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水彩画からのぞく芸術の世界 寄り道 小貫恒夫

86. 指揮者カルロス・クライバーさんのこと③

青きドナウ(ローバウ辺りの旧ドナウ)青きドナウ(ローバウ辺りの旧ドナウ)

ある時、音楽雑誌を眺めていたら、なんと来年のニューイヤー・コンサートにクライバーが登場するとの記事が載っていました。通常でもチケットの入手が困難ですが、ましてやクライバーが指揮をするとなると、えらい争奪戦になることが予測されます。「これは何としてでも行きたい」と、あらゆる代理店に電話で問い合わせました。

大抵は「そりゃ無理ですわ! 」とつれない返事ばかり。簡単に「はい、ありますよ! 」と明るい返事が返ってきたかと思うと、それはウィーン郊外のバーデンでの全く別のコンサートだったり……。そんな苦労の末、やっと信頼できそうな代理店を見つけたので、チケットはまだ手元にないとのことでしたが、予約を入れることにしました。

当時、演奏会の10日前に400~500枚のチケットが会場窓口で販売され、一晩並んで買わなければなりませんでした。厳寒のウィーンで一晩中並ぶのは、身の危険すら感じます。そこで考えられたのが、窓口に行った順に名前を登録し、整理番号が配られるというシステム。そして夜中に3度ほど点呼され、そこにいない人は自動的に削除されるそうです。私が予約したチケットもこうして代理店が購入し、ホテルのレセプションに預けてくれるとのこと。実際にチケットを手にするまでは、ハラハラドキドキしていました。

いよいよ演奏会当日。よく晴れた元旦の朝11時からです。選曲はワルツやポルカなど気さくな曲ばかりなので、いつもなら華やかで祝祭的な雰囲気が漂っているのですが、今日はクライバーの指揮ということで、聴衆もオーケストラも緊張感に溢れています。しかし、オーケストラのチューニングが終わっても、なかなかクライバーは登場しません。度々ドタキャンも犯している人ですから、ここでもハラハラ……。5~6分も待ったところで、にこやかに登場しました。

最初の曲は「加速度ワルツ」。丁寧ですが、ちょっと硬い演奏でした。次の「田園ポルカ」は、途中でオーケストラが歌うシーンもあり、肩の力が抜けて来た感じ。続くポルカ・マズルカ「トンボ」では音楽が生き生きと弾み、おりしも窓から陽光が差し込んで、うっとりと聴き入りました。そしてオペレッタ「こうもり」の序曲は、水を得た魚よろしく、颯さっそう爽と奏でられます。最後の部分は、これ以上速くは弾けないだろうと思われるほどの猛スピードで、一気に閉じられました。

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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