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独断時評


現政権への支持率激減 AfDが初めて首位に

ドイツを覆った初夏を思わせる陽気とは対照的に、メルツ政権の頭上には分厚い暗雲が立ち込めている。政権発足から約1年でフリードリヒ・メルツ氏に対する国民の信頼感が低下した。この国で最も権威がある二つの世論調査機関が、右翼ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢」(AfD)への支持率がキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)を抜き、初めて首位に立ったことを明らかにした。

ドイツの政党支持率調査(ARDとインフラテスト・ディマップ)※2026年5月7日発表ドイツの政党支持率調査(ARDとインフラテスト・ディマップ)
※2026年5月7日発表

メルツ支持率は16%と歴代最低に

5月7日に公共放送局ARDと世論調査機関インフラテスト・ディマップは「AfDへの支持率が27%と、CDU・CSU(24%)を初めて抜いた」と報じた。また5月11日にアレンスバッハ人口動態研究所が公表した政党支持率調査でも、AfDへの支持率は26%とCDU・CSU(25%)を初めて上回った。ドイツには八つの主要な世論調査機関があり、新聞社や放送局などのために政党支持率調査を発表している。今年4月には、そのうち半分に当たる4社の調査で、すでにAfDがCDU・CSUを追い抜いていた。

AfDのアリス・ヴァイデル共同党首は、これらの結果を受けて「われわれはドイツを建て直すために、政権に就く準備がある。メルツ首相が退陣すれば、CDU・CSUの少数派政権を支援する準備がある」と述べ、ドイツ政界で重要な役割を演じることへの期待を見せている。

AfDへの支持率がCDU・CSUを上回った理由の一つは、メルツ氏に対する国民の不満の高まりだ。インフラテスト・ディマップの調査によると、「政府の仕事ぶりに満足している」と答えた回答者の比率は13%。さらにメルツ首相の仕事ぶりに満足を表明したのも、わずか16%だった。これは歴代の首相の中で最低の数字だ。

景気回復の兆しが見えない

メルツ氏への不満が強まっている理由は、いくつかある。首相は昨年以来、ドイツのGDP(国内総生産)成長率を2%に引き上げ、2022年以来続いている不況を克服するためにさまざまな経済対策を打ち出して来た。例えば緊縮的な財政政策を部分的に改めて、経済活性化のため国債発行による積極財政に転じた。具体的には総額5000億ユーロ(92兆5000億円・1ユーロ=185円換算)の国債を発行して、高速道路、鉄道線路、送電網などのインフラへの公共投資を実施する。

メルツ政権は企業の国際競争力を高めるために、産業用電力料金や電力税などを引き下げたり、自動車業界を支援するために前のショルツ政権が廃止した電気自動車向けの購入補助金を復活させたりした。再生可能エネルギー拡大などのエネルギー転換にかかるコストを抑制し、市民や企業の負担を軽減するための対策も次々に打ち出している。

だがこれらの政策がドイツの景気を回復させ、成長率を引き上げるには時間がかかる。自動車業界を中心として、人件費を節約するための従業員数削減のニュースが後を絶たない。フォルクスワーゲンだけでも、2030年までに国内の従業員数を3万5000人減らす方針だ。

イラン戦争もこの国の経済に影を落としている。ドイツの実質GDP成長率は2023年と2024年にマイナスで、2025年は0.2%だった。メルツ政権は今年1月、「2026年の実質GDP成長率は1. 0%になる」という予測を発表していたが、4月にはイラン戦争の影響でこの数字を0.5%に修正した。もし仮にホルムズ海峡の通行が近い将来に可能になったとしても、今年中にドイツ経済の成長率が大きく回復することは期待できない。

社会保障改革で不満が高まる

さらにメルツ政権にとっての大きな試練となるのが、社会保障改革だ。同政権は現在、公的健康保険と公的年金保険制度の改革を進めている。過去20年で最も抜本的な改革だ。政府はこれらの制度の赤字を大幅に減らすために、国民の自己負担を増やし、保険のカバー範囲を減らす。例えばこれまで公的健康保険では、所得が一定の水準(2026年時点で565ユーロ)を超えない場合、配偶者は無料でカバーされた。メルツ政権は原則として無料カバーを廃止し、配偶者からも保険料を徴収することを決めた。

公的年金については現在学識経験者らから成る委員会が提案を作成中だが、支給開始年齢を現在の67歳から70歳に引き上げるという提案も浮上している。またメルツ政権は労働時間の制限をこれまでの1日当たりから、週単位に変更することを目指している。労働組合はすでにこうした提案に反対しており、市民がメルツ政権への不満をさらに強めることは必至だ。

ザクセン=アンハルト州でAfDの州首相?

今ドイツの政界で特に注目されている選挙が、9月6日に予定されている旧東ドイツのザクセン=アンハルト州の州議会選挙だ。この州ではAfDの州首相が初めて誕生する可能性が強まっている。世論調査機関INSAが今年5月13日に公表した政党支持率調査によると、AfDへの支持率は42%で首位だった。2位のCDUとの間には18ポイントもの差が開いていた。日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)は、「ザクセン=アンハルト州議会選挙でAfDが43%の得票率を確保し、緑の党、自由民主党(FDP)などの得票率が5%に達せず、議席を取れない場合、AfDの議席数が過半数に達し、同党が単独政権を樹立できる」と報じた。

AfDの州首相が誕生した場合、ドイツの対外的イメージには深い傷がつく。だがメルツ首相にとって国民の信頼を回復するのは容易なことではない。

最終更新 Mittwoch, 03 Juni 2026 13:57
 

燃料価格対策で苦悩するメルツ政権

ドイツでもイラン戦争による燃料価格の高騰が市民に不安を与えている。メルツ政権は対策を打ち出したが、効果を疑問視する声が強い。

イラン戦争勃発後、ドイツのガソリンスタンドでは、一時ディーゼル用軽油価格が過去最高値を記録した(筆者撮影)

ディーゼル用軽油価格が40%上昇

北ドイツ放送局(NDR)の統計によると、ディーゼルエンジン用軽油1リットルの価格は、イラン戦争が始まる前日の2月27日には1.75ユーロだったが、4月7日には40%上昇して2.45ユーロとなった。過去最高値だ。ガソリン(スーパー)価格も、同時期に1.83ユーロから2.24ユーロに22.4%増えた。米国とイランが停戦交渉を開始してからは価格が下がり、4月21日の時点では軽油価格が2.13ユーロ、スーパーの価格が2.11ユーロになっている。

ドイツには、車で通勤する人が多い。2025年に連邦統計庁が発表した統計によると、就業者の約60%が毎日自宅と職場の間を車で往復している。それだけにイラン戦争によってガソリンやディーゼル用軽油の価格が高騰したことは、多くの市民にとって頭痛の種だ。

ドイツはガソリン価格が欧州で最も高い国の一つだ。連邦統計局によると、4月13日の時点でドイツのガソリン(ユーロスーパー95)の1リットルの価格は2.14ユーロだった。欧州連合(EU)加盟国27カ国の中で、オランダとデンマークに次いで3番目の高さである。そこでドイツ政府は4月1日に新法を施行させ、給油所の燃料価格の変更を1日に1回、正午だけに限った。だがこの措置は価格の大幅な下落につながらなかった。このため4月13日、メルツ政権は2カ月間にわたりガソリンと軽油にかけられている鉱油税(エネルギー税)を1リットル当たり17セント引き下げると発表した。現在の税率は65.45セント、軽油では47.04セントである。

フリードリヒ・メルツ首相は、ベルリンでの記者会見で「政府はこの措置のために16億ユーロ(2992億円・1ユーロ=187円換算)投じる」と述べた。さらにメルツ政権は、企業経営者が社員に対し、無税で最高1000ユーロ(18万7000円)の「エネルギー費用軽減ボーナス」を支払うことを可能にする。このボーナスからは所得税だけではなく社会保険料も差し引かれない。ボーナスを支払うかどうかは、企業経営者の判断に任される。

「社会的に不公平」の批判

だがこれらの提案に対しては、経済学者や企業経営者たちから強い批判の声が上がった。鉱油税引き下げは2022年のロシアのウクライナ侵攻の際にも、前政権によって実施されたが、石油販売企業が税率の引き下げ分の一部を保有したため、消費者の負担が十分に軽減されなかった。ドイツ経済研究所(DIW)のマルセル・フラッチャー所長は、「過去の経験から、鉱油税率引き下げが、全額市民に行きわたるとは思わない」と批判した。さらに同氏は、1000ユーロのボーナスを社員に払えるのは、一部の大企業だけだと指摘し、「失業者、年金生活者、学生など、政府の援助を最も必要とする人々には、ボーナスは支払われない。社会的に不公平な措置だ」と述べた。

ドイツ消費者センター総連盟のラモーナ・ポープ会長は、「社会全体で見ると、今回の措置の負担軽減効果は薄い。鉱油税引き下げで最も得をするのは、自動車を頻繁に使う富裕層だ。政府は、低所得層に対して支援金を直接支給したり、食品の付加価値税や電力税を引き下げたりするべきだ」と主張する。

ドイツ企業経営者連合会や、中小企業経営者連合会も、「製造業不況が続いている時期に、中小企業に特別ボーナスを支払う余裕はない」と述べ、メルツ政権の提案に懐疑的な見解を表明。政府の経済専門家評議会のメンバーであるヴェロニカ・グリム教授も「鉱油税引き下げは、政府援助を必要としない市民の負担を軽くするものだ。しかも燃料節約につながらない、間違った政策だ。むしろ、高速道路の全区間に最高時速制限を導入するべきだ」と主張した。

ライヒェ大臣の発言が物議

燃料対策をめぐって、メルツ政権内の亀裂も表面化した。社会民主党(SPD)の共同党首ラース・クリングバイル財務大臣は、4月に入ってから、「価格高騰で偶発的収益を得ている燃料販売企業への臨時課税、鉱油税の引き下げおよび燃料価格への上限設定を行うべきだ」と提案した。

これに対しキリスト教民主同盟(CDU)のカテリーナ・ライヒェ経済エネルギー大臣は4月10日、複数の放送局のビデオカメラの前で、クリングバイル財務大臣の提案をこき下ろした。

ライヒェ大臣は「連立政権のパートナー(筆者註:SPDのこと)の提案は、多額の費用がかかり、効果が弱く、憲法に照らして問題がある。例えば私は偶発的収益への臨時課税に反対だ。このような時期に、新しい税金によって石油関連企業の体力を弱めることには意味がない」と発言。大臣の間の意見の対立は通常、表に出されずに、閣内での調整・協議によって解決される。だがライヒェ大臣は、副首相のエネルギー対策を、メディアの前で批判してしまった。

ライヒェ大臣の発言はSPDだけではなく、メルツ首相をも怒らせた。メルツ氏は政府関係者を通じて、メディアに対し「メルツ首相は閣僚が公にほかの閣僚の意見を批判していることに奇異の念を抱いている。メルツ氏はライヒェ大臣に対し、言動を慎むよう伝えた」というコメントを流させた。

現在ドイツの論壇では、「閣僚がほかの閣僚をメディアの前で公に批判する状況は、SPD、緑の党、自由民主党(FDP)の三党連立政権の末期に似ている」という見方が出ている。社会保障改革を断行しなくてはならないメルツ首相にとっては、大連立政権内の閣僚たちの意見のすり合わせをこれまで以上に巧みに行うことが必要となりそうだ。

最終更新 Mittwoch, 29 April 2026 11:28
 

イラン戦争をめぐるドイツの苦悩

ドイツのフリードリヒ・メルツ首相はミュンヘン安全保障会議(MSC)での演説で、欧州の経済力と軍事力を強化し、米国のドナルド・トランプ政権とは一線を画すという態度を打ち出した。

3月3日、米国のホワイトハウスで会談したメルツ首相とトランプ大統領3月3日、米国のホワイトハウスで会談したメルツ首相とトランプ大統領

米国とイスラエルが2月28日にイラン攻撃を開始した。イランはイスラエルだけではなく米軍基地がある湾岸諸国に対しても、ミサイルやドローンで報復攻撃を実施。中東全体を巻き込んだ紛争に発展する可能性もある。世界中で原油や天然ガスなどの価格が高騰し、エネルギー危機の懸念が強まっている。イランでは女学校の生徒たちなど約1500人が空爆のために死亡したほか、イスラエルや湾岸諸国でも約50人が犠牲になった。

ホルムズ海峡封鎖という最悪のシナリオ

ドナルド・トランプ米大統領の発言は頻繁に変わり、苛立ちが感じられる。最高指導者アリ・ハメネイ師や多数の政府幹部の殺害にもかかわらず、イランの政権は崩壊せず、周辺諸国への攻撃を繰り返している。

さらにイランは世界の原油の約20%が通過するホルムズ海峡を、事実上封鎖した。これは多くのエネルギー関係者が最悪のシナリオと考えていた事態である。トランプ氏は3月22日、「イランが48時間以内にホルムズ海峡を完全に航行可能にしない場合には、イランの発電所などを破壊する」と発表したが、翌日には「交渉が進展しているので、攻撃を5日間延期する」と発表した。

メルツ首相は戦争継続中の支援を拒絶

トランプ氏はドイツなど欧州の同盟国に対しても怒りをあらわにしている。その理由は、トランプ大統領が「ホルムズ海峡での船舶の安全な航行を保証するための作戦に、同盟国の支援を望む」と発言した際に、北大西洋条約機構(NATO)加盟国が戦争継続中の支援を拒んだからだ。

ドイツのフリードリヒ・メルツ首相は3月17日にベルリンでの記者会見で、戦争継続中にホルムズ海峡で支援措置を行うことを拒絶した。彼は「われわれは戦闘が続いている間に、ホルムズ海峡での船舶護衛などの任務に参加しない。そのような作戦には、NATO、EU(欧州連合)か国連の委託が必要だが、ドイツはそのような委託を受けていない」と述べた。

さらにメルツ氏は、「米国政府は、ホルムズ海峡での船舶護衛を成功させるための計画もわれわれに知らせていない。米国とイスラエルは開戦前にわれわれに相談して意見を聞かなかった」と不快感を表明し、「イラン戦争はドイツの戦争ではない」と述べた。

首相は、ロシアを利する米国の政策にも強く反発した。トランプ政権は原油価格を抑えるために、3月13日に、対ロシア制裁措置を部分的に緩和し、30日間にわたり、すでに洋上で輸送されているロシアの原油については購入を許した。これもドイツにとっては寝耳に水だった。メルツ氏は「対ロシア制裁の緩和は、誤りだ」と批判した。

メルツ首相のイラン戦争をめぐる態度は、一貫性を欠いている。彼は米国が開戦した直後には、「イランの核兵器開発を食い止めなくてはならない」と述べ、トランプ政権の奇襲攻撃に対して一定の理解を示した。

これまでトランプ氏とメルツ氏は、比較的良好な関係を保っていた。それだけにトランプ氏は、ホルムズ海峡での護衛作戦をめぐって、メルツ氏がきっぱりと援助要請を断ったことにより、「裏切られた」と感じたに違いない。

トランプ氏は「われわれは多額の金を支出して欧州を守っている。それなのに、われわれが助けを必要とする時に、NATOは助けてくれない」と怒りを爆発させた。彼は「欧州の国々がわれわれの要請に応えないとしたら、NATOの将来にとっては悪い結果を生むだろう。愚かな決定だ」と述べ欧州諸国を強く非難した。

欧州諸国にとっては、トランプ氏が米国をNATOから脱退させたり、欧州に駐留させている米軍兵力を大幅に減らしたり、ウクライナに対する援助を停止したりすることは、最悪のシナリオだ。トランプ氏は1期目に欧州の防衛支出が不十分だとして、NATOからの脱退を考慮したことがある。このためメルツ首相も3月18日には、「戦争が終わった後に、ホルムズ海峡での安全な航行を保証するための作戦に貢献することを検討する準備がある」と発言し、米国に歩み寄る姿勢を示した。

化学業界で募る不安

ドイツにとって最大の懸念は、戦争とホルムズ海峡の封鎖が長期化して、原油や天然ガス、化学製品の原料価格が高騰することだ。ドイツ化学工業会(VCI)のヴォルフガング・グローセ・エントルップ専務理事は3月13日に、「イラン戦争で不確定要素が増えたために、2026年の業績を予想できない。会員企業の間で、一部の原料の入手が困難になり始めた」と語った。エントルップ氏は、「国際的なサプライチェーンが停滞し始めた」と言う。

ドイツの化学業界の業績は、ロシアがウクライナに侵攻した2022年以来低迷している。VCIによると、2025年第4四半期の化学業界の売上額は前年同期比で2.8%減少し、生産額も2.9%減った。イラン戦争が長期化した場合、さらに悪化する可能性もある。

国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル事務局長は、3月23日、「イラン戦争は人類が経験する最悪のエネルギー危機になる可能性がある。多くの政治家が、そのことを理解していない」と指摘した。さらに「イラン戦争によって、供給が減っている原油や天然ガスは、1973年と1979年の石油危機、2022年のガス危機での減少量をすでに上回っている」と警告。同氏は自動車の最高速度の制限、航空機の使用の縮小、在宅勤務の増加など、石油消費を減らす努力が必要だと主張した。今後の展開によっては、メルツ政権が2026年のGDP(国内総生産)成長率予測(1%)の下方修正を迫られる可能性もある。

最終更新 Mittwoch, 01 April 2026 13:18
 

ミュンヘン安保会議で ドイツが見せた「覚悟」

ドイツのフリードリヒ・メルツ首相はミュンヘン安全保障会議(MSC)での演説で、欧州の経済力と軍事力を強化し、米国のドナルド・トランプ政権とは一線を画すという態度を打ち出した。

2月13日、基調講演で話すメルツ首相2月13日、基調講演で話すメルツ首相

「ルールに基づく国際秩序は崩壊した」

今年のMSCは2月13日から3日間にわたり、ミュンヘン中心部のホテルで開催された。1963年に「防衛学会議」として始まったこの会議は、毎年2月に開かれる。115カ国から約60人の首脳、国防大臣、外務大臣、軍関係者を含む約1000人が参加した。民間団体が主催する安全保障会議としては、世界で最も注目される会合だ。日本からは小泉進次郎防衛大臣と茂木敏充外務大臣が出席した。大ホールでの講演だけではなく、会議室や小部屋、廊下で、国際政治のキーパーソンたちと、プライベートな環境で交流したり、意見を交換したりできることが大きな特長だ。

メルツ首相は初日に基調講演を行った。まず彼は、今日の世界を悲観的な言葉で形容した。同氏は、「世界の秩序が破壊されつつある。いや、法とルールに基づく国際秩序は、もはや存在しないと言うべきだろう。力が物を言う時代、大国がパワーポリティクス(覇権主義的な外交政策)を堂々と実行する時代がやって来た」と述べた。

彼が演説の中で念頭に置いていたのは、2022年にウクライナに侵攻し、現在もミサイルや自爆ドローンで団地や発電所を破壊し続けるロシアのウラジーミル・プーチン政権だ。メルツ氏が言う「大国」にはトランプ政権が率いる米国、そして中国も含まれている。

メルツ首相は演説の中で、「パワーポリティクスの時代は、中小国にとって危険な時代だ」と予想する。大国は、影響圏の拡大を目指し、テクノロジーや資源を使って、中小国に圧力をかけようとする。米国は昨年発表した安全保障戦略の中で北米・中南米を「西半球」と位置づけ、米国の影響圏と定義している。トランプ政権はベネズエラだけではなく、キューバやメキシコに対しても圧力をかけている。中国はレアアースなど世界で大きなシェアを占める資源や物資の輸出規制によって、他国にプレッシャーを与えている。

メルツ氏がMAGA思想を拒否

米国の核の傘によって守られ、自由貿易の恩恵を享受してきたドイツ、そして欧州諸国にとって、「力の時代」の到来は悪いニュースである。メルツ氏は「地政学的リスクと緊張が高まっている時代に、欧州の安全は脅かされている。今日、欧州は眠りから覚めた。欧州はこれまで国際政治から遠ざかっていたが、そうした時代は終わった。これまで欧州は、自由を当たり前のものとして享受してきた。だが今日の世界では、自由が脅かされている。自由を守るには、強固な意志の力が必要だ。われわれ全員が変化と犠牲を求められている。われわれはそのための努力を今始めなくてはならない」と述べた。

興味深いことに、メルツ首相は演説で米欧関係の間にひびが入っていると断言するとともに、トランプ政権の右派ポピュリズム思想「MAGA」(Make America Great Again)路線に対して「ノー」の姿勢を示した。同氏は「米国と欧州の間には、深い亀裂が生じた。そのことは米国のJ・D・バンス副大統領が、昨年のMSCでの演説で指摘した」と述べた。

バンス氏は、2025年2月にMSCで「欧州にとっての脅威は中国やロシアではなく、欧州諸国の政府だ。欧州諸国の政府は多数の難民を受け入れ、SNSを検閲して、言論の自由を弾圧している。このままでは欧州文明は衰退する」と批判した。彼は、欧州を救えるのは「ドイツのための選択肢」(AfD)のような、体制変革を目指す政党だと指摘した。この演説は、トランプ政権の欧州懐疑論を象徴するものとして、欧州人たちに強い衝撃を与えた。

メルツ氏は、「私はMAGA運動の文化闘争に反対する。人間の尊厳や基本法に反する言葉については、言論の自由は適用されない。われわれは関税や保護主義に反対し、自由貿易を促進する。われわれは気候保護政策や世界保健機関を守る。われわれは、グローバルな試練は各国が協力しなければ解決できないと考えているからだ」と述べ、トランプ政権の姿勢に正面から反対した。

欧州独自の核抑止力保有を目指す

メルツ氏は、北大西洋条約機構(NATO)の中で欧州の柱を強化するという方針も打ち出した。ドイツなど欧州諸国は、すでに国内総生産(GDP)に防衛支出が占める比率を5%に引き上げることを約束している。ドイツは防衛支出のうちGDPの1%を超える部分を、国債でまかなうことを可能にすべく、昨年基本法(憲法)を改正した。

首相の演説の中で、聴衆が最も注目した発言は、メルツ氏が欧州独自の核抑止力について述べた部分だ。彼は「私は、マクロン大統領と、欧州の核抑止力についての協議を始めた」と述べ、独仏間で欧州諸国が独自に決定権を持つ核抑止力の枠組みをどうするかについて、話し合いが始まっていることを明らかにした。メルツ首相が公式の席で、核抑止力について独仏政府が協議していることを明らかにしたのは初めてである。ただしメルツ氏はこの演説の中で「もちろんドイツは核抑止力に関する法的な義務を守る。われわれは欧州の核抑止力を、NATOの枠組みの中で強化するつもりだ」と注釈を加えた。

欧州は、安全保障について対米依存度を減らす方向に向けて歩み始めた。この目標を達成するには長い歳月と多額の費用がかかるが、欧州諸国にとってほかの選択肢はない。多大な困難を伴っても、彼らが「自立性と主権性」を強化するための努力をやめることはないだろう。

最終更新 Mittwoch, 04 März 2026 12:10
 

グリーンランド論争とルールなき国際社会

2026年1月には、規則に基づく国際秩序の崩壊を示す出来事が次々に起きた。米国政府はベネズエラを攻撃し、大統領夫妻を拘束してニューヨークの刑務所に移送した。

次にトランプ大統領は、「安全保障上の理由」からグリーンランドの併合を主張。彼は中国などからグリーンランドを守るとともに、ミサイル迎撃システムを設置するためと説明した。グリーンランドは、米国が必要とするレアアース(希土)など鉱産資源の宝庫でもある。トランプ氏はデンマーク政府・グリーンランド自治政府が合意しない場合には、軍事力を使うことも辞さないと述べた。

1月17日、グリーンランドの首都ヌークではトランプ大統領の政策に抗議して、 住民の3人に1人がデモに参加した1月17日、グリーンランドの首都ヌークではトランプ大統領の政策に抗議して、 住民の3人に1人がデモに参加した

「ドイツなどに制裁関税」と発表

米国もデンマークも北大西洋条約機構(NATO)のメンバーである。デンマークとグリーンランドは、「われわれは欧州に属する」として米国による併合に反対した。

ドイツ、フランス、英国など8カ国がデンマークとグリーンランドに連帯を表明し、一握りの先遣部隊をグリーンランドに送った。トランプ氏は激怒し、「これらの8カ国に対し、2月から10%、6月から25%の制裁関税を課す」と発表した。

これに対し欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、「欧州と米国の間の関係は危機に陥った。欧州は分かれ道に立っており、今後の針路を定義し直さなくてはならない。欧州は米国との対話を望むが、対抗措置も持っている」と述べた。

フランスのマクロン大統領は、「世界は、国際法が足で踏みつけられ、力だけが通用する、無秩序な世界に変わろうとしている」と述べ、トランプ氏の政策を批判した。

トランプ氏と比較的良好な関係を持っているドイツのフリードリヒ・メルツ首相(キリスト教民主同盟)は、米国を刺激することを避けるために直ちに反論しなかった。これに対し、ラース・クリングバイル財務大臣(社会民主党)は、「われわれはトランプ氏には従わない。われわれを関税や、恫どうかつ喝によって脅すことはできない」と反発した。

欧州連合(EU)は昨年7月にフォンデアライエン委員長とトランプ氏の首脳会談で、「EU加盟国の企業が米国に輸出する大半の財の関税率は15%、米国からEUへの輸出品は無関税」という合意に達していた。欧州議会は昨年7月の関税合意について審議していたが、トランプ氏のグリーンランド関税の恫喝により、審議を一時停止した。

欧州諸国は、米国との話し合いが決裂した時に備えて、対抗措置も準備した。例えばEUに対して外国から脅迫的な措置が取られた際に使われる「強制措置対抗ツール」(ACI)を使うべきだという意見も出た。ACIが発動されると、米国企業はEUの公共入札から締め出されるほか、EU域内への投資や特許申請などを制限される。さらにEU加盟国は、米国からの輸入品のうち930億ユーロ(16兆7400億円・1ユーロ=180円換算)相当に報復関税をかける可能性についても検討した。グーグルなど米国の巨大IT企業に対するデジタル税も視野に入れた。

スイスのダボス会議に出席したトランプ氏は、NATOのルッテ事務総長と会談。ルッテ氏は欧州で「トランプ対応」に最も長けた政治家だ。トランプ氏は、1月21日、グリーンランドに関する武力行使の可能性や欧州諸国に対する報復関税を撤回し、ルッテ氏との間で問題解決の枠組みについて合意したと発表した。ただしデンマーク政府とグリーンランド自治政府は交渉に参加していなかったため、最終的な解決とはいえない。新しい提案は、米国がグリーンランドにすでに設置している基地の拡大などを認めることによって、併合という形を避けようとするものとみられる。

NATOの結束に深い亀裂

エスカレーションは避けられたものの、今回の論争がNATOの結束に大きなヒビを入れたことは間違いない。ドイツの論壇では、米国を欧州の国の領土の一部を奪おうとする「敵」と見なす論調が目立った。NATOは外敵から欧州を防衛することができる。しかし内部にいる敵から自らを守ることはできない。デンマークのフレデリクセン首相は、「米国が武力を使ってグリーンランドを占領したら、その時NATOは終わる」と警告していた。

今回の論争は、トランプ氏が米欧間の結束よりも、自国領土を増やすことを重視していることを浮き彫りにした。米国ファーストである。米国の安全保障戦略は、中国を最大の脅威と見なしており、欧州のロシアからの防衛は重視していない。むしろトランプ政権はEUや現在の欧州諸国の政府が「欧州文明を衰退させている」として、「ドイツのための選択肢」(AfD)のように現在の体制に挑戦する勢力を支援するべきだとしている。

ウクライナ停戦をめぐる交渉では、米国はしばしばロシア寄りの態度を見せる。デンマークの主権を無視してグリーンランドの領有を主張するのは、ロシアがクリミア半島を併合した独断的な姿勢と重なる。つまり理念や価値ではなく、自国の利益だけを考えるトランプ政権の路線には、プーチン政権と似た点がある。米国がこのような姿勢を続ける場合、有事にNATOが守ってくれるという「保険」は揺らぐ。

今後ドイツなど欧州諸国では、米国抜きでも自分たちを守ることができる体制の構築を急ぐ。社会保障、環境保護の予算に比べて、防衛予算の増加率が高まる。対ロシア抑止力を高めるために、米国に頼らずに、欧州独自の核戦力を持つべきだという議論も始まっている。

第二次世界大戦後81年間続いた米欧同盟は、今後ますます疎遠の度合いを深めるだろう。

最終更新 Donnerstag, 05 Februar 2026 12:10
 

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