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So. 19. Jan. 2020

VW排ガス 不正事件の衝撃

9月18日に発覚したフォルクスワーゲン(VW)・グループの排ガス不正事件は、欧州の産業史上、最悪のスキャンダルだ。世界中のドライバーが「欧州最大の自動車メーカーで、ドイツ経済をけん引していた巨大企業が、なぜ長年にわたって、このような不正をしていたのか」と首をかしげている。このスキャンダルは、高品質の代名詞だった「メイド・イン・ジャーマニー」という言葉に暗い影を落とした。

不祥事が発覚した場所は米国である。環境保護局(EPA)は、VWがEA189型ディーゼル・エンジンを積んだ自動車約48万台に、違法なソフトウエアを組み込むことによって、排ガス規制を免れていたと発表。このソフトウエアは、英語でDefeat Device、ドイツ語でAbschalteinrichtung(無効化機能)と呼ばれる。Defeat Deviceは、自動車が規制当局などの検査のため、テスト台に乗せられ、4つの車輪が同時に動いていないことを検知すると、自動的に窒素酸化物(NOx)の排出量を削減する。VWは、このようにして排ガス規制検査に合格していた。しかし、自動車が路上を走っているときは、この装置が作動しないので、上限値を大幅に上回る窒素酸化物が大気中に放出されていた。

窒素酸化物は、燃料を高温で燃やす際に窒素と酸素が結びついて発生し、のど、気管、肺などの呼吸器に悪影響を及ぼす。日本で一時期問題になった光化学スモッグは、窒素酸化物が紫外線を受けて化学反応を起こし、光化学オキシダントという物質を生成することによって発生する。VWは違法ソフトによって、大気汚染を野放しにしていたのだ。

このソフトウエアが組み込まれていた自動車の数は、全世界で1100万台に上る。そのうち、ドイツでは500万台、その他の欧州諸国でも300万台が不正車に該当する。VWはこれらの自動車をリコールして、違法ソフトの除去などを実施しなくてはならない。

全世界に60万人の従業員と12のブランド、100カ所の工場を持つVWグループは、トヨタを追い抜き、世界最大の自動車メーカーになることを目標としていた。今年上半期に、VWは504万台の自動車を売り、一時的にトヨタの販売台数(502万台)を追い抜いた。通年でもトップの座に立とうとしていたこのタイミングで、創業以来最悪の不祥事が発覚。世界一の栄冠をいただく夢は、崩れ去った。VWの株価は1週間で約40%も下落し、250億ユーロ(3兆5000億円)の株式価値が吹き飛んだ。

一時は、「世界で最も有能な社長」と称賛されたマルティン・ヴィンターコルンは、9月下旬にCEO(最高経営責任者)の契約を更新する予定だったが、不祥事発覚のために引責辞任に追い込まれた。

米国や欧州、日本では、過去にも自動車の性能をめぐるスキャンダルはあった。しかし、VWの不祥事の原因は、欠陥の見逃しなどによるミスではなく、使用が禁止されているソフトを故意に使った「確信犯罪」である。VWの肩にのしかかるのは、自動車のリコール費用だけではない。同社は今後、深刻な法務リスクに直面する。まず、米国のEPAや司法当局が科す罰金。米国のEPAは、法律違反のためにリコールされた自動車1台につき、最高3万7500ドルの罰金を科すことができる。VWが米国で48万台の自動車をリコールした場合、罰金の総額は約180億ドル(2兆1780億円)に達する。

さらに、マイカーの価値が下がったことについて損害賠償を求める市民からの民事訴訟や、株価下落により損失を受けた投資家からの株主代表訴訟も、米国や欧州で提起されつつある。法曹関係者の間では、「この不祥事をめぐってVWが支払う賠償金や費用の総額は、700億ユーロ(9兆8000億円)前後に達する」という予測もある。

なぜVWは不正を行ったのか。2007年にCEOに就任したヴィンターコルンは、米国市場でのシェア拡大を目指していた。当時、VWの米国でのシェアは3%にも満たなかった。米国では軽油よりもガソリンの価格の方が安く、ディーゼル車の人気は低かった。そこでVWは、「燃費が良く環境に優しい」というキャッチフレーズで、米国でのシェアを高めようとした。

だが、米国の排ガス規制は、世界で最も厳しい。欧州連合が二酸化炭素(CO2)の排出量の抑制を重視しているのに対し、米国は窒素酸化物を重視している。ディーゼル・エンジンで燃費を良くしようとすると、窒素酸化物や煤の排出量が増える。有害物質を減らすためには、追加的な装置が必要となるので、自動車の値段が高くなってしまう。自動車の開発チームにとっては、重大なジレンマだ。2007年当時、VWの技術陣は決められたコストの枠内で、米国の厳しい排ガス規制に合格するエンジンを開発することができなかった。しかし、エンジニアたちはヴィンターコルンCEOに対し「うちの技術では無理です」と白旗を掲げて叱責されるのではなく、違法ソフトを組み込んで規制当局の目を逃れる道を選んだ。

ドイツの環境保護団体は、数年前から「検査時の窒素酸化物の排出量と、路上走行時の排出量の間に差がある」と主張し、連邦交通省などに調査を求めてきたが、行政当局はこれまで本格的な検査を行わなかった。環境団体は「VWの不正は、氷山の一角」と主張している。このため陸運局は、10月6日にすべてのメーカーの自動車について、検査時の排出量と走行時の排出量を比べる検査を実施する方針を明らかにした。

VWが不正の全容を解明し、消費者の信頼を回復するには、相当の歳月を必要とするだろう。

16 Oktober 2015 Nr.1012

 

熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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