収を求める住民投票を請願

市民団体「ドイツ住宅会社(Deutsche Wohnen)を国有化せよ」(DWE)は、ベルリン市当局に対し、同社をはじめとして3000軒を超えるアパートを持つ不動産会社から住宅物件を没収し、割安の家賃で市民に賃貸させるべく、住民投票の実施を求めている。この団体は国有化によって20万人分の住宅が民間経済から没収され、市民が住めるようになるとしている。

ベルリンに本社を持つドイツ住宅会社は、約16万軒の住宅物件、約2600軒の商業物件を所有しており、ベルリンの不動産業界で最大の企業だ。同団体は4月6日にベルリンで住民投票を行うための請願運動を開始。署名者の数は初日だけで1万5000人に達した。住民投票を実施させるには、最初の段階で2万人、次の申請段階で17万人の署名が必要だ。この日、ベルリンの目抜き通りでは約4万人の市民がデモに参加し「不動産会社は家賃を釣り上げている」と抗議した。

4月6日にベルリンで行われたデモの様子
4月6日にベルリンで行われたデモの様子

DWEの主宰者の1人であるラルフ・ホフロッゲ氏は、「ベルリン市の憲法は、『すべての市民には適切な住宅に住む権利がある』と規定している。住む権利は、人間の基本的人権の1つだ」と主張。その上で彼は「だがドイツ住宅会社は収益を拡大して株主への配当を引き上げるために、家賃を釣り上げる経営方針を取っている。このため、企業の社会的精神に訴えるだけではもはや十分ではない。そこで、ベルリン市当局がこの企業の住宅物件を差し押さえて、割安な家賃で市民が借りられるようにするべきだ」と主張している。

憲法の中に没収を認める規定

ホフロッゲ氏の主張の法的根拠は、ドイツ基本法(憲法)第15条だ。この条文は「土地や天然資源、生産施設の所有権は、社会で共同使用するために、共同体に移管することができる。ただし、共同体への移管については、損害賠償の方法と規模を規定する法律に基づいて行うこと」と定めている。

さらに基本法の第14条は所有権を保障する一方で、「所有権は公共の利益に貢献しなくてはならない。所有権の没収は、公共の利益にかなう場合に限られる」と規定しており、公共的な目的に合致する場合は、例外的に財産の国有化が認められることを示唆している。

財産の国有化を可能にする基本法のこの規定は、1949年の制定時から含まれているが、これまで旧西ドイツではこの憲法規定に基づいて私有財産が国有化されたことは一度もない。その意味でこの市民団体が求めている不動産の国有化と強制収用は、ドイツの歴史のなかでも新しい試みである。ホフロッゲ氏らは、「1990年の東西ドイツ統一以降、社会主義国だった旧東ドイツで多くの不動産や企業が私有化、民営化された。さらに旧西ドイツでも多くの公営企業が民間企業に生まれ変わった。この結果、公共の利益が制限されている」と訴えているのだ。

「国有化しても住宅は増えない」

これに対してドイツ住宅会社のミヒャエル・ツァーンCEO(最高経営責任者)は、今年4月4日付のターゲスシュピーゲル紙に寄稿し、「ベルリンの住宅難の原因は、市当局の住宅政策の不備だ」と主張した。同氏は「住宅難を解決するには、新しい住宅を建設するための企業の投資を促進する枠組みをつくったり、建設許可申請の審査期間を短縮したりすることが必要になる。そのためには、不動産会社と市民、地方自治体が対立するのではなく協力し合うことが必要だ。不動産会社を侮辱したり、住宅物件を没収したりしても、市民が借りられる住宅は増えない」と述べて、国有化に反対する姿勢を打ち出した。

政界でも激しい議論が行われている。緑の党のロベルト・ハベック党首は、「高速道路を建設するときだけ土地を強制収用するのに、深刻化する住宅難を解決するために不動産の強制収用を行わないのは、おかしい」と発言して、住民投票を求める市民団体に対して理解を示した。これに対しアンゲラ・メルケル首相は「住宅の数を増やすことが重要だ」と述べて、不動産の没収には否定的な姿勢を打ち出した。また、キリスト教社会同盟(CSU)のマルクス・ゼーダ―党首は「不動産の没収は社会主義的な政策で、今日の市民社会とは相容れない」と批判。社会民主党(SPD)のアンドレア・ナーレス党首も「市民の怒りは理解できるが、不動産を没収しても住宅は増えない。むしろ、家賃の上限を法律で設定するほうが効果的だ」として、緑の党とは距離を置いた。

独メディアでは、「住民投票でドイツ住宅会社から住宅物件を没収するべきだと主張する市民が過半数を占めても、企業側は行政訴訟や憲法訴訟を起こすだろう。裁判の結果が確定するまでには何年もかかるので、住宅難は直ちに解消されない」という意見が有力だ。憲法が保障する所有権と、住宅難の緩和という公共の利益のどちらを優先するべきか。仮に連邦憲法裁判所が没収を認めた場合、経済界にとっては衝撃的な事態だ。民間企業・市民、そして法学者にとって、ベルリンの住宅論争の行方は極めて重要である。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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