Hanacell

2023年のドイツを展望する

新しい年が明けた。誰もが、今年は流血と破壊がない年であってほしいと願っているのではないか。だが、2023年も欧州の政治・経済問題の中心はロシアのウクライナ侵略戦争になるだろう。

昨年12月にショルツ政権発足から1年を迎えたが、支持率は低迷したまま昨年12月にショルツ政権発足から1年を迎えたが、支持率は低迷したまま

ウクライナがロシアの飛行場を攻撃

戦争が収束する兆候は、全く見えない。ロシアは昨年9月にドンバス地方の「ドネツク人民共和国」、へルソンなど四つの地域の併合を宣言した。しかし、ウクライナ軍は欧米の強力な武器供与を受けて、へルソン市やハルキウ地区をロシア軍から奪回。プーチン大統領は、巡航ミサイルでウクライナの発電所、変電所、暖房設備などを破壊し、市民から電気や暖房、水の供給を奪う作戦に切り替えた。

ウクライナも沈黙してはいない。ウクライナ軍は昨年12月に、国境から約600キロメートル離れたロシア空軍の飛行場3カ所をドローンで攻撃し、軍用機や燃料施設に大きな被害を与えた。ウクライナ軍はロシア本土を攻撃する能力を蓄えたことを全世界に示した。

戦争の長期化は不可避か

読者の中には、「戦争はいつまで続くのか」と思っている人も多いだろう。ゼレンスキー大統領は、ドンバス地区、クリミア半島を含めてウクライナの領土から全てのロシア軍を撤退させるまでは、停戦交渉のテーブルには着かない」と語っている。

ウクライナは、ロシアを挑発していないのに一方的に攻め込まれている被害者だ。このため、欧米諸国もウクライナの頭ごなしに、ロシアを停戦条件について交渉することはできない。一方プーチン大統領は、「ウクライナの政府を占拠しているネオナチ勢力を排斥し、同国を武装解除するまで、戦いは止めない。欧米諸国は、ロシアの安全を保障するべきだ」と語り、ゼレンスキー政権転覆の野望を捨てていない。

プーチン大統領は、昨年10月27日のバルダイ会議で、「欧米が世界を支配する時代は、終わった。これから、第二次世界大戦後、最も危険で困難な10年間が訪れる」と語った。「10年間」という言葉から、プーチン大統領が長期戦を想定していることが分かる。次の節目は、今年4月の雪解けの時期が過ぎて、地面が固まる時だ。西側の軍事専門家の間では、春にウクライナ軍が大攻勢を開始するという見方も出ている。

興味深いのは、昨年12月初旬に有力紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)が、「米国政府はドイツがウクライナにレオパルド2型戦車の供与することに同意した」というリーク情報を伝えたことだ。ウクライナ政府はロシア軍を駆逐するために、レオパルド2型の供与を求めているが、ドイツのショルツ首相は反対。だが「米国政府には異論はない」とリークされ、ショルツ首相へのプレッシャーは強まる。慎重派のショルツ氏が清水の舞台から飛び降りる可能性もゼロではない。ドイツがウクライナにレオパルド2型を供与した場合、戦争に大きな転機が訪れるかもしれない。

ガス不足は回避できるか

2023年のもう一つの焦点は、エネルギー危機の行方だ。昨年の秋以来、ガスや電力料金の大幅な値上げが相次いでいる。私が住むミュンヘンでは、地元の電力会社SWMが今年1月から電力料金を約123%、ガス料金を93%引き上げた。私は33年前からドイツ在住だが、これほど急激な電気代やガス代の上昇は一度も経験したことがない。ロシアのガス供給停止の影響が、われわれの足下にも押し寄せたのだ。

幸い、政府は昨年12月の市民や中小企業のガス料金・地域暖房料金を全額負担したほか、今年1月からは電力・ガス・地域暖房の料金に、部分的に上限を設定した。それでも、市民の負担がウクライナ戦争勃発前に比べると増えることは確実なので、政府は低所得層に対する緊急援助金も準備している。政府がこれらの支援措置に投じる費用は、約1440億ユーロ(約20兆1600億円・1ユーロ=140円換算)に達する。

また、ロシアのガスが完全に止まっているにもかかわらず、今のところガス不足は避けられている。製造業界などがガス消費量を減らしたことや、ノルウェーやオランダが着実にガスを供給してくれているからだ。

連邦系統規制庁(BNetzA)によると、ドイツのガス貯蔵設備の充じゅうてん填率は、昨年12月7日の時点で約96%だった。BNetzAは、「2023年2月1日の時点で充填率が55%前後であれば、産業界や市民生活に大きな悪影響を与えずに冬を乗り切れる」と説明する。万一、寒さが例年よりも強まってガス消費量が増えたり、ノルウェーからの供給に支障が生じたりして、2月1日の充填率が40%を割った場合、政府が緊急事態を宣言し、ガスを多く消費するメーカーに対して配給制を導入する可能性もある。だが現在の状態が続けば、ドイツは最悪のシナリオを回避できるかもしれない。

ただしエネルギー業界の関係者の間では、エネルギー危機は2024年夏まで続くという意見が有力だ。ドイツ政府は今年からFSRUと呼ばれる浮体式のドックを使って、液化天然ガスの陸揚げを本格化させる。しかしヴィルヘルムスハーフェンなど3カ所に陸揚げターミナルが完成するのは、2024~2026年になる。エネルギー危機の暗雲がわれわれの頭上から完全に去るまでには、まだ時間がかかりそうだ。

筆者より読者の皆様へ

いつも独断時評をお読みくださり、誠にありがとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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