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ウクライナ戦争に出口見えず - ドイツに迫るエネルギー危機

ウクライナから毎日数千人が到着するベルリン中央駅では、数百人のボランティアが対応している(7日撮影)ウクライナから毎日数千人が到着するベルリン中央駅では、数百人のボランティアが対応している(7日撮影)

第二次世界大戦並みの惨状に

ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まってから2週間以上たったが、戦闘は続いている。プーチン大統領の「電撃作戦により、数日間でキエフ(キーウ)を陥落させる」というもくろみは外れた。このためロシア軍は戦法を切り替えた。軍事目標だけではなく、市街地に無差別に砲撃・爆撃を加えることで市民に恐怖感を与え、政府から民心を離反させようとする試みだ。

このため北部のハルキウ、南部のマリウポリなどでは病院、学校、商店などがミサイルやロケット弾で破壊され、第二次世界大戦に匹敵する惨状となっている。特にマリウポリでは、数万人の市民が水、電気、食糧、暖房、医薬品の補給を断たれて苦しんだ。ウクライナ政府は、いわゆる「人道回廊」を通じて、市民を脱出させる道を探っているが、戦闘が激しいために大半の市民が逃げ道を断たれた。避難している途中で迫撃砲弾による攻撃を受けて、死亡した親子もいる。

4日には、ロシア軍が欧州最大のザポリージャ原子力発電所を攻撃した。原子炉に被害がなかったとはいえ、原発が軍事攻撃の対象になったのは初めて。1986年のチェルノブイリ原発事故で放射能汚染を経験したドイツでは、市民が強い不安を抱いた。

ウクライナ政府のゼレンスキー大統領の補佐官・ショウクワ氏は8日、「ウクライナの主権が維持されるならば、わが国が中立国になる可能性についても、ロシアと協議する準備がある」と語り、北大西洋条約機構(NATO)加盟に固執しないという姿勢を打ち出した。しかし停戦交渉は大きく前進していない。

200万人を超えるウクライナ難民

国連によると、9日までに約201万人が戦火に追われてウクライナから国外に脱出した。第二次世界大戦後、最も深刻な難民流出である。

その大半は女性と子どもだ。18~60歳の男性は総動員令のために出国を禁止されており、家族を国外へ避難させたら、キエフなどに戻って軍務に就かねばならない。最も多く難民を受け入れたのはポーランドで、約120万人。国境近くに住むポーランド人たちが、身寄りのない難民たちを次々に自宅に引き取っている。

欧州連合(EU)はウクライナ難民については、全員に最低1年間は滞在・労働許可を与え、生活に困窮した場合には生活保護も支給することを決めた。国連は難民の数が約400万人に達すると予測している。オーストリアの社会学者ゲラルド・クナウス氏は、「最悪の場合約1000万人(人口の約4分の1)がウクライナから国外へ脱出する可能性がある」とみている。

ドイツには9日までに約6万5000人のウクライナ難民が到着した。彼らはベルリンなどの駅に到着すると、ボランティアから食糧や水、衣服などを手渡される。ドイツ移民・難民局がウクライナ難民の滞在先を募集したところ、企業や個人から「受け入れても良い」という申し出が35万人分集まっている。

ロシアが初めてガス供給停止の可能性を示唆

ドイツに住むわれわれの日常生活にも、ウクライナ戦争の影響が及んでいる。3月の第1週には、1リットル当たりのガソリンやディーゼル向け軽油の価格が初めて2ユーロ台を突破した。8日には、米国政府のバイデン大統領が「ロシアからのガス、石炭、原油のわが国への輸入を禁止する」と発表。ガス価格や電気料金も上昇する見通しで、昨年から続いていたインフレ傾向に拍車がかかる恐れがある。

ドイツ政府は「経済への悪影響が大きくなる」という理由で、ロシアからのエネルギーの輸入停止には踏み切っていない。ガス輸入禁止は、家庭だけではなく、化学、製鉄、セメントなどエネルギー集約型の製造企業にも深刻な打撃となる。

ドイツは輸入するガスの約55%、原油の約34%、石炭の約49%をロシアに依存している。同国はロシアからの輸入量を減らすために、米国やカタールなどからの液化天然ガス(LNG)の輸入量を増やす方針だ。しかし、短期的にロシアからの輸入量をほかの供給国で完全に代替することは極めて困難である。

ロシアがエネルギーを武器にする危険もある。ドイツ政府は2月22日に、ロシアからドイツへ直接ガスを輸送するパイプライン・ノルドストリーム2の稼働許可申請の審査を停止した。これに対しロシア政府のノバク副首相は、8日に「われわれには、稼働中のパイプライン・ノルドストリーム1による西欧へのガス供給を停止する権利がある」と発言した。ロシアが報復としてガス供給停止の可能性を示唆したのは初めて。ハーベック経済気候保護大臣は「エネルギーはロシアの最大の収入源なので、輸出を止める可能性は低いが、ゼロではない」と語っている。

ベルギーのシンクタンク・ブリューゲル研究所は、今年2月に「ドイツは毎日ロシアに対して2億ユーロ(260億円・1ユーロ=130円換算)、毎月56億ユーロ(7280億円)のガス代金を支払っている」という推計を発表した。ガスをドイツに売っているのは、ロシアの国営企業ガスプロム。つまりこの収入はロシアの国庫に入る。今後各国からは、「ドイツは、ロシアのガスを買うことによって、プーチン大統領の侵略戦争に間接的に資金援助している」という批判が上がるかもしれない。

今後ドイツと欧州連合(EU)にとっては、ロシアからの化石燃料への依存から脱却するためにも、再生可能エネルギー拡大が極めて重要な目標となる。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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