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水彩画からのぞく芸術の世界 寄り道 小貫恒夫

88. セーヌでの釣り

シテ島を望むシテ島を望む

釣りは日本にいた頃から大好きで、よく奥日光の「湯の湖」をはじめ、自然の釣りが楽しめる戦場ヶ原を流れる「湯川」などへ出かけていました。その頃は釣り人たちにとっては夢のような釣ちょうこう行の話をまとめた、開高健さんの『オーパ!』や『フィッシュ・オン』などの本をうらやましく読んだものです。その一つに「アラスカで鮭釣りをした後、パリに来たついでにセーヌ川でも試してみたが雑魚一匹釣れなかった」との記述があります。開高さんにはスポンサーが付いているので、アラスカやブラジルなど世界中の河川で釣りができますが、私もこのセーヌなら勝負はできるかもしれない……と思い立ちました。

まだ小さかった子ども二人を連れて、ルーブルの中腹辺りから河川敷へ降りてみました。魚影を求めて上流の方へとダラダラ歩いて行き、何本か橋を潜りましたが、なかなか見つかりません。しばらくして、シテ島が見える辺りまで来たとき、やっと数匹の背びれが見て取れました。ここだとばかりに竿を下ろしましたが、なかなか釣れません。ふと気が付くと、この辺の石垣際にはテントや小屋が無造作に連なっています。こりゃ、ここで生活されている人たちのねぐらなのだろうな、と。

しばらくすると、ここの住人と思しき二人の屈強な男が近づいてきました。「ムッシュ、何をしてるんだ!」、多分そう言っていたのでしょう。私の釣り針をグイっと持ち上げて「ノン!」と言っています。「ここで釣りをするな!」と言うことでしょうか。一旦テントに帰った彼らは、しばらくして戻ってくると「ヴォワラ!」(ほら!)と手を差出しました。ゆでたジャガイモで、しかも1センチ角くらいに切ってあります。「おぉ、メルシー、メルシー!」。これくらいは言えます。

エサをジャガイモに付け替えて竿を下ろすと、なんとすぐに当たりが! それも大物です。しばらく格闘し、やっとのことで40センチほどの鯉が釣り上がりました。するといきなり、頭上で大きな拍手が起こりました。何が起こったのかと慌てて頭上を振り向くと、欄干の上からツアーの人たちでしょうか、大勢の日本人がニコニコしながら一斉に拍手をしてくれています。その後ホテルに帰り、ミシュランの地図で確認したところ、そこは見晴らしのいい場所として星が四つも付いた、眺望スポットなのでした。

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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