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出戻り大連立政権の前途は多難

ドイツでようやく新政権誕生の目途が付いた。アンゲラ・メルケル首相が率いるキリスト教民主同盟(CDU)、姉妹政党キリスト教社会同盟(CSU)と社会民主党(SPD)は、20時間を超える徹夜の交渉の結果、2月7日に連立協定について合意したのだ。

しかしドイツ市民の反応は、冷淡だ。去年9月の連邦議会選挙以来、5カ月間も政権の不在が続いたが、第二次世界大戦後のドイツでこのような事態は一度もなかった。この5カ月間の混乱は、かつて「欧州の女帝」と呼ばれたメルケル首相の影響力の低下を象徴する。

2018年ドイツの展望
2月7日、連立交渉を終えたゼーホーファー党首(左)、メルケル首相(中)、シュルツ党首

敗者が作った大連立政権

ドイツ人たちは、新政権を「敗者の大連立政権」と呼ぶ。去年の連邦議会選挙で歴史的な大敗を喫した政党が指導部の刷新も行わなず、再び連立するという奇妙な結果になったからだ。敗者たちは政治の空白が長引くのを防ぐために、やむなく大連立政権を作った。

この混乱の原因は、去年の連邦議会選挙で生じた地殻変動である。CDU・CSU、SPDは、ユーロ圏脱退やイスラム教徒の排撃を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に大量の票を奪われた。

現在ドイツの景気は、1990年の東西ドイツ統一以降、最良の状態にある。それにも関わらず、メルケル氏が去年の選挙で多くの有権者から背を向けられた理由は、2015年に約90万人のシリア難民を受け入れ、ドイツで亡命申請を許した「超法規措置」だ。

ドイツ人は、治安と法治主義を最も重視する民族だ。2年前に、多くのドイツ人は「政府は国境開放によって、法秩序を守るという責任を一時的に放棄した」という強い懸念を抱いたのだ。

これまでドイツではフランスやオランダなどほかの欧州諸国に比べ、極右政党の影響力が弱かった。ドイツはかつて「加害者」だった国である。ナチスの犯罪に対する反省は、極右政党への投票を食い止める歯止めとなっていた。だがメルケル氏の難民政策はこの歯止めを失わせ、結果として右派ポピュリストを中央政界の檜舞台に送り込む起爆剤となってしまった。

メルケル首相の指導力低下

すでに13年間も首相の座にあるメルケル氏の態度には、最近「軽薄さ」が目に付く。例えば連邦議会選挙で、CDU・CSUの「敗北」が明らかになった直後、メルケル氏は党本部で支持者に対して行った演説で、「我々の政策は、何一つ変える必要はない」と断言して、党員たちを唖然とさせた。難民政策のために有権者から厳しい判定を受けたにも関わらず、反省の色をまったく見せなかったからである。

CDUの保守派の間では、「メルケル氏の政策は余りにもリベラルで、緑の党に近い」という意見が強い。彼女がCDUを左傾化させたことが、保守層をAfDの下へ走らせたというのだ。彼女が新しい政権の首相の座に就いても、「メルケル時代」がすでに終わっていることを糊塗することはできない。

SPDの衰退は、さらに深刻だ。最大の原因は、SPDがマルティン・シュルツという、指導者としての適格性に欠ける人物に率いられていることだ。

私は1990年以来ドイツに住んで、28年間にわたってこの国を定点観測しているが、シュルツ氏ほど右往左往する党首を見たことがない。例えばシュルツ氏が連邦議会選挙の直後に「大連立政権に加わらず、野党席に戻る」と宣言したために、メルケル氏はCDU・CSU、緑の党、自由民主党(FDP)による四党連立を試みなくてはならなかった。しかし緑の党とFDPの政策の隔たりのために、去年11月に交渉が決裂。

SPD支持率が20%台割れ

シュルツ氏は連邦大統領に説得されて下野の方針を撤回し、大連立政権に加わる姿勢を打ち出した。彼は原則を貫くことよりも、空白期間に終止符を打つことを重んじたのだ。この朝令暮改ぶりに、市民のSPDへの不信感は強まっている。公共放送局ARDが2月1日に発表した世論調査によると、同党の支持率は、去年の連邦議会選挙の時に比べて2ポイント減って、18%に下落。SPDが最も恐れていた「20%台割れ」が現実化した。バーデン=ヴュルテンベルク州では、すでにSPDとAfDの支持率が横並びになっている。

またCSUも、得票率を11ポイント減らした。同党のホルスト・ゼーホーファー党首は「敗北」の責任を問われ、バイエルン州首相を辞任する方針を明らかにしている。党首の座を降りるのも時間の問題であり、ゼーホーファー氏も「過去の人」である。つまり新政権は「半死半生」の人々によって率いられる。メルケル氏は常日頃強調する「安定した政局運営のための基盤」を欠いたまま、四期目のスタートを切るのだ。

ドイツはデジタル化による変革をどう乗り切る

連立協定書の内容も、不評だ。ドイツ産業連盟(BDI)のディーター・ケンプ会長は、「デジタル化への対応や教育改革など、重要なテーマについて明確な長期戦略が欠けている。経済に推進力を与える内容ではない」と批判している。「シュレーダー前首相の改革プログラム・アゲンダ2010が生んだ果実を、高所得層と低所得層の間でどう分け合うかについて取り決めた、後ろ向きの協定にすぎない」という酷評も聞いた。

今ドイツは、デジタル化によって経済と社会が大きな曲がり角に差し掛かっている。この大変革の時代をどのように乗り切ろうとしているのか。新政権はこの問いに対する答えを、早急に見出さなくてはならない。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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