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原子炉3基、運転継続へ 緑の党の苦悩深まる

10月19日に記者団の前に立ったハーベック経済・気候保護大臣とレムケ環境・消費者保護大臣(ともに緑の党)の表情は、さえなかった。2人の大臣は、「エネルギー危機に備えて、3基の原子炉を来年4月15日まで運転可能にする」と発表した。ショルツ政権はこの日、3基の原子炉の運転期間の延長を可能にするため、原子力法の改正案を閣議決定した。

10月19日、記者団の前で話すハーベック経済・気候保護大臣(左)とレムケ環境・消費者保護大臣(右)10月19日、記者団の前で話すハーベック経済・気候保護大臣(左)とレムケ環境・消費者保護大臣(右)

「年末に脱原発」の目標達成できず

緑の党は、今年末までに原子炉を全廃するという目標を達成できなかった。ドイツは2011年に日本で起きた炉心溶融事故をきっかけに、当時使われていた17基の原子炉のうち、14基を廃止した。残りの3基も年末にスイッチを切られる予定だった。

だがロシアのウクライナ侵攻以降、経済学者や保守党から「脱原子力政策を見直すべきだ」という声が強まった。このため、ハーベック氏とレムケ氏は電力会社と協議。その結果、3月8日に「原子力エネルギーはリスクが高い技術だ。ウクライナのサポリージャ原子力発電所がロシア軍の砲撃を受けたことに表れているように、政治的に不安定な時代に原子炉を使うことは危険だ。3基の原子炉の運転を継続することによって得られる利益よりも、リスクの方が大きい」として、予定通り今年12月31日までに3基の原子炉を全て廃止するべきだと発表した。

だがロシアが6月以降、ドイツへ直接天然ガスを送っていた海底パイプライン・ノルドストリーム1を通じた輸送量を減らし始め、8月31日には完全に供給を停止した。このため経済界からは、「冬の電力不足を防ぐために、現在あるエネルギー源を全て温存するべきだ」という要求が強まった。企業経営者を支持基盤とする自由民主党(FDP)のリントナー財務大臣は、「発電に使われるガスを節約するために、3基の原子炉を2024年まで運転するべきだ」と主張した。

また連邦政府の諮問機関・経済専門家評議会のグリム座長も、「ドイツのエネルギー危機は、液化天然ガスの陸揚げターミナルが完成する2024年夏まで続く。したがって、再来年の夏までは原子炉を運転し続けるべきだ」と勧告した。

世論調査で81%が運転継続を希望

原子力に対する世論の流れも変わった。それは、ガス料金と電力料金の高騰によって、多くの市民が「エネルギー費用を払えなくなるのではないか」という不安を抱いたからだ。ドイツ公共放送連盟(ARD)が8月4日に公表した世論調査の結果によると、「3基の原子炉を来年1月1日以降も運転し続けるべきだ」と答えた回答者の比率は81%に上り、「予定通り今年12月31日に廃止するべきだ」と答えた回答者の比率(15%)に大きく水をあけた。

緑の党も徐々に態度を変えた。9月5日にはハーベック大臣が「送電事業者4社に依頼した電力市場ストレステストの結果、さまざまな悪条件が重なった場合、冬に電力不足が起きる可能性がある」として、3基の原子炉のうち、イザール2号機とネッカーベストハイム2号機を年末に廃止せずに、来年4月15日までリザーブ電源として温存する方針を打ち出した。また、「3基とも発電を年末で停止する。エムスランド原子炉は、予定通り廃止する。残りの2基も発電は止めるが、4月15日までは廃止せずに、電力需給が逼ひっぱく迫した場合には、再稼働させる」と説明した。

特に深刻なのは、隣国フランスで56基の原子炉のうち32基が配管の腐食などのために停止していることだ。つまりドイツで電力が不足してもフランスからの融通を受けられない。しかも気候変動による降雨不足のために河川の水位が下がり、石炭火力発電所の燃料を運ぶ貨物船の航行に支障が生じている。ドイツ政府が期待していた石炭火力発電所の再稼働も進んでいない。さらに冬のガス不足を懸念した多くの市民が電気を使う温風ヒーターを購入しているため、電力需要が増えると予想されている。このためハーベック氏は「2基温存」を打ち出したのだ。

エネ政策の混乱で緑の党の支持率が低下

だがFDPのリントナー党首は、「3基とも2024年まで運転させるべきだ」と強硬に主張。ハーベック大臣は、妥協を拒否した。このためショルツ首相が10月17日に異例の首相決裁権を発動して、「エムスランド原子炉を含む3基の運転を、来年4月15日まで運転可能にする」と決定した。首相決裁権は、閣内の意見が分かれたときに首相に与えられている決定権で、めったに行使されない。政権発足から1年もたたないうちに「伝家の宝刀」を抜かなくてはならなかったことは、連立与党間の足並みの乱れを浮き彫りにしている。

緑の党の衝撃は大きい。同党の代議員たちは10月15日に開いた党大会で、「原子炉2基を4月15日まで運転。エムスランド原子炉は廃止」という執行部の決定を承認していたからだ。

エネルギー政策の右往左往のために、緑の党の支持率は下がりつつある。アレンスバッハ人口動態研究所によると、緑の党への支持率は今年6月上旬には22%だったが、10月上旬には19%に下落。社民党の支持率も、23%から19%に下がった。逆に極右政党「ドイツのための選択肢」は10%から14%に増えている。キリスト教民主・社会同盟も27%から30.5%に増加した。FDPは、2024年までの運転継続を目指して、来年も議論を蒸し返すものとみられている。緑の党の苦悩は、当分の間続きそうだ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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