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Fr. 07. Okt. 2022

ウクライナ侵攻開始から半年 トンネルに光は見えず

ロシアが2月24日にウクライナ侵攻を始めて半年が経った。欧州を襲った、第二次世界大戦以来最も深刻な安全保障上の危機に、終結の兆しは見えない。

1日、ベルリン中央駅の販売窓口で9ユーロチケットを宣伝する電子掲示板1日、ベルリン中央駅の販売窓口で9ユーロチケットを宣伝する電子掲示板

米国諜報機関の予想が的中

ドイツのハーベック経済気候保護大臣は、「われわれは、欧州での戦争とは歴史の教科書の中だけで読むものだと思っていた。それが現実に起きてしまった」と述べたことがある。この言葉には、ドイツ人たちがこの戦争で受けた衝撃の強さが現れている。大半の欧州人たちは、米国の諜報機関が昨年12月以来発していた、「ロシアはウクライナに侵攻する」という警告を信じなかったが、国境に集結した10万人を超えるロシア軍部隊は、米国の予想通り軍事攻撃に踏み切った。

プーチン大統領は、2014年のクリミア半島制圧のように、数日でキーウを占領できると予想していた。侵攻作戦に参加したロシア兵たちは、当初3日分の食料しか与えられていない。だが、ロシア軍はウクライナ軍の激しい抵抗に遭い、米英などが供与した携帯式対戦車ミサイルなどで多数の戦車を撃破されたため、キーウ占領を当面あきらめたのだ。しかし、ロシアは攻撃の矛先を東部のドンバス地区や南部に集中させ、親ロシア派が支配するルガンスク・ドネツク両人民共和国と、クリミア半島を結ぶ「陸橋」を造った。現在ウクライナの領土の約20%がロシアに占領されている。

ロシア軍の残虐行為が明るみに

今回の戦争が世界を震撼させたのは、ロシア軍が一時占領したキーウ近郊のブチャやイルピンなどで、ロシア兵が住民を無差別に虐殺し、拷問・強姦などの残虐行為を行っていたことだ。ブチャだけでも、約400人の市民が殺害されている。さらにロシア軍は、国際法を無視して軍事施設だけではなく団地、病院、市民が避難していた劇場などを無差別に攻撃し、市民の間に多数の死傷者が出ている。国連によると、8月21日までに約5600人が死亡し、約7900人が負傷した。

多くの国々が、自走りゅう弾砲や対空戦車など重火器を含む多数の兵器をウクライナに送っている。キールの世界経済研究所によると、今年6月までに各国がウクライナに送った武器・弾薬や、同国が武器を買えるように行った資金援助の総額は360億ユーロ(5兆4000億円・1ユーロ=140円換算)に上る。

ドイツが紛争地域に重火器を供与したのは初めて。さらにドイツ政府は、2022年の防衛予算を当初の予定から49.3%増やして700億ユーロ(9兆8000億円)に引き上げ、来年以降も国内総生産(GDP)の2%を超える金額を防衛予算に回す方針だ。東西冷戦終結後続いていた防衛予算の減額に歯止めをかけ、連邦軍の装備の近代化と増強を始める。ショルツ首相が「時代の変化」(Zeitenwende)と呼ぶように、ドイツは2月24日前の国とは違う国になったかのようだ。

つかめない停戦交渉の糸口

米国・国防総省は8月末までに約7万人~8万人のロシア兵が戦死し、4万5000人が負傷したと推定している。またウクライナ政府は、今年6月までに約1万人のウクライナ兵が戦死し、約1万8000人が負傷したと発表した。ロシア軍が特定の地域を占領しても、西側のりゅう弾砲や多連装ロケット砲を使って反撃するという、一進一退が続いており、戦争は消耗戦の様相を呈している。ウクライナ政府は、クリミア半島を含めて、ロシア軍を自国領土から撤退させることを目標にしている。だがウクライナ軍には戦車や戦闘機が不足しているので、ロシア軍の駆逐は容易ではない。

このため本稿を執筆している8月末の時点では、ロシアとウクライナの間で正式な停戦交渉が始まる見通しは立っていない。ウクライナが停戦交渉に同意する場合、米国や英国などに対して、「安全を保証すること」を要求する可能性が強い。ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)には加盟できない代わりに、将来ロシアに再び攻撃された場合、米国やドイツなどが軍事支援を行うという約束を取り付けようとしている。この軍事支援が武器の供与に留まるのか、戦闘部隊のウクライナへの派遣をも含むかは、まだ決まっていない。

しかしNATO加盟国にとっては、ロシア軍と直接交戦することは、欧州大戦につながる危険性があるので、絶対に越えてはならない一線だ。ウクライナとNATO加盟国が軍事支援の内容について合意するのも容易ではない。つまり、この戦争がどのような形で終わるのかを予想することは極めて難しい。

ウクライナで終わる保証はない

一つだけ言えることは、ロシアが予測不可能な国になったということだ。ロシアの軍事作戦がウクライナで終わるという保証はない。かつてソ連に併合されていたバルト三国やワルシャワ条約機構に属していたポーランドも、狙われるかもしれない。将来プーチン大統領が失脚しても、「大ロシア」を夢見る国粋主義的な政治家には事欠かない。スウェーデンとフィンランドが中立主義を放棄してNATO加盟を申請したのは、そのためだ。欧州の地政学的リスクは、1980年代の冷戦時代並みに高まっている。

NATOのストルテンベルグ事務局長は、4月7日に「この戦争はすぐには終わらない。数カ月または数年続くかもしれない」と言ったように、現在の混沌は当分の間続くと考えるべきだろう。冷戦後約30年間続いた「平和の配当の時代」は終わり、われわれは暗いトンネルのような時代を手さぐりで進みつつある。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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