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ドイツ・ウクライナが和解へ まず外相がキーウ訪問

ドイツ・ウクライナ両政府の関係には、約3週間にわたり軋あつれき轢が生じていたが、改善の兆しが見えてきた。5月10日には、ベアボック外務大臣がキーウを訪れてゼレンスキー大統領と会談した。ロシアのウクライナ侵攻開始後、ショルツ政権の閣僚がキーウを訪れたのは初めて。米英や東欧諸国に比べて、大幅に遅れた。

10日、キーウでゼレンスキー大統領と会談したベアボック外務大臣(奥右から2番目)10日、キーウでゼレンスキー大統領と会談したベアボック外務大臣(奥右から2番目)

この訪問の最大の目的は、ウクライナ政府に改めて連帯を約束し、4月中旬以来ぎくしゃくしていたドイツとの関係を修復したいという意志を示すことだった。

ウクライナが独大統領を「門前払い」

関係を悪化させたのは、ウクライナ政府が4月12日にドイツのシュタインマイヤー大統領のキーウ訪問を拒絶したことだ。同氏はポーランドのドゥダ大統領、バルト三国の大統領と共に、4月13日にキーウを訪問する予定だった。ところが、その前日に5人の大統領の訪問を準備していたポーランド政府大統領府に、ウクライナ政府が「シュタインマイヤー大統領の訪問は望まない」と通告してきたのだ。ほかの4人の大統領は予定通りキーウを訪れ、ゼレンスキー大統領とがっちり手を組む写真を全世界に公表した。ドイツだけが「仲間外れ」にされた。

シュタインマイヤー大統領は、ドイツで最高位の政治家である。その訪問を前日に断るのは、外交的な「侮辱」に等しい。ショルツ首相はウクライナの決定について、「etwas irritierend」(いくらかいら立っている)という言葉で不快感を表現した。ショルツ氏は公共放送ZDFとのインタビューで記者からキーウを訪問しない理由を問われ、「シュタインマイヤー大統領がキーウ訪問をできなかったからだ」と説明。連立与党の関係者たちからも、「ウクライナ政府は最低限の外交上の儀礼も守らないのか」と強い非難の声が上がった。

ウクライナ政府は、訪問直前にシュタインマイヤー大統領に「門前払い」を食わせた理由について沈黙している。だが同国関係者の発言から、ウクライナ政府が同氏を「ドイツの政治家の中で、最もロシアに親しい人物の一人」と見ていることは確かだ。

社会民主党(SPD)のシュタインマイヤー大統領は、ロシアのプーチン大統領の「刎ふんけい頸の友」、シュレーダー元首相の派閥に属する人物だった。政治的な地盤は、シュレーダー氏と同じニーダーザクセン州。1999~2005年までシュレーダー政権で連邦首相府長官を務め、メルケル政権では2005~2009年と、2013~2017年の2度にわたり外務大臣を務めた。

シュタインマイヤー氏はこの二つの要職にあったときに、ロシアからドイツへガスを直接輸送するパイプライン、ノルドストリーム1と2の建設プロジェクトを強力に推し進めた。ウクライナ、ポーランド、バルト三国は、「ロシアはこのパイプラインを政治的な武器として使うから、プロジェクトを進めるべきではない」と警告したが、シュタインマイヤー氏は耳を貸さなかった。彼はシュレーダー元首相の「欧州の安全保障は、ロシアをパートナーとしなくては成立し得ない。貿易関係を緊密にすることによって緊張を緩和し、戦争の再発を防ぐ」という方針を忠実に実行した。

ウクライナは大統領を「親ロシア派」と批判

このため在ベルリンのウクライナ大使メルニク氏は「シュタインマイヤー大統領は長年にわたり、ロシアと密接なネットワークをクモの巣のように構築した。現政権で要職に就いている多くのドイツ人が、このクモの巣に絡めとられている」と批判した。

シュタインマイヤー大統領は、ベルリンでロシア人の音楽家が参加する慈善コンサートを企画したが、メルニク氏は「ウクライナで多くの市民が殺されているときに、このような行事を企画するのは無神経だ」として、参加を拒否。「シュタインマイヤー大統領は、プーチン大統領に対して『ドイツは私が仕切る』というメッセージを送るためにこのコンサートを企画したのだ」と指摘した。

シュタインマイヤー氏は、2014年にロシアのクリミア半島併合を批判したものの、「この問題は将来国際法の枠内で処理するべきだ」と述べ、融和的な態度を示した。メルケル政権は、このわずか1年後にノルドストリーム2の建設を承認し、ウクライナ政府をあぜんとさせた。

ウクライナが和解提案

つまりウクライナ政府は訪問拒否により、「シュタインマイヤー氏は、ドイツの融和的な対ロシア政策を築いた責任者の一人」という強烈なメッセージを全世界に送った。ちなみにシュタインマイヤー大統領は4月4日、「ノルドストリームの建設を推進したのは誤りだった。私はプーチン大統領の本質を見抜くことができなかった」と述べ、過去の対ロ政策の失敗を認めている。

ただしロシア軍と戦っているウクライナ政府にとって、欧州連合(EU)の重鎮ドイツとの間にわだかまりを持ち続けるのは、得策ではない。ショルツ政権は4月26日にゲパルト対空戦車50両など、重火器のウクライナへの輸出を許可する方針を明らかにした。ゼレンスキー大統領は5月5日にシュタインマイヤー大統領に電話をかけ、同氏だけではなくショルツ政権の全ての閣僚をキーウで歓迎するという意志を伝えた。両国の関係は修復へ向かう。

だがこの訪問拒否騒動は、ロシアのエネルギーの「甘いわな」に取り込まれたシュレーダー政権・メルケル政権の「過去」が、現在の欧州政局に大きな影を落としていることを浮き彫りにした。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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