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Mi. 19. Jun. 2019

19. シスレーの洪水 2

洪水の家 ポール=マルリー
洪水の家 ポール=マルリー

シスレーが描いた「洪水の町」を見るべく、パリからバスに飛び乗って、終点のサン・ジェルマン・アン・レーまでやって来ました。

この町には大きな城があり、シスレーはこの城からの眺めも描いているので、まずはここを散策してみることに。町の名前と同じ、サン・ジェルマン・アン・レー城と名付けられたこの城は広大な敷地の中にあり、お城に沿って庭園の端の高台まで歩いて行くと、丘陵のぶどう畑越しにはパリの町が一望できました。

町の方向へ戻り、北フランス風の古くて渋い、落ち着いた雰囲気の町並みをぶらりと歩いてみることにしました。インフォメーションセンターで地図でももらおうと立ち寄ると、その入り口の上には「ドビュッシーの生家」とあります。ええ?! 知りませんでした。その生家は現在、記念館になっていて、運悪くその日は休館日だったのですが、中庭へは入れてくれました。

その建物には木製の階段が壁にへばりつくように付いており、彼が生まれたと思われる3階部分へ上がると、中庭越しに家々の屋根が見渡せます。上を見上げると、小さく切り取られた空に雲が流れていました。彼が作曲した「夜想曲(Nocturnes)」に出てくる雲は、こんな風景だったのかしら……と思いを馳せましたが、実際には2歳までしか住んでいないとのことでした。

さて、いよいよお目当ての洪水の町へ。町の名前はポール・マルリー。この辺りかな、と思われるバス停でえいっと下車し、川の方へ向かって歩いてみると、左前方の角に見覚えのある建物が。おお! ありました。夢にまで見たあの光景が。彼が描いた場所には、コピーの絵が入ったプレートまで立っています。感無量……。無言でしばらく眺めました。絵の中の建物は、現在もほとんど変わりありません。もちろん洪水ではありませんが。

気がつけば、嬉しさのあまり、この建物の壁をなでていました。周囲にいた人の目には、かなり奇妙な東洋人に映ったことでしょう。その建物の前は小さな公園になっていて、それを抜けるとすぐにセーヌの運河にぶつかりました。水が岸辺までひたひたと迫っていて、これなら簡単に洪水になるわけだ、と納得しました。

残念なことに、その後、この洪水の町を訪れる夢を見ることはなくなりました。

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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