独断時評


難民受け入れ数でCDU・CSU合意「上限」をめぐるメルケル首相の苦悩

難民
2015年9月にミュンヘン中央駅に到着した
シリア難民達(撮影:熊谷 徹)

9月末の連邦議会選挙で、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が第3党に大躍進したことは、アンゲラ・メルケル首相の路線に微妙な影を落とし始めた。

20万人という「目標値」を初めて設定

その典型的な例が、10月9日にキリスト教民主同盟(CDU)とキリスト社会同盟(CSU)が「難民受け入れ数について、基本的に合意した」と発表したことだ。

メルケル首相とCSUのホルスト・ゼーホーファー党首が公表した声明文によると、両党は「一年間にドイツが受け入れる難民の数が、20万人を超えないようにしたい」という立場を打ち出した。ドイツが難民受け入れ数に具体的な目標値を設定するのは初めて。この数は、これまでCSUのゼーホーファー党首が要求してきた難民受け入れ数の「上限(Obergrenze)である。メルケル首相は、これまで「憲法(基本法)が保障する亡命申請権に上限はない」として、CSU側の要求を一貫して拒否してきたが今回は譲歩した。

両党の声明文には、「上限」という言葉は使われていない。そして「例外規定は可能である。たとえば国際情勢・国内情勢の変化によって20万人という目標を守れないことが明らかになった場合、連邦政府と連邦議会は、目標の上方修正または下方修正を行う」という但し書きがある。さらに合意文書は、「我が国は基本法で保障された亡命申請権を変更せず、EU法に基づいて、亡命申請を審査することを約束する」と明記している。つまりドイツは、受け入れ数が20万人を超えた場合、亡命申請を審査せずに、到着した難民を国境ですべて追い返そうとしているわけではない。

背景に極右政党の躍進

「上限」という言葉を避けていても、メルケル首相がCSUに歩み寄ったのは今回が初めて。つまりこの合意文書はオブラートに包まれていても、首相の難民政策の変化を象徴するものだ。メルケル氏が態度を変えた最大の理由は、有権者が首相の難民政策に強く反発し、連邦議会選挙でCDU・CSUに1949年以来最低の得票率を与えて罰したことだ。

2015年9月に、メルケル首相はハンガリーで立ち往生していたシリア難民らに事実上国境を開放し、ドイツで亡命申請することを許した。当時はミュンヘンなどに毎日約2万人の難民が到着。2015年だけで約89万人の難民がドイツで亡命を申請した。EUの亡命申請規定であるダブリン協定によると、難民は最初に到着したEU加盟国で亡命を申請しなくてはならない。つまりハンガリーに到着した難民は、そこで亡命を申請するのが決まりだ。だが当時シリア難民の間では、難民受け入れに寛容で、社会保障が手厚いドイツに亡命を希望する人が多かったために、メルケル首相はダブリン協定を無視して、これらの難民をドイツに受け入れることを決めた。首相は、オーストリア政府とは事前協議を行ったが、連邦議会や欧州委員会、フランス、英国政府などと相談せずに、ほぼ独断的に国境を開放。いわば「超法規的措置」である。

保守的な有権者がメルケル氏に失望

この決定については、2015年にゼーホーファー党首が「大きなミスだ」と厳しく批判。難民を受け入れる市町村の首長からは「連邦政府はなぜ難民の数をコントロールしないのか。これ以上難民を受け入れられない」という強い不満の声が上がった。メルケル首相の決断は、人道主義に基づくものだ。米国のメディアや国連の難民高等弁務官は、ドイツの難民受け入れについて「欧州の名誉を救った」と称賛した。メルケル氏は「困っている人を助けたことについて批判されるのならば、ドイツは私の国ではない」とまで言い切った。

だがCDU・CSUの保守派に属する党員の間では、「メルケル首相の政策は、あまりにも左傾化している」という意見が強まった。彼らは伝統的な政党に対し疎外感を抱く。前回の選挙でCDU・CSUを選んだ有権者の内約98万人が、今回はAfDに票を投じた。AfDは旧東ドイツだけではなく、平均所得水準が比較的高いバイエルン州とバーデン・ヴュルテンベルク州政府でも、10%を超える得票率を確保した。このことは、旧西ドイツ市民の間でも、政権与党の難民政策に対する不満が強まっていたことを物語っている。

与党は選挙戦で難民問題を重視しなかった

2015年に89万人に達した難民数は、2016年には約28万人、今年1月から8月には12万3878人に減っている。バルカン半島の国々が国境を閉鎖し、トルコとEUが難民の引き取りについての合意を結んだからだ。このように難民数は減っているのだが、AfDは政権与党の難民政策を執拗に争点として取り上げ続けた。これに対し、CDU・CSUとSPDは選挙期間中に難民問題を積極的に取り上げなかった。このことが、伝統的な政党に歴史的な後退をもたらし、大連立政権を崩壊させたのである。もしもメルケル氏がこれまでの態度を変えなかったら、AfDへの支持率がさらに伸びるかもしれない。AfDの躍進は、メルケル氏に「亡命申請権に上限はない」という言葉を事実上撤回させ、難民政策の硬化をもたらしたことになる。

メルケル首相はCSUだけでなく、緑の党、自由民主党(FDP)と組まなければ議会で過半数を確保できない。だが左派に属する緑の党は、20万人という「目標値」について強い難色を示している。四党が受け入れられる着地点を見つけるには、まだかなりの時間がかかるだろう。難民政策をめぐる議論は、今後も続く。

最終更新 Mittwoch, 18 Oktober 2017 10:55
 

大波乱! 連邦議会選挙極右政党躍進の衝撃

得票率
メルケル氏が率いるキリスト教民主・社会同盟の得票率は、
33%に留まった

9月24日にドイツで行われた連邦議会選挙は、「メルケル時代」の終焉が始まったこと、そして戦後初めて極右政党を連邦議会入りさせた選挙として、この国の歴史に残るだろう。

伝統的政党の惨敗

メルケル首相の難民政策に強い不満を持つ有権者達は、大連立政権に加わっていたすべての政党を、厳しく罰した。メルケル氏が率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の得票率は、33%。1949年以来、最悪の数字だ。CDU・CSUは4年前の選挙に比べて、得票率を9ポイント近く減らしたことになる。

社会民主党(SPD)の得票率は前回よりも5.2% 減って、わずか20.5%。第二次世界大戦後、最も低い水準だ。マルティン・シュルツ党首は、同党は連立政権に参加せず、野党になる方針を明らかにした。多くの有権者達はメルケル首相が率いる大連立政権に対して、明確に「ノー」という意思表示を行った。

排外主義政党が第3党に

我々ドイツに住む日本人にとって、最も衝撃的なのは、排外主義を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の得票率が前回の選挙に比べて2.7倍に増え、12.6%に達したことだ。AfDの幹部らは外国人を堂々と差別する発言を行ってきた。そうした政党を、590万人ものドイツ人が選んだのだ。前回の選挙でCDU・CSUおよびSPDに投票した145万人もの有権者が、今回はAfDに鞍替えした。多くの有権者は、現政権に抗議するために、過激勢力を一挙に第3党の地位へ押し上げたのだ。CDU・CSU・SPDは105議席を失い、逆にAfDが一挙に94議席を獲得する。

旧東独市民の不満が爆発

特に旧東ドイツでは、AfDを支持する有権者が多く、得票率は22.5%に達し、CDU(28.2% )に次いで第2位の地位に就いた。ザクセン州では、AfDがCDU を追い抜いて首位に立った。観光地としても知られるゼクシッシェ・シュヴァイツでは、AfDが35.5%という高得票率を記録。CDUを10ポイントも引き離した。AfDは旧東ドイツではもはや白い目で見られる過激勢力ではなく、「ごく普通の政党」と見られている。

なぜ旧東ドイツではAfDへの人気が高いのか。旧東ドイツ市民の中には、27年前のドイツ統一によって貧乏くじを引いたと感じている人が少なくない。失業率は西側よりも高い上に、公的年金の額も長い間旧西ドイツに比べて低く抑えられてきた。特に旧東ドイツの長期失業者への給付金を西側よりも低くした「ハルツIV」は、東側の市民にとっては強い屈辱だった。

1990年以来、旧東ドイツから西側へ移住した市民の数は、約400万人に達する。その内3分の2が30歳未満の人々である。つまり旧東ドイツの市民は、旧西ドイツと連邦政府に深い怨嗟を抱いている。そのはけ口となったのがAfDである。特にメルケル首相が2年前に約80万人のシリア難民を受け入れたことが、国民の不満を強め、AfDにとって追い風となった。

過去との対決を否定するAfD

AfDはドイツの戦後レジームの破壊をめざす党だ。同党幹部は「イスラム教はドイツの憲法にそぐわない」と公言したほか、「難民が警官の制止をきかずに国境を越えようとしたら、銃を使ってでも国境の突破を阻止するべきだ」と述べている。同党はユーロ圏からの脱退、国境検査の再開、女性の全身を覆うチャドルの禁止、脱原子力・再生可能エネルギー拡大政策の見直し、徴兵制の復活などを要求している。

ドイツは第二次世界大戦後、ナチスの過去と批判的に対決し旧被害国に謝罪する姿勢を堅持してきたが、AfDはこの路線にも疑問を呈している。同党のテューリンゲン支部長は、ベルリンのホロコースト犠牲者慰霊碑を「恥ずべきモニュメント」と呼んだ。

ドイツは外国貿易に大きく依存しており、ユーロ導入によって得をした国の一つである。それだけに、ユーロ圏脱退や歴史修正主義を標榜する政党が中央政界入りすることは、この国の政治的な安定性にとってマイナスである。ミュンヘン・北バイエルン・ユダヤ中央評議会のシャルロッテ・クノープロッホ会長はAfDの躍進について、「恐れていた悪夢が現実となった。憎しみと蔑みをまき散らす悪霊が、再び現れた」と述べ、強い警戒感を表している。今後ドイツ社会は、連邦議会に巣食う非民主的勢力と戦わなくてはならない。

「メルケル後」の世界が始まった

ヨーロッパの女帝と呼ばれたメルケル首相の指導力も、大幅に弱まった。SPDが下野する方針を明らかにしたため、CDU・CSUは自由民主党(FDP)と緑の党と組まなければ、議会での過半数を確保できない。この国で4党が連立政権を樹立したことは、一度もない。難民政策やエネルギー政策をめぐって、FDP・CSUと緑の党の間には大きな隔たりがある。このため、4党によるジャマイカ連立へ向けた交渉は難航し、次期政権が誕生するまでにはかなりの時間がかかるだろう。

CSUのホルスト・ゼーホーファー党首は、バイエルン州でAfDに多数の有権者を奪われ、10ポイント近く得票率を減らした。このためすでに党内から退陣を求める声が上がっている。メルケル首相の責任を問う動きも、やがてCDU内で表面化する。メルケル首相のいないドイツが、遅くとも4年後にはやって来る。我々はその時代への準備を始めるべきだ。

最終更新 Mittwoch, 04 Oktober 2017 12:24
 

ディーゼル車のシュトゥットガルト乗り入れは禁止されるか?

シュトゥットガルト行政裁判所
NOx濃度を下げる措置を命じた
シュトゥットガルト行政裁判所にて

今ドイツの自動車業界は戦後最大の危機に直面している。2年前に米国で発覚したフォルクスワーゲン(VW)社の排ガス不正問題は、今年になり更にエスカレートし、ディーゼルエンジンだけでなくガソリンエンジンも含む内燃機関を使った車の将来そのものに大きな影が落ちている。ディーゼルエンジン車の販売台数は去年に比べ減っているほか、この危機は今月行われる連邦議会選挙の重要な争点の一つとなりつつある。

「違法状態に終止符を」

危機をエスカレートさせたのは、7月28日にシュトゥットガルト行政裁判所が下した判決だ。同裁判所のヴォルフガング・ケルン裁判官は「7年半前から窒素酸化物(NOx)の濃度がEUの定める上限値を超えている。違法状態を終わらせ市民の健康を守るには、ドライバーの所有権が制限されるのもやむを得ない」と述べ、バーデン=ヴュルテンベルク州政府に窒素酸化物の濃度を大幅に下げる措置を取るよう命じた。

EU法によると、NOxの上限値は、1立方メートルあたり40ミリグラム。だがシュトゥットガルトは山に囲まれた谷間にあるので、ネッカータール交差点の観測地点では、NOxの濃度がEU上限値の2倍の約80ミリグラムに達している。NOxは呼吸器に炎症を起こす有害物質である。ケルン裁判官は判決の中で、シュトゥットガルト市へのディーゼルエンジン車の乗り入れを来年1月1日から禁止することを、NOxの濃度を引き下げる上で最も有効な手段と見なしている。

28の都市でEU法違反

提訴していたのは、環境保護団体ドイツ環境援助組織(DUH)。第一審でDUHが勝訴したことは、バーデン=ヴュルテンベルク州政府、連邦政府、自動車メーカーに強い衝撃を与えた。その理由は、DUHが同様の訴訟をミュンヘンなど16の大都市でも提起しているからだ。ドイツでは、80の都市でNOx濃度がEUの上限値を超えている。さらにEUはドイツの28の大都市の行政当局に対して、NOxをめぐるEU法違反について調査を開始している。勿論シュトゥットガルト行政裁判所の判決は、司法の最終判断ではない。来年初めには、ライプツィヒの連邦行政裁判所が、デュッセルドルフでの大気汚染問題を審理する。この行政訴訟で、シュトゥットガルト行政裁判所の第一審判決の適法性が取り上げられ、連邦行政裁判所がシュトゥットガルト行政裁判所の判決を覆す可能性もゼロではない。

だが連邦行政裁判所も、「大気汚染緩和のために、ディーゼルエンジン車の乗り入れ禁止措置を取ることは合法」と判断しシュトゥットガルト行政裁判所の判決の適法性を追認した場合、ドイツの車の約40%を占めるディーゼルエンジン車が、大都市から締め出されることになる。大気汚染に悩む市町村では、NOxの排出基準を満たす車に「青いシール」を配布し、このシールを貼っていない車の乗り入れ禁止を求めている。

自動車業界の改善策

ドイツ連邦政府とバーデン=ヴュルテンベルク州政府、自動車業界は、シュトゥットガルトなどの大都市でディーゼルエンジン車の乗り入れが禁止される事態、つまり青いシールの導入を是が非でも避けることを目指している。このため連邦政府は8月2日にベルリンにVW、ダイムラー、BMWなど8社の自動車メーカーの社長を招き、ディーゼル問題への対応を協議した。その結果ドイツの自動車メーカーは、現在ドイツで使われているディーゼルエンジン車530万台のソフトウエアを無償で更新することによって、NOxの排出量を来年末までに25~30%減らすことを約束。これらの車は排ガス基準がユーロ5ないし6を満たす車で、VWが排ガス不正のためにリコールを命じられた250万台も含まれている。各メーカーは「この更新措置によって、燃費などが悪化することはない」と説明している。さらに各社は排ガス基準がユーロ4もしくはそれ以下の中古車については、ユーザーが有害物質の少ないユーロ5ないし6の車に乗り換えることを奨励するために「買い替えボーナス」を提供。また連邦政府と自動車業界は、普及が遅れている電気自動車の充電ステーションを整備したり、公共交通機関網を拡充したりするために「モビリティー基金」に10億ユーロ(1300億円・1ユーロ=130円換算)を拠出することも決めた。

連邦環境省の批判

しかし、これらの措置によってシュトゥットガルトへのディーゼルエンジン車の乗り入れ禁止措置を回避できるかどうかは未知数だ。ドイツ連邦環境省のバルバラ・ヘンドリクス大臣は「8月2日に自動車業界が約束した措置は、NOx濃度を6%しか減らさない。これらの措置は、大半の町でEUの上限値(1立方メートルあたり40ミリグラム)を満たすには不十分だ」と述べている。連邦環境省はソフトウエアの更新だけでは不十分であり、触媒装置の更新などハードウエアの改修が必要だと考えている。だがハードウエアの改修はメーカーの負担を大幅に増やし、業績を悪化させる。ソフトウエアの更新にかかる費用は1台あたり100ユーロ(1万3000円)だが、触媒装置の改修には1700ユーロ(22万1000円)もかかる。

つまり自動車業界が政府に約束した措置により、大都市でのディーゼル車乗り入れ禁止を回避できる保証はまだない。ドイツ経済の屋台骨である自動車業界の頭上には、不透明性という暗雲が広がりつつある。

最終更新 Mittwoch, 04 Oktober 2017 12:27
 

「原子力後」の時代へ突き進むドイツ

ドイツでは原子力に代わり、再生可能エネルギーが拡大
ドイツでは原子力に代わり、再生可能エネルギーが拡大

2011年に東京電力・福島第一原子力発電所で発生した炉心溶融事故から、6年が経った。今も約8万人が避難を余儀なくされている。しかし最近、日本のメディアでは、原子力に関する報道がめっきり減った。

日独のエネルギー政策は大きく異なる

日本政府は再生可能エネルギー、火力発電とともに、原子力発電をエネルギー・ミックスの中に維持する方針を変えていない。原子力規制委員会が安全と判断した原子力発電所は、運転を再開しつつある。電気事業連合会によると、九州電力の川内原発1・2号機、関西電力の高浜原発3・4号機、四国電力の伊方原発3号機の合計5基が再稼働したほか、7基の原子炉が運転を再開する許可を受けている。

ドイツは福島事故の直後に、運転開始から30年以上経っていた原子炉など8基を即時停止させたほか、原子力法を改正して、残りの9基についても、2022年末までに停止することを決めた。つまりドイツは、あと5年で原子力時代に終止符を打つことになる。

急速に普及する再生可能エネルギー

メルケル政権は、原子力を代替するために再生可能エネルギーの拡大に拍車をかけた。同国は再生可能エネルギーが電力消費量に占める比率を、2025年までに40~45%、2035年までに55~60%、2050年までに80%に高めることを、法律の中に明記している。再生可能エネルギーの拡大は着々と進んでおり、2016年末の時点で、この比率は31.7%。2016年の再生可能エネルギーによる発電量は1883億kW時で、褐炭火力、石炭火力、原子力などを追い抜いて首位に立った。

近年では洋上風力発電装置や太陽光発電パネルなどの製造コストが低下していることから、今後もエコ電力の拡大が進むものと予想されている。電力供給会社(シュタットヴェルケ)や、地方自治体の中には、家庭や企業が屋根の上に設置した太陽光発電装置や、農家が共同で設置した風力発電プロペラを接続して、分散型の「仮想発電所」を作ろうとする動きもある。

エコ電力拡大には高額のコスト

再生可能エネルギーの拡大には、莫大なコストがかかる。我々消費者は再生可能エネルギー振興のために、電力を1kW時消費するごとに6.88セントの賦課金を払っている。この額は、過去13年間で約12倍に増えた。デュッセルドルフ大学の競争経済研究所が、「新社会的市場経済イニシャチブ(INSM)」に委託されて行った研究報告書によると、2000年から2025年までにドイツの電力消費者がエネ転換のために支出する金額は、5200 億ユーロ(62兆4000 億円・1ユーロ= 120円換算)にのぼると予想されている。

だがドイツ人達は、2011年の福島事故を教訓として、「コストをかけるならば、原子力よりも健康リスクが少ない再生可能エネルギーを拡大したい」という、国民的合意ができている。去年6月に世論調査機関ユーガブ(YouGov)が行ったアンケートによると、回答者の70%が「ドイツの脱原子力政策は正しい」と答えた。

脱原子力については国民的合意がある

この民意は政治に反映されており、メルケル首相が率いる与党キリスト教民主同盟(CDU)、社会民主党(SPD)、緑の党などの伝統的な政党は、脱原子力と再生可能エネルギーの拡大に賛成している。反対しているのは、右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」だけである。ドイツでは、大半の政党が「脱原子力政策の見直しを提案したら、有権者の反発を買って支持率が減る」と考えている。この国の政治家達は、産業界や経営者団体の意見よりも、世論調査の動向を重視する。ドイツ連邦議会は、「核のゴミ」の後始末のための費用負担についても去年、法案を可決した。この法律によるとエーオンなど大手電力4社は、原子炉の解体、廃炉などのための費用約178億ユーロ(2兆1316億円)を負担する。さらに電力会社は、最終貯蔵処分場の建設・運営費用などとして、2022年までに公的基金に約235.6億ユーロ(約2兆8267 億円)を払い込む。大手電力4社は、この金額を支払えば最終貯蔵処分場の建設・運営に関する費用負担や、訴訟リスクなどから完全に解放される。一時的に業績は悪化するが、長期的な利益を重視した形だ。

「負の遺産」との戦いは続く

最終貯蔵処分場の建設・運営にかかる費用が約235.6億ユーロを超えた場合には、納税者が負担を強いられる。最終貯蔵処分場が数千年間にわたり使われることを考えると、235.6億ユーロで十分かどうかは未知数だ。長期的に国民が費用を負担することについては、左派政党「リンケ」だけが「政府は割安な価格で、電力会社を負担責任から解放した」と批判した。しかし興味深いことに、メディアや消費者団体からは不満の声が出ていない。

ドイツ政府の次の課題は、高レベル放射性廃棄物の最終貯蔵処分場の設置場所を決めることだ。政府は選定方法に関する法律を決めて、どの場所が適しているかについて、調査に入る。だが地層処分の候補地では、住民の猛反対が予想されるので、実際に処分場が完成するまでには年月がかかるだろう。

ドイツ人の「原子力時代の負の遺産」との戦いは、 始まったばかりなのである。

最終更新 Donnerstag, 31 August 2017 09:49
 

欧米のポピュリズムと社会保障

激動の時代に突入した欧州連合(EU)
激動の時代に突入した欧州連合(EU)

2017年は「EU危機の年」と言われた。その理由は、欧米での右派ポピュリズムの高まりである。例えば去年、英国の有権者の過半数がEU離脱(BREXIT)の道を選んだ。米国では、ドナルド・トランプ氏が大統領選挙に勝利し、ホワイトハウスの主として世界最大の軍事大国を率いることになった。BREXIT・トランプ勝利は、ともに自国優先主義と排外主義の表れだ。

オーストリア・オランダでポピュリスト敗退

今年は多くのEU加盟国で重要な選挙が行われる年だ。このため、米英で起きた想定外の事態が、欧州大陸でも起こるのではないかと懸念されたのだ。だが8月までに欧州大陸のEU加盟国で行われた選挙では、米国・英国のように右派ポピュリストが勝利し、国の針路を保護主義・孤立主義の方向に転換するという事態は起きなかった。まず2016年5月に行われたオーストリアの大統領選挙では、右派ポピュリスト政党・自由党(FPÖ)のノルベルト・ホーファー氏が約35.1%の票を確保して首位に立った。だが憲法裁判所が「不在者投票の方法に不備があった」と断定したために、同年12月に再投票が行われた。この時には緑の党のファン・デア・ベレン氏が約53.8%の票を確保し、7.6ポイントの僅差でホーファー氏に対して勝利を収めた。また今年3月にオランダで行われた総選挙でも、反EU・反イスラムを旗頭に掲げるヘルト・ウィルダースの右派ポピュリスト政党・自由党(PVV)が、首位に立つことが予想されていた。しかし有権者が中道保守勢力である自由民主国民党(VVD)に21.3%の票を与えたため、PVVは第2位に甘んじた。PVVの得票率は13.1%と、首位のVVDに約8ポイントの差をつけられた。

ルペン氏の勝利を防いだマクロン氏

今年の選挙で最も注目されたのが、フランスの大統領選挙だった。右派ポピュリスト政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン候補は「大統領に就任した場合、フランスの欧州連合(EU)からの離脱に関する国民投票を行う」と宣言していたからだ。英国とは異なり、フランスはEU創設国の一つ。したがってフランスが離脱した場合、EUの存立が根底から脅かされる危険があった。だがフランスの有権者は、EU支持派であるエマニュエル・マクロン候補を大統領に選んだ。選挙への立候補の経験がゼロで、議会に議席がなかった市民運動「前進する共和国(LREM)」のリーダーが、FNだけでなく伝統政党の共和党や社会党を圧倒して、大統領の座に就いたのだ。第一次投票ではマクロン氏とルペン氏の得票率の差は4ポイントに満たなかったが、第二次投票ではマクロン候補がルペン候補の得票率の2倍近い票を得て、勝った。6月に行われた国民議会選挙でも、マクロン大統領のLREMは、単独過半数の確保に成功した。つまり米国と英国では右派ポピュリストが勝利を収めた。これに対し、欧州大陸の有権者達は、右派ポピュリストを権力の座につけることを拒んだ。この違いは、どこから来るのだろうか。

社会保障制度が鍵

要因の一つは、社会の所得格差である。右派ポピュリストが勝った米国と英国では、欧州大陸の国々に比べて社会保障のサービスが手薄であり、失業したり重い病気にかかったりした際の、安全ネットが少ない。

これに対しフランス、オランダ、オーストリアでは、米英に比べて社会保障制度が手厚い。失業保険や健康保険、年金保険などは、所得を富裕層から貧困層に再配分する機能を持っている。つまり社会保険が貧困率を抑制しているのだ。グローバル化により工場が閉鎖され、労働者が路頭に迷った場合、米英と西欧諸国の間では、失業したりホームレスになったりするリスクに大きな違いがある。たとえばドイツやフランスでは、失業した場合、政府が失業援助金以外に、家賃まで払ってくれるが、米国にはこのような制度はない。

つまり社会保障が手薄で格差が拡大している米国や英国では、有権者の過半数が右派ポピュリストに籠絡され、安全ネットが手厚い西欧の国々では、有権者が右派ポピュリストに「ノー」と言ったのである。私は、今後の選挙でも社会保障の手厚さが、ある国が右派ポピュリストに誘惑されるかどうかを占う目安の一つになると分析している。社会保障が削減されて、安全ネットが薄くなり、所得格差が拡大する国では、右派ポピュリストが権力の座に就く危険が高くなる。

低迷するAfD

9月24日には、ドイツで連邦議会選挙が行われる。反イスラム・反ユーロを標榜する右派ポピュリスト政党・ドイツのための選択肢(AfD)への支持率は、現在は10(去年15)%前後に下がっている。同党は去年ザクセン・アンハルト州など3カ所の州での議会選挙で2桁の得票率を記録。だが当時は、まだ2015年の難民危機の記憶が生々しく、メルケル首相に対する国民の不満が高まっていた。AfDの得票率が5%を超えて、同党が連邦議会入りすることは避けられない。だが9月末までに突発的な事態が起こらない限り、同党がこの国の政局に大きな影響を与える勢力にのし上がる可能性は低いと思う。その理由の一つは、ドイツの社会保障制度が手厚く、貧困率を引き下げる機能を果たしているからだ。今年5月のARDの世論調査によると、回答者の80%が「私の経済状態は良い」と答えている。こうした時期に、多数の有権者がAfDに票を集中させるという「暴挙」に走る可能性は低いだろう。

最終更新 Mittwoch, 16 August 2017 09:10
 

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