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独政府が圧力に屈し ウクライナに戦車供与へ

ドイツのショルツ首相は1月25日、欧米諸国の圧力に屈して、同国製のレオパルド2型戦車をウクライナに供与すると発表した。

レオパルド2型戦車は欧州などで約2000両が使われている(筆者撮影)レオパルド2型戦車は欧州などで約2000両が使われている(筆者撮影)

ウクライナは300両の戦車を要望

ドイツ政府は、ウクライナ軍がレオパルド2・A6型の戦車中隊を編成できるように、まず14両を送るとともに、乗員の訓練も開始する。首相はさらに、ポーランドなど他国が保有しているレオパルド2型のウクライナ供与も承認することを明らかにした。

ゼレンスキー大統領は感謝の意を表したが、「14両では足りない」と不満も表した。ウクライナ軍は現在1500両の戦車を持っているが、全てロシアか旧ソ連製の戦車。砲弾や部品が急速に不足している。このためウクライナ軍のザルジニー総司令官は、「レオパルド2型など西側の戦車を300両、西側の装甲歩兵戦闘車を600~700両、りゅう弾砲を500門が必要だ」と語っている。

レオパルド2型は、世界で最も優秀な戦車の一つといわれる。レオパルド2型は最高時速70キロで走行しながら、約5キロ離れた目標に砲弾を命中させる能力を持ち、ロシアが使っているT80やT90型戦車よりも優れている。いわばドイツの輸出商品の目玉の一つであり、オランダ、スペイン、ギリシャ、カナダなど14カ国が、約2000両のレオパルド2型を保有する。このため各国が「レオパルド・プール」を構成し、ウクライナに多数の戦車を送る公算が大きい。

ロシア軍の春季大攻勢に備える

ウクライナ軍が多数の戦車を求めている理由は、ロシア軍が戦況の膠着(こうちゃく)を打開するために、春に大攻勢を計画しているからだ。さらにゼレンスキー政権は「ロシア軍をウクライナ領土から完全に追い出すまで、停戦交渉・平和交渉に応じる気はない」としている。ロシア軍をクリミア半島やドンバス地方から駆逐するには、多数の戦車と装甲歩兵戦闘車を投入する必要がある。

今回の決定は、「難産」だった。ゼレンスキー大統領は、数カ月前からドイツにレオパルド2型の供与を要請していたが、ショルツ首相は「ドイツがほかの国に先駆けて戦車を送ると、ロシアから交戦国と見られる。ほかの国とじっくり調整してから決める」として、供与に反対してきた。1月20日にはラムシュタインの米軍基地にバイデン政権のオースチン国防長官ら北大西洋条約機構(NATO)加盟国の国防大臣が集まり、ウクライナ支援について協議したが、この場でもレオパルド2型の供与について結論が出なかった。

ポーランド政府は「ドイツの優柔不断な態度は受け入れ難い」とショルツ政権を露骨に批判。その上でポーランド政府は、1月23日、ドイツ政府に対し、ポーランド軍が保有するレオパルド2型のウクライナ供与を許可するよう申請した。

「独り歩き」を極度に嫌うショルツ首相は、ラムシュタイン会議の直前に、「米国がエイブラムス戦車をウクライナに供与するならば、ドイツもレオパルド2型を供与する」という条件を付けた。バイデン政権は当初エイブラムスの供与に反対していたが、ドイツの条件をのんで、30両のエイブラムスをウクライナに送ることを決めた。また英国政府も1月15日には、同国製のチャレンジャー2型戦車をウクライナに供与すると発表。この結果、ショルツ首相はレオパルド2型の供与を拒む理由を失い、ゴーサインを出した。

ドイツの決断の遅れに批判集中

レオパルド2型をめぐる議論は、ドイツの国際的な信用性を低下させた。国内外からショルツ首相に対して、「決断が遅く、欧州のリーダーにふさわしくない」という批判が集中した。ドイツは、最初はいろいろな理由をつけてウクライナの要請を断るが、結局は他国の圧力に屈して兵器を供与するというパターンを、1年近く続けてきた。

昨年2月に米英がウクライナに携帯型対戦車ミサイルを供与したときに、ドイツは5000個のヘルメットを送って、国際社会の失笑を買った。兵器供与に消極的だった当時のランブレヒト国防大臣は、「わが国は法律で、紛争当事国に武器を送ることを禁じられている」と繰り返した。だがドイツは、他国の圧力のために、しぶしぶ旧東ドイツ人民軍の旧式の携帯式対空ミサイルなどを送り始めた。

ウクライナ政府が「ゲパルト対空戦車やマルダー装甲歩兵戦闘車を送ってほしい」と要請したときも、「わが国が自国を防衛するために必要だ。他国に送る余裕はない」と拒否した。だが他国からの批判が高まると、ショルツ政権はこれらの兵器をウクライナに送った。

戦争のエスカレートへの不安

だがドイツ市民の間に、レオパルド2型の供与が戦争をエスカレートさせる可能性についての不安感があることも確かだ。ドイツ公共放送連盟(ARD)が1月19日に公表した世論調査によると、戦車の供与に賛成した市民の比率は46%だった。反対の比率(43%)との差は、わずか3ポイント。ドイツ人の間では、戦火がNATO加盟国に広がることへの恐怖感が強い。

一方ウクライナのメルニク副外務大臣は、「レオパルド2型の次は、西側の戦闘機を送ってほしい」と要請した。欧米諸国は今後も、戦争をエスカレートさせずに、ウクライナの敗北も防ぐという、微妙な綱渡りを強いられる。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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