Hanacell
独断時評


独エネルギー革命でエーオン、原子力・火力発電「撤退」

2014年11月30日夜。ドイツ人たちは最初の待降節(アドヴェント)を迎え、静かにクリスマス・シーズンの到来を祝っていた。そこへ、青天の霹靂(へきれき)のようなニュースが飛び込んできた。

エーオン「解体」の衝撃

デュッセルドルフに本社を持つドイツ最大のエネルギー企業E・ON(エーオン)が、原子力発電と褐炭や石炭などによる火力発電事業を切り離して、別会社に担当させると発表した。本社は、再生可能エネルギーなど新しいビジネスモデルに特化する。これはドイツのエネルギー業界だけでなく、経済界そして欧州全体に衝撃を与えるニュースだ。

人々を驚かせたのは、今回発表された機構改革が極めて大規模で、エーオンという巨大企業を根本から塗り替えることだ。同社は基本的に2つに分割される。エーオンの社員数は現在6万人。そのうち4万人は本社に残って、再生可能エネルギー、新時代の送電網ビジネスである通称「スマートグリッド」、そして分散型の発電に関する顧客サービスを担当する。

残りの2万人は新会社に移り、原子力発電と褐炭・石炭、天然ガスによる火力発電、水力発電事業を担当する。新会社の株式の大半は、現在のエーオンの株主が所有するが、一部は株式市場で販売する。大企業が不採算部門を切り離すときなどに使う「スピン・オフ」という手法だ。つまりエーオン本社は、伝統的な発電事業から事実上「撤退」し、21世紀の新しいビジネスへ向けて新たな航海に出るわけだ。

福島事故が間接的な原因

なぜエーオンは、これほど大胆なリストラに踏み切るのだろうか。その間接的な理由は、2011年に起きた東京電力・福島第1原子力発電所の炉心溶融事故にある。メルケル政権は、先進工業国で最悪となったこの原子炉事故をきっかけに、2022年末までに原子力発電所の全廃を決定。同時に、再生可能エネルギーの拡大をスピードアップする「エネルギー革命」を発動させた。政府は2050年までに、再生可能エネルギーの発電比率を80%まで引き上げることを目指している。

エーオンは、2011年にメルケル政権によって2基の原子炉(イザー1号機とウンターヴェーザー)を停止させられたことや、核燃料税の負担のために創業以来初の赤字に転落。さらに同社に致命的な打撃を与えたのが、再生可能エネルギーによるエコ電力の急増だ。再生可能エネルギーの本格的な助成は、2000年にシュレーダー政権が開始。2003年には再生可能エネルギーの発電比率(水力も含む)は7.5%だったが、2013年には3.2倍に増えて24%になった。

特に太陽光発電装置の駆け込み設置が2010年以来急増したことなどにより、電力の卸売市場に大量のエコ電力が流入し、供給過剰状態が出現。電力の卸売価格が大幅に下がったのである。例えば、経済社会の恒常的な電力需要をカバーするベースロードと呼ばれる電力の先物取引価格は、2008~13年までに50%、需要が最も高くなるときのピークロードと呼ばれる電力の先物取引価格は、65%も下落した。

新エネ普及で業績悪化

この価格下落のため、褐炭・石炭、天然ガスによる火力発電所の収益性が悪化。特に減価償却が終わっていない天然ガス発電所では、運転コストすらカバーできないところが現れた。発電すればするほど、損失が膨らむのだ。2013年のエーオンのドイツ国内での発電比率の中では、石炭・褐炭、天然ガスなどの化石燃料が59.5%、原子力が29.2%である。再生可能エネルギーはわずか11.4%と全国平均に比べて大幅に低い。つまりエーオンの発電比率の9割近くが、採算が悪化しつつある部門なのだ。

エーオンの今年1~9月までの当期利益は、前年の同じ時期に比べて25%も減っていた。第4・四半期には、発電所の資産価値の低下によって、45億ユーロ(約6300億円)の特別損失を計上する見込みで、通年では再び赤字決算となる可能性がある。

ヨハネス・タイセン社長は、12月2日の記者会見で「現在の企業構造では、急激に変化する市場に対応できない。これまで通りのやり方を続けていくわけにはいかない」と断言した。同時に、「再生可能エネルギーのうち、風力や太陽光はまだ初期段階にあるが、火力発電などの伝統的な発電事業に比べて、今後急速に伸びると確信している」と述べ、同社の未来は新エネルギーにあるという見方を明らかにした。

株式市場はエーオンの決定を歓迎。2011年以降下がる一方だった同社の株価は、大リストラの発表の翌日に約4%上昇した。

E・ONのヨハネス・タイセン社長
E・ONのヨハネス・タイセン社長

原発廃炉コストは誰が負担する?

メルケル政権は11月に、CO2放出量の削減に拍車を掛けるために、褐炭・火力発電所の閉鎖を事実上命じる計画を打ち出していた。温暖化防止という意味では、エーオンの決定は政府にとって歓迎すべきことだ。ただし、新会社が原発の廃炉費用や、高レベル放射性廃棄物の最終貯蔵処分場の選定のためのコストを負担できるのかという、新たな問題が浮上する。

福島事故が引き金となったエネルギー転換が、この国のエネルギー業界に革命的な変化を及ぼしたことだけは間違いない。

19 Dezember 2014 Nr.992

最終更新 Donnerstag, 18 Dezember 2014 16:09
 

ドイツ「脱原子力」の次は「脱石炭」?

12月に入り、気温が急に下がってきた。寒さが厳しい北国のドイツでは、暖房や短い日照時間のために、冬に電力需要が最も高くなる。こうした中ドイツでは、将来の電力市場をどのように変更するかについて、新たな議論が持ち上がっている。

火力発電所の強制閉鎖?

そのきっかけとなったのは、11月末にメルケル政権が二酸化炭素(CO2)の排出量を削減するために、電力会社に褐炭・石炭火力発電所の一部を、半ば強制的に閉鎖させることを提案したことだ。ジグマー・ガブリエル経済相(社会民主党=SPD)は、RWE、E・ON、Vattenfall、ENBWなどの電力会社に対し、2020年までにCO2排出量を少なくとも2200万トン削減することを、法律で義務付けることを検討している。ガブリエル経済相は、「どのような方法によってCO2排出量を2200万トン減らすかについては、電力会社が決めれば良い」としている。だが実際には、電力会社がCO2排出量をこれだけ減らすには、火力発電所の一部を止めるしかない。したがって政府は、実質的には電力会社に対し、褐炭・石炭火力発電所の一部を法律によって強制的に閉鎖させようとしているのだ。

ガブリエル経済相は、なぜこのような強硬手段を打ち出したのか。その理由は、連邦政府がCO2削減目標を達成できない可能性が高まっているからだ。地球温暖化防止を重視するドイツ政府は、2020年までにCO2排出量を1990年比で40%削減することを目標としている。しかし、ここ数年間、電力会社は減価償却の終わった古い褐炭・石炭火力発電所をフル稼働させて収益性を確保しようとしている。このため、2013年のドイツのCO2排出量は前年に比べて1200万トン(1.2%)増加してしまった。2013年の発電比率のうち、45.5%は褐炭と石炭が占めている。その比率は前年比1.5ポイントの上昇。現在の状態がそのまま続くと、1990年と比べたドイツのCO2排出量削減率は32~35%にとどまると予想されている。経済省が褐炭・石炭火力発電所の強制閉鎖を検討しているのはそのためだ。

褐炭は、ルール地方や旧東独の露天掘り鉱山で採掘できる。このため、国産のエネルギー源としては最も安い。しかし、天然ガスに比べるとCO2の発生量が高いので、緑の党や環境保護団体は褐炭火力発電所を「クリマ・キラー(気候を害する物)」と呼んで、閉鎖を求めている。

ドイツ各地に点在する火力発電所
ドイツ各地に点在する火力発電所

褐炭・石炭から天然ガスへ

政府が褐炭・石炭火力発電所の部分的な閉鎖を目指すもう1つの理由は、電力の過剰供給量を減らして、より環境にやさしい天然ガス火力発電所の稼働率を増やすことだ。ドイツ経済研究所(DIW)・エネルギー部のクラウディア・ケムファート部長は、褐炭・石炭火力発電所の閉鎖がドイツの電力市場に与える影響について、経済省のために鑑定報告書を作成した。

現在、ドイツでは再生可能エネルギーによる電力が増えているために、電力卸売市場での価格が下がっている。このため、新型で燃焼効率が良い天然ガス火力発電所の収益性が下がっており、電力会社はこの種の発電所よりも古い褐炭・石炭火力発電所を積極的に使う傾向がある。ケムファート氏は、「褐炭・石炭火力発電所の一部を閉鎖すれば電力キャパシティーが減るので、卸売市場の電力価格は1キロワット時当たり1セント上昇する。電力価格が上昇すれば、天然ガス火力発電所の収益性と稼働率が回復するので、一挙両得だ」と主張する。つまり政府は、電力の値段を上げることによってCO2排出量の比較的少ない天然ガス火力発電所の使用を促進しようとしているのだ。

産業界は猛反対

一方、産業界はガブリエル経済相の提案に反発している。ドイツ産業連盟(BDI)のマルクス・ケルバー会長は、「もしもガブリエル経済相の提案が実施された場合、2020年までに電力の卸売価格は約20%上昇し、電力を大量に消費する企業のエネルギー・コストは15%増える。2020年から10年間にドイツの国内総生産(GDP)は約700億ユーロ減り、7万4000人分の雇用が脅かされるだろう」と述べ、政府の計画に強く反対した。BDIは、「褐炭・石炭火力発電所を閉鎖した場合、ドイツ産業界の競争力が損なわれる。さらに、結局はポーランドなどの外国から、石炭によって作られた電力がドイツに輸入されるので、欧州全体で見ればCO2は減らない」と述べて、この提案に疑問を投げ掛けた。

また、電力会社のロビー団体「ドイツ・エネルギー水道事業連邦連合会(BDEW)」も、「エネルギー業界は地球温暖化防止のために今後も貢献する用意があるが、ガブリエル氏の発電所閉鎖案については、欧州全体の視点から考えるべきだ。さらに、電力の安定供給や雇用、景気への影響にも配慮すべきだ」と述べ、慎重な姿勢を示している。

多くの科学者は、「ここ数年間、世界各地で観測されている平均気温の上昇や海面の上昇、異常気象に起因する自然災害は、CO2排出量の増加と関連がある」と主張している。CO2排出量削減が緊急の課題であることは間違いない。同時に、政府は環境保護コストが経済成長にブレーキを掛けることも避けなければならない。ドイツは、このジレンマをどのように解決するのだろうか。

5 Dezember 2014 Nr.991

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:08
 

ベルリンの壁崩壊から25年

今年11月9日は、1989年にベルリンの壁が崩壊してから、ちょうど25年目だった。壁崩壊は、その後の欧州を大きく変えたドイツ史の中で最も劇的な事件の1つである。この出来事を回顧するために、ベルリンで盛大な記念式典が開かれた。メルケル首相(キリスト教民主同盟=CDU)は、「今日は、壁を越えようとして射殺された人々に思いをいたす日でもある。東ドイツは不法国家だった」と述べ、許可なく国境を越えようとした市民に対する射殺命令を出していた社会主義政権を批判した。

同時にメルケル首相は、ウクライナ東部やシリア、イラクの市民に対するメッセージとして、「現在多くの人々の、自由を享受する権利が脅かされている。だが、ベルリンの壁崩壊は、(自由を取り戻すという)彼らの夢も叶うかもしれないという希望を与えてくれる。変えられないものは1つもない」と述べた。

ベルリンの壁崩壊25周年, 25周年記念フェスティバル
25周年記念フェスティバルでチェックポイント・チャーリーに集まった人々

東ドイツ人の勇気

変化を求めて壁を壊したのは、東ドイツ市民である。政治的に硬直し、経済的に疲弊していた社会主義政権は、1980年代末にこの国で起こった民主化要求運動を押しとどめることができなかった。ホーネッカー政権に弾圧されていた教会関係者や芸術家らを中心として、人々は身の危険を顧みずにデモを始めた。その意味で、東ドイツ人たちの勇気に敬意を表したい。

さらに、1980年にポーランドで社会主義政権から独立した労働組合「連帯」を作った労働者たち、1989年夏にハンガリーとオーストリア間の国境を開放し、東ドイツからの難民を西側に脱出させたハンガリー政府の貢献も忘れられない。彼らも、ベルリンの壁崩壊に繋がる長いプロセスの中で、重要な里程標を打ち立てた。

また、当時のソビエト連邦(以下、ソ連)の最高指導者がゴルバチョフという稀有な指導者だったことも、ドイツにとっては幸いした。彼はベルリンの壁が崩壊したとき、この街から北へ30キロの地点に駐留していた戦車部隊を投入しなかった。1953年にベルリンやほかのドイツ東部地域で起きた市民による民主化要求デモは、ソ連軍に制圧されて多数の死傷者が出た。流血の惨事の再現は避けられたのだ。

壁崩壊が可能にしたサクセスストーリー

「変えられないものはない」というメルケル首相の言葉には、彼女の人生に対する想いも込められている。彼女は、社会主義時代に東ベルリンの研究所で物理学者として働いていた。壁崩壊後に徒歩で西ベルリンへ行き、その劇的な変化に感動した。そして、全く経験のなかった政界に身を投じたところ、当時の首相であったコール氏に抜擢され、連邦青年家庭相、連邦環境相、CDU幹事長と、瞬く間に出世した。

2005年にはドイツ初の女性首相の座に就き、今では欧州連合(EU)における事実上のリーダー国の指導者として、内外から深い信頼を受けている。牧師の娘として、西側に政治的な地盤も血縁もなかったメルケル氏が首相の座に上り詰めたのは、壁の崩壊とドイツ統一が可能にしたサクセスストーリーである。

私は1989年11月にNHKの記者として壁崩壊を取材して以来、ベルリンに何度も足を運んでいるが、壁は次々に取り壊されて、ほとんどの地域で姿を消した。ベルリン市民にとって、壁は28年間にわたり街を分断した憎き存在だったからだ。彼らは、できるだけ早く壁を撤去したかったのである。同時に、統一直後のベルリンでは、壁が東西間の交通の大きな妨げになっていたという現実的な理由もある。

今日、壁が残っている地域は、ほんの一部しかない。私は1980年にチェックポイント・チャーリーという国境検問所を通過して東ベルリンへ行ったことがあるが、壁が消えた今日のベルリンでは、当時の封鎖されていた都市の威圧感や国境付近の重苦しい空気は、全く感じられない。ベルナウアー通りの「ベルリンの壁資料館」の前に壁の一部が残されているが、そこからは国境地帯の閉塞感は伝わらない。今年の記念式典で、壁があった場所に明かりを灯した約7000個の風船を並べたアイデアは興味深く感じたが、ベルリンだけで138人もの命を奪った非情な壁を再現し得るものでは到底なかった。

新たな冷戦に歯止めを!

私がベルリンの戦後史に関する本の執筆で取材した際に強く感じたことは、冷戦時代の西ベルリンに駐留し続けた米軍の存在の重さである。社会主義国・東ドイツに浮かぶ孤島だった西ベルリンに、ソ連が最後まで手を出せなかった大きな理由は、米軍の守備隊がいたからである。ソ連の保守派も、米国との軍事衝突までは欲しなかった。もしも米軍がそこにいなかったら、西ベルリンはソ連陣営に飲み込まれていたかもしれない。その意味で、高いコストを注ぎ込んで西欧をソ連から守った米国の功績は、評価されるべきだ。

ベルリンの式典に招かれたゴルバチョフ氏は、「欧州に新たな冷戦が近付いている」と警告した。ロシアがクリミア半島を併合し、ウクライナ東部の内戦で分離独立派を支援していることは、欧州がベルリンの壁崩壊以来体験する最も深刻な危機である。

ドイツをはじめとする欧州諸国は、ウクライナ危機がエスカレートするのを避けるために、さらなる努力をする必要がある。西欧がロシアのあからさまな国際法違反や他国の主権侵害を放置すれば、悪しき前例となるだろう。

21 November 2014 Nr.990

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:10
 

ECBの銀行ストレステストとユーロ危機の行方

10月26日の日曜日、世界中の通貨当局者や投資アナリスト、銀行の頭取たちは、息を詰めてフランクフルトからのニュースを待っていた。この日、欧州中央銀行(ECB)がユーロ圏の大手銀行130行に対して行ったストレステストの結果を発表したのだ。ECBが、マーケットが休みの日曜日を選んで検査結果を発表したことには、金融市場に悪影響を与えたくないという配慮が感じられる。

ストレステストとは、リーマン・ショックのように、銀行が抱える特定の金融商品が巨額の損失を生んだり、保有株式や国債の価格暴落のような事態が起きたときに、銀行が安定した経営を続けるために十分な資本金を持っているかどうかについて検査するものである。人間で言えば、横になって安静にした状態で心電図を取るのではなく、自転車をこぐなどして、心臓にストレス(負荷)を掛けた状態で心電図を取るようなものである。

ECBによると、2013年12月31日の時点ではユーロ圏の25行で資本金不足が判明し、ストレステストで失格と判断された。しかし、これらの銀行のうち12行は資本の増強を行ったため、2014年度時点では13行が不合格になったことになる。

銀行業界の病が最も深刻なのはイタリアで、4行がテストに落第した。特に、トスカーナ州シエーナにあるモンテ・ディ・パスキ(MCP)銀行では、21億ユーロ(2940億円、1ユーロ=140円換算)もの資本金が不足している。これはユーロ圏で最悪の数字だ。MCP銀行に次いで深刻だったのはギリシャのユーロバンクで、不足金は17億6000万ユーロ。欧州最大の問題国であるギリシャでは、このほかに2行が不合格となった。一方、ドイツでは、検査の対象となった25行すべてがテストに合格した。2013年度の時点では、ミュンヘン抵当銀行で資本金が2億2900万ユーロ不足していたことが分かり、同行は不合格となったが、その後の増資によって、現時点ではストレステストに合格している。

不合格となった13行の資本金不足額は合計95億ユーロ(1兆3300億円)。我々には巨額に思われるが、金融業界の関係者や通貨当局者に言わせると、この額は「資本増強によって十分に対処できる額」だという。不合格となった銀行は、11月10日までに資本増強計画をECBに提出し、今後9カ月以内にストレステストに合格できる水準にまで資本金の額を増やさなければならない。

市場関係者や通貨当局者はテスト前、ユーロ圏の銀行の資本不足はもっと深刻だと考えていた。彼らは「95億ユーロ」という数字にひとまず胸をなで下ろしたようだ。このため、ECBが検査結果を発表した直後の株式市場や外国為替市場では、大規模な株価の下落などは起こらなかった。イタリアやギリシャでは、資本金不足を指摘された銀行の他行との合併など、金融業界の再編が進むだろう。

欧州債務危機は、銀行危機でもあった。2009年以来の債務危機は、南欧諸国では銀行規制官庁による監視が十分機能していなかったことを明らかにした。このため今年11月4日からは、ECBがユーロ圏の銀行監督庁としての権限も持つようになった。ユーロ圏の中央銀行が、監督・規制官庁としての役割をも果たすことについては異論も多いが、欧州発のグローバルな銀行危機を防ぐには、監視体制の強化は必要だろう。

2012年9月、ECBのマリオ・ドラギ総裁が「必要とあれば、ECBは南欧諸国の国債を無制限に買い取る。どんな手段を講じても、ユーロを防衛する」という固い決意を全世界に表明して以来、ギリシャやイタリアの国債の利回り水準は下がり、金融市場は小康状態を取り戻している。しかし、油断は禁物である。ECBによると、ユーロ圏の銀行が抱える不良債権の総額は8800億ユーロ(123兆2000億円)。南欧諸国を中心に、経営状態に不安がある銀行は少なくない。ギリシャやイタリアでは、ECBや欧州委員会が求めている経済改革や国営企業の民営化、競争力の強化が遅々として進んでいない。ギリシャが巨額の融資と利息をいつ返済できるのかは未知数である。金融市場では、「ギリシャが再び緊急融資を必要とする」という観測も出ている。また、メディアや経済学者の間では、日本がバブル崩壊後に経験したような、いわゆる「失われた10年」がユーロ圏にやって来るという悲観論も出ている。

欧州の景気動向にとっては、ドイツを除く大半の国で深刻な不況が続いていること、さらにデフレーションの懸念が強まっていることも無視できない。ECBが戦後最低の政策金利を維持したり、マーケットに低利で多額の資金(流動性)を提供したりしているのは、銀行の貸し渋りによって景気がさらに停滞色を強めることを防ぐためである。ECBは今年末までに、資産担保証券(Asset Backed Securities)という一種の社債の買い入れを始めるとみられている。問題は、ドラギ総裁がデフレの悪化を食い止めるために、国債の買い取りに踏み切るかどうかである。この措置については、ECBの理事会内部でも、ドイツを中心に反対意見が強い。

2007年以降の銀行危機の火を消すために、世界中の政府が投じた公的資金の額は8000億ドルに達すると推定されている。そのうちの56%が欧州の銀行救済に使われた。銀行経営の失敗のために、納税者の血税が湯水のように使われる事態は、金輪際終わりにしてほしいものだ。

ECB, ユーロ危機

7 November 2014 Nr.989

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:11
 

地政学的リスクの増大とドイツ

西欧は現在、過去2000年間で最も平和な時代を享受している。しかし最近、欧州の頭上に黒雲が広がってきた。それは「地政学的リスク」という暗雲である。具体的にはシリアやイラクなどの中東諸国における戦争、さらにウクライナ危機によって、政治的な不確実性が経済や社会に大きな影を落としつつあるのだ。

25年間続いた「楽園」

ベルリンの壁が崩壊してから、今年はちょうど25年目に当たる。検問所に立つ国境警備兵を無視して西側へ流れ込む人々の歓喜の声は、半世紀近く続いてきたドイツの分断が終わることを知らせる序曲だった。このドラマチックな出来事は、ドイツ統一、東欧諸国の「ビロード革命」、そしてソビエト連邦の崩壊と東西冷戦の終結に繋がった。

2度の世界大戦と東西冷戦に懲りた欧州の国々は、国家権力の一部を欧州連合(EU)という国際機関に移譲して国境の垣根を減らし、ナショナリズムの克服に向けて着実に歩んできた。シェンゲン協定に調印した国家間では、税関検査だけでなくパスポートの検査すら不要になった。

かつて米国の政治学者ロバート・ケーガンは、2001年の同時多発テロ後に発表した著書の中で、「欧州は米国とは違って戦争に国力を浪費せずに済んでおり、一種のパラダイス(楽園)だ」と羨望を込めた発言をしている。この言葉に表れているように、欧州はベルリンの壁崩壊後、25年間にわたって「平和の配当」の美酒を味わってきたのだ。

ISによる大規模テロの危険

しかし、今年になって欧州を取り巻く状況は再び劇的に変わりつつある。1つは、「アラブの春」が引き金となった中東諸国の国家崩壊現象によって、欧州に隣接するこの地域全体が不安定になりつつあることだ。

中東の危機を最も端的に象徴しているのが、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」である。ISは国境を無視し、神権国家の樹立を目指している。豊富な資金を持つこのテロ組織は、イラクとシリアで破竹の進撃を続け、米英のジャーナリストらを拉致しては処刑シーンをビデオ撮影し、インターネット上で公開した。万一、ISがこれらの国で政権を奪取すれば、タリバン政権下のアフガニスタンを上回る恐怖政治を行うだろう。女性や他宗教の信者は弾圧される。ISには、欧州出身者を中心に数千人の「義勇兵」が参加しているため、ISが支配する国家は国際テロリズムの温床になる。これらの義勇兵たちは、かつてモハメド・アタらがニューヨークの世界貿易センタービルやペンタゴン(米国防総省)を破壊したような、大規模テロを実行する危険がある。ISは、欧米諸国が最も恐れている原子力発電所や核兵器施設、化学工場を目標とするかもしれない。ISのテロの最初の標的となるのは、中東に地理的に近く、入国検査が米国ほど厳しくない欧州だ。

米国のオバマ大統領は、イラクから米軍を撤退させることを公約として、大統領選挙に勝利した。中東への軍事介入に消極的だったオバマ氏が政策を180度転換して、ISに対するイラクでの空爆に踏み切らざるを得なかったのは、欧米諸国間でISの国際テロに対する警戒感がいかに強まっているかを示している。

シリアやイラクと国境を接するトルコ政府は、「空爆だけではISを撃退できない。事態がさらに悪化した場合、地上軍を派遣する」という方針を明らかにしている。私は、米英仏もISと戦うために、地上部隊を送らざるを得なくなると予想している。中東では今後、数年間にわたって局地的な戦闘が続くことになるだろう。欧州諸国の政府は、無差別テロへの警戒を強めざるを得ない。

米メリーランド州, 陸軍基地, NSA本部
9月下旬、トルコ南部シュリュジュ近くの国境ゲートを越えるシリア難民たち

蘇生したロシアの帝国主義

もう1つの地政学的リスクはロシアである。ベルリンの壁崩壊以降、25年間にわたって勢力圏が縮小されるという屈辱を味わってきたロシアは今年、クリミア半島に軍を派遣してここを併合した。さらにロシア系住民が多いウクライナ東部地域でも内戦が勃発。ウクライナ政府と独立分離勢力は停戦に合意したものの、戦闘は散発的に続いており、事態は根本的に解決していない。

プーチン大統領は、どこまで勢力範囲を広げようとしているのか。欧米は真意を測りかねている。特に、ロシア系住民の比率が高いバルト3国では不安が強まっている。北大西洋条約機構(NATO)は、ベルリンの壁崩壊後初めて、ロシアの軍事行動を前提とした戦略を検討し始めた。欧米諸国は、欧州で冬眠していた「帝国主義」が息を吹き返したことを悟ったのだ。メルケル首相の言葉を借りるまでもなく、ウクライナ危機は長期戦になるだろう。

ドイツも軍事貢献拡大へ

EUの事実上のリーダーであるドイツも、軍事貢献の割合を増やさざるを得ない。今年10月初め、フォン・デア・ライエン国防相は「イラクとウクライナに少数の地上部隊を派遣したい」と述べて政界を驚かせた。野党だけでなく与党内部でも、連邦軍の派兵には批判的な意見が強い。この発言は、ほかのEU加盟国からメルケル政権への圧力が高まっていることを示唆している。経済界や市民にとっても、再び戦争とテロが影を落とす憂うつな時代がやって来たのだ。欧州に生活する我々も、このことを常に念頭に置いておく必要がある。

17 Oktober 2014 Nr.988

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:12
 

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