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水彩画からのぞく芸術の世界 寄り道 小貫恒夫

48. ペルチャッハのブラームス

48. ペルチャッハのブラームス

湖畔
ペルチャッハの東屋

構想から20年余りの歳月を経て、苦しみの内にやっと完成にこぎつけたブラームスの交響曲第1番も初演を終え、その重荷から開放された彼は、オーストリア・ヴェルター湖畔のペルチャッハへ作曲を兼ねた避暑に訪れます。

ここでは構築的で重厚な1番の交響曲とは打って変わって、明るく伸びやかな2番の交響曲を生み出します。それも彼としては珍しく3カ月ちょっとという短い期間で一気に完成させています。その穏やかな曲想から、ブラームスの「田園交響曲」と呼ぶ人もいるほどです。

ブラームスが最初に宿泊したのは、「シュロス・レオンシュタイン」という600年前のお城を改装した旅籠でしたが、2年目の夏から筋向いにある、古びた「ラバッツ」というペンションに引っ越しています。

それは最初に訪れた時に、長逗留をしていた芸術愛好家で世話好きのとある男爵夫妻が、食事や船旅など頻繁に誘ったそうです。人付き合いがあまり得意でない彼は作曲に専念したかったので、翌年からはこの寂しいペンションを7部屋も借りて静かに作曲をしたそうです。その甲斐あって、ここでは「ヴァイオリン協奏曲」や「ヴァイオリン・ソナタ第1番」それに「ハンガリー舞曲」という名作の数々を生み出しました。ただ、このペンションは本当に朽ちかけていて、壁に落書きのように「この家にブラームスは滞在しました」と書かれていなかったらただの廃墟にしか見えず、ここで生れた名作の数々を思うと悲しい気持ちになります。

「裏山には城跡があって、そこからの眺めが良いよ」とホテルの人がいうので登ってみることにしました。頂上には東屋が建っていて、ここからの眺めは遠くアルプスが見渡せ、絶景です。東屋には大きな木製の安楽椅子が設置されていて、ここでゴロンと寝転べるようになっています。枕元を見るとボタンが3つ付いていて、上から「ハンガリー舞曲第6番」、「ブラームスの子守唄」、そして「ヴァイオリン協奏曲」から2楽章と書かれています。

上から押してみると元気良く「ハンガリー舞曲」が鳴り出しました。続いて「眠れ~眠れ……」で始まる例の「ブラームスの子守唄」、ヴァイオリン協奏曲のアダージョではその心地良さに本当に眠ってしまいそうでした。

 
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小貫 恒夫

小貫 恒夫 Tsuneo Onuki

1950年大阪生まれ、武蔵野美術大学舞台美術専攻。在学中より舞台美術および舞台監督としてオペラやバレエの公演に多数参加。85年より博報堂ドイツにクリエイティブ・ディレクターとして勤務。各種大規模イベント、展示会のデザインおよび総合プロデュースを手掛ける傍ら、欧州各地で風景画を制作。その他、講演、執筆などの活動も行っている。
www.atelier-onuki.com
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