Hanacell
独断時評


反ユーロ政党 AfD・大躍進の秘密は?

8月から9月に旧東独の3つの州で行われた州議会選挙の結果は、メルケル首相(キリスト教民主同盟=CDU)が率いる大連立政権だけでなく、すべての政党に衝撃を与えた。

AfD が3つの州で議会入り

その理由は、ユーロ圏の廃止を求める右派ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が各党から票を奪って高い得票率を確保し、初の州議会入りに成功したからだ。AfDは、経済学者ベルント・ルッケやフランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)の元記者コンラート・アーダムらが昨年結党した新しい政党だ。同党はまず、8月31日にザクセン州議会選挙で9.7%の得票率を獲得し、キリスト教民主同盟(CDU)、左派党、社会民主党(SPD)に次ぐ第4位の政党の地位を確保した。

さらに、9月14日のブランデンブルク州議会選挙では12.2%、テューリンゲン州議会選挙でも10.6%を確保して、第4位の政党となった。AfDの得票率は、これら3つの州で自由民主党(FDP)と緑の党を上回っている。CDUはテューリンゲンとブランデンブルクで首位を維持したものの、この右派政党が初の州議会選挙で2桁の得票率を記録し、一気に3つの州議会に進出したことに強いショックを受けている。

ベルント・ルッケ党首
AfDのベルント・ルッケ党首

FDPの地位を奪う

AfDのルッケ党首は、「有権者たちは政治の変化を求めて票を投じた。既成政党は、これまでの快適な地位に安住するばかりで市民の利益を守ろうとしなかったために、今回しっぺ返しを受けたのだ」と高らかに勝利宣言を行った。

ドイツでは、小政党の乱立を防ぐために、得票率が5%に達しない政党は議会入りすることができない。FDPはこれらの3つの州で5%のハードルを越えることができず、泡沫政党として州議会から姿を消した。かつて、ゲンシャー、ラムスドルフなどの大物政治家を擁し、中央政界でも活躍したFDPの凋落の仕方は凄まじい。その空白をAfDが埋めることになるのだ。

EU批判が奏功

なぜAfDは、目覚ましい躍進を実現できたのか。その最大の理由は、同党が欧州連合(EU)を争点としたことだ。ルッケ党首は、ユーロ圏を廃止してマルクの再導入を求めるだけでなく、ギリシャやスペインなど、破たんの瀬戸際に追い込まれた国への支援措置を連邦議会が阻止できるようにすることを要求している。彼は、「各国の予算編成権はそれぞれの議会が持つべきであり、欧州中央銀行(ECB)や欧州委員会が議会の権限を制約することは許されない」と主張してきた。そしてAfDは、加盟国がユーロ圏から脱退することを可能にすべく、EU法を改正することも求めている。

メルケル首相は、「ユーロが破たんすれば欧州が破たんする」として、ギリシャの債務不履行やユーロ圏からの脱退を是が非でも防ごうとしてきた。また、ECBのマリオ・ドラギ総裁は、「どのような手段を講じてもユーロを防衛する」と主張する。AfDの政策は、これらの路線に真っ向から対立するものだ。さらにルッケ党首は、「南欧の過重債務国への支援措置が、ドイツの財政にどれだけの負担を掛けているかが不透明である。政府は市民の負担がどの程度になっているかを明示するべきだ」と訴えてきた。ドイツ人の中には、「なぜドイツが、ずさんな財政運営を行ったギリシャやスペインのために多額の支援をさせられるのか」という意見を持つ人が少なくない。AfDはこうした人々の心をつかみ、大躍進したのだ。

また、旧東独の失業率は現在も旧西独を上回っており、若者を中心に西側への人口の流出が続いている。このため市民の間では、旧西独に比べて現状に不満を持つ人が多い。彼らがAfDに「抗議票」を投じたことも、同党の勝利につながった。

「抗議政党」として票を獲得

ドレスデン工科大学のヴェルナー・パッツェルト教授は、公共放送ARDのインタビューの中で、「ドイツのすべての主要政党はメルケル政権のユーロ救済策を支持しているが、AfDは納税者に負担を強いる救済策を批判することで、現状に不満を持つ有権者を引き付けた」と分析。パッツェルト氏は、「AfDはメルケル首相が率いるCDUにとって重大な脅威になりうる」と考え、「AfDの票田は保守的な思想を持つ市民なので、CDUとの間で今後軋轢(あつれき)が生じるだろう。かつてSPDが、環境政党である緑の党や左派党によって票を食われたのと同じ運命をたどるかもしれない」と分析する。

これに対し、このポピュリスト政党を過大評価しないように戒める声もある。FAZ紙のユストゥス・ベンダー記者は、「AfDが国政選挙でも得票率を増やせるかどうかは、同党の州議会レベルでの今後の活動内容に懸かっている」と指摘する。さらに彼は、ユーロ廃止など、AfDの勝利をもたらした提言は、連邦議会や連邦参議院でのみ実現できるもので、州議会では限界があると分析した。メルケル首相はAfDの勝利について、「連邦政府が良い仕事をすることが、AfDの躍進に対する最良の回答だ」と述べ、保守本流に属する有権者層を守るという決意を表明した。

いずれにしても、EUに批判的な右派政党が、フランスに続いてドイツでも重要な政治勢力となったことは、伝統的な政党に「警戒信号」が点ったことを意味する。大連立政権は、AfDの拡大にどのようにして歯止めを掛けるのだろうか。

3 Oktober 2014 Nr.987

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:14
 

米国のネット支配に対抗できるか?

私は24年前からミュンヘンに住み、日本とドイツ社会の両方を眺めているが、時折、両国の国民の反応に大きな違いが表れることに気付く。米諜報機関・国家安全保障局(NSA)の元職員エドワード・スノーデン氏が2013年に暴露した、同局による電子盗聴問題もその1つだ。

米メリーランド州, 陸軍基地, NSA本部
米メリーランド州の陸軍基地内にあるNSA本部

日本よりも強いドイツの関心

スノーデン事件は、間違いなく諜報の歴史に残る出来事だ。米国のグローバルなスパイ活動が、元職員によって詳細に明らかにされたのは初めてのことだからである。日本では一部の新聞が報道したり、スノーデンを最初にインタビューした記者の本が翻訳・刊行されたりしているが、政界や経済界を巻き込んでの大議論にはなっていない。どちらかといえば、国民の大半は無関心である。これに対してドイツでは、NSA問題が政界、経済界、言論界に大きな議論を巻き起こしている。その理由の1つは、NSAがメルケル首相(キリスト教民主同盟=CDU)の携帯電話を盗聴していたことが、報道機関によって暴露されたことだ。米国政府も過去に傍受を行ったことを否定しなかった。

この事実は、メルケル首相だけでなく国民をも激怒させ、米独関係は急速に冷え込んだ。連邦議会は今年3月に「NSA問題調査委員会」を設置し、一部の議員はスノーデン氏の証言を要請している。連邦検察庁もメルケル首相の携帯電話の盗聴事件に関して、スパイ活動の疑いで捜査を開始した。しかし、連邦議会の調査委員会や連邦検察庁は米国の協力をほとんど得られないだろう。NSAの業務内容はトップシークレットに属するため、米政府関係者は口を閉ざすはずだ。

米国はスパイ活動を止めない

ドイツ政府の一部には「米国との間に、相互にスパイ活動を行わないという“ノー・スパイ合意”を結ぶべきだ」という意見もあったが、これは外交・諜報の世界の現実を無視した、あまりにも楽観的な主張だ。「外交の世界に国益はあるが、友情はない」という警句がある。この言葉が示すように、国際社会を左右するのは国益だけだ。友好国の首脳の本音を、盗聴などのスパイ活動によって探るのは諜報の世界の常識であり、米国がドイツの要請に基づいてスパイ活動を止めることはあり得ない。

検察庁にとっても、同盟国の政府が容疑者である事件の捜査は困難だ。NSAはメルケル首相だけでなく、ドイツだけでも毎日何百万人もの市民の通話を傍受し、電話番号やメール内容を記録している。彼らは特定の容疑者だけをピックアップして盗聴するのではなく、大量の通信データを地引網のような傍受システムでキャッチし、巨大なサーバーに保存する。このこと自体、すでに憲法が保障する通信の秘密を侵す行為だ。

ビジネス界と諜報機関の協力?

ドイツでは、20世紀前半にナチスが市民権や表現の自由を抑圧し、密告者を使って国内にも諜報網を張り巡らせていた。密かに英国放送協会(BBC)の海外向けラジオ放送などを聞いていた国民は密告され、刑事訴追された。また東ドイツでは、社会主義政権の国家保安省(シュタージ)が何万人もの密告者を動員して、政府に対して批判的な意見を持つ国民を監視していた。こうした苦い経験から、ドイツ人は今日でも、個人情報が諜報機関などにキャッチされ、それが蓄積されるということに敏感なのである。

もう1つ、ドイツ市民を戦慄させた事実がある。インターネット・ビジネスの世界では、グーグル、アマゾン、ウィキペディア、アップルなど米企業が主導権を握り、他国に大きく水を開けている。スノーデン氏は、「これらの企業が過去においてNSAに協力し、顧客データなどへのアクセスを許可していた」と主張している(企業側は否定)。ご存知のように、これらの企業のサーバーは初歩的な人工知能を使って消費者がインターネットでどのようなページを閲覧したかを把握し、消費者の関心に基づいて広告を表示したり、商品を推薦したりする。これらの個人情報が、民間企業から諜報機関に提供されるとしたら、恐るべきことだ。

人工知能がミスを犯すこともあり得る。例えばシリアやイランの古代遺跡に関心がある日本人が、そうした場所に関するウェブサイトを頻繁に見ていることがNSAにキャッチされ、「テロ組織に関係のある人物」という疑いを掛けられる危険性もある。

注目すべき欧州裁の判決

先日、惜しくも死去したフランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)の共同発行人フランク・シルマッハー氏は、「産業界と諜報機関の協力による、個人の自由の制限」に強い懸念を抱き、1年前からFAZの文化面で政治家、企業家、学者に寄稿を求め、個人データ収集問題について議論を行わせていた。こうした世論の影響を受けて、欧州裁判所は今年5月にグーグルに対し、市民が申請した場合には機微な個人情報を削除することを命じた。グーグルが裁判所から情報の一部を取り除くよう命令され、実行するのは初めてのことである。「ネットの世界にも法治主義を通用させるべきだ」という司法界の強力なメッセージであり、大きく評価したい。

アジア諸国の政府や言論界は、この問題についてあまりにも無関心だ。米国のインターネット支配に唯一対抗できる勢力があるとすれば、それは欧州である。今後の議論の行方に注目していきたい。

19 September 2014 Nr.986

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:15
 

ドイツはクルド人に武器を供与すべきか?

ドイツ政府は、8月20日に安全保障政策を大きく変える歴史的な決定を行った。メルケル政権は、イラク北部でテロ組織「イスラム国(IS)」と戦うクルド人の戦闘部隊ペシュメルガに対して、武器を供与する方針を発表したのだ。ドイツはこれまで、「紛争地域には武器を供与・輸出しない」という原則を守ってきた。今回の決定は、戦後史の転換点を意味するものだ。

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8月にパリで行われた、ISによって虐殺されるクルド人とカトリック教徒の支援を訴えるデモ

戦火拡大の危険

シュタインマイヤー外相(社会民主党=SPD)とフォン・デア・ライエン国防相(キリスト教民主同盟=CDU)は、この決定の理由をこう説明した。「もしクルド人の防衛線がISによって突破されれば、中東地域全体に戦火が広がる危険性がある。その場合、ドイツの国益が直接脅かされる。したがって、ドイツがイラクに対して行う援助には武器供与も含まれる」。連邦議会は、この問題に関する特別審議を行う方針だ。

武器供与そのものの是非について、政治家たちの間では意見が分かれている。CDUの副党首ラシェット氏は「イラクの危機的な状況を考えると、武器を送るだけでは不十分だ」と述べ、国連主導の包括的な解決策を要求している。これに対してSPDのシュテグナー副党首は、「ISと戦うクルド人を支援する目的で供与した武器が、将来別の用途に使われて、罪のない人々が殺される危険性がある」として、ペシュメルガへの武器供与について慎重な姿勢を示した。また、メルケル首相(CDU)は「トルコからの独立を希望しているクルド人のテロ組織・クルド労働党(PKK)には武器を供与しない。ISと戦うために連邦軍をイラクに派遣する方針もない」と説明している。

ISの脅威

メルケル政権が武器供与に踏み切る背景には、欧米諸国の政府間でISに対する懸念が強まっていることにある。スンニ派のテロ組織ISは今年の春以来、破竹の進撃を続けており、すでにシリア領土のほぼ半分とイラクの約3分の1を制圧している。

イラクではISから逃れるために、数十万人の市民が難民化している。8月上旬には、イラク北部でクルド系の少数民族(ヤジディ教徒)2万人がISに包囲されたが、米軍の支援を受けたペシュメルガの反撃によってISの魔手を逃れた。

「アルカイダ以上に危険なテロ組織」とされるISの特徴は、資金が豊富なことである。ISは過去に、サウジアラビアや湾岸諸国の資産家から資金援助を受けていた。さらに、油田や製油所を占領して闇ルートで原油販売を行ったり、銀行などの金融機関を襲い、現金を強奪することによって潤沢な資金を確保している。

イラク軍部隊の一部は、ISの猛攻の前にクモの子を散らすように逃走したため、ISは戦車や自走榴弾砲、装甲車、地対地ミサイルなど多数の兵器を持っている。米軍が空爆によってクルド人の支援に踏み切らざるを得なかったのは、ISの装備や士気がペシュメルガやイラク政府軍を上回っているからだ。

残虐性と狂信主義

さらに、ISのテロリストたちは極めて残虐である。ISは8月19日、捕虜にしていた米国人ジャーナリストを斬首によって処刑する映像をインターネット上で公開した。彼らは「米国が空爆を止めなければ、ほかの捕虜も処刑する」と脅している。ISは、イスラム法に基づく神権国家「カリフ」を打ち立てることを目指しており、そこでは女性や異教徒の人権は抑圧される。

ISがイラクやシリアを完全に占領した場合、タリバン政権下のアフガニスタンのような無法国家が復活し、欧米にテロ攻撃を仕掛けるための「出撃拠点」となる危険がある。その狂信主義は、2001年に同時多発テロを行ったグループを連想させる。

ISはネット上で宣伝ビデオを公開し、欧州からイスラム教徒の「義勇兵」をリクルートしている。捜査当局は、欧州からシリアやイラクへ渡り、ISの戦列に加わった市民の数が2000人を超えるとみている。今年5月にブリュッセルのユダヤ博物館でイスラエル人を含む4人を射殺したフランス人は、ISのメンバーだった。

中東の国家崩壊現象

シリア、イラク、エジプト、リビア・・・・・・。中東地域で今進んでいるのは「国家崩壊」だ。国境を無視して拡大するISは、その象徴である。今年1月には、オバマ米大統領はISを取るに足りない存在として軽視していたが、今や米国政府は「ISはこれまでになかった重大な脅威だ」と警鐘を鳴らしている。イラクとアフガニスタンでの戦争で疲弊し、財政赤字に苦しむ米国は、中東への再介入に消極的。シリアではアサド政権が毒ガスを使ったにもかかわらず、オバマ大統領は軍事介入しなかった。こうした煮え切らない姿勢が、スンニ派過激勢力の軽視につながった。

また、米国のイラク撤退が早過ぎたことも、ISの急拡大につながった。イラクは独自に自国を防衛する力を持っていない。米国は今後、イラクだけでなくシリアでもISと戦わざるを得ない。戦況がさらに悪化した場合、米国は地上部隊の投入を迫られるかもしれない。欧米は「アラブの春」を喜んだが、その落し子が国家崩壊だった。21世紀の世界にとって最大の脅威の1つは、中東動乱の加速化である。

ドイツ政府と米国政府の急激な方針転換は、欧米諸国が中東情勢の先行きについて、いかに懸念を募らせているかを浮き彫りにしている。

5 September 2014 Nr.985

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:18
 

ガザ紛争とドイツの反応

イスラエル人とパレスチナ人の憎悪の悪循環が再び加速している。今年7月、ガザのパレスチナ自治区からイスラム原理主義組織ハマスがロケット弾をイスラエルに向けて発射したことを受け、イスラエル軍が戦闘機と地上部隊を投入してガザ地区を攻撃したのだ。

パレスチナ側に多数の犠牲者

これまでのガザ紛争と同様に、パレスチナ側の犠牲者数はイスラエル側の死者数を大幅に上回った。パレスチナ側では市民ら約1800人が死亡し、約9000人が重軽傷を負った。一方、イスラエル側では兵士64人が死亡、3人がロケット攻撃で死亡している。

今回のガザ紛争の特徴は、イスラエル側の無差別攻撃が目立ったことである。ガザ地区には、国連が運営している学校がいくつかあり、ここに数千人の市民が避難していた。市民は、「イスラエル軍が国連の学校を攻撃することはない」と考えたからである。しかしガザに侵攻したイスラエル軍は、ハマスのテロリストをせん滅するという名目で数回にわたって国連の学校に砲撃を加え、市民に多数の死者が出た。

ガザ, 国連学校
7月30日、イスラエル軍に攻撃されたガザの国連学校

例えば8月3日には、ガザ地区南部のラファーで国連の学校をイスラエル軍が攻撃し、子どもを含む30人が死亡、35人が負傷した。学校関係者たちは、事前にイスラエル軍に対して学校を攻撃しないよう再三にわたって要請していた。国連の潘基文事務総長は、避難者で溢れる国連施設への攻撃を「狂気の沙汰であり、犯罪である」と非難。通常はイスラエルを弁護する米国政府も「受け入れがたい行為だ」と批判した。

ロケット攻撃に対する報復

今回のイスラエル軍の軍事行動の最大の目的は、ハマスのロケット発射装置の破壊である。ハマスは、7月9日以来、約3400発のロケット弾をイスラエルに向けて発射。イスラエル軍はこの内90%を迎撃ミサイルで破壊したとしているが、一部は住宅街などに着弾した。ハマスは兵器の性能を以前と比べて大幅に向上させており、一部のロケット弾はテルアビブだけでなく、イスラエル北部やエルサレム周辺にも落下した。ガザ地区の隣接地域では、警報が発令されてから着弾するまでに15秒しかない。また、ハマスはガザ地区の住宅密集地やモスクの近くにロケットの発射装置を隠したため、市民の犠牲者が増加する一因となった。

もう1つの目的は、ハマスがガザ地区からイスラエルへ向けて掘ったトンネルを破壊することだった。紛争のきっかけは、今年6月にヨルダン川西岸地区でハマスのテロリストがイスラエル人の若者3人を誘拐して殺害したことだった。これに対しイスラエルの過激派勢力が、報復としてパレスチナ人の少年を殺害。この事件に対する報復として、ハマスはロケット攻撃を開始した。イスラエル政府は、将来ハマスのテロリストがトンネルを使ってイスラエルに侵入し、市民や兵士を誘拐したりテロ攻撃を行うことを警戒しているのだ。

反ユダヤ・ヘイトスピーチ

今回のイスラエルのガザ攻撃に対しては、欧州を中心に世界中で非難の声が巻き起こり、各地でイスラエルに抗議するデモが繰り広げられた。この背景には、圧倒的な軍事力でガザを攻撃し、パレスチナ市民に多数の犠牲者が出ることもいとわないイスラエル政府の姿勢に、多くの市民が強い反感を抱いたからである。この反感は、一部の市民の間で反ユダヤ主義を煽った。7月25日にベルリンで行われたデモでは、約2000人の参加者の中にイスラム原理主義者、ネオナチ、極左勢力、トルコ人過激派も混じっていた。参加者の一部は過激な反ユダヤ的スローガンを叫び、中には、ナチスの「ジーク・ハイル(勝利万歳)」というスローガンを叫ぶ者もいた。この露骨な反ユダヤ主義は、ドイツ社会に戦慄を走らせた。ドイツは1940年代前半のナチス政権下で、多数のユダヤ人を迫害し虐殺した過去を持つので、反ユダヤ主義には極めて敏感だ。

極右と極左が結集

ドイツではこれらのヘイトスピーチは、国民扇動(Volksverhetzung)として刑罰の対象となる。テロリストや過激派勢力の監視を担当する連邦憲法擁護庁のハンス=ゲオルク・マーセン長官は、「様々な過激派勢力が反イスラエルの旗の下に結集し、これだけの規模で大衆行動を行うのは新しい現象だ」と述べ、強い警戒感を示した。

多くの国内メディアも、「イスラエル政府の無差別攻撃を批判することは許されるべきだが、ネオナチが煽るようなユダヤ人に対する憎悪やヘイトスピーチには、ノーと言おう」として、イスラエル政府のガザ攻撃に対する批判と、反ユダヤ主義を区別すべきだという姿勢を打ち出した。

独政府は和平工作に関与を

今回のガザ攻撃の苛烈さは、ドイツ政府にとっても頭の痛い問題である。ドイツ政府は過去に対する反省から、イスラエル政府を基本的に支援する立場を貫いてきた。メルケル首相は、「イスラエルの安全を守ることはドイツの国是だ」と語ったこともある。ナチスによるユダヤ人迫害が中東地域への移民を促し、イスラエル建国の大きな起爆剤の1つとなったことは間違いない。その意味でドイツは、過去の世代の行為を通じて、中東での対立の責任の一端を間接的に担っている。

かつてヨシュカ・フィッシャー外相(任期1998〜2005年)が行ったように、ドイツの外相には中東での調停工作にもっと力を入れて欲しい。

15 August 2014 Nr.984

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:19
 

ウクライナ内戦とマレーシア航空機撃墜事件

今年3月のロシアによるクリミア半島併合以来、ウクライナをめぐる状況はエスカレートの一途をたどってきたが、7月17日にその危機は頂点に達した。ウクライナ内戦に全く関係のない多数の民間人が巻き添えとなって、命を落としたのである。

親ロシア武装勢力の誤射か

この日、ウクライナ東部地域の上空を飛んでいたマレーシア航空の旅客機MH17便が墜落し、乗客・乗員合わせて約300人が犠牲となった。西側軍事関係者の間では、「親ロシア武装勢力が、旅客機を軍用機と誤認して、対空ミサイルで撃墜した」という見方が広がっている。米国のオバマ大統領は、MH17便は撃墜された可能性が強いとしている。同国は軍事偵察衛星などによってウクライナ東部地域を24時間体制で監視しているので、すでに何らかの具体的な情報を握っているはずだ。

マレーシア航空機撃墜事件
7月23日、オランダ人搭乗者の遺体を祖国へ送る準備をするウクライナ護衛兵

軍事関係者の間では、ロシア製の自走式地対空ミサイル「ブーク」が使われたという見解が有力だ。このミサイルは1970年代に開発された兵器だが、改良を重ねられ、現在のブークの最大射程は2万5000キロメートルに達する。通常旅客機の飛行高度は1万キロメートルなので、このミサイルの射程内である。

MH17便は、救難信号を出す間もなく墜落した。さらに、機体が分解して広い地域に分散していることも、撃墜の可能性を示唆する。ブークは戦車のような車体の中にレーダーを搭載しており、画面上で捉えた目標に命中する確率は95%と言われる。

もしも親ロシア武装勢力がMH17便を撃墜したとすれば、同機のフライトレコーダーやボイスレコーダーの回収など、事故原因の究明は困難を極めるだろう。墜落地点は親ロシア武装勢力が支配している地域なので、調査活動が制限される可能性が強く、親ロシア武装勢力による撃墜を示唆する証拠は隠滅される危険性が高い。事故の原因が本当に誤射にあるとしたら、持続的な停戦を実現できないロシア政府、ウクライナ政府にも今回の事故の責任がある。さらに、両国を交渉のテーブルに着かせることができない欧米諸国にも、間接的な責任がある。戦争によって最も大きなツケを払わされるのは、常に市民なのだ。

空域は封鎖されていなかった

空の旅は30年前に比べて割安になり、快適になった。だが今回の事件は、空の旅も実は薄氷の上を歩んでいることを浮き彫りにした。

読者の皆さんの中には、「なぜ内戦が行われている地域の上空を、旅客機が通過していたのか」と思われる方もおられるだろう。だが航空界では、国際民間航空機関(ICAO)などが飛行禁止命令を出さない限り、紛争地域の上空を旅客機が通過するのは日常茶飯事である。特にマレーシアなど、東南アジアと欧州を結ぶ飛行ルートは、ロシアとウクライナ国境の上空を通っている。内戦が勃発してからも、数百機の旅客機がこの空域を通過している。

紛争地域上空の空域が封鎖されていないのに、そうした地域を迂回して飛ぶと、旅客機の燃料消費量が増え、到着が遅れる可能性も高まる。したがって、航空会社にとっては利益にならない。しかし私は、「米国政府は遅くとも、7月14日にはICAOに対してウクライナ東部地域の民間機の飛行を全面的に禁止するよう勧告すべきだった」と考えている。その理由は、7月14日に親ロシア武装勢力が、ウクライナ政府軍の輸送機を地対空ミサイルによって撃墜していたからである。しかも、米国の情報筋は、7月初めにはウクライナの諜報機関経由で、ロシアがウクライナ東部の親ロシア武装勢力に旧式のブーク・ミサイルを2基供与したことをつかんでいた。当初米国政府は、親ロシア武装勢力には、このブーク・ミサイルを使って航空機を撃墜する能力がないと見ていたようだ。だが米国は、7月14日に親ロシア武装勢力がウクライナの輸送機を撃墜した時点で、この地域上空の民間機の飛行を禁じさせるべきだった。そうすれば、MH17便が撃墜されることはなかったに違いない。

1 August 2014 Nr.983

最終更新 Mittwoch, 07 Januar 2015 13:20
 

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