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ミュンヘン安保会議と「トランプ再選」という不安

2月17日、MSCで会談したショルツ首相とハリス米副大統領2月17日、MSCで会談したショルツ首相とハリス米副大統領

2月16~18日まで、ミュンヘンのホテル・バイリッシャーホーフで恒例の安全保障会議(MSC)が開かれた。今年で60回目を迎え、オーラフ・ショルツ独首相、国連のアントニオ・グテレス事務総長、米国のカマラ・ハリス副大統領、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領など多数の政治家、官僚が参加し、ウクライナ戦争やガザ戦争を中心に意見交換を行った。

苦戦するウクライナ軍

今年のMSCには、冒頭から悪いニュースが二つも飛び込んできた。ロシアの民主改革を求めていた反体制活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏が、北極圏の収容所で獄死した知らせと、ウクライナ軍がドネツク州のアウディーイウカという街をめぐる攻防戦でロシア軍の攻撃を支えきれず、撤退したというニュースだ。

ウクライナは2022年2月にロシア軍の首都キーウ攻略を防いだものの、戦争は膠こうちゃく着状態が続く。米国と欧州諸国の援助が滞っているために、ウクライナ軍は武器や弾薬などの不足に悩まされている。前線の兵士たちは、赤外線暗視装置や防寒具などが十分に国から支給されていないため、個人で購入したりボランティアからの寄付を募ったりしているほどだ。

MSCに参加したキーウのビタリ・クリチコ市長は、「(西側諸国が)武器や弾薬の供与を増やさなければ、あと5~6カ月しかもたない」と悲観的な見方を明らかにした。キール世界経済研究所のデータバンクによると、欧米などが2022年1月から今年1月までにウクライナに供与した援助額(軍事、経済、人道援助)の総額は2524億ユーロ(40兆円3840億円・1ユーロ=160円換算)に上る。そのうち兵器、弾薬などの軍事援助は1075億ユーロ(17兆2000億円)だが、前線では物資不足が深刻化している。

その典型的な例が155ミリ砲弾だ。ウクライナ軍は、1日約7000発の砲弾を消費する。このため昨年欧州連合(EU)は、ゼレンスキー政権に対し「2024年3月までに115万発の砲弾を供与する」と約束した。だがEUが実際に3月までに供与できる砲弾の数は、約50万発にとどまる模様だ。EU諸国は東西冷戦の終結後、防衛予算を年々削減していた。したがってドイツのラインメタルなどの兵器メーカーが生産量を増やすには時間がかかるのだ。EU諸国は今年末までに、155ミリ砲弾の年間生産量を140万発に増やす方針だ。

もちろんEU諸国も努力はしている。北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長によると、今年末までに、31の加盟国のうち18カ国が、「防衛予算が国内総生産(GDP)に占める比率を少なくとも2%にする」という目標を達成する見通しだ。ドイツの防衛予算の対GDP比率は昨年末の時点で約1.5%だったが、ショルツ首相が2022年4月に、連邦軍の増強のために1000億ユーロ(16兆円)の特別予算を組むことを発表し、米国のF35型戦闘機などを調達したため、2%ラインを突破する。

トランプ発言の衝撃

だがMSCに参加した欧州諸国の政治家・官僚たちの間には、ドナルド・トランプ前米大統領が今年秋の選挙で再選することへの強い不安感が漂っていた。同氏は今年2月の選挙演説で、「私が大統領になったら、NATO加盟国が防衛に十分に金を支出しない場合、その国を守らない。むしろロシアに対して、『やりたいことをどんどんやれ』と言うだろう」と発言した。最初の任期中にもNATOに対する懐疑心を抱き、米国をNATOから脱退させる可能性まで示唆したことがある。

ストルテンベルグ事務総長は、この発言について「欧州の安全保障を侵食するものだ」と強く批判した。トランプ氏の発言は、NATOの最も重要な機能である集団安全保障ルールに疑問を抱かせるからだ。北大西洋条約によると、ある加盟国が攻撃された場合、ほかの加盟国は自国への攻撃と同列に見なして、攻撃された国を援助したり、反撃したりする義務を負っている。トランプ氏が再選された場合、米国がこの原則を骨抜きにする危険がある。ウラジーミル・プーチン露大統領の思うつぼである。さらにトランプ氏は、「私が大統領になったら、ウクライナ戦争を短期間で終わらせる」とも語っている。彼はウクライナ政府に対して、「ロシアとの停戦交渉のテーブルに着かなければ、武器供与を停止する」と圧力をかける可能性がある。

ドイツの政治家からは、米国を100%信頼することは危険だとして、EUが独自の核兵器を持つべきだという意見が出ている。緑の党のヨシュカ・フィッシャー元外務大臣や、社会民主党のカタリーナ・バーレー欧州議会議員は、「EUはロシアへの抑止力を高めるために、米国だけに頼らずに独自の核戦力を持つことを検討するべきだ」と発言している。エマニュエル・マクロン仏大統領も、ドイツに対してフランスとの間で核兵器をシェアすることを提案している。だがショルツ政権は公式にこのオファーに回答していない。軍事関係者の間には、「ドイツはGDPの2%ではなく、米国同様に3.5%を防衛予算に充てることが必要になる」という見方もある。

ドイツは冷戦終結によって主権を回復し、「平和の配当」を最も多く受け取った国の一つである。だが、今後は産業、教育、芸術、文化などだけではなく、軍事にも多額の予算を注ぎ込み、ボリス・ピストリウス国防大臣が言うように「戦争ができる国」になることを求められる。特に米国が内向的な性格を強めていることは、欧州にとって大きな懸念の種である。「自分の国は自分で守らなくてはならない時代」の到来だ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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