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ゼレンスキー大統領がドイツを厳しく批判

ロシアがウクライナに対する侵略戦争を始めて1カ月がたつが、犠牲者は増える一方だ。欧州連合(EU)はウクライナの人口の約4分の1に当たる1000万人が難民化する可能性があるとみている。そうしたなか、ウクライナ政府はドイツに対する不満を強めている。

3月17日、ドイツ連邦議会でリモート演説をしたウクライナのゼレンスキー大統領3月17日、ドイツ連邦議会でリモート演説をしたウクライナのゼレンスキー大統領

武器供与の遅れを批判

そのことを浮き彫りにしたのが、3月17日にゼレンスキー大統領がドイツ連邦議会の議員たちに向けて行ったリモート演説である。彼はドイツの連帯感に感謝したが、演説の中ではドイツのロシアに対する宥ゆうわ和的な姿勢への批判の方が強かった。

ゼレンスキー大統領は、「ドイツはロシアの侵攻を防ぐための努力を十分に行わなかった。戦争が始まる前に、われわれはドイツに対して武器を送ってくれと何度も要請したのに、あなた方の反応は遅く、送られた武器も少なかった」と指摘した。

米国や英国など北大西洋条約機構(NATO)加盟国が大量の携帯式対戦車ミサイルを送り始めてからも、ショルツ政権は「紛争地域に武器を送ることは、法律で禁じられている」として、当初ウクライナの要請を拒否した。ヘルメットを5000個供与した時には、駐独ウクライナ大使が「ジェスチャーとしての意味しかない。ドイツは冷たい」と厳しく非難している。

ドイツがようやく重い腰を上げて、対戦車ミサイルなどの供与に踏み切ったのは、ロシア軍がウクライナに侵入した2日後の2月26日だった。ショルツ政権の武器供与は、NATOで最も遅かった。しかもドイツが送った武器の中には、社会主義時代の東ドイツ人民軍が保有していた、ソ連製携帯式対空ミサイル「ストレラ」など、製造されてから30年以上経った旧式の武器も含まれていた。

ゼレンスキー大統領は、「ショルツ政権には、ウクライナに自衛用の武器を与えて、ロシアによる侵略を抑止しようという努力が欠けていた」と批判。彼は、「われわれは開戦前に、ロシアがウクライナへの侵攻を思いとどまるように、プーチン政権に対して厳しい経済制裁措置を発動してほしいと要請した。しかしあなた方はロシアとの貿易を重視し、経済、経済、経済の原則を貫くだけだった」と不満をあらわにした。

パイプライン計画に固執したドイツ

さらに痛烈なコメントは、ロシアからドイツにガスを輸送するパイプライン「ノルドストリーム2」(NS2)に関するものだ。ゼレンスキー大統領は、「われわれはドイツ政府に対し、『ウクライナを経由せずに西欧にガスを送るNS2は、ロシアの政治的な武器だから、建設を許してはいけない』と警告してきた。それなのに、あなた方は『NS2は純粋に民間経済のプロジェクトだ』と言うばかりで、警告を無視した」と指摘。

ロシアの国営企業ガスプロムは、ドイツ政府の許可を得て2018年にNS2の建設を開始し、昨年完成させた。つまりプーチン政権が2014年に国際法に違反してクリミア半島を併合したり、ウクライナ東部のドンバス地方の親ロシア派の分離独立の動きを軍事的に支援していたにもかかわらず、ドイツはロシアとの経済プロジェクトを粛々と進めたのだった。

ドイツ政府がNS2の稼働許可申請手続きを凍結したのは、ロシアが2月22日に「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」の独立を承認した後だった。侵略戦争開始の2日前である。ロシア政府のノバク副首相は「われわれはすでに稼働中のNS1による西欧へのガス供給を停止する権利を持っている」と恫どうかつ喝した。つまり「NSはロシアが西欧を脅すための武器だ」というウクライナ人たちの警告は、正しかった。この結果、ドイツは輸入するガスの約55%をロシアに頼るという、危険な状態に陥っている。

さらにゼレンスキー大統領は、「われわれをNATOやEUに加盟させてほしいという要求も、あなた方は聞いてくれない」と批判。彼は、「今欧州には新たな壁が築かれつつある。われわれは壁の向こう側に取り残され、ドイツは壁の西側に残る。あなた方はNSに関するわれわれの警告を無視し、NATOやEU加盟への道を閉ざすことによって、欧州を分断する壁を築くセメントを提供している」と述べ、ドイツがウクライナを見捨てようとしていると嘆いた。

大統領は、「ウクライナではすでに数千人の市民が死亡した。そのうち、子どもの死者は108人だ」として、ショルツ政権に対し「将来ウクライナを助けるために十分な努力をしなかったと後悔しないように、新たな欧州の壁を打ち破ってほしい」と訴えた。

第三次世界大戦を避けるという鉄則

ゼレンスキーの「告発」は、西欧諸国が直面するジレンマを示している。ウクライナが最も求めているのは、NATOが同国に飛行禁止空域を設定し、ロシア軍の戦闘機や巡航ミサイルによる攻撃を阻止することだ。しかしその場合、NATOは侵入したロシア軍機を撃墜しなくてはならず、第三次世界大戦が勃発する。このためNATOは飛行禁止空域の設定を拒んでいる。ゼレンスキー大統領は、西側に対し戦闘機の供与も要求したが、NATOは「戦闘機供与は、ロシアから交戦国とみなされる」として拒否した。ロシアは核兵器を使う可能性も否定していない。

つまり「第三次世界大戦を防ぐ」という鉄則のために、ウクライナが見殺しにされる危険が強まっているのだ。欧米の政治家たちは、この残酷なジレンマに対してどのような回答を示すだろうか。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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