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ドイツ社会はAfDに歯止めをかけられるか?

「イスラム教は、ドイツには属さない」。これは、右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が5月1日、シュトゥットガルトで開いた党大会で綱領に盛り込んだ言葉である。同党はイスラム過激派だけではなく、イスラム教そのものがドイツの基本法(憲法)と相いれないという立場を打ち出したのだ。

イスラム教全体を敵視

さらに同党は、イスラム教寺院の尖塔(ミナレット)や、尖塔から拡声器を使ってイスラム教徒に礼拝を呼びかけるムアッジンの禁止、外国からの資金で建設されたイスラム教寺院の閉鎖も要求している。AfDが「イスラム教はドイツの法秩序や文化と相いれない」と主張するのは、同党が「イスラム教は政治的性格が強く、キリスト教と違って、国家の支配を目指す宗教」と考えているからだ。

アンゲラ・メルケル首相はこれに対し「ドイツの憲法は宗教の自由を保障している」と述べ、AfDの主張に反対している。

ドイツにはトルコなどから来た約400万人のイスラム教徒が住んでいる。この数は、人口の約5%に当たる。彼らの大半は、平和を愛しテロを拒絶している。テロ民兵組織「イスラム国」(IS)のような過激集団は、糾弾されるべきだが、AfDの主張は全てのイスラム教徒を敵視するものだ。

AfDの主張は、メルケル首相への攻撃でもある。メルケルは、「イスラム教はドイツに属する」と公言したことがあるからだ。この発言には、キリスト教民主同盟(CDU)やキリスト教社会同盟(CSU)内の右派からも、疑問視する声が出た。AfDは、「メルケルの政策はリベラル過ぎる」という不満を持つ保守勢力を、ひきつけようとしているのだ。

シュトゥットガルトでの党大会では、「イスラム教徒と対話を深めるべきだ」と発言した党員もいたが、激しいやじとブーイングで沈黙させられた。

「AfDは外国人に敵意を抱いている」

同党は政策綱領の中で「ドイツ経済が必要とする技能を持ち、この国に溶け込もうとする外国人の移住は促進する。しかし、ドイツの社会保障制度を利用することを目的とする無秩序な移民の受け入れは禁止するべきだ」と主張している。だが今年1月末には、同党のフラウケ・ペトリー党首が「ドイツは国境を閉ざすべきだ。難民が警官の制止にもかかわらず、国境を突破した場合、警察官は銃を使用してでも、難民の侵入を防ぐべきだ」と発言した。

法律によると、ドイツの警察官は国境を越えようとする外国人に対して発砲することを禁じられている。ペトリー党首の発言はそうした法律を無視するものだが、AfD内部からは抗議の声は出なかった。

メルケル政権のハイコ・マース連邦法務大臣は、あるインタビューの中で、「AfDはドイツを全く異なる国に改造しようとしている。同党は外国人に敵意を抱いており、極右勢力との間に明確な一線を画していない。AfDはドイツ人を扇動して、外国人と対立させようとしている。多くのドイツ人は、AfDが望むような国には住むことを拒否するだろう」と述べている

またCDUのペーター・タウバー幹事長も、「AfDは、我々の国を強くし、成功させてきた価値体系を踏みにじる、反ドイツ政党である。その政策の背後にあるのは愛国心ではなく、反動主義と権威主義だ」と断定している。

州議会選挙で大躍進

確かに、AfDが主張する政策は極端である。同党は徴兵制度の復活を求めている。反EU政党であるAfDは、ドイツがユーロ圏から脱退し、マルクを復活させることを望んでいる。さらにテレビやラジオの受信料支払い義務に反対し、公共放送局の数を減らすべきだと主張している。また「メルケル政権のエネルギー転換、特に再生可能エネルギーの振興によって電力料金が高くなっていることは受け入れがたい」として、再生可能エネルギー拡張政策を見直して、原子力発電所の再稼働を求めている。

興味深いのは、これまでAfDの主張を大きく取り上げてこなかったドイツの大手メディアが、今年春以降はAfDの提案を具体的に報じ始めたことである。その背景には、報道関係者の間で、「難民危機を追い風にして、ドイツでは中間階層にもAfDの支持者が増えている。このため、AfDについて、極右政党という烙印を押すだけでは、もはや問題を解決できない。AfDの主張を詳しく報道・分析して、その誤りを暴くことにより、市民にAfDの危険性を伝える必要がある」という意見が強まっているからだ。

報道関係者がこのような危機感を抱く理由は、AfDが3月に旧西ドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州、ラインラント=プファルツ州、旧東ドイツのザクセン=アンハルト州で行われた州議会選挙で、二桁の得票率を記録し、大躍進したことだ。特にザクセン=アンハルト州では、約27万人がAfDを選び、得票率は24.2%に達した。AfDが来年の総選挙で連邦議会入りすることは、確実と見られている。

AfD現象は、フランスでの極右政党の躍進、米国大統領選挙でのドナルド・トランプへの人気集中、ポーランドやハンガリーの右傾化と共通の根を持つ。社会と経済の急激な変化に不安を持つ庶民が、排外主義に拠り所を求めているのだ。

ドイツ社会は、AfDの躍進に歯止めをかけることができるだろうか?

20 Mai 2016 Nr.1026

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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