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連邦軍将校によるテロ未遂と国防大臣の苦悩

ウルズラ・フォン・デア・ライエン国防大臣
記者会見に応じるウルズラ・フォン・デア・ライエン国防大臣

ドイツ連邦政府の閣僚ポストの中で、一番リスクが大きい役職は、国防大臣だ。危険な任務を遂行する将兵の生命について責任を持つばかりではなく、予想不可能な緊急事態に機敏に対応しなくてはならない。苦労が多い割には、判断ミスの責任を問われて辞任に追い込まれるリスクが高いポストである。

ドイツ将校がシリア人の難民として亡命申請

ウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相も、今年浮かび上がった連邦軍将校のスキャンダルへの対応に苦慮している。この事件は「事実は小説より奇なり」という言葉を思い起こさせる奇妙な出来事だった。

今年4月、ドイツ連邦軍のフランコ・A元中佐がウィーン空港のトイレに隠した拳銃を取り出そうとしたところを、オーストリア警察に逮捕された。その後の検察庁の調べから、驚くべき事実が判明。A容疑者はシリア難民を装い、ヨアヒム・ガウク前大統領らの暗殺計画を企てていた。シリア難民によるドイツの政治家に対するテロ事件をでっちあげることで、国民の間で難民に対する批判が高まることを狙ったのだ。

A容疑者の計画は、非常に手が込んでいた。彼は昨2月に「シリアからの難民で、キリスト教徒のダヴィド・ベンヤミン」と偽りドイツ政府に亡命申請。バイエルン州フライズィングの難民受け入れ施設に収容された。彼は連邦移住難民局(BAMF)の職員の聞き取り調査では、アラビア語ではなくフランス語で話した。彼はその理由を「ダマスカスの郊外にある、フランスからの移民の居住区で育ったから」と説明。「自分の名前はユダヤ人のように聞こえるので、シリアで迫害されている」と語った。驚くべきことにBAMFの職員はAの主張を鵜呑みにし、亡命申請を認可した。

連邦軍中佐による要人暗殺計画

A容疑者は、ドイツ連邦軍の内部と周辺に極右思想を持つ同調者のグループを持っていた。検察庁に逮捕されたマキシミリアン・T元中佐は、暗殺の標的とする政治家のリストを作っており、その中にはガウク前大統領のほかに、ハイコ・マース司法大臣や緑の党の元党首クラウディア・ロート氏らの名前も含まれていた。A容疑者の知人の学生マティアス・Fは、自宅に銃弾1000発や手りゅう弾の部品を隠し持っており、やはりテロ組織に参加していた疑いで逮捕された。

この事件は、連邦国防省と連邦軍のある盲点を白日の下に曝した。それは、軍内部の過激勢力やスパイを摘発すべき軍事防諜局(MAD)が、フランコ・A容疑者らの極右的傾向をキャッチできなかったことだ。

Aが極右思想の持主であることを示す兆候はあった。たとえば、2014年にフランスの軍事大学に留学中に論文を提出したが、フランス軍の担当教官は「論文には極右的・人種主義者な思想が含まれており、容認できない」としてドイツ側に通報。ドイツ連邦軍の上官は、Aが「時間がなかったために、このような内容になった」と弁解し、論文の内容は自分の考えではないと説明したために、彼に警告を与えただけだった。この上官は、MADにAの論文の件を通報したり、彼を除隊処分にしたりするなどの措置を取らなかった。だがA容疑者が使っていたG36小銃には、ナチスの紋章である鉤十字が刻まれていたほか、彼の兵営の部屋の壁にはMG42型機関銃を持った第二次世界大戦中のドイツ国防軍の兵士の絵や、ナチス・ドイツ軍が使ったMP40型短機関銃が飾られていた。

ナチス・ドイツを信奉し、極右思想を持つ人物が、防諜組織の目をくぐり抜けて、将校として連邦軍に在籍し続けられたことは、深刻な問題である。

国防大臣と連邦軍の関係が険悪化

フォン・デア・ライエン国防相はA容疑者のテロ未遂事件が発覚すると、連邦軍の高官達と協議する前に、テレビのニュース番組でのインタビューで「連邦軍の態度には問題がある」と批判したために、連邦軍側は国防省に対する態度を硬化させた。将兵達は「一部の不心得者のために、連邦軍全体が批判されるのは不当だ」と考えたのだ。

その後フォン・デア・ライエン大臣が取った措置も、表面的だという批判を浴びた。大臣は連邦軍の兵営に飾られていた第二次世界大戦中のドイツ国防軍のヘルメットや、装備品、戦車のプラモデルなどをリストアップさせ、撤去させたのだ。これまでの内部規律によると、大戦中のドイツ軍の装備品などを兵営に展示することは、ナチスを賛美する目的でなければ、許されている。さらに、ドイツ連邦軍の兵士が外国からの要人による閲兵などの時に使うライフルKAR98は、第二次世界大戦中にドイツ国防軍が使用したものだ。フォン・デア・ライエン氏の論法によれば、閲兵の時にKAR98を使うことも、禁止しなければならない。

連邦軍の改革が必要

国防大臣が行うべきことは、兵営から旧軍の鉄兜を撤去するような姑息な対策ではなく、A容疑者のような過激勢力に関する情報を的確にキャッチして、連邦軍から排除できるシステムを構築することだ。

軍隊という組織は、機密を重んじる性格の故に、情報の風通しが悪くなりがちだ。しかも現在の連邦軍は志願制であるため、兵器や軍事問題に関心を持つ人が集まるのはやむを得ない。それだけに、人選には細心の注意が求められる。ネオナチは、常に民主主義国の組織を蝕もうとしている。連邦軍を改革して、過激勢力がつけいる隙をなくすことが重要だ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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