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ECBの銀行ストレステストとユーロ危機の行方

10月26日の日曜日、世界中の通貨当局者や投資アナリスト、銀行の頭取たちは、息を詰めてフランクフルトからのニュースを待っていた。この日、欧州中央銀行(ECB)がユーロ圏の大手銀行130行に対して行ったストレステストの結果を発表したのだ。ECBが、マーケットが休みの日曜日を選んで検査結果を発表したことには、金融市場に悪影響を与えたくないという配慮が感じられる。

ストレステストとは、リーマン・ショックのように、銀行が抱える特定の金融商品が巨額の損失を生んだり、保有株式や国債の価格暴落のような事態が起きたときに、銀行が安定した経営を続けるために十分な資本金を持っているかどうかについて検査するものである。人間で言えば、横になって安静にした状態で心電図を取るのではなく、自転車をこぐなどして、心臓にストレス(負荷)を掛けた状態で心電図を取るようなものである。

ECBによると、2013年12月31日の時点ではユーロ圏の25行で資本金不足が判明し、ストレステストで失格と判断された。しかし、これらの銀行のうち12行は資本の増強を行ったため、2014年度時点では13行が不合格になったことになる。

銀行業界の病が最も深刻なのはイタリアで、4行がテストに落第した。特に、トスカーナ州シエーナにあるモンテ・ディ・パスキ(MCP)銀行では、21億ユーロ(2940億円、1ユーロ=140円換算)もの資本金が不足している。これはユーロ圏で最悪の数字だ。MCP銀行に次いで深刻だったのはギリシャのユーロバンクで、不足金は17億6000万ユーロ。欧州最大の問題国であるギリシャでは、このほかに2行が不合格となった。一方、ドイツでは、検査の対象となった25行すべてがテストに合格した。2013年度の時点では、ミュンヘン抵当銀行で資本金が2億2900万ユーロ不足していたことが分かり、同行は不合格となったが、その後の増資によって、現時点ではストレステストに合格している。

不合格となった13行の資本金不足額は合計95億ユーロ(1兆3300億円)。我々には巨額に思われるが、金融業界の関係者や通貨当局者に言わせると、この額は「資本増強によって十分に対処できる額」だという。不合格となった銀行は、11月10日までに資本増強計画をECBに提出し、今後9カ月以内にストレステストに合格できる水準にまで資本金の額を増やさなければならない。

市場関係者や通貨当局者はテスト前、ユーロ圏の銀行の資本不足はもっと深刻だと考えていた。彼らは「95億ユーロ」という数字にひとまず胸をなで下ろしたようだ。このため、ECBが検査結果を発表した直後の株式市場や外国為替市場では、大規模な株価の下落などは起こらなかった。イタリアやギリシャでは、資本金不足を指摘された銀行の他行との合併など、金融業界の再編が進むだろう。

欧州債務危機は、銀行危機でもあった。2009年以来の債務危機は、南欧諸国では銀行規制官庁による監視が十分機能していなかったことを明らかにした。このため今年11月4日からは、ECBがユーロ圏の銀行監督庁としての権限も持つようになった。ユーロ圏の中央銀行が、監督・規制官庁としての役割をも果たすことについては異論も多いが、欧州発のグローバルな銀行危機を防ぐには、監視体制の強化は必要だろう。

2012年9月、ECBのマリオ・ドラギ総裁が「必要とあれば、ECBは南欧諸国の国債を無制限に買い取る。どんな手段を講じても、ユーロを防衛する」という固い決意を全世界に表明して以来、ギリシャやイタリアの国債の利回り水準は下がり、金融市場は小康状態を取り戻している。しかし、油断は禁物である。ECBによると、ユーロ圏の銀行が抱える不良債権の総額は8800億ユーロ(123兆2000億円)。南欧諸国を中心に、経営状態に不安がある銀行は少なくない。ギリシャやイタリアでは、ECBや欧州委員会が求めている経済改革や国営企業の民営化、競争力の強化が遅々として進んでいない。ギリシャが巨額の融資と利息をいつ返済できるのかは未知数である。金融市場では、「ギリシャが再び緊急融資を必要とする」という観測も出ている。また、メディアや経済学者の間では、日本がバブル崩壊後に経験したような、いわゆる「失われた10年」がユーロ圏にやって来るという悲観論も出ている。

欧州の景気動向にとっては、ドイツを除く大半の国で深刻な不況が続いていること、さらにデフレーションの懸念が強まっていることも無視できない。ECBが戦後最低の政策金利を維持したり、マーケットに低利で多額の資金(流動性)を提供したりしているのは、銀行の貸し渋りによって景気がさらに停滞色を強めることを防ぐためである。ECBは今年末までに、資産担保証券(Asset Backed Securities)という一種の社債の買い入れを始めるとみられている。問題は、ドラギ総裁がデフレの悪化を食い止めるために、国債の買い取りに踏み切るかどうかである。この措置については、ECBの理事会内部でも、ドイツを中心に反対意見が強い。

2007年以降の銀行危機の火を消すために、世界中の政府が投じた公的資金の額は8000億ドルに達すると推定されている。そのうちの56%が欧州の銀行救済に使われた。銀行経営の失敗のために、納税者の血税が湯水のように使われる事態は、金輪際終わりにしてほしいものだ。

ECB, ユーロ危機

7 November 2014 Nr.989

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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