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メルツ政権がエネルギー転換を修正

ドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)によると、2024年の電力消費量に再生可能エネルギー(再エネ)電力が占める比率は、54.9%だった。しかしメルツ政権は、この国が2000年以来進めて来たエネルギー転換(Energiewende)に修正を加える。産業界などから、費用効率性や企業競争力に配慮すべきだという要望が強まっているからだ。

9月15日、ベルリンでの記者会見に臨むライヒェ大臣9月15日、ベルリンでの記者会見に臨むライヒェ大臣

ドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)によると、2024年の電力消費量に再生可能エネルギー(再エネ)電力が占める比率は、54.9%だった。しかしメルツ政権は、この国が2000年以来進めて来たエネルギー転換(Energiewende)に修正を加える。産業界などから、費用効率性や企業競争力に配慮すべきだという要望が強まっているからだ。

太陽光発電設備の助成金を一部廃止へ

エネルギー転換を修正する方針を打ち出したのは、連邦経済エネルギー省のカタリーナ・ライヒェ大臣(キリスト教民主同盟・CDU)だ。同氏は、9月15日の記者会見で、「エネルギー転換は、成功するか失敗するかの分かれ道に差し掛かっている。エネルギー転換を成功させるには、政策の中心を電力の安定供給と、費用効率性の改善に移さなくてはならない」と主張した。

ライヒェ氏は、エネルギー転換をやめると言っているわけではない。彼女は、「電力消費量に再エネ電力が占める比率を2030年までに80%に引き上げる」という目標と、「2045年までに気候中立(二酸化炭素の排出量を実質ゼロにすること)を達成する」という二つの目標は維持すると語った。

ただし同氏は、エネルギー転換の費用を減らす方針を打ち出した。ライヒェ大臣は、「発電所や送電線などの建設にかかる費用が年々増え、このままでは市民と企業が費用負担に耐えられなくなる」と懸念している。そのため、現在設置ブームが起きている住宅用の太陽光発電設備(PV)について、固定価格による助成金の廃止を発表。さらに、エネルギーに関する全ての助成制度を点検し、水準を抑制すると語った。

またこれまでドイツでは、しばしば再エネ発電設備の建設と、送電線の新設がコーディネートされず、ばらばらに行われていた。ライヒェ大臣は、発電設備と送電線の建設をシンクロナイズさせることを目指す。送電線を低コストで建設できる地域に、多くの再エネ発電設備が建設されるように仕向ける。

これまでドイツでは高圧送電線を新設する際に、原則として送電線を地中に埋めることが義務付けられていた。住民や環境保護団体の反対が強かったからだ。ライヒェ大臣は、高圧送電線を原則として地上に設置することを義務付け、建設費用を抑える方針だ。

ライヒェ氏は、再エネ拡大目標についても、現実的な観点から見直す。例えば2024年のPV容量は100ギガワット(GW)だったが、ショルツ政権の計画によると、2030年にはこれを215GW、2040年には400GWに引き上げる予定だった。2024年の陸上風力発電設備の容量は64GWだったが、2030年には115GW、2040年には160GWに増やす予定だった。

ライヒェ大臣は、「ショルツ政権が想定していた2030年の電力需要量の見積もりは、多すぎる。PVの2030年の目標は達成できる見込みだが、陸上風力の目標は達成できない」と指摘。「現実的な観点から、容量目標を見直す」という方針を明らかにした。

またショルツ政権は、2023年に発表した国家水素戦略の改訂版の中で、「2030年までに、再エネ電力を使った水素の生産能力を10GWに高める」という目標を持っていたが、ライヒェ大臣は「非現実的なので、より柔軟な目標に置き換える」と述べている。

ライヒェ大臣は、大手電力会社エーオンに属する配電会社で社長として働いた経験を持つ。また政府の水素評議会の会長も務めた。このため、ドイツの電力市場や水素市場の現状を熟知している。つまり同氏は、エネルギー転換をより現実的な方向に引き戻そうとしているのだ。さらにメルツ政権は、風や太陽光が少ない時のためのバックアップとして、天然ガス火力発電設備(容量20GW)を新設するほか、核融合の研究にも力を入れる。

産業界は修正を歓迎

産業界は、ライヒェ大臣の提案を歓迎した。ドイツ産業連盟(BDI)のレッシュ副専務理事は、9月15日、「ライヒェ大臣の10項目提案は、電力システムの費用効率性を改善する上で基礎となる重要な提案だ」と高く評価する声明を発表。ドイツ化学工業会(VCI)のヴォルフガング・グローセ・エントルップ専務理事も、「ライヒェ大臣は、これまでのエネルギー転換が誤った方向に進んでいたことを的確に指摘した。政府はエネルギー転換を、大幅に変更する必要がある」と述べた。

経済界がライヒェ大臣の提案を歓迎した理由は、2022年のロシアのウクライナ侵攻以来、ドイツの産業向け電力価格が高騰し、製造業界の価格競争力を低下させているからだ。国際エネルギー機関(IEA)によると、2022年のドイツの産業用電力価格は1メガワット時(MWh)当たり205ドルで、米国(84ドル)や中国(62ドル)を大きく上回っていた。2024年以来、ポーランドやチェコに新しい工場を設置するドイツ企業が増えているが、この理由としては、中東欧での人件費の安さと並んで、ドイツに比べて電力価格が安いことも挙げられている。つまり政府が電力価格引き下げのための枠組みを整えない場合、製造業の国外流出が加速する危険がある。

ただし再エネ業界は、ライヒェ大臣の提案に反対している。ドイツ太陽光発電連合会(BSW)は、「大臣の提案は、エネルギー転換にブレーキをかける」として、民家の屋根に設置するPVの助成廃止を撤回するよう求めている。ライヒェ大臣の提案については、今後保守派とリベラル勢力の間で、激しい論争が行われるに違いない。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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