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ロンドンのゲストハウス
Mi. 22. Jan. 2020

トルコの法治主義はどこへ? ドイツ政府の苦悩

ドイツとトルコの関係が急速に悪化している。そのきっかけとなったのは、今年7月15日から16日にかけてトルコで発生したクーデター未遂事件である。この事件では、イスタンブールやアンカラなどで軍の一部が、エルドアン政権の転覆を目指して蜂起。各地で起きた戦闘のために、市民を含む約290人が死亡した。

吹き荒れる粛清の嵐

EUの関係
クーデター未遂事件後のトルコ政府の態度により、
EUの関係に暗雲

からくもクーデターを鎮圧したエルドアン大統領は「米国に亡命中の宗教指導者フェトフッラー・ギュレンが、政権転覆を図った」として、ギュレンのイスラム運動に加わっていると見なした軍人や公務員の大量逮捕に乗り出した。
彼は米国政府に対し、ギュレンのトルコへの送還を要求している。

エルドアンが7月20日に3カ月の非常事態宣言を発令して以来、同国では弾圧と粛清の嵐が吹き荒れている。何よりも驚かされるのは、トルコ政府が逮捕ないし解雇を命じた人々の数の多さだ。政府は逮捕者数を公表していないが、ドイツでは「7月末までに約1万3000人が逮捕された」という情報が流れている。

トルコ政府はこれまでに約8300人の軍人、約2100人の裁判官・検察官、約1500人の警察官、約600人の民間人を逮捕している。7月27日に、約100社の通信社、放送局、新聞社、雑誌社、出版社の閉鎖を命じたほか、7月末に約90人のジャーナリストを逮捕し、24の放送局からテレビ・ラジオ番組の放送権を剥奪した。

さらに政府は、「ギュレンとつながりがある者が働いていた」という口実で、大学など約2300カ所の教育機関、病院などを閉鎖。大学の学長ら約1500人も職を解かれた。さらに教育省の職員約1万5000人、民間の学校の教員約2万1000人が解雇された。またトルコ政府は研究者や大学職員に対し、外国への旅行を禁止し、外国に滞在している大学幹部に対し、直ちに帰国するよう命じている。

ドイツで高まるエルドアン批判

ドイツは、トルコと最も関係が深い国の一つだ。2015年の時点で、ドイツにはトルコ人が約150万人住み、ドイツ国籍を取ったトルコ系住民も含めると、その数は約280万人に達する。トルコ人は、ドイツの移民の14%を占める最大勢力だが、これは、1950~60年代にかけて労働力不足に悩んだ西ドイツが、トルコから多数の労働移民を受け入れたからだ。特にルール工業地帯があるノルトライン=ヴェストファーレン州や、首都ベルリンにはトルコ系住民の数が多い。

多くのドイツ人は、トルコ政府の弾圧の激しさに唖然としている。ドイツのメディアからは「エルドアンは、クーデター未遂を口実として、自分に反対する勢力を社会の要職から一掃しようとしている。トルコは、法治主義からますます遠ざかりつつある。エルドアンはこの事件をきっかけに、一種の独裁体制を確立しようとしているのではないか」という指摘が出ている。

難民問題でトルコに大きく依存

ドイツ政府にとって、エルドアン政権が法治主義を無視するかのような振る舞いを見せていることは、大きな頭痛の種だ。その理由は、難民危機の解決をめぐり、ドイツとEUはトルコに大きく依存しているからだ。

昨年9月、メルケル政権はハンガリーで立ち往生していたシリア難民らを受け入れる決定を行い、約100万人の亡命申請者を受け入れた。シリア難民にとって、トルコから船でギリシャへ渡り、バルカン半島を縦断してドイツへ向かう「バルカン・ルート」は西欧に到着するための最短ルートだった。

トルコは今年3月、同国を通ってEUに不法入国した難民を強制送還させて、トルコ国内に受け入れることに同意した。そのかわりEUは、トルコにすでに滞在している難民を同じ数だけ受け入れ、加盟国の中で配分する。さらにトルコはEUが難民対策費用として60億ユーロ(約6780億円)を支払うとともに、トルコのEU加盟交渉を加速し、トルコ人がEUに入国する際のビザ取得義務の廃止を求めた。

EUにとってこの合意は、「バルカン・ルート」を遮断する上で、重要な意味を持っていた。さらにマケドニア、セルビア、クロアチア、スロベニアなどが国境を閉鎖したために、バルカン・ルートを通って西欧へ向かう難民の数は、現在大幅に少なくなっている。

難民合意崩壊の危険

だがトルコの外務大臣は、8月3日に「EUが今年10月までに、トルコ人がEUに入国する際のビザ取得義務を廃止しない場合には、我が国は難民引き取りに関するEUとの合意を無効にするかもしれない」と発言。ギリシャ政府は、EUに対して「トルコが難民合意を放棄した場合に備えて、対策を取るべきだ」と要求している。EUが難民引き取りをやめた場合、ギリシャに再び多数のシリア難民が押し寄せるからだ。

EUを悩ませているのが、エルドアンがクーデター未遂事件後、死刑制度の復活をほのめかしていることだ。死刑制度がある国はEUに入ることができないため、トルコは2004年に死刑を廃止した。EU加盟国の間からは、「トルコが死刑を復活させたら、EU加盟交渉を中止するべきだ」という意見が強まっている。

トルコとEUの関係がさらに険悪化した場合、今年秋には難民合意が破綻し、再びトルコ経由で西欧をめざす難民の数が急増するかもしれない。難民危機の再燃を防ぐためにも、EU諸国はエルドアン政権の態度を軟化させることができるだろうか。

19 August 2016 Nr.1032

 

熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「びっくり先進国ドイツ」(新潮社)など。
http://www.tkumagai.de
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