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日経電子版 初割り
So. 19. Jan. 2020

欧州難民危機 - トルコの野望

欧州連合(EU)加盟国首脳とトルコのアフメト・ダウトオール首相は、3月7日から8日の早朝まで、ブリュッセルで約12時間にわたり、難民危機について協議した。この会議で、トルコは極めて大胆な提案を行い、メルケル首相を初めとするEU加盟国首脳たちを驚かせた。

トルコのダウトオール首相
3月7日、EU・トルコ首脳会合後の記者会見で話す
トルコのダウトオール首相

「不法難民を全て送還させる」

ダウトオール首相は、「今年6月から、我が国を通過してギリシャに渡った不法難民を、全てトルコに受け入れる用意がある。不法難民がどの国から来たかは問わない。そのかわり、EUはギリシャがトルコに送還した不法難民と同数のシリア難民を、合法的に受け入れてほしい」と提案したのだ。

すでにトルコには、270万人のシリア難民が滞在している。同国は、経済難民も含めてギリシャへの全ての不法入国者を引き取る代わりに、今トルコにいるシリア難民をEUが受け入れることを求めているのだ。難民受け入れの負担が過重になることを防ぐためだ。

ギリシャは、ドイツなど西欧諸国を目指すシリアやアフガニスタンからの難民たちにとって、最も重要なEUへの玄関口である。ギリシャの島の中には、トルコの沿岸から数キロしか離れていない島もある。このため、「人間運搬業者」たちがフェリーや小舟に難民を詰め込んで、トルコからギリシャに不法入国させる例が後を絶たないのだ。昨年10月には、211万663人もの難民がギリシャに入国した。しかも今月ギリシャの北側のマケドニアが国境を封鎖したために、大半の難民たちはいわゆる「バルカン・ルート」を通って西欧へ行くことができなくなり、数万人が国境付近で野宿させられている。今もユーロ危機の後遺症に苦しむ小国ギリシャにとっては、極めて重荷である。

このため、「トルコ経由でギリシャへ渡った不法難民を全て引き取る」というトルコの提案は、EU諸国には朗報である。だがメルケルらEU加盟国首脳は、直ちにトルコの提案を受諾することができなかった。その理由は、ダウトオール首相が持ち出した交換条件が、EUにとって厳しいものだったからだ。

トルコ側の厳しい要求

ダウトオール首相は、EUが難民支援のために、これまで供与を約束した30億ユーロ(3900億円・1ユーロ=130円換算)では足らないとして、供与額を2倍の60億ユーロにすることを要求。

さらにトルコは、EUのシェンゲン協定加盟国に対し、今年6月末にはトルコ人のビザなしでの渡航を可能にすることを求めた。これまでトルコは、今年10月からビザなし渡航を可能にすることを求めていたが、実施時期を4カ月早めたことになる。またトルコは、同国のEU加盟交渉を加速することも要求した。

EU側にとって、このトルコ側の提案は寝耳に水だった。このためEUはどう対応するかについて内部で協議した上で、3月17日にトルコと再び首脳会議を開くことを明らかにした。

欧州だけでなく、国内でも孤立しつつあるメルケル首相にとって、トルコは唯一の「盟友」だ。「EUの連帯」は、難民問題に関しては、すでに事実上崩壊している。他のEU諸国は、国境を閉ざしたり、国境検査を厳しくしたりして、難民の受け入れに難色を示している。昨年EU諸国は、ギリシャとイタリアに到着した16万人の難民を、人口や失業率、国内総生産に応じて加盟国に分配することを決定した。だがこれまでに実際に分配された難民の数は、1000人に満たない。ハンガリーやチェコ、スロバキアなどの東欧諸国の政府は、難民の強制的な割り当てに頑強に反対している。隣国オーストリアは、「2019年までに受け入れる難民の数を12万7500人に制限する。今年の受け入れ数の上限は、3万7500人にする」と発表している。つまりメルケルは、もはや難民受け入れについて、他のEU諸国に頼ることはできないのだ。

メルケルの最後の「盟友」

彼女にとって唯一の頼みの綱は、トルコである。メルケルは、これまでしばしばトルコを訪れて支援を求めた。トルコは、1997年からEU加盟交渉を続けているが、ドイツを初めとして多くの国々が同国のEU加盟に反対してきた。だが昨年以来、難民危機がエスカレートし、EUに100万人を超える難民が流れ込んだことから、トルコの立場は大幅に有利になった。

ドイツなどEU側に残された時間は少ない。冬の間は、ドイツに到着する難民の数は毎日2000~3000人だ。だが4月以降は気温が上昇し、エーゲ海や地中海が穏やかになるので、西欧を目指す難民の数が再び増加する。昨年9月には、毎日1万人近い難民がドイツの土を踏んだ。だがバルカンルート沿いのマケドニア、スロベニア、セルビアなどは、3月初旬以降国境を閉ざしている。このため、ギリシャ北部で多数の難民が足止めを食らい、混乱が生じる恐れがある。

ダウトオール首相は、「EUに対する要求を引き上げるのは、春が目前に迫った今しかない」と考えて、ブリュッセルで大胆な提案を行ったのだ。

だがトルコの民主主義は、EUの水準には達してない。EU諸国は、トルコ政府の言論の自由の抑圧、クルド人に対する弾圧について批判してきた。ドイツでは、「難民問題でトルコへの依存を高めることは、逆にトルコから『脅迫』される危険も生じる」という意見もある。

メルケルや、他のEU加盟国首脳は、苦しい選択を迫られている。

18 März 2016 Nr.1022

 

熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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