独断時評


ベルリンの壁崩壊から25年

今年11月9日は、1989年にベルリンの壁が崩壊してから、ちょうど25年目だった。壁崩壊は、その後の欧州を大きく変えたドイツ史の中で最も劇的な事件の1つである。この出来事を回顧するために、ベルリンで盛大な記念式典が開かれた。メルケル首相(キリスト教民主同盟=CDU)は、「今日は、壁を越えようとして射殺された人々に思いをいたす日でもある。東ドイツは不法国家だった」と述べ、許可なく国境を越えようとした市民に対する射殺命令を出していた社会主義政権を批判した。

同時にメルケル首相は、ウクライナ東部やシリア、イラクの市民に対するメッセージとして、「現在多くの人々の、自由を享受する権利が脅かされている。だが、ベルリンの壁崩壊は、(自由を取り戻すという)彼らの夢も叶うかもしれないという希望を与えてくれる。変えられないものは1つもない」と述べた。

ベルリンの壁崩壊25周年, 25周年記念フェスティバル
25周年記念フェスティバルでチェックポイント・チャーリーに集まった人々

東ドイツ人の勇気

変化を求めて壁を壊したのは、東ドイツ市民である。政治的に硬直し、経済的に疲弊していた社会主義政権は、1980年代末にこの国で起こった民主化要求運動を押しとどめることができなかった。ホーネッカー政権に弾圧されていた教会関係者や芸術家らを中心として、人々は身の危険を顧みずにデモを始めた。その意味で、東ドイツ人たちの勇気に敬意を表したい。

さらに、1980年にポーランドで社会主義政権から独立した労働組合「連帯」を作った労働者たち、1989年夏にハンガリーとオーストリア間の国境を開放し、東ドイツからの難民を西側に脱出させたハンガリー政府の貢献も忘れられない。彼らも、ベルリンの壁崩壊に繋がる長いプロセスの中で、重要な里程標を打ち立てた。

また、当時のソビエト連邦(以下、ソ連)の最高指導者がゴルバチョフという稀有な指導者だったことも、ドイツにとっては幸いした。彼はベルリンの壁が崩壊したとき、この街から北へ30キロの地点に駐留していた戦車部隊を投入しなかった。1953年にベルリンやほかのドイツ東部地域で起きた市民による民主化要求デモは、ソ連軍に制圧されて多数の死傷者が出た。流血の惨事の再現は避けられたのだ。

壁崩壊が可能にしたサクセスストーリー

「変えられないものはない」というメルケル首相の言葉には、彼女の人生に対する想いも込められている。彼女は、社会主義時代に東ベルリンの研究所で物理学者として働いていた。壁崩壊後に徒歩で西ベルリンへ行き、その劇的な変化に感動した。そして、全く経験のなかった政界に身を投じたところ、当時の首相であったコール氏に抜擢され、連邦青年家庭相、連邦環境相、CDU幹事長と、瞬く間に出世した。

2005年にはドイツ初の女性首相の座に就き、今では欧州連合(EU)における事実上のリーダー国の指導者として、内外から深い信頼を受けている。牧師の娘として、西側に政治的な地盤も血縁もなかったメルケル氏が首相の座に上り詰めたのは、壁の崩壊とドイツ統一が可能にしたサクセスストーリーである。

私は1989年11月にNHKの記者として壁崩壊を取材して以来、ベルリンに何度も足を運んでいるが、壁は次々に取り壊されて、ほとんどの地域で姿を消した。ベルリン市民にとって、壁は28年間にわたり街を分断した憎き存在だったからだ。彼らは、できるだけ早く壁を撤去したかったのである。同時に、統一直後のベルリンでは、壁が東西間の交通の大きな妨げになっていたという現実的な理由もある。

今日、壁が残っている地域は、ほんの一部しかない。私は1980年にチェックポイント・チャーリーという国境検問所を通過して東ベルリンへ行ったことがあるが、壁が消えた今日のベルリンでは、当時の封鎖されていた都市の威圧感や国境付近の重苦しい空気は、全く感じられない。ベルナウアー通りの「ベルリンの壁資料館」の前に壁の一部が残されているが、そこからは国境地帯の閉塞感は伝わらない。今年の記念式典で、壁があった場所に明かりを灯した約7000個の風船を並べたアイデアは興味深く感じたが、ベルリンだけで138人もの命を奪った非情な壁を再現し得るものでは到底なかった。

新たな冷戦に歯止めを!

私がベルリンの戦後史に関する本の執筆で取材した際に強く感じたことは、冷戦時代の西ベルリンに駐留し続けた米軍の存在の重さである。社会主義国・東ドイツに浮かぶ孤島だった西ベルリンに、ソ連が最後まで手を出せなかった大きな理由は、米軍の守備隊がいたからである。ソ連の保守派も、米国との軍事衝突までは欲しなかった。もしも米軍がそこにいなかったら、西ベルリンはソ連陣営に飲み込まれていたかもしれない。その意味で、高いコストを注ぎ込んで西欧をソ連から守った米国の功績は、評価されるべきだ。

ベルリンの式典に招かれたゴルバチョフ氏は、「欧州に新たな冷戦が近付いている」と警告した。ロシアがクリミア半島を併合し、ウクライナ東部の内戦で分離独立派を支援していることは、欧州がベルリンの壁崩壊以来体験する最も深刻な危機である。

ドイツをはじめとする欧州諸国は、ウクライナ危機がエスカレートするのを避けるために、さらなる努力をする必要がある。西欧がロシアのあからさまな国際法違反や他国の主権侵害を放置すれば、悪しき前例となるだろう。

21 November 2014 Nr.990

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:10
 

ECBの銀行ストレステストとユーロ危機の行方

10月26日の日曜日、世界中の通貨当局者や投資アナリスト、銀行の頭取たちは、息を詰めてフランクフルトからのニュースを待っていた。この日、欧州中央銀行(ECB)がユーロ圏の大手銀行130行に対して行ったストレステストの結果を発表したのだ。ECBが、マーケットが休みの日曜日を選んで検査結果を発表したことには、金融市場に悪影響を与えたくないという配慮が感じられる。

ストレステストとは、リーマン・ショックのように、銀行が抱える特定の金融商品が巨額の損失を生んだり、保有株式や国債の価格暴落のような事態が起きたときに、銀行が安定した経営を続けるために十分な資本金を持っているかどうかについて検査するものである。人間で言えば、横になって安静にした状態で心電図を取るのではなく、自転車をこぐなどして、心臓にストレス(負荷)を掛けた状態で心電図を取るようなものである。

ECBによると、2013年12月31日の時点ではユーロ圏の25行で資本金不足が判明し、ストレステストで失格と判断された。しかし、これらの銀行のうち12行は資本の増強を行ったため、2014年度時点では13行が不合格になったことになる。

銀行業界の病が最も深刻なのはイタリアで、4行がテストに落第した。特に、トスカーナ州シエーナにあるモンテ・ディ・パスキ(MCP)銀行では、21億ユーロ(2940億円、1ユーロ=140円換算)もの資本金が不足している。これはユーロ圏で最悪の数字だ。MCP銀行に次いで深刻だったのはギリシャのユーロバンクで、不足金は17億6000万ユーロ。欧州最大の問題国であるギリシャでは、このほかに2行が不合格となった。一方、ドイツでは、検査の対象となった25行すべてがテストに合格した。2013年度の時点では、ミュンヘン抵当銀行で資本金が2億2900万ユーロ不足していたことが分かり、同行は不合格となったが、その後の増資によって、現時点ではストレステストに合格している。

不合格となった13行の資本金不足額は合計95億ユーロ(1兆3300億円)。我々には巨額に思われるが、金融業界の関係者や通貨当局者に言わせると、この額は「資本増強によって十分に対処できる額」だという。不合格となった銀行は、11月10日までに資本増強計画をECBに提出し、今後9カ月以内にストレステストに合格できる水準にまで資本金の額を増やさなければならない。

市場関係者や通貨当局者はテスト前、ユーロ圏の銀行の資本不足はもっと深刻だと考えていた。彼らは「95億ユーロ」という数字にひとまず胸をなで下ろしたようだ。このため、ECBが検査結果を発表した直後の株式市場や外国為替市場では、大規模な株価の下落などは起こらなかった。イタリアやギリシャでは、資本金不足を指摘された銀行の他行との合併など、金融業界の再編が進むだろう。

欧州債務危機は、銀行危機でもあった。2009年以来の債務危機は、南欧諸国では銀行規制官庁による監視が十分機能していなかったことを明らかにした。このため今年11月4日からは、ECBがユーロ圏の銀行監督庁としての権限も持つようになった。ユーロ圏の中央銀行が、監督・規制官庁としての役割をも果たすことについては異論も多いが、欧州発のグローバルな銀行危機を防ぐには、監視体制の強化は必要だろう。

2012年9月、ECBのマリオ・ドラギ総裁が「必要とあれば、ECBは南欧諸国の国債を無制限に買い取る。どんな手段を講じても、ユーロを防衛する」という固い決意を全世界に表明して以来、ギリシャやイタリアの国債の利回り水準は下がり、金融市場は小康状態を取り戻している。しかし、油断は禁物である。ECBによると、ユーロ圏の銀行が抱える不良債権の総額は8800億ユーロ(123兆2000億円)。南欧諸国を中心に、経営状態に不安がある銀行は少なくない。ギリシャやイタリアでは、ECBや欧州委員会が求めている経済改革や国営企業の民営化、競争力の強化が遅々として進んでいない。ギリシャが巨額の融資と利息をいつ返済できるのかは未知数である。金融市場では、「ギリシャが再び緊急融資を必要とする」という観測も出ている。また、メディアや経済学者の間では、日本がバブル崩壊後に経験したような、いわゆる「失われた10年」がユーロ圏にやって来るという悲観論も出ている。

欧州の景気動向にとっては、ドイツを除く大半の国で深刻な不況が続いていること、さらにデフレーションの懸念が強まっていることも無視できない。ECBが戦後最低の政策金利を維持したり、マーケットに低利で多額の資金(流動性)を提供したりしているのは、銀行の貸し渋りによって景気がさらに停滞色を強めることを防ぐためである。ECBは今年末までに、資産担保証券(Asset Backed Securities)という一種の社債の買い入れを始めるとみられている。問題は、ドラギ総裁がデフレの悪化を食い止めるために、国債の買い取りに踏み切るかどうかである。この措置については、ECBの理事会内部でも、ドイツを中心に反対意見が強い。

2007年以降の銀行危機の火を消すために、世界中の政府が投じた公的資金の額は8000億ドルに達すると推定されている。そのうちの56%が欧州の銀行救済に使われた。銀行経営の失敗のために、納税者の血税が湯水のように使われる事態は、金輪際終わりにしてほしいものだ。

ECB, ユーロ危機

7 November 2014 Nr.989

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:11
 

地政学的リスクの増大とドイツ

西欧は現在、過去2000年間で最も平和な時代を享受している。しかし最近、欧州の頭上に黒雲が広がってきた。それは「地政学的リスク」という暗雲である。具体的にはシリアやイラクなどの中東諸国における戦争、さらにウクライナ危機によって、政治的な不確実性が経済や社会に大きな影を落としつつあるのだ。

25年間続いた「楽園」

ベルリンの壁が崩壊してから、今年はちょうど25年目に当たる。検問所に立つ国境警備兵を無視して西側へ流れ込む人々の歓喜の声は、半世紀近く続いてきたドイツの分断が終わることを知らせる序曲だった。このドラマチックな出来事は、ドイツ統一、東欧諸国の「ビロード革命」、そしてソビエト連邦の崩壊と東西冷戦の終結に繋がった。

2度の世界大戦と東西冷戦に懲りた欧州の国々は、国家権力の一部を欧州連合(EU)という国際機関に移譲して国境の垣根を減らし、ナショナリズムの克服に向けて着実に歩んできた。シェンゲン協定に調印した国家間では、税関検査だけでなくパスポートの検査すら不要になった。

かつて米国の政治学者ロバート・ケーガンは、2001年の同時多発テロ後に発表した著書の中で、「欧州は米国とは違って戦争に国力を浪費せずに済んでおり、一種のパラダイス(楽園)だ」と羨望を込めた発言をしている。この言葉に表れているように、欧州はベルリンの壁崩壊後、25年間にわたって「平和の配当」の美酒を味わってきたのだ。

ISによる大規模テロの危険

しかし、今年になって欧州を取り巻く状況は再び劇的に変わりつつある。1つは、「アラブの春」が引き金となった中東諸国の国家崩壊現象によって、欧州に隣接するこの地域全体が不安定になりつつあることだ。

中東の危機を最も端的に象徴しているのが、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」である。ISは国境を無視し、神権国家の樹立を目指している。豊富な資金を持つこのテロ組織は、イラクとシリアで破竹の進撃を続け、米英のジャーナリストらを拉致しては処刑シーンをビデオ撮影し、インターネット上で公開した。万一、ISがこれらの国で政権を奪取すれば、タリバン政権下のアフガニスタンを上回る恐怖政治を行うだろう。女性や他宗教の信者は弾圧される。ISには、欧州出身者を中心に数千人の「義勇兵」が参加しているため、ISが支配する国家は国際テロリズムの温床になる。これらの義勇兵たちは、かつてモハメド・アタらがニューヨークの世界貿易センタービルやペンタゴン(米国防総省)を破壊したような、大規模テロを実行する危険がある。ISは、欧米諸国が最も恐れている原子力発電所や核兵器施設、化学工場を目標とするかもしれない。ISのテロの最初の標的となるのは、中東に地理的に近く、入国検査が米国ほど厳しくない欧州だ。

米国のオバマ大統領は、イラクから米軍を撤退させることを公約として、大統領選挙に勝利した。中東への軍事介入に消極的だったオバマ氏が政策を180度転換して、ISに対するイラクでの空爆に踏み切らざるを得なかったのは、欧米諸国間でISの国際テロに対する警戒感がいかに強まっているかを示している。

シリアやイラクと国境を接するトルコ政府は、「空爆だけではISを撃退できない。事態がさらに悪化した場合、地上軍を派遣する」という方針を明らかにしている。私は、米英仏もISと戦うために、地上部隊を送らざるを得なくなると予想している。中東では今後、数年間にわたって局地的な戦闘が続くことになるだろう。欧州諸国の政府は、無差別テロへの警戒を強めざるを得ない。

米メリーランド州, 陸軍基地, NSA本部
9月下旬、トルコ南部シュリュジュ近くの国境ゲートを越えるシリア難民たち

蘇生したロシアの帝国主義

もう1つの地政学的リスクはロシアである。ベルリンの壁崩壊以降、25年間にわたって勢力圏が縮小されるという屈辱を味わってきたロシアは今年、クリミア半島に軍を派遣してここを併合した。さらにロシア系住民が多いウクライナ東部地域でも内戦が勃発。ウクライナ政府と独立分離勢力は停戦に合意したものの、戦闘は散発的に続いており、事態は根本的に解決していない。

プーチン大統領は、どこまで勢力範囲を広げようとしているのか。欧米は真意を測りかねている。特に、ロシア系住民の比率が高いバルト3国では不安が強まっている。北大西洋条約機構(NATO)は、ベルリンの壁崩壊後初めて、ロシアの軍事行動を前提とした戦略を検討し始めた。欧米諸国は、欧州で冬眠していた「帝国主義」が息を吹き返したことを悟ったのだ。メルケル首相の言葉を借りるまでもなく、ウクライナ危機は長期戦になるだろう。

ドイツも軍事貢献拡大へ

EUの事実上のリーダーであるドイツも、軍事貢献の割合を増やさざるを得ない。今年10月初め、フォン・デア・ライエン国防相は「イラクとウクライナに少数の地上部隊を派遣したい」と述べて政界を驚かせた。野党だけでなく与党内部でも、連邦軍の派兵には批判的な意見が強い。この発言は、ほかのEU加盟国からメルケル政権への圧力が高まっていることを示唆している。経済界や市民にとっても、再び戦争とテロが影を落とす憂うつな時代がやって来たのだ。欧州に生活する我々も、このことを常に念頭に置いておく必要がある。

17 Oktober 2014 Nr.988

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:12
 

反ユーロ政党 AfD・大躍進の秘密は?

8月から9月に旧東独の3つの州で行われた州議会選挙の結果は、メルケル首相(キリスト教民主同盟=CDU)が率いる大連立政権だけでなく、すべての政党に衝撃を与えた。

AfD が3つの州で議会入り

その理由は、ユーロ圏の廃止を求める右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が各党から票を奪って高い得票率を確保し、初の州議会入りに成功したからだ。AfDは、経済学者ベルント・ルッケやフランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)の元記者コンラート・アーダムらが昨年結党した新しい政党だ。同党はまず、8月31日にザクセン州議会選挙で9.7%の得票率を獲得し、キリスト教民主同盟(CDU)、左派党、社会民主党(SPD)に次ぐ第4位の政党の地位を確保した。

さらに、9月14日のブランデンブルク州議会選挙では12.2%、テューリンゲン州議会選挙でも10.6%を確保して、第4位の政党となった。AfDの得票率は、これら3つの州で自由民主党(FDP)と緑の党を上回っている。CDUはテューリンゲンとブランデンブルクで首位を維持したものの、この右派政党が初の州議会選挙で2桁の得票率を記録し、一気に3つの州議会に進出したことに強いショックを受けている。

ベルント・ルッケ党首
AfDのベルント・ルッケ党首

FDPの地位を奪う

AfDのルッケ党首は、「有権者たちは政治の変化を求めて票を投じた。既成政党は、これまでの快適な地位に安住するばかりで市民の利益を守ろうとしなかったために、今回しっぺ返しを受けたのだ」と高らかに勝利宣言を行った。

ドイツでは、小政党の乱立を防ぐために、得票率が5%に達しない政党は議会入りすることができない。FDPはこれらの3つの州で5%のハードルを越えることができず、泡沫政党として州議会から姿を消した。かつて、ゲンシャー、ラムスドルフなどの大物政治家を擁し、中央政界でも活躍したFDPの凋落の仕方は凄まじい。その空白をAfDが埋めることになるのだ。

EU批判が奏功

なぜAfDは、目覚ましい躍進を実現できたのか。その最大の理由は、同党が欧州連合(EU)を争点としたことだ。ルッケ党首は、ユーロ圏を廃止してマルクの再導入を求めるだけでなく、ギリシャやスペインなど、破たんの瀬戸際に追い込まれた国への支援措置を連邦議会が阻止できるようにすることを要求している。彼は、「各国の予算編成権はそれぞれの議会が持つべきであり、欧州中央銀行(ECB)や欧州委員会が議会の権限を制約することは許されない」と主張してきた。そしてAfDは、加盟国がユーロ圏から脱退することを可能にすべく、EU法を改正することも求めている。

メルケル首相は、「ユーロが破たんすれば欧州が破たんする」として、ギリシャの債務不履行やユーロ圏からの脱退を是が非でも防ごうとしてきた。また、ECBのマリオ・ドラギ総裁は、「どのような手段を講じてもユーロを防衛する」と主張する。AfDの政策は、これらの路線に真っ向から対立するものだ。さらにルッケ党首は、「南欧の過重債務国への支援措置が、ドイツの財政にどれだけの負担を掛けているかが不透明である。政府は市民の負担がどの程度になっているかを明示するべきだ」と訴えてきた。ドイツ人の中には、「なぜドイツが、ずさんな財政運営を行ったギリシャやスペインのために多額の支援をさせられるのか」という意見を持つ人が少なくない。AfDはこうした人々の心をつかみ、大躍進したのだ。

また、旧東独の失業率は現在も旧西独を上回っており、若者を中心に西側への人口の流出が続いている。このため市民の間では、旧西独に比べて現状に不満を持つ人が多い。彼らがAfDに「抗議票」を投じたことも、同党の勝利につながった。

「抗議政党」として票を獲得

ドレスデン工科大学のヴェルナー・パッツェルト教授は、公共放送ARDのインタビューの中で、「ドイツのすべての主要政党はメルケル政権のユーロ救済策を支持しているが、AfDは納税者に負担を強いる救済策を批判することで、現状に不満を持つ有権者を引き付けた」と分析。パッツェルト氏は、「AfDはメルケル首相が率いるCDUにとって重大な脅威になりうる」と考え、「AfDの票田は保守的な思想を持つ市民なので、CDUとの間で今後軋轢(あつれき)が生じるだろう。かつてSPDが、環境政党である緑の党や左派党によって票を食われたのと同じ運命をたどるかもしれない」と分析する。

これに対し、このポピュリスト政党を過大評価しないように戒める声もある。FAZ紙のユストゥス・ベンダー記者は、「AfDが国政選挙でも得票率を増やせるかどうかは、同党の州議会レベルでの今後の活動内容に懸かっている」と指摘する。さらに彼は、ユーロ廃止など、AfDの勝利をもたらした提言は、連邦議会や連邦参議院でのみ実現できるもので、州議会では限界があると分析した。メルケル首相はAfDの勝利について、「連邦政府が良い仕事をすることが、AfDの躍進に対する最良の回答だ」と述べ、保守本流に属する有権者層を守るという決意を表明した。

いずれにしても、EUに批判的な右派政党が、フランスに続いてドイツでも重要な政治勢力となったことは、伝統的な政党に「警戒信号」が点ったことを意味する。大連立政権は、AfDの拡大にどのようにして歯止めを掛けるのだろうか。

3 Oktober 2014 Nr.987

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:14
 

米国のネット支配に対抗できるか?

私は24年前からミュンヘンに住み、日本とドイツ社会の両方を眺めているが、時折、両国の国民の反応に大きな違いが表れることに気付く。米諜報機関・国家安全保障局(NSA)の元職員エドワード・スノーデン氏が2013年に暴露した、同局による電子盗聴問題もその1つだ。

米メリーランド州, 陸軍基地, NSA本部
米メリーランド州の陸軍基地内にあるNSA本部

日本よりも強いドイツの関心

スノーデン事件は、間違いなく諜報の歴史に残る出来事だ。米国のグローバルなスパイ活動が、元職員によって詳細に明らかにされたのは初めてのことだからである。日本では一部の新聞が報道したり、スノーデンを最初にインタビューした記者の本が翻訳・刊行されたりしているが、政界や経済界を巻き込んでの大議論にはなっていない。どちらかといえば、国民の大半は無関心である。これに対してドイツでは、NSA問題が政界、経済界、言論界に大きな議論を巻き起こしている。その理由の1つは、NSAがメルケル首相(キリスト教民主同盟=CDU)の携帯電話を盗聴していたことが、報道機関によって暴露されたことだ。米国政府も過去に傍受を行ったことを否定しなかった。

この事実は、メルケル首相だけでなく国民をも激怒させ、米独関係は急速に冷え込んだ。連邦議会は今年3月に「NSA問題調査委員会」を設置し、一部の議員はスノーデン氏の証言を要請している。連邦検察庁もメルケル首相の携帯電話の盗聴事件に関して、スパイ活動の疑いで捜査を開始した。しかし、連邦議会の調査委員会や連邦検察庁は米国の協力をほとんど得られないだろう。NSAの業務内容はトップシークレットに属するため、米政府関係者は口を閉ざすはずだ。

米国はスパイ活動を止めない

ドイツ政府の一部には「米国との間に、相互にスパイ活動を行わないという“ノー・スパイ合意”を結ぶべきだ」という意見もあったが、これは外交・諜報の世界の現実を無視した、あまりにも楽観的な主張だ。「外交の世界に国益はあるが、友情はない」という警句がある。この言葉が示すように、国際社会を左右するのは国益だけだ。友好国の首脳の本音を、盗聴などのスパイ活動によって探るのは諜報の世界の常識であり、米国がドイツの要請に基づいてスパイ活動を止めることはあり得ない。

検察庁にとっても、同盟国の政府が容疑者である事件の捜査は困難だ。NSAはメルケル首相だけでなく、ドイツだけでも毎日何百万人もの市民の通話を傍受し、電話番号やメール内容を記録している。彼らは特定の容疑者だけをピックアップして盗聴するのではなく、大量の通信データを地引網のような傍受システムでキャッチし、巨大なサーバーに保存する。このこと自体、すでに憲法が保障する通信の秘密を侵す行為だ。

ビジネス界と諜報機関の協力?

ドイツでは、20世紀前半にナチスが市民権や表現の自由を抑圧し、密告者を使って国内にも諜報網を張り巡らせていた。密かに英国放送協会(BBC)の海外向けラジオ放送などを聞いていた国民は密告され、刑事訴追された。また東ドイツでは、社会主義政権の国家保安省(シュタージ)が何万人もの密告者を動員して、政府に対して批判的な意見を持つ国民を監視していた。こうした苦い経験から、ドイツ人は今日でも、個人情報が諜報機関などにキャッチされ、それが蓄積されるということに敏感なのである。

もう1つ、ドイツ市民を戦慄させた事実がある。インターネット・ビジネスの世界では、グーグル、アマゾン、ウィキペディア、アップルなど米企業が主導権を握り、他国に大きく水を開けている。スノーデン氏は、「これらの企業が過去においてNSAに協力し、顧客データなどへのアクセスを許可していた」と主張している(企業側は否定)。ご存知のように、これらの企業のサーバーは初歩的な人工知能を使って消費者がインターネットでどのようなページを閲覧したかを把握し、消費者の関心に基づいて広告を表示したり、商品を推薦したりする。これらの個人情報が、民間企業から諜報機関に提供されるとしたら、恐るべきことだ。

人工知能がミスを犯すこともあり得る。例えばシリアやイランの古代遺跡に関心がある日本人が、そうした場所に関するウェブサイトを頻繁に見ていることがNSAにキャッチされ、「テロ組織に関係のある人物」という疑いを掛けられる危険性もある。

注目すべき欧州裁の判決

先日、惜しくも死去したフランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)の共同発行人フランク・シルマッハー氏は、「産業界と諜報機関の協力による、個人の自由の制限」に強い懸念を抱き、1年前からFAZの文化面で政治家、企業家、学者に寄稿を求め、個人データ収集問題について議論を行わせていた。こうした世論の影響を受けて、欧州裁判所は今年5月にグーグルに対し、市民が申請した場合には機微な個人情報を削除することを命じた。グーグルが裁判所から情報の一部を取り除くよう命令され、実行するのは初めてのことである。「ネットの世界にも法治主義を通用させるべきだ」という司法界の強力なメッセージであり、大きく評価したい。

アジア諸国の政府や言論界は、この問題についてあまりにも無関心だ。米国のインターネット支配に唯一対抗できる勢力があるとすれば、それは欧州である。今後の議論の行方に注目していきたい。

19 September 2014 Nr.986

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:15
 

<< 最初 < 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 > 最後 >>
46 / 114 ページ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


Nippon Express SWISS ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド

デザイン制作
ウェブ制作