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トルコ憲法をめぐる国民投票は なぜドイツ人に衝撃を与えたか

抗議デモ
国民投票の結果に不信感を持つ在独トルコ人による
抗議デモ(4月21日、ベルリン)

4月16日、トルコの憲法改正をめぐって行われた国民投票では、票を投じた有権者のうち、51.4%が憲法改正に賛成した。この結果、議会や裁判所のチェック機能が弱まり、エルドアン大統領にこれまで以上に権力が集中することになった。

トルコ社会の亀裂、浮き彫りに

トルコの野党は、「この憲法改正により、19世紀以来トルコが進めてきた欧州への歩み寄りに、終止符が打たれる。エルドアン大統領による専制政治が行われ、メディアや野党に対する圧力がさらに高まる」と厳しく批判している。野党は「多くの投票所で不正があり、国民投票は無効だ」と主張している。

大統領が51.4%という僅差で辛勝したことは、トルコ社会がエルドアン氏の支援者と反対者の間で真っ二つに分裂していることを示唆している。トルコは、欧州連合(EU)への加盟を希望しており、長年にわたり交渉を続けてきた。しかしEU側では、「トルコが今回の国民投票によって、三権分立を事実上廃止した場合、EU加盟は不可能」という意見が強まっている。ドイツの保守系の政治家の間では、「トルコとの交渉は停止すべきだ」という意見もある。

EU加盟交渉は風前の灯火

ただしEUでは、「トルコの加盟交渉をEUが一方的に打ち切った場合、エルドアン大統領の怒りの火に油を注ぎ、トルコをロシアにさらに接近させる危険性がある」という見方もある。トルコは米国を盟主とする軍事同盟・北大西洋条約機構(NATO)に加盟しており、イスラム・テロとの戦いでも重要な役割を果たしている。例えば、欧米諸国がシリアにある過激組織イスラム国(IS)の拠点に対して行っている空爆作戦は、トルコの空軍基地を拠点として行われている。

だがEUには、譲れない一線がある。エルドアン大統領は、去年発生したクーデター未遂事件以来、死刑を復活させる可能性を示唆している。もしもトルコが死刑を復活させた場合、EUはトルコとの加盟交渉を打ち切るだろう。第二次世界大戦でのナチスの暴虐に対する反省から生まれたEUは、人権と民主主義、差別の禁止を重視しており、死刑制度を持つ国は加盟できない。EUは、この一点については譲歩できないのだ。エルドアン大統領は、死刑を復活させた段階で、EU加盟交渉に自ら終止符を打つことになる。

今後の展開によっては、EUとトルコの間の亀裂は決定的に深まるだろう。トルコでは将来イスラム色が強まり、欧州の価値や文化から遠のいていくことになるのかもしれない。その意味で今回の国民投票は、欧州とトルコの関係史の中で、一つの分岐点となる可能性がある。BREXITとともに、欧州で遠心力が強まっていることを象徴する出来事だ。

在独トルコ人の間で高い賛成率

今回の国民投票の結果で、ドイツ人に特に衝撃を与えた事実がある。ドイツ国内に住むトルコ人の有権者数は143万人。その内、約70万人が国民投票に参加した。彼らのうち、63.2%がエルドアン氏の求める憲法改正に賛成したのだ。これは、トルコ国内で憲法改正に賛成した比率を、12ポイントも上回る。

ドイツは議会制民主主義の国であり、言論、表現、結社の自由が保障されている。それにもかかわらず、エルドアン大統領への権力集中に賛成した人の比率は、トルコ国内よりも、ドイツに住んでいる在外トルコ人社会の方が高かったのである。

「トルコ人の社会への統合は不十分」

ドイツの保守派政治家たちの間では、「在独トルコ人の投票行動は、彼らがドイツ人社会にいかに溶け込んでいないか、彼らが我々ドイツ人といかに価値を共有していないかを示している」という失望の声が強まっている。二重国籍の付与を慎重にすべきだとの意見もある。

今回の投票結果は、ドイツに住むトルコ移民のドイツ社会に対する見方が、過去60年間で変化してきたことを浮き彫りにしている。1950年代、トルコから多数のガストアルバイター(労働移民)たちがルール工業地帯の製鉄所や炭鉱で働くためドイツにやってきた。彼らの大半は、イスタンブールなどの大都市ではなく、東部アナトリア地方の貧しい寒村の出身だ。

移民たちの第一・第二世代の中には、ドイツで就職できたことや、家族を呼び寄せられたことについて、ドイツに対して感謝の念を抱く者が多かった。だがドイツで生まれた第三世代の中には、「我々は就職などで差別される犠牲者だ」と思い込み、ドイツ社会に敵意を抱く者が現れている。彼らはドイツ社会に溶け込むことを拒み、メルケル政権を批判するエルドアン大統領に親近感を抱く。2008年にエルドアン氏がケルンでの演説会で「ドイツへの同化を強制することは、人間性に対する犯罪だ」と断言し、多くの在独トルコ人が喝采(かっさい)を送った時、ドイツ人は強い衝撃を受けた。

ちなみにこれはドイツに限られた現象ではない。憲法改正に賛成した在外トルコ人の比率はベルギーで約75%、オーストリアで約73%、オランダで約68%に上った。彼らの西欧社会への怨念が、エルドアン大統領への高い支持率となって噴出したのである。

今回の投票結果は、2015年の難民危機と並んで、ドイツ人が外国人に対する態度を硬化させる原因の一つとなるだろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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