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中国への対応に苦慮するドイツとEU諸国

3月25日に、あるニュースが欧州の政界、経済界を驚かせた。フランスを訪れていた中国の習近平最高指導者とマクロン大統領は15件の通商条約に調印したが、これに先立って中国側はエアバス社の旅客機を300機購入することを発表したのだ。同社によると、総額は約300億ユーロ(3兆9000億円・1ユーロ=130円換算)に上る。フランス・ドイツを中心とする欧州最大の航空機メーカーにとって、またとない朗報である。

翌日パリで開かれた首脳会談には、ドイツのメルケル首相とEUのユンケル委員長も参加した。首脳会談に他国の首脳が出席するのは、極めて異例だ。マクロン氏は「中国からの訪問者に対して、欧州が団結しており協力していることを示したかった。さらに中国側が、多国間主義の将来について協議することを望んだため」と説明した。

EU側は、習近平氏に対し欧州諸国、特にフランスとドイツが独り歩きをせず、政策を緊密に調整して共同歩調を取ることをはっきり示したのだ。

左からユンケル欧州委員長、中国の習近平国家主席、マクロン仏大統領、メルケル独首相
3月26日、パリのエリゼ宮殿にて。左からユンケル欧州委員長、
中国の習近平国家主席、マクロン仏大統領、メルケル独首相

イタリアの一帯一路参加

首脳会談で語られた一字一句は、通常は公式に発表されない。しかし、マクロン氏らEU側が中国政府の「一帯一路」プロジェクトを議題として取り上げたことは、ほぼ確実だ。

その理由は、中仏首脳会談の直前の3月23日にイタリア政府が「一帯一路」に参加することを公表したからだ。この日、イタリアのコンテ大統領と習近平氏は、同国のプロジェクト参加についての覚書に調印した。これまでギリシャ、ポーランド、ハンガリーなどが一帯一路に参加しているが、G7(経済先進国)のグループに属する国の参加は、初めてのことである。

イタリアの決定に、西欧諸国は冷淡な反応を示した。ドイツのマース外務大臣は3月24日に「いくつかの国々が、中国と賢いビジネスをできると信じているとしたら間違いだ。彼らはある日突然目覚めて、中国に依存していることに気づくだろう」と、暗にイタリアを批判した。マース氏は「中国はグローバルな利益を、冷徹に追求している。欧州諸国は一致団結しなければ、中国、米国、ロシアに対抗できない」として、EUの連帯の重要性を強調した。

史上最大のインフラ建設プロジェクト

なぜドイツは、一帯一路に警戒感を抱いているのだろうか。中国政府が2013年10月に発表した一帯一路構想は、世界最大規模のインフラ建設プロジェクトである。正式には「シルクロード経済ベルトと21世紀海洋シルクロード」と呼ばれるこの構想では、中国と欧州の間の約60カ国で鉄道、道路、橋梁、港湾など経済インフラの整備を行う。

建設資金は北京にあるアジアインフラ投資銀行(AIIB)など中国の銀行が融資し、工事の大半は中国の建設会社が担当する。AIIBにはすでに70カ国が参加している。欧州とアジアを結ぶ新シルクロードの総工費の推定額は発表されていないが、1兆ドル(110兆円・1ドル=110円換算)に達するという推計もある。

ドイツ最大の電子・電機総合メーカー、シーメンスのケーザー社長は、2018年に「われわれが好む好まないに関わらず、一帯一路は世界貿易機関(WTO)に代わって世界の経済秩序の大きな枠組みになる」と述べている。

一帯一路はEUを分断する?

しかし一帯一路に参加しているスリランカやパキスタンなどでは、借金の返済が困難になったり、公共債務が国内総生産に占める比率が急増したりして、中国マネーへの過度の依存を強いられる事態が発生している。その国が債務を返済できない場合、道路や土地を中国に没収される可能性もある。

一帯一路の背景には、ビジネスだけでなく地政学的な野望もある。中国はアジアと欧州との間に位置する国々の経済成長に寄与して、中国企業の受注額を増やすだけではなく、これらの国から「超大国」として見られることを狙っている。中国は新経済圏の構築により、米国と欧州主導の経済秩序に挑戦しているのだ。

欧州ではハンガリー、ポーランドなど中東欧諸国が一帯一路に強い関心を示し中国に急接近している。またギリシャのピレウスのコンテナ港では、中国遠洋運輸集団公司(COSCO)が資本の51%を握っている。COSCOはピレウス港に3億ユーロ(390億円)を投じ、地中海最大のコンテナ港にする計画を持っている。

このため2016年にEUが東南アジア・南沙諸島の領有権紛争をめぐり中国に対して批判的な統一見解を出そうとしたときに、ハンガリーとギリシャが反対したために、出せなかったことがある。つまり中国マネーはすでにEUの政治的団結を乱しているのだ。ドイツの外相だったガブリエル氏は「中国の一帯一路は、EUを分断する危険がある」と警告したことがある。

また、中国企業はドイツなど西欧企業の買収に積極的だが、メルケル政権は基幹産業や公共インフラに関する分野では、今後自国企業を買収から保護する方針を打ち出している。

しかしドイツの自動車メーカーをはじめとして、多くの西欧企業が中国市場でのビジネスに大きく依存していることも否定できない。EUは一刻も早く共通の対中国戦略を打ち出す必要がある。さもなければ、資金不足に悩む中東欧や南欧を中心に、EUの団結のほころびは広がっていくに違いない。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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