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水彩画からのぞく芸術の世界 寄り道 小貫恒夫

32. プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」のこと

32. プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」のこと

パリ、モンマルトルの裏通り
パリ、モンマルトルの裏通り

「オペラを観ようと思っているのですが、どの作品から観たら良いのでしょうか?」と質問されることがあります。人それぞれ好みも違うので一概には答えられないのですが、「まぁ、私の大好きなボエームなんかはどうですか」と答えることにしています。プッチーニ作の「ラ・ボエーム」は、ストーリー自体も分かりやすいですし、何と言ってもプッチーニの叙情的な甘い音楽が、すぐに口ずさみたくなるほど親しみやすく、素晴らしいからです。

物語はクリスマス・イブの夜から始まるので、このシーズンになると頻繁に取り上げられる作品でもあります。1830年代のパリのカルチェ・ラタン界隈を舞台に、貧しくも夢を追いつつ暮らす若きボヘミアン達……。詩人のロドルフォとお針子のミミの出会いに始まり、画家のマルチェロはかつての恋人ムゼッタと再会します。二組の恋人たちを中心に繰り広げられる、貧しさ故の甘く切ない恋物語。そこに寄り添うプッチーニの流麗な音楽が甘酸っぱい悲しさをさらにロマンティックに盛り立て、聴衆は抗し難く音楽の世界に身を任せてしまいます。私はたとえ仕事中でも、ラジオからふと「ラ・ボエーム」の一節が流れてくると、舞台の情景や自分の若かりし頃の思い出が込み上げてきて、ぐっと熱くなるものを感じるほどです。

ところで、私の親しくしている友人の一人が、オペラ歌手をしている美しい女性からこのオペラを観に行こうと誘われたそうです。しかもクリスマス・イブの公演。当の彼は「ラ・ボエーム」なるものを観た事がないとのこと……そりゃ協力しなきゃ!と、CDを貸したりして他人事ながら、二人の関係が成就することを願っていました。

数カ月後、「そう言えば、あのオペラどうだった?」と尋ねたところ、「良かったですよ」とシンプルな答え。「それで公演後は?」「いや~、夜も遅かったし家へ帰りました……」「ええっ!?」「あれから、何の連絡もないんですよ」とのこと。クリスマス・イブの夜に、女性からこんなにロマンティックなオペラに誘われるなんて、生涯に一度あるかないかのクリスマス・プレゼントだったかも知れないのに、現実はオペラのようにはいかなかったようです。

今シーズンも、「ラ・ボエーム」を観に行こう。冬の寒い夜、厚手のハンカチを携えて……。

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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