Hanacell

ドイツ経済を揺さぶる自動車カルテル疑惑

オラフ・ライズ氏
記者達にカルテル疑惑について話す
ニーダーザクセン州の経済、労働、交通大臣の
オラフ・ライズ氏

「フォルクスワーゲン(VW)、ダイムラー、BMW、ポルシェ、アウディが20年以上にわたってカルテルを形成し、自動車部品や下請け業者について談合していた――」7月末にニュース週刊誌「シュピーゲル」が掲載したスクープ記事は、ドイツの経済界、政界だけでなく世界中の消費者をも驚かせた。

5年間に1000回もの会合

このカルテル疑惑は、2015年に発覚したVWの排ガス不正事件とも関連があり、今後の展開によっては、第二次世界大戦後のドイツで最大の経済スキャンダルに発展する可能性もある。

シュピーゲルの報道によると、5社は1990年代から約200人のエンジニアらを、約60の作業部会に参加させて、ディーゼルエンジンやガソリンエンジンに関する技術、カブリオレ(オープンカー)の屋根の強度、バイオ燃料などについて協議させ、製品に実用化される技術が横並びになるように、すり合わせを行っていた。「Fünfer Kreis(5社サークル)」と呼ばれる会議は頻繁に行われ、過去5年間だけで約1000回も開かれている。この作業部会がすべて違法カルテルかどうかについては、まだ結論は出ていない(7月26日現在)。各社のエンジニアが技術について意見交換をすることは、常に違法というわけではない。たとえば消費者の安全や技術の進歩について調整する「規格カルテル」は、違法ではない。仮に自動車メーカーが車の最高時速を200キロメートルに制限する技術について共同歩調を取るとしたら、事故防止という目的があるので、監督官庁は許可するだろう。

最も機微な「SCR部会」

だが、価格やマーケットシェア、コスト削減などに関する談合は、不当に競争を制限し、消費者に不利益を与えるとして、違法カルテルと見なされる。その意味で、5社サークルの協議内容の中には、違法すれすれの微妙なものがある。

欧州委員会のカルテル監視部門や、検察当局が最も関心を抱いているのが、5社による「SCR戦略サークル」だ。この協議内容は、VWによる排ガス不正と重なる部分があるからだ。SCRとは尿素水を使って、ディーゼルエンジンから出る有害な窒素酸化物の排出量を減らす技術のことを指す。だがSCRを採用すると、尿素水のタンクを車の中に搭載しなくてはならない。そうすると車中のスペースが減る上、重量も増える。さらに消費者が尿素水を補充しなくてはならないという手間もかかる。このため「SCR戦略サークル」は協議の結果、2008年9月に尿素水タンクを容量が8リットルという、比較的小さな容器に統一することを決めた。だが尿素水タンクが8リットルである場合、米国の厳しい窒素酸化物規制に合格することは不可能だ。このためVWは不正なソフトウエアの使用に踏み切った。このソフトウエアは、車が試験台の上にある時にはSCRを正常に作動させて、窒素酸化物の排出量を減らすが、路上を走る時にはSCRを作動させないので、環境基準を上回る窒素酸化物を排出する。

興味深いことに、不正ソフトを搭載した乗用車について、VWが初めてカリフォルニア州の監督官庁から認可を受けたのも、2008年である。シュピーゲル誌は、「VW排ガス不正の根源は、5社サークルのカルテルにある」と見ている。

「VWとダイムラーはカルテルを自供」?

つまり欧州委員会が「5社が示し合わせて尿素水タンクを小さくしたために、結果として排ガス不正につながり、消費者はメーカーの宣伝よりも質が悪く、価値が低い車を買わされた。これは競争を不当に制限する行為だ」と断定する可能性がある。

シュピーゲルは、「VWとダイムラーは、すでにカルテルの事実を監督官庁に告白している」としている。5社サークルのパワーポイントには、「メモを取ったり、議事録を作ったりしないこと」という注意書きがあった。参加者は、この作業部会がグレーゾーンにあることを意識していたのだろう。実際、5社サークルは今年1月に自主的に作業部会の開催を取りやめている。これに対しBMWは、「違法カルテルに参加していた事実は一切ない」と疑惑を全面的に否定している。

EUは違法カルテルについて、極めて厳しい態度を取る。法律によると、欧州委員会は違反企業に対して年間売上高の最高10%の罰金を科すことができる。欧州委員会は2016年にトラックメーカーの違法カルテルを摘発し、ダイムラーなど5社は、合計29億ユーロ(3712億円※1ユーロ=128円換算)の罰金を払っている。つまり今回の疑惑は、メーカーにとって大きな経済的負担となる可能性がある。シュピーゲルの報道以来、ドイツの自動車メーカーの株価が一時下がったのはそのためだ。

ディーゼルの「神々の黄昏」

ドイツの自動車業界が抱える問題は、カルテル疑惑だけではない。検察庁は、排ガス不正についてVWだけでなくダイムラーに対しても捜査を行っている。またシュトゥットガルトやミュンヘン市は、窒素酸化物を減らすためにディーゼルエンジン車の事実上の乗り入れ禁止を検討。消費者の不安は高まっており、今年6月にディーゼル車の販売台数は、前年に比べ19%も落ち込んだ。論壇では、「ドイツのディーゼルエンジンの時代は終わった」という声すら聞こえる。この国の自動車業界は、今大きな岐路に立たされている。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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