Hanacell
独断時評


ドイツ人と労働時間

ようやくドイツでも、夏らしく暑い日々がやって来た。子どもたちだけでなく大人たちも、夏休みの旅行に行きたくて、うずうずしているに違いない。ところでドイツに住んでいる皆さんの中には、「ドイツ人は本当に長い休みを取るなあ」と思われた人もいるのではないだろうか。夏やクリスマスに3週間の休みを取る人は、少なくない。

ケルンのドイツ経済研究所の調査によると、2010年にドイツ人が取得した有給休暇の平均日数は30日。これに祝日(10日)を加えると、ドイツ国民は合計40日、つまり8週間休んだことになる。これは、デンマークと並んで欧州で最も長い。ドイツはフランス(有給休暇25日+祝日10日)、英国(有給休暇25日+祝日8日)などにも大きく水を開けている。

ドイツ企業は、「休暇の最低日数に関する法律」に基づき、社員に最低24日(フルタイムで週6日就業の場合)の有給休暇を与えなくてはならない。実際には大半の企業が約30日の有給休暇を与えている。ドイツの管理職は、部下に有給休暇を完全に消化させることを義務付けられている。このため、社員は上司が組合から批判されないようにするためにも、休暇をすべて取らなくてはならない。しかもバカンス中に病気になった場合、そのことを直ちに上司と人事部に連絡すれば、病気だった日は休暇ではなく「病欠」と認定されるので、後でその分の休暇日数が戻ってくる。我が国では考えられないことだ。

一方日本では、有給休暇2週間の内、実際に休むのは1週間だけで、残りの1週間は病気をしたときのためにとっておくという話をよく聞く。リーマンショック以降の日本では、人減らしが進んだために労働量が増え、私の知人の中には、毎日終電で帰宅するという人もいる。私はNHKの記者だった時、大事件の取材のために3カ月間、土日も含めて1日も休めなかったことがある。ドイツ人には想像もできないことだろう。

ドイツでは労働時間も、日本に比べて短い。経済協力開発機構(OECD)によると、2011年のドイツの年間労働時間は1411時間で、日本(1725時間)よりも18%短い。

最大の原因は、ドイツの労働法である。この国の企業は、管理職ではない社員を1日当たり10時間を超えて働かせることを法律で禁じられている。仮に社員を毎日12時間働かせている企業があったとすれば、企業監督局の検査を受けた場合、罰金を課されたり検察庁に告発されたりする危険もある。

だから、ドイツの管理職は社員に「絶対に10時間を超えて働かないように」ときつく言い渡す。私が日本で記者をしていた時は、毎日13時間働いたり、徹夜で番組のコメントを書いたりすることも珍しくなかったが、ドイツではマスメディアも10時間ルールを厳守しなくてはならない。

ドイツ人の労働時間は、日本より18%短いが、国民1人当たりのドイツのGDPは、4万3110ドルで日本を3%上回っている(2010年・世界銀行調べ)。またOECDによると、2011年のドイツの労働生産性(1時間当たりの国内総生産)は55.5ドルで、日本(39.8ドル)を39%も上回る。

もちろんドイツ社会では、休暇が優先されるために顧客が悪影響を受けるなどの問題もある。ドイツですら仕事のストレスのために「燃え尽き症候群」にかかる人が出始めている。それでも、短い労働時間でそこそこの成果を上げている国があることは、我々日本人にとっても参考になるのではないだろうか。

27 Juli 2012 Nr. 929

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:55
 

ユーロ救済で妥協したメルケル

6月28、29日にブリュッセルで行なわれたEU首脳会議は、ユーロ救済のために何度も行われてきたこれまでのサミットとは異なる様相を見せた。ギリシャなど過重債務と不況に苦しむ南欧諸国の救済をめぐって、ドイツのメルケル首相が初めて妥協したからだ。

今回のサミットの焦点は、EUの緊急融資機関・欧州金融安定メカニズム(ESM)だ。ESMは、ギリシャのように債務危機に陥った国に融資を行う、一種の火消し役だ。EUが2010年に一時的に創設した欧州金融安定ファシリティー(EFSF)を永続的な機関とするために作られた。

これまでEFSFとESMは、銀行に直接融資することを禁止されており、まず各国政府に融資しなくてはならなかった。現在ユーロ圏で火の手が最も近くまで迫っているのは、スペインだ。同国では不動産バブルの崩壊後、銀行が多額の不良債権を抱えたが、政府は財政難に苦しんでおり、銀行を救済するための資金がない。このためスペイン政府は6月25日、銀行への支援を理由に、EUに緊急援助を要請した。

スペイン政府はEUからお金を借りると、公的債務比率(債務と国内総生産=GDPの比率)が上昇する。すると、スペインは国債を売る際に高い利回りを払わなくてはならなくなり、資金調達がさらに困難になる。EUが「銀行と国債の悪循環」と呼ぶ事態である。今回のサミットでは、この悪循環を打破することが最大の課題となった。スペインとイタリアは、近い将来、銀行危機がさらに悪化する事態に備えて、ESMが銀行に直接融資できるよう制度改革を求めていた。

これまでドイツは、ESMによる銀行への直接融資に強く反対してきた。彼らは「ESMが銀行に直接融資するということは、ESMへの出資者である各国政府が、経営難に陥った民間銀行の“投資家”になることを意味する。その銀行が倒産した場合、各国政府、さらには納税者が損失を受ける。銀行に出資していた機関投資家の損失が、納税者によって軽減されるというのはおかしい」と主張したのだ。

ドイツはEU最大の経済パワーなので、加盟国の中で最も多く負担を強いられる。ドイツのESMへの貢献額は2480億ユーロ(24兆8000億円・1ユーロ=100円換算)に達している。

過去のサミットでドイツは、ギリシャやイタリアから「自国の負担ばかり気にして、真剣に南欧諸国を助けようとしていない。ドイツの頑固な態度がユーロを危険にさらしている」という批判を受けてきた。ドイツを支援するのは、オーストリア、オランダ、フィンランドなど欧州北部の国だけで、サルコジの敗退後に就任したオランド仏大統領も、ドイツの緊縮一辺倒の路線を批判し、南欧諸国に同情的な姿勢を見せていた。これらの圧力に屈したのか、メルケル首相は「ユーロ圏全域の銀行を監視する監督官庁が設置されることを条件に、ESMが各国の銀行に直接融資できるようにする」という共同宣言に調印した。

ユーロ圏の最大の弱点は、通貨が同じなのに、各国の財政政策や経済政策がてんでばらばらであることだ。ドイツは、いわゆる「銀行同盟」を創設するとともに各国に財政政策に関する主権をEUに譲り渡すことを求め、政治統合を一気に進化させることを狙っている。だがドイツ国内では、経済学者らがメルケルの妥協を強く批判しており、連邦憲法裁判所でESMをめぐって違憲訴訟も始まっている。ユーロ圏は発足当初からの理想だった政治統合を深められるのか。それとも、債務危機の重圧に負けて脱落者を出すのか。欧州諸国は、戦後最も重要な分水嶺に差し掛かりつつある。

20 Juli 2012 Nr. 928

最終更新 Donnerstag, 19 Juli 2012 13:19
 

憲法擁護庁の闇

旧東ドイツのネオナチ・グループ「国家社会主義的地下組織」(NSU)が、ミュンヘンやロストックなど全国各地で外国人を中心に10人を射殺した事件については、これまでもこの欄で繰り返しお伝えしてきた。我々外国人にとって、身震いさせられるような犯罪である。

このNSU事件が、ドイツ国内での諜報活動を担当する憲法擁護庁の大スキャンダルに発展した。7月2日、憲法擁護庁のハインツ・フロム長官は、昨年11月に同庁の職員がNSU事件に関する7冊のファイルをシュレッダーにかけて廃棄した責任を取って、突然辞任した。さらにテューリンゲン州の憲法擁護庁のトップも、引責辞任に追い込まれた。

内務省の管轄下にある憲法擁護庁は、極左、極右組織、イスラム過激派、外国からのスパイなどを対象として、ドイツ国内で諜報活動を行う。過激組織の内情を探るために、そうした組織にスパイを送り込んだり、盗聴活動を行ったりすることを許されている。憲法に基づくドイツの国家体制を脅かすと見られる組織は、すべて監視の対象となる。

廃棄された書類は、憲法擁護庁が1990年代にNSU の内部事情を探るために行ったプロジェクト「レンシュタイク作戦」に関するもの。このファイルには、憲法擁護庁に協力した情報提供者たちの本名と暗号名などが記載されていた。

フロム氏が特に重く見たのは、憲法擁護庁の職員が昨年11月、連邦検察庁がNSUによる連続殺人事件の捜査を開始した翌日に書類を廃棄したこと。つまりこのファイルには、憲法擁護庁が検察庁に知られたくない、不都合な内容が含まれていたのだ。これは捜査妨害にほかならず、言語道断である。

書類を破棄した職員は、何を隠したかったのだろうか。憲法擁護庁は、外国人の射殺や爆弾テロ、銀行強盗を繰り返した3人を協力者としてかばっていたのか。それとも、彼らに資金や武器を提供していたのか。もしくは、これらのテロリストたちが無差別殺人を行っていることを知っていたのか。レンシュタイク作戦は2003年に終了したが、3人のテロリストが外国人殺害を始めたのは2000年。つまり憲法擁護庁のプロジェクトは、NSU のテロ活動の時期と部分的に重なるのだ。

憲法擁護庁は書類を裁断した職員に対する調査を開始したが、闇に葬られた事実が完全に解明されることは、非常に難しいものと思われる。

 NSU事件では、不可解なことが多すぎる。3人の旧東ドイツ人は、11年間にミュンヘンやハンブルクなどでトルコ人、ギリシャ人など10人を射殺しただけではなく、外国人を狙って2件の爆弾テロを行なったほか、14件の銀行強盗によって60万ユーロ(約6000万円)を強奪していた。

警察と憲法擁護庁は1998年以来、3人のメンバーの行動を把握していたにもかかわらず、家宅捜索の際に逃亡され、昨年2人の男が自殺し、残りの1人が自首するまで足取りを掴めなかった。警察は、トルコ人の犯罪組織の内部抗争という先入観を持っていたために、外国人を狙った極右の連続テロであることに全く気付かなかった。ドイツの捜査当局は外国人には厳しく、右翼には甘いと言われることが多い。NSU事件は、戦後ドイツの捜査史上、最大の汚点の1つとも言うべき不祥事である。

憲法擁護庁は、「情報源の保護」を理由に、議会などの調査活動への協力を断ることが多い。だが憲法擁護庁のトップが引責辞任するというのは、前代未聞の事態だ。この際、連邦政府と議会は憲法擁護庁とネオナチの間にどのような関係があったのかを徹底的に解明し、膿を出し切ってもらいたい。

13 Juli 2012 Nr. 927

最終更新 Mittwoch, 26 August 2015 09:41
 

ニッポンの世界一

「一体、この国はどうなってしまったのだろう」。今年5月中旬から3週間日本に滞在して、こんな声を時々聞いた。東京や地方都市を回って、「1980年代に比べると、日本は元気を失っている」と感じた。確かに我が国は今、様々な問題を抱えている。

総理大臣は猫の目のように頻繁に交代し、リーダーシップの欠如のために、国民の政治不信は頂点に達している。チェルノブイリ原発事故を除けば世界最悪となった原発事故のために、多くの人々が今なお不便な避難生活を余儀なくされており、自殺者も出ている。福島の原発事故は、「高度なハイテク大国ニッポン」に対する外国の信頼を打ち砕いた。原発停止で燃料の輸入コストが増大したことや、東日本大震災や円高の悪影響で輸出が伸び悩んだことが響いて、昨年日本は31年ぶりに貿易赤字を記録した。貧富の格差は拡大する一方で、生活保護受給者の数は200万人を超えている。厚生労働省によると、国が生活保護のために行う支出は、今年度3兆7000億円に達する見通し。同省はこの額が、2025年には40%増えて5兆2000億円になると予測している。

経済協力開発機構(OECD)によると、日本の債務残高は国内総生産(GDP)の200%を超えている。ギリシャやスペインと異なり、日本の国債の大部分は国内で買われている上、日本には多額の個人金融資産がある。このため日本政府が信用格付けを引き下げられても、国債の利回りが南欧諸国のように高騰する危険性は今のところ低い。それにしても、債務比率の悪化をいつまでも放置して良いのか。不安を抱く市民は少なくない。

野田政権が消費税の引き上げを実施しようとしているのは、債務比率を引き下げる決意を世界中に示す意味もある。しかし、現在日本政府が考えている消費税は、ドイツと異なり食品など生活必需品の税率を緩和しないので、低所得層には厳しい。ドイツで付加価値税が引き上げられた時に景気が冷え込んだように、日本でも消費税導入は不況を悪化させるに違いない。

日本の家電メーカーは深刻な赤字を抱え、外国市場で韓国、中国、台湾の激しい攻勢にさらされている。特にテレビや携帯電話などの大衆向け製品では、日本企業は韓国に比べてグローバル化が圧倒的に遅れている。この結果、企業は正社員の採用を減らす傾向にあり、学生たちは就職難に苦しんでいる。

多事多難の日本だが、日本滞在中に「世界に誇れるものはまだある」と感じた。たとえば、一眼レフのデジタルカメラなど、特殊なニッチ市場では、日本企業は世界最高の水準にある。物づくりの伝統は廃れていない。

レストランや商店、ホテルでのサービスは世界一だ。ドイツのような「サービス砂漠」に住んでいる私は、日本へ行くたびに店員さんや車掌さんの対応の良さ、気配りの細かさに感激させられる。

さらに、豊かな食文化を忘れてはならない。世界の色々な国を訪れたが、日本の食事のバラエティーの豊かさと洗練度は、間違いなく世界一である。ミシュランのレストランガイドで、1つ星や2つ星のレストランも含めて、星の合計数では日本が最多というのも不思議ではない。(3つ星や4つ星など星が多いレストランの数では、フランスが日本を上回る)あるヨーロッパ人は、「日本を訪れて、生まれて初めて食事の楽しさを知った」と語る。

また、漫画やイラスト、映画などの文化活動でも、日本は世界の中で傑出している。村上隆や大友克洋の作品が外国で高い評価を受けたのは、その証拠だ。工芸品や文房具の美しさには、多くの外国人が魅了されている。

ニッポンはまだ負けていない。そう思いながら、成田空港を飛び立った。

6 Juli 2012 Nr. 926

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:55
 

ドイツ人は福島をどう見るか

5月中旬から3週間、日本に出張してエネルギー問題などについて講演を行った。東日本大震災と福島の原発事故から1年以上が過ぎ、社会の反応は沈静化してきたように感じられた。1年前の5月に私が日本を訪れた時には、福島県だけでなく東京などの放射線量が新聞やテレビで毎日報じられていたが、現在では行われていない。昨年、首都圏では節電のために一部のエスカレーターやエレベーター、自動ドアが止められたり、東京電力の発電量と電力消費を比較したグラフが電車や駅で表示されたりしていたが、これも見られなくなった。

現在、日本では54基の原子炉が定期点検のためにすべて止まっている。しかし、原発再稼働へ向けた 動きは着々と進んでいる。現在のところ原発停止によって日常生活や企業活動には何の影響も出ていな いが、日本政府は「今年の夏には関西地方で電力不足が生じる恐れがある」と見ており、野田首相は6月 初めに「地元の了解が得られれば、関西電力の大飯原発の再稼働に踏み切る」という方針を明らかにしている。大飯原発の安全性については、関西電力が行ったストレステスト(耐性検査)の結果について、経済産業省の原子力安全・保安院と内閣府の原子力安全委員会が「妥当」という判断を示している。

私は日本でこうした議論を見ていて、福島の原発事故の教訓が十分に生かされていないと感じた。事故から1年も経っているのに、経産省から独立して環境省の外局として設立されるはずの原子力規制庁ができていない。原子力の安全を批判的に監視する官庁が、原子力を推進する経産省の中に置かれていたら、有効な規制はできない。ドイツ政府は1986年のチェルノブイリ原発事故以降、原子力規制を経済省から独立した環境省に担当させている。

原子力安全・保安院と原子力安全委員会は、原発の安全基準の中で巨大な津波を考慮に入れていなかった。その意味で、福島原発事故に間接的に責任がある官庁である。したがって福島原発事故後のストレステストについては、「旧体制」の原子力安全・保安院と原子力安全委員会ではなく、新しい原子力規制庁が担当するのが筋である。

また、私が日本に滞在中だった5月28日に、経産省の総合資源エネルギー調査会が、2030年の日本の電源構成について、原子力の比率を「0%」「15%」「20 ~ 25%」「35%」「数値を定めず、市場の選択に任せる」の4つの選択肢を打ち出した。日本と同じ物づくり大国ドイツが、福島原発事故のわずか4カ月後に、2022年12月31日までに原子力の比率をゼロにする」と決めたことに比べると、日本政府の態度は極めて慎重である。その理由は、日本がドイツとは違って再生可能エネルギーの拡大を行ってこなかったことや、電力を外国から輸入できないことにあるだろう。さらに、ドイツに比べると政府が市民の声よりも産業界、財界の意向を重視するという、我が国独特の習慣も影響しているに違いない。

あるドイツ人はこう語った。「日本は広島や長崎で核攻撃を体験し、放射能汚染の恐ろしさを体験した世界で唯一の国。その国がなぜ、原子力発電をこれだけ拡大してきたのか理解できない」。彼らの目には、福島原発事故後も原子力発電に固執する日本政府の 態度は奇異に映るようだ。

日本は、世界で最も地震が多い国の1つである。日本の国土は地球の面積の0.25%にすぎない。しかし1994年から2003年までに世界中で起きたマグニチュード6.0以上の地震の約23%が、日本で発生している。この危険は、今も去っていない。チェルノブイリを除けば世界で最悪の原子力事故を起こした我々は、ドイツそして世界に対して、今後どのような説明を行なうべきなのだろうか。

29 Juni 2012 Nr. 925

最終更新 Mittwoch, 27 Juni 2012 15:37
 

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