独断時評


BMW・ダイムラーが自動運転技術で提携へ

運転しなくても、車が自動的に目的地まで連れて行ってくれる――。人工知能やセンサー、画像解析技術の急速な発達が、自動車に革命的な変化をもたらそうとしている。自動運転技術は、人間のミスによる事故をなくすとともに、身体の不自由な人やお年寄りの行動範囲を大きく広げ、モビリティーに革命をもたらすテクノロジーだ。

試運転をしている、米・ウェイモ社による自動運転車試運転をしている、米・ウェイモ社による自動運転車

「戦略的な提携」

こうしたなか、ドイツの大手自動車メーカーBMWとダイムラーは、今年2月28日に自動運転技術に関して提携することを発表した。両社は高級車部門のライバルである。「なぜ、この2社が提携しなくてはならないのか?」と、不思議に思った人も多いだろう。この背景には、21世紀の自動車業界に迫りつつある大変化を前にした、メーカーの苦悩がある。

ダイムラーとBMWはこの提携を「長期的かつ戦略的な協力関係」と呼ぶ。両社はまず運転支援システム、高速道路での走行、自動駐車機能の共同開発に着手し、2020年代前半には自動運転機能を実用化する。

BMWで開発部門を担当するクラウス・フレーリッヒ取締役は、共同声明で「われわれは、2つのテクノロジー企業のノウハウを結集させる。柔軟で、ほかの製品にも利用でき、他社を締め出さないプラットフォームの下で自動運転技術の実用化を加速する」と述べた。フレーリッヒ氏が「排他的ではないプラットフォーム」という言葉を使っていること、さらに共同声明が「ダイムラーとBMWはほかのテクノロジー企業との提携の可能性も探る」と述べていることから、この提携がダイムラーとBMWの2社だけではなく、他社の参加をも想定していることは明らかだ。

規模の経済による効率性の追求

一方ダイムラーの開発部門担当取締役で、今年5月にCEOに就任したオラ・ケレニウス氏は「各メーカーが別々の技術を開発するより、信頼性の高い総合システムを開発する方が、顧客にとっての利益は大きくなる」と述べた。つまり、ケレニウス氏は複数のメーカーに共通のシステム、もしくは自動車業界全体が同じシステムを使うほうが、効率が良いと考えているのだ。

ダイムラーとBMWの提携の最大の動機は、効率性だ。ドイツの日刊紙フランクフルター・アルゲマイネで自動車業界の取材を担当しているヘンニヒ・パイツマイヤー記者は、両社の提携の背景として、各メーカーの間で「自動運転車などの新技術の開発にかかる莫大な費用が、深刻な問題になりかねない」という認識が広がっていることを挙げる。

ドイツ自動車連合会(VDA)は、「今後3年間だけでも、ドイツの自動車業界が自動運転車とコネクテッド・カーの研究開発に注ぎ込まなくてはならない費用は、180億ユーロ(2兆3400億円・1ユーロ=130円換算)に上る」と見ている。巨額の研究開発費用を単独ではなく、他社と共同で負担すれば効率性を飛躍的に高められることは言うまでもない。

米国に水をあけられたドイツ企業

だが、自動車業界の事情に詳しい学者の間には、「提携の真の理由は、ドイツのメーカーが米国のIT企業に対して遅れを取っているから」という声もある。デュースブルク=エッセン大学のフェルディナンド・ドゥーデンへーファー教授は、ある新聞とのインタビューで「グーグルの自動運転技術はドイツのメーカーに比べて何光年も先を進んでいる。米国の監督官庁が公表している、人間が関与しない自動運転車の走行距離に関する統計を見れば明らかだ」と警告。

同教授は、「ハンドルやブレーキペダルがない自動運転車の技術をマスターしているのは、世界でグーグルだけ」と断言。ドイツのメーカーが単独でグーグルに追いつくことはもはや不可能なので、各社共同で自動運転技術を開発するべきと主張している。同氏は「自動運転車の開発はメーカーの存続を左右する問題」と指摘し、VWにも提携に踏み切るよう促している。

確かに米国のIT企業はドイツのメーカーよりも一歩先を進んでいるように見える。グーグルの親会社アルファベット傘下のウェイモ社は、2017年7月にアリゾナ州の公道で、自動運転車の実験を開始した。事前登録した市民モニターは、自動運転車を注文して乗ることが可能。ウェイモはモニターからその意見や感想を集めて、着々と製品を改善しつつある。同社は、昨年12月に市民が料金を払ってタクシーとして使える自動運転車「ウェイモ・ワン」の運行も始めた。

ウェイモ・ワンを頻繁に使うある市民は、米国のメディアに対して「たくさんの人が歩いている駐車場などを除けば、走行はスムーズで快適だった。料金も普通のタクシーに比べて高くない」と語っている。ウェイモは、ウェブサイト上で「自動運転車を公道で1000万マイル(約1600万km)、シミュレーションで70億マイル(約113億km)走らせた」と説明する。

ドイツで、これほどオープンな形で市民を参加させて自動運転車の実験を行っているという話は聞いたことがない。ドイツ企業の実証試験があまりメディアで報じられないのは、米国とドイツの自動運転に関する法律の違いや、秘密保持という目的のためかもしれないが、ウェィモのオープンな姿勢には、先行企業の余裕が感じられる。

BMWとダイムラーの提携は、両社の力を結集させることによって、米国のIT企業との差を縮めようという努力の表れなのかもしれない。

最終更新 Donnerstag, 20 Juni 2019 10:54
 

欧州議会選で緑の党が大躍進、保守・社民勢力の低落続く

5月26日にドイツで行われた欧州議会選挙では、大波乱が起きた。地球温暖化や気候変動についての市民の関心の高まりを背景に、緑の党の得票率が前回に比べ約2倍に増加。同党は第2党の座についたのだ。

5月26日、ベルリンにて撮影された緑の党の議員たち
5月26日、ベルリンにて撮影された緑の党の議員たち

緑の党の票が450万票増加

緑の党の得票率は前回(2014年)10.7%だったが、今回は20.5%に跳ね上がった。同党に票を投じた市民の数は、5年前の約314万人から約768万人に急増した。緑の党が全国規模の選挙で第2党となったのは、結党以来、初めてのことである。

これに対し大連立政権を構成しているいわゆる国民政党の得票率低下には歯止めがかからなかった。キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の得票率は、前回の30%から22.6%にダウン。これはCDU・CSUが全国規模の選挙で記録した過去最低の得票率である。また社会民主党(SPD)の得票率は、27.3%から15.8%に11.5ポイントも下がった。

世論調査機関インフラテスト・ディマップは、「前回の選挙でCDU・CSUとSPDを選んだ有権者のうち、約236万人が緑の党に鞍替えした」と推定している。州や市町村レベルで見てもこれらの党は大きく票数を減らした。与党は総崩れ状態と言っても過言ではない。

地球温暖化対策の重視が勝因

緑の党を選ぶ有権者が約450万人も増えた最大の理由は、地球温暖化・気候変動についての市民の危機感の高まりだ。ここ数年、ドイツでも気候変動の影響が目に見えるようになってきた。昨年の年間平均気温は過去最高に達し、干ばつで農作物に大きな被害が出た。さらに暴風低気圧のために樹木が倒されたり、降雨量の減少によりライン川の水位が大幅に下がって大型の船舶が一時航行できなくなる影響が出た。

スウェーデンの16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリさんが地球温暖化に抗議するために独りで始めたストライキ「未来のための金曜日」は今年1月からドイツにも広がり、選挙直前の5月24日にも約32万人の生徒が授業をボイコットしてデモに参加した。彼らは「伝統的な政府は、地球温暖化に歯止めをかけるための努力を真剣に行っていない。今日でもすでに気候に異常が見られるのならば、30年後、40年後の地球はどうなるのか」として、経済の非炭素化を加速するよう求めている。トゥーンベリさんは講演のなかで「将来、私に孫ができたときに『なぜあなたは、地球がこのような状態になる前に行動しなかったの』と問い詰められるは嫌だ」と語っている。

「2038年の脱石炭は遅すぎる」

今年メルケル政権は褐炭・石炭火力発電所の使用を2038年までに停止することを決定。しかし若者たちは、「2038年では遅すぎる」として緑の党と同様に2030年の脱石炭を要求している。彼らは「欧州議会選挙を気候保護のための選挙にする」と宣言していた。

緑の党は、地球温暖化対策の加速と強化を他党よりも強く前面に押し出して、選挙戦を展開。CDU・CSUとSPDの幹部たちは、「緑の党ほど気候保護問題を重視しなかったことが敗因だった」と認めている。

右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、二酸化炭素が地球温暖化や気候変動につながっていることすら否定し、「市民がディーゼルエンジンの車に乗る自由を守ろう」というスローガンを使用した。その結果、得票率の伸びは3.9ポイントに留まり2017年の連邦議会選挙のような大躍進を果たせなかった。

レゾのネットビデオが後押し

投票日の1週間前に、伝統政党の票数をさらに減らし、緑の党の票数を伸ばす出来事が起きた。ドイツの若者の間で人気のユーチューバー・レゾは、「CDUの破壊」というビデオをネット上に公開。地球温暖化問題は55分間のビデオの約半分を占めている。レゾはスタッフに行わせた取材に基づき「伝統政党は科学者の警告を軽視し、気候変動に歯止めをかけるための対策を真剣に行っていない。CDU・CSU、SPD、AfDを選んではいけない」と市民に呼びかけた。わずか1週間で約1000万人がこのビデオを見た。CDUは本稿を執筆している5月29日の時点でも、レゾの批判に反論していない。ドイツでは批判に反論しないことは、負けを認めたと同じことである(CDUは反論ビデオを制作したが、レゾのビデオに比べると説得力に欠けたため、公開を見合わせた)。このエピソードは、選挙戦でネットメディアが新聞やテレビを大幅に上回る影響力を持っていることを示した。つまりCDU・CSU、SPDの多くの政治家たちは今なおデジタル時代の選挙の戦い方を習得していないのだ。

政治への関心の高まり

今回のドイツの欧州議会選挙で驚異的だったのは、投票率が前回(2014年)に比べて約13ポイントも増加して61.4%に達したことだ。このことは若者たちを中心として、気候変動や右派ポピュリスト政党の伸長に危惧を抱く人々が、投票所へ足を運んだことを示している。日本に比べるとドイツの若者の間では、政治への関心が高まっている。

欧州全体でも投票率が約8ポイント増え、危惧されていた右派ポピュリスト会派の大躍進は阻止された。英仏伊で右派ポピュリスト政党が首位に立つなど楽観は禁物だが、ドイツで起きた大変化は欧州の未来にかすかな希望を与える材料となるかもしれない。

最終更新 Mittwoch, 05 Juni 2019 15:52
 

温暖化に歯止めはかかるか? CO2税をめぐる激論

日本とは異なり、ドイツでは地球温暖化と気候変動が最大の政治的課題の1つとなりつつある。そのなかで焦点となっているのが、二酸化炭素(CO2)の排出について税金をかけるべきかどうかという議論である。

CO2税が課されるようになれば、国民への負担緩和が不可欠だ
CO2税が課されるようになれば、国民への負担緩和が不可欠だ

CDU党首はCO2税に反対

連邦環境省のシュルツェ大臣や社会民主党(SPD)は、ガソリンなど化石燃料の消費に対し、CO2税をかけることを提案している。高い税金をかけることで、化石燃料を消費する市民や企業の数を減らすのが狙いだ。その価格は、CO2の排出量1トンあたりにつき20ユーロ前後になると見られている。だがCO2税は、車を毎日使って職場に通勤している市民や、19世紀に建てられた密閉性の悪い建物に住んでいるために冬に暖房をフル稼働させなくてはならない市民にとっては、支出を増やすことにつながる。

このためキリスト教民主同盟(CDU)のクランプ=カレンバウアー党首は5月4日に「CO2税は、所得が低い市民にとって大きな負担になる」として反対する姿勢を打ち出した。米中貿易摩擦の影響で、景気の先行きについて不安が増す今日、新たな税金の導入は消費者心理にとってマイナスになる可能性もある。これに対してCDUのアルミン・ラシェット副党首は「われわれはCO2削減のための努力を強めなくてはならない。あらゆる選択肢について検討すべきだ」と述べ、CO2税を除外すべきではないという態度を示した。

CO2排出権取引の拡大も選択肢の1つ

クランプ=カレンバウアー党首は、EUが行っているCO2排出権取引(ETS)を拡大するべきだという考えを持っている。現在エネルギー業界と産業界は、CO2排出のために排出権を購入しなくてはならない。クランプ=カレンバウアー氏は、これを交通や暖房などほかの領域にも拡大するべきだと考えているのだ。

ETSは2005年に導入されたが、CO2排出量の削減に大きく貢献しなかった。その理由は、市場で排出権の量がだぶつき、供給過剰の状態が続いたからだ。1トンあたりの排出権価格は、長年にわたり5ユーロ前後の水準で低迷していた。だがEUと欧州議会が2017年11月に市場の排出権の量を減らす方針を明らかにして以降、1トンあたりの排出権価格は約20ユーロに上昇。ETSを拡大すると自動車の運転や旅客機の利用、貨物船による物資の輸送などについてもCO2排出権の購入が必要になる。CO2税、排出権のどちらの道を選ぶにせよ、化石燃料消費のためのコストが今後上昇することだけは間違いない。

現在ドイツ政府は、ポツダム気候影響研究所のエーデンホーファー所長とRWI研究所のシュミット所長に対して、CO2価格の設定やその経済への影響について鑑定書の作成を依頼している。エーデンホーファー所長はパリ協定の目標を達成するには、1トンあたりのCO2価格を60~80ユーロに引き上げる必要があると主張。彼は「褐炭火力発電所や石炭火力発電所を停止するだけでは、CO2排出量を大幅に減らすことはできない。その理由は、卸売市場での電力価格が上昇して、褐炭・石炭火力の収益性が向上するので、ほかの会社が化石燃料をより多く消費するからだ」と説明する。褐炭・火力発電所の使用をやめた電力会社はCO2排出権を市場で売るので、排出権の価格も下がる恐れがある。エーデンホーファー氏は、市場だけに任せていたらCO2の本格削減はできないので、国家が価格を極端に引き上げる必要があると考えているのだ。

税収の大半を市民に還元へ

エーデンホーファー氏は、CO2税を導入する場合には、税収の大半を市民に還元することで経済的負担を緩和すべきだと主張。還元方法は、電力税の大幅な引き上げやクーポン券の配布などさまざまな形式が検討されている。例えば1トンあたりのCO2排出に60ユーロの税金をかける場合、国民1人につき毎年162ユーロを還元する。スイス政府はすでにCO2排出量1トンにつき80ユーロの税金を徴収しているが、健康保険などを通じ税収を国民に還元している。

環境保護のための価格引き上げは政府にとって両刃の剣であり、慎重な判断が必要だ。例えばフランスでマクロン政権が昨年11月に、「2019年1月からガソリンや軽油の価格を引き上げる」という方針を発表したところ、 市民たちが全国で抗議行動を行った。パリでは一部の参加者が暴徒化したため、マクロン大統領は価格の引き上げを撤回せざるを得なかった。この抗議デモは今なお散発的に行われており、政府の権威を著しく低下させた。

CO2価格についての国民的合意が重要

ドイツの公共放送局ARDが今年5月2日に発表した世論調査結果によると、回答者の81%が「地球温暖化に歯止めをかけるための努力を強めなくてはならない」と考える一方で、「CO2税の導入には反対だ」と答えた人の比率は62%に上っている。市民は気候変動の悪影響について懸念を強めてはいるものの、地球環境保護のために可処分所得が減ることを恐れているのだ。政府が一方的に市民の負担を増やした場合、政府に対する不満が高まって、右派ポピュリスト政党の下へ走る有権者が増える危険もある。このためドイツがCO2価格を設定する際にも、同時に負担の緩和措置を打ち出すことが不可欠である。石油燃料を使うことのコスト引き上げの是非についてじっくりと議論を行い、国民的合意を生む出すことが必要だろう。

最終更新 Mittwoch, 15 Mai 2019 16:30
 

住宅没収は許されるか? ドイツで激しい議論

ドイツでは大都市を中心に住宅不足が深刻化し、家賃が高騰。ベルリンでは、2030年までに約20万軒不足すると推定されている。こうしたなか、同市の民間団体が大手不動産会社を国有化して物件を没収し、市民が割安の賃貸住宅に住めるようにするための住民投票を準備している。政界や経済界からは、「社会主義時代を思わせる」とし反対の声が上がっている。

住宅没収を求める住民投票を請願

市民団体「ドイツ住宅会社(Deutsche Wohnen)を国有化せよ」(DWE)は、ベルリン市当局に対し、同社をはじめとして3000軒を超えるアパートを持つ不動産会社から住宅物件を没収し、割安の家賃で市民に賃貸させるべく、住民投票の実施を求めている。この団体は国有化によって20万人分の住宅が民間経済から没収され、市民が住めるようになるとしている。

ベルリンに本社を持つドイツ住宅会社は、約16万軒の住宅物件、約2600軒の商業物件を所有しており、ベルリンの不動産業界で最大の企業だ。同団体は4月6日にベルリンで住民投票を行うための請願運動を開始。署名者の数は初日だけで1万5000人に達した。住民投票を実施させるには、最初の段階で2万人、次の申請段階で17万人の署名が必要だ。この日、ベルリンの目抜き通りでは約4万人の市民がデモに参加し「不動産会社は家賃を釣り上げている」と抗議した。

4月6日にベルリンで行われたデモの様子
4月6日にベルリンで行われたデモの様子

DWEの主宰者の1人であるラルフ・ホフロッゲ氏は、「ベルリン市の憲法は、『すべての市民には適切な住宅に住む権利がある』と規定している。住む権利は、人間の基本的人権の1つだ」と主張。その上で彼は「だがドイツ住宅会社は収益を拡大して株主への配当を引き上げるために、家賃を釣り上げる経営方針を取っている。このため、企業の社会的精神に訴えるだけではもはや十分ではない。そこで、ベルリン市当局がこの企業の住宅物件を差し押さえて、割安な家賃で市民が借りられるようにするべきだ」と主張している。

憲法の中に没収を認める規定

ホフロッゲ氏の主張の法的根拠は、ドイツ基本法(憲法)第15条だ。この条文は「土地や天然資源、生産施設の所有権は、社会で共同使用するために、共同体に移管することができる。ただし、共同体への移管については、損害賠償の方法と規模を規定する法律に基づいて行うこと」と定めている。

さらに基本法の第14条は所有権を保障する一方で、「所有権は公共の利益に貢献しなくてはならない。所有権の没収は、公共の利益にかなう場合に限られる」と規定しており、公共的な目的に合致する場合は、例外的に財産の国有化が認められることを示唆している。

財産の国有化を可能にする基本法のこの規定は、1949年の制定時から含まれているが、これまで旧西ドイツではこの憲法規定に基づいて私有財産が国有化されたことは一度もない。その意味でこの市民団体が求めている不動産の国有化と強制収用は、ドイツの歴史のなかでも新しい試みである。ホフロッゲ氏らは、「1990年の東西ドイツ統一以降、社会主義国だった旧東ドイツで多くの不動産や企業が私有化、民営化された。さらに旧西ドイツでも多くの公営企業が民間企業に生まれ変わった。この結果、公共の利益が制限されている」と訴えているのだ。

「国有化しても住宅は増えない」

これに対してドイツ住宅会社のミヒャエル・ツァーンCEO(最高経営責任者)は、今年4月4日付のターゲスシュピーゲル紙に寄稿し、「ベルリンの住宅難の原因は、市当局の住宅政策の不備だ」と主張した。同氏は「住宅難を解決するには、新しい住宅を建設するための企業の投資を促進する枠組みをつくったり、建設許可申請の審査期間を短縮したりすることが必要になる。そのためには、不動産会社と市民、地方自治体が対立するのではなく協力し合うことが必要だ。不動産会社を侮辱したり、住宅物件を没収したりしても、市民が借りられる住宅は増えない」と述べて、国有化に反対する姿勢を打ち出した。

政界でも激しい議論が行われている。緑の党のロベルト・ハベック党首は、「高速道路を建設するときだけ土地を強制収用するのに、深刻化する住宅難を解決するために不動産の強制収用を行わないのは、おかしい」と発言して、住民投票を求める市民団体に対して理解を示した。これに対しアンゲラ・メルケル首相は「住宅の数を増やすことが重要だ」と述べて、不動産の没収には否定的な姿勢を打ち出した。また、キリスト教社会同盟(CSU)のマルクス・ゼーダ―党首は「不動産の没収は社会主義的な政策で、今日の市民社会とは相容れない」と批判。社会民主党(SPD)のアンドレア・ナーレス党首も「市民の怒りは理解できるが、不動産を没収しても住宅は増えない。むしろ、家賃の上限を法律で設定するほうが効果的だ」として、緑の党とは距離を置いた。

独メディアでは、「住民投票でドイツ住宅会社から住宅物件を没収するべきだと主張する市民が過半数を占めても、企業側は行政訴訟や憲法訴訟を起こすだろう。裁判の結果が確定するまでには何年もかかるので、住宅難は直ちに解消されない」という意見が有力だ。憲法が保障する所有権と、住宅難の緩和という公共の利益のどちらを優先するべきか。仮に連邦憲法裁判所が没収を認めた場合、経済界にとっては衝撃的な事態だ。民間企業・市民、そして法学者にとって、ベルリンの住宅論争の行方は極めて重要である。

最終更新 Mittwoch, 01 Mai 2019 16:50
 

ドイツ経済はAIの普及を加速できるか?

ハノーファーでは、毎年春に世界最大の工業見本市「ハノーファー・メッセ」が開かれる。今年は4月1日から5日間にわたり、世界各国からエンジニアやビジネスマン、報道関係者ら約21万5000人が訪れた。

4月1日ハノーファー・メッセに出展されたロボット
4月1日ハノーファー・メッセに出展されたロボット

インダストリー4.0とAIが焦点

ハノーファー・メッセは、ドイツのデジタル化構想の中で重要な役割を果たしている。製造業のデジタル化計画「インダストリー4.0」が連邦教育科学省とドイツ工学アカデミーなどによって発表されたのも、2011年のハノーファー・メッセの直前だった。その後も、インダストリー4.0に関する重要な発表が、この見本市の会場で行われてきた。今年の展示の中心もインダストリー4.0だった。シーメンスやボッシュなど多くの企業が、機械と部品がネットで接続されたスマート工場のためのソフトウエアについて解説したり、デモンストレーションを行ったりした。

今回の見本市で加わった新しい力点は、人工知能(AI)だった。AIはインダストリー4.0を成功させる鍵の1つである。デジタル化とは、工作機械や部品をネットで接続させてコミュニケーションを可能にし、生産性を引き上げることだけではない。より重要なのは、世界中に売られた製品から毎日送られてくる膨大な情報(ビッグデータ)を分析して、製品の使用状態などをリアルタイムで把握し、メーカーが顧客に新しいサービスや製品を能動的に提供することだ。

たとえば一部のメーカーは、販売したエレベーターがリアルタイムで送って来る電力使用状況の変化などを分析して、故障が起こる時期を推定し、保守サービスを行う。そうすれば、エレベーターが故障して使えなくなる時間を最小限に留めることができる。この予測保全にも、AIは不可欠だ。

スマート・サービスに不可欠なAI

ビッグデータの分析によって新しいビジネスを生み出すことを「スマート・サービス」と呼ぶ。こうした新ビジネスが創造できないと、インダストリー4.0は本当に成功したことにはならない。ビッグデータを解析し、顧客の消費行動や機械の状態についての傾向を掴むには、AIが欠かせない。データ量が多いので、人間が分析することはコスト面から見ても不可能だ。

ドイツは1988年にカイザースラウテルンにドイツ人工知能研究センター(DFKI)を創設するなど、AIの研究を積極的に進めてきた。DFKIでは約1000人の科学者がロボットなどの研究を行っている。

ドイツの問題は、AIに関する研究水準が高いにもかかわらず、実体経済での活用が他国に比べ遅れていることだ。ドイツの企業コンサルタント会社などの調査によると、中国企業の81%がAIを積極的に利用しているのに対して、ドイツではその比率は49%にすぎない。

AI競争における遅れに警鐘

技術者からは、AIの応用の遅れを危惧する声が出ている。技術者や科学者約15万人が加盟する民間団体・ドイツ技術者協会(VDI)のV・ケーファー会長は、ハノーファー・メッセ初日の記者会見で「ドイツにはAIを活用するための技能や人材が不足しており、米国や中国に大きく水を開けられている」と警告した。

VDIが2018年に会員に対して行ったアンケートによると回答者の30.4%が「ドイツはAIに関して世界で指導的な立場にある」と答えたが、今年はその比率が半分以下の14.4%に下がった。対照的に「中国が指導的な立場にある」と答えたエンジニアの比率は、前年よりも約5ポイント増えて60.5%に。また回答者の59.7%が「ドイツ企業にはAIを効率的に実用化する技能や人材が欠けている」と答え、「そうした技能がある」と答えた回答者の比率(20.0%)を大きく上回った。

VDIによると、多くのエンジニアが悲観的な意見を持つ最大の理由は、IT関係の人材不足が深刻化していることだ。ドイツ企業は2018年の第4・四半期に約4万3000人のIT技術者を募集したが、そのポストに適した人材を見つけることができなかった。

メルケル政権は去年11月に発表した「AI戦略」の中で、「インダストリー4.0の普及にAIは不可欠。2025年までにAI開発に連邦政府の予算から30億ユーロ(3900億円・1ユーロ=130円換算)を投じ、大学のAI関連の教授の数を100人増やす」と発表した。しかしケーファー会長は、「世界各国がAI専門家を探しているなか、100人の教授をどこで見つけるのか」と述べ戦略の実効性に疑問を呈した。

インダストリー4.0導入における格差

インダストリー4.0関連技術の導入に関しても、大企業と中小企業の間で格差が開きつつある。ドイツ情報通信ニューメディア連合会(BITKOM)が今年1月に行ったアンケートによると、インダストリー4.0関連技術をすでに使っていると答えた企業の比率は47%だった。特に大手メーカーでは、デジタル化が急速に進んでいる。これに対し、中小企業の間ではデジタル化に二の足を踏む会社が多い。去年企業コンサルタント会社・EYが中小企業に対して行ったアンケートによると、「製造工程の全体、もしくは一部をデジタル化した」と答えた企業の比率は25%に留まった。

政府と産業界は、AIの利用に関して中国や米国との距離を縮め、中小企業をインダストリー4.0関連技術の導入に踏み切らせることができるだろうか?

最終更新 Mittwoch, 17 April 2019 16:29
 

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