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水彩画からのぞく芸術の世界 寄り道 小貫恒夫

79. 演目変更の定番「トスカ」

テベレ河畔の街並み
テベレ河畔の街並み

ドイツやオーストリアの歌劇場では、年間300日ほど公演があるので、出演者が急に病気になった場合のことも考えて、何人かの予備要員を用意しています。それでも間に合わない場合は、出演できる人員によって演目を変更するのですが、「トスカ」に決まることが多いようです。

「トスカ」は名作オペラですから、大抵の歌劇場はレパートリーの一つとして舞台装置や衣裳などをすぐに出せる状態で保管しています。それに、歌手も主要な登場人物は3人だけで、何とか揃います。よく上演される演目なので、歌手の人たちも違う歌劇場での出演も含めて経験があり、リハーサルにもそれほど時間が必要ありません。

私はウィーンの歌劇場で、急遽上演された「トスカ」を観たことがあります。歌劇場に行ったら、ポスターの地色がピンクになっていて、演目変更を知らせていました。ちなみにウィーン歌劇場のポスターは、普段は薄い緑がかったグレー地に文字だけが書かれた昔ながらのスタイルで、プレミア公演の時は黄色地になります。

それでもさすがはウィーン。トスカ役には、なんとカティーヤ・リチャレッリが出演しました。彼女は、あのカラヤンが「トスカ」の録音に際して主役に起用したほどの実力者で、うれしいサプライズでした。

そんな変更演目に真っ先に選ばれる「トスカ」ですが、イージーに取り扱うと事故も起こりやすい演目です。例えば、2幕目にトスカによって殺害されたスカルピアが仰向けに倒れ、その弔いとして彼の頭の両サイドに火を灯した蝋燭を置くシーンがあります。これは台本にも指定されているのでどんな演出でも行われるのですが、ある時、スカルピアのカツラに火がついてしまうというトラブルが起こったこともあったそうです。

それと3幕目での銃殺シーンでは、5〜6人の兵士が一斉に銃を発砲するのですが、音楽も高揚してくるため、もの凄く緊張感が高まります。しかも兵士役は、ほとんどが演劇学校の若い学生さん。大抵はコーラスのリーダーが隊長役として、剣を振り下ろすなりの合図を出して発砲するのですが、時折フライングしてしまう人がいます。そうなると、ほかの兵士役の人たちも慌てて一斉発砲……本来は撃たれてすぐに倒れるはずのカヴァラドッシですが、うろたえながらも5秒遅れくらいでバッタリと倒れることになりました。

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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