Hanacell

極右テロ・ドイツ社会の鈍い反応

「国家社会主義地下組織(NSU)」と称する旧東独のネオナチ・グループが、2000年からの11年間にミュンヘンやハンブルクなどでトルコ人、ギリシャ人など10人を射殺していた事件は、社会全体に衝撃を与えた。3人の旧東独人は、殺人事件だけではなく、トルコ人らを狙って2件の爆弾テロを行なったほか、14件の銀行強盗によって60万ユーロ(約6000万円)を強奪していた。

この事件は、外国人に対するネオナチによる暴力事件としては最も悪質なケースの1つである。特に警察と憲法擁護庁が1998年以来、3人のメンバーの行動を把握していたにもかかわらず、家宅捜索の際に逃亡され、昨年2人の男が自殺し、残りの1人が自首するまで足取りを掴めなかったことは大変な不祥事である。警察は、トルコの犯罪組織の内部抗争という先入観を持っていたために、外国人を狙った連続テロであることに長い間気付かなかったのだ。

NSU事件は、この国に外国人の殺害を狙う過激グループが存在し、捜査機関が機能不全に陥っていたことを示す重大なケースだが、ドイツの社会とマスコミの反応が非常に弱いことが気になる。

2011年12月2日にはテューリンゲン州政府が主要新聞に広告を載せて、「テューリンゲンはナチスに反対する。犠牲者の家族に対して追悼の意を表したい」と宣言した。しかし州政府は、広告の後半で「この恐るべき犯行は一部の少数派によるものであり、テューリンゲン州とそこに住む200万人の市民が重視する人間性、寛容、世界に対するオープンさとは相容れない」と主張。「異常な性格を持つ少数派がやったことであり、我々とは関係ない」という自己弁護である。だが、3人の男女が13年間にわたり警察の捜査網にかからないまま地下生活を続けられた背景には、彼らを経済的、精神的に支援する市民がいたはずだ。本当に「社会の大半は無縁だ」と言い切れるのだろうか。

統一から21年経った今でも、旧東独ではナチスを賛美し、外国人を批判的に見る傾向が旧西独よりも強い。

たとえば11月25日には、旧東独・ツヴィッカウのサッカー競技場で一部のファンが試合中に人種差別的な歌を唄ったほか、選手たちが更衣室で「ジーク・ハイル(勝利万歳)」というナチス式の掛け声を使った。

フリードリヒ・エーベルト財団が2011年に行なった世論調査によると、「外国人はドイツの社会保障制度の利点を悪用するために、この国に来ている」と答えた人の割合がドイツ全体では34.3%だったのに対し、旧東独では47.6%にのぼった。「雇用が減ったら、外国人は出身国へ追い返すべきだ」と答えた人の割合も、ドイツ全体では31.7%だったのに対し、旧東独では40.8%とはるかに多かった。

統一前の東独は、全体主義国家だった。さらにナチス時代の過去との対決も、西独ほどは熱心に行なわれなかった。そうした体制で教育を受けた人々の間では、ナチスの全体主義、排外思想に共感を抱く人が少なからず残っているのだろう。

だがNSU事件への無関心は、旧東独だけの問題ではない。1992年にメルンやゾーリンゲンでトルコ人が極右による放火で殺された時には、旧西独の都市でもろうそくを手にした市民が人間の鎖を作る“Lichterkette”など、外国人との連帯を示すデモが行なわれたが、今回はそうした動きはほとんど見られない。新聞やテレビがNSU事件を報じる頻度も、ヴルフ大統領の借金問題に比べるとはるかに少ない。今年は第2次世界大戦の終結から67年目。過去に対する反省が、薄れつつある兆しだろうか。

20 Januar 2012 Nr. 902

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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