Hanacell

外国人排撃を狙ったトレグリッツ放火事件を糾弾する

ザクセン=アンハルト州のトレグリッツは、人口2816人の小さな町だ。4月4日、亡命申請者の収容施設となる予定だった住宅に何者かが放火し、屋根の一部が焼け落ちた。現在、ドイツではシリアなどからの亡命申請者が急増している。トレグリッツは今年5月以降、約40人の外国人を受け入れる予定であった。

「法治国家への攻撃」

政界からは、一斉に非難の声が上がった。マヌエラ・シュヴェージヒ連邦家庭相(社会民主党=SPD)は、「卑怯で恐るべき放火事件だ。私は激怒し、悲しみに溢れている」として犯人を非難。「極右主義との戦いの手を緩めてはならない」と述べた。また、キリスト教民主同盟(CDU)連邦議会議員団の院内総務であるフォルカー・カウダー氏は、「亡命申請者の収容施設に放火し、外国人の受け入れを妨害しようとする行為は、法治国家ドイツに対する攻撃だ」と批判した。

ネオナチの犯行か

トレグリッツでは、今年に入ってから極右勢力が不穏な動きを繰り返していた。一部の市民は、周辺の郡から集まったネオナチ勢力と共に毎週日曜日に亡命申請者の受け入れに抗議するためのデモを行っていた。

神学者でもあるマルクス・ニールト町長(無党派)が、亡命申請者の受け入れに賛成していたからである。それを受け、ネオナチを含む反対派が3月、デモの後にニールト氏の家の前で抗議集会を行う方針を明らかにした。ニールト氏は、トレグリッツを管轄するブルゲン郡当局に抗議集会を禁止するよう訴えたが聞き入れてもらえず、「郡から十分な支援を受けられない。デモ隊によって家族が脅かされるのは耐えられない」として、町長を辞任した。

ニールト氏は、何者かから殺害予告を受けていたことを明らかにしたほか、トレグリッツの難民問題を引き継いだブルゲン郡のゲッツ・ウルリヒ郡長(CDU)も、「首を切り落とす」と脅迫されていることが分かった。

本稿を執筆している4月8日の時点で、放火事件の犯人は摘発されていない。しかし、1月以来の状況から、ネオナチ勢力の仕業である疑いが濃厚だ。

これまで亡命申請者は、兵舎などに収容され、1カ所に固まって住むことが多かった。だが、これではドイツ人住民との交流が進まず、外国人が地域に溶け込みにくい。ドイツ人との交流を促進するためブルゲン郡当局は、12棟の住宅の部屋の一部を借り上げて、亡命申請者を住まわせることにしていた。

受け入れ賛成は小数派

ウルリヒ郡長は、亡命申請者の受け入れをあきらめていない。しかし、放火事件や脅迫事件の発生により、トレグリッツが5月に受け入れる亡命申請者の数は、10人に減らされることになった。

ニールト前町長は、「トレグリッツの大半の住民は、亡命申請者をめぐる議論で押し黙り、受け身だった」と語る。彼のように難民の受け入れに積極的だった市民は、小数派だったのだ。4月4日に、放火に対する抗議集会がトレグリッツで開かれたが、集まったのは350人に過ぎなかった。

この種の事件は旧東独以外の地域でも起きている。昨年12月には、バイエルン州のフォッラという町で、亡命申請者の収容施設となる予定だった建物が放火された。犯人は、近くの建物にスプレーでかぎ十字を描いていた。また今年2月には、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州のエッシュブルクでも、イラクからの難民を住まわせる予定の建物に火がつけられた。

90年代にも極右の暴力が増加

私はこれらの事件を知り、極右勢力の暴力が吹き荒れた1990年代を思い出している。92年には極右勢力が2285件の暴力事件を引き起こし、外国人ら17人を殺害した。旧東独のロストックでは、極右勢力が亡命申請者の住宅に放火、投石し、周辺住民が喝采を送る模様がテレビで放映された。

当時、外国人に対する暴力事件が急増した理由の1つは、ドイツ政府が統一とともにポーランドやチェコに対する国境検査を緩和した結果、ルーマニアなど東欧からの亡命申請者が急増したことである。92年には、43万8191人がドイツに亡命申請をした。

憲法擁護庁によると、ドイツの極右勢力の数は2013年の時点で2万1700人。ドイツの人口の0.03%に過ぎない。数は少なくとも、極右勢力はこの国に住む外国人にとっては、極めて危険な存在なのだ。さらにこの種の事件は、ドイツの対外イメージを深く傷付ける。

ドイツ人の不安感

ドイツ人、特に年配の人々と話すと、彼らが亡命申請者、特に中東からの難民について強い不安感を抱いていると感じる。「ドイツがイスラム化するのではないか」「難民に混じって、過激派組織イスラム国(IS)のテロリストがドイツに潜入するのではないか」という不安である。だが同時に、この国では「イスラム過激派とイスラム教徒を混同してはならない」として、イスラム教徒を守ろうとする動きが目立つ。また、「国民経済に負担が掛かっても、戦争や圧制を逃れてきた外国人を受け入れて、救いの手を差し伸べるべきだ」という意見も根強い。そのことは、この国に住む外国人として心強く感じる。ドイツ政府には、極右勢力や排外主義との闘いに、一層力を入れて欲しい。

17 April 2015 Nr.1000

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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