独断時評


メクレンブルクの警鐘

読者の皆さんは、旧東ドイツのメクレンブルク=フォアポンメルン州に行かれたことがあるだろうか。州都シュヴェリーンやバルト海に面した町々は、大変美しい。しかし産業の中心は農業であり、機械製造業などが発達していないので、経済状態は思わしくない。

連邦統計局によると、2010年の同州の市民1人当たりの国内総生産は約2万1730ユーロと、全国最低。第1位のハンブルクの半分にも満たない。失業率は今年8月の時点で11.5%と、全国で3番目に高い。

9月4日にこの州で行なわれた州議会選挙の結果は、中央政界にも強い衝撃を与えた。その理由は、自由民主党(FDP)が得票率を前回の9.6%から2.7%に下げ、州議会に会派として参加できなくなったことである。同党は前回の選挙に比べて得票数を約6万票も減らした。FDPの得票率は、ネオナチ政党NPDの得票率(6%)にも及ばなかったのだ。

キリスト教民主同盟(CDU)も、得票率を5ポイント減らして低迷。CDUとFDPの得票率を合わせても、わずか25.8%にしかならない。

これに対して大きく躍進したのが、緑の党。得票率を前回の3.4%から8.4%に増やして、初めて会派として州議会入りを達成した。これまで旧東ドイツでは、緑の党の人気が旧西ドイツほど高くなかったことを考えると、この善戦ぶりは注目に値する。社会民主党(SPD)も、得票率が5ポイント伸びて35.7%になった。

メクレンブルク=フォアポンメルン州の人口はおよそ170万人で、州の資格を持つ都市を除けば、全国で最も人口が少ない。このため、同州での選挙結果は中央政界の行方を占う上で、バロメーターにはならないと言われることが多い。たとえば極右政党NPDが会派として議席を持っていることは、同州の特殊性の1つである。

しかし、今回の選挙結果には、大政党が無視できない傾向も浮かび上がっている。たとえばSPDと緑の党の躍進、CDUとFDPの低迷は、今年行なわれたほかの州議会選挙でも見られた。

特に頭を抱えているのは、FDPだろう。同党の敗因の1つは、レスラー党首の指導力のなさに対して、不満が高まっていることだ。彼を「弱々しい党首」と見なす論調も目立つ。ヴェスターヴェレ外相も、相変わらず同党の足を引っ張った。彼はリビアのカダフィ政権の崩壊をめぐって、初めの内「ドイツの経済制裁が功を奏した」と述べて、NATO(北大西洋条約機構)の軍事介入を高く評価しなかった。さらに、レスラー党首がヴェスターヴェレ氏に電話で長々と談判した後、外相ではないにもかかわらず、NATOの介入を評価する声明を発表したことも、同党の混乱ぶりを強く印象付けた。

深刻なのは、投票率の低下だ。4年前にはメクレンブルク=フォアポンメルン州の有権者の59.1%が投票所に足を運んだが、今回の投票率はわずか51.4%。多くの市民が政治に対する不信感を強めているのだ。得票率の低下は、ネオナチのような弱小政党に有利に働くので、警戒が必要だ。

左派の躍進、保守中道派の苦戦という傾向は、9月18日にベルリンで行なわれる市議会選挙(州議会選挙に相当)でも見られるかもしれない。特に福島の原発事故以降、追い風を受けている緑の党が、ベルリンで初めて市長の座に駆け上る可能性もある。

16 September 2011 Nr. 885

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:43
 

日独政治の混迷

8月30日、菅直人氏の率いていた内閣が総辞職し、民主党の野田佳彦・新代表が95代総理大臣に選出された。菅政権への支持率は、東日本大震災や福島事故への対応の悪さのため、一時16%前後に下がっていた。菅氏が首相に就任した時には、「日本で初めて市民運動から生まれた総理大臣」として内外から注目されたが、3.11以降は保守派だけでなく多くの市民から批判の的とされていた。

多くのドイツ人は、日本でほぼ1年ごとに首相が交代していることを不思議に感じているようだ。確かに、1991年からの20年間で首相になった人の数は14人。特に2006年からの5年間は、野田首相で6人目だ。安倍晋三氏、福田康夫氏、麻生太郎氏、鳩山由紀夫氏は、いずれもほぼ1年前後で首相の座を投げ出した。菅政権も15カ月間しか続かなかったが、これでも比較的長い方である。鳩山政権などは、わずか266日で崩壊した。これで国民の納得の行く政治ができるのだろうか。あるドイツ人の知り合いから「日本の首相というのは、あまり重要なポストではないのですね」と言われた。

野田新首相には、震災と原発事故からの復興、被災者の生活状態の改善を最優先の課題として頂きたい。さらに、東日本大震災によって切迫度を増したと言われる首都圏直下型地震、東海、東南海、南海地震に対する備えに全力を注いでほしい。多くの地震学者が、「戦後続いていた地殻活動の平穏期は終わり、1995年の阪神・淡路大震災から日本は活動期に入った」と主張している。東日本大震災は、1000年に1度の周期で起こる巨大地震が単なる仮定ではなく、現実に起こることを示した。今すぐ対策を取らなければ、1万5000人を超える犠牲者たちがうかばれない。

ここドイツでも、政治の混迷が深刻だ。特に外務相を務める自由民主党(FDP)のギド・ヴェスターヴェレ氏の迷走ぶりは激しい。彼はリビアでカダフィ大佐が失脚した時、当初「ドイツ政府の経済制裁と、リビアの民衆のパワーが原因だ」と語った。しかし、北大西洋条約機構(NATO)が政府軍に空爆を加え、反政府勢力を支援したことがカダフィ政権の崩壊につながったことには言及しなかった。この点については、マスコミだけでなくFDPのレスラー党首も厳しく批判。このためヴェスターヴェレ氏は、しぶしぶNATOの軍事支援を評価する声明を出した。歴代の外務相の中で、彼ほど失言が目立つ人物も珍しい。米英仏などの友好国からの、ドイツの外交政策に対する評価もがた落ちである。

2009年の連邦議会選挙では、FDPの得票率は14.6%だったが、今では半分以下に減って5%前後。ヴェスターヴェレ氏の後任のレスラー党首に対する評価も、かんばしくない。2013年の連邦議会選挙でFDPが政権から弾き出されることは、ほぼ確実であろう。

メルケル首相に対しても、ユーロ危機への対応をめぐって批判が高まっている。ドイツ市民の間では、「我々はいつまで過重債務国を支援し続けなくてはならないのか」という不満が強まっているのだ。この国ではユーロ圏が現在のまま存続すると確信を持って言える市民は、減りつつある。ギリシャへの緊急支援策について、連邦議会の承認を得るのは今後ますます難しくなっていくだろう。

日独共に、政府の鼎(かなえ)の軽重が問われる秋になりそうだ。

9 September 2011 Nr. 884

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:43
 

リビア内戦とドイツ

8月22日、焼きつけるような北アフリカの暑熱の中、トヨタのランドクルーザーに乗り、カラシニコフAK47型自動小銃を持った民兵たちがリビアの首都トリポリに突入した。彼らはカダフィ大佐に忠誠を誓う政府軍の兵士たちと銃火を交えながら、首都の大半を掌握。32年にわたって続いたカダフィ氏の独裁体制に、終止符が打たれようとしている。

チュニジア、エジプトと違って、リビアで起きた反政府革命は血なまぐさい内戦に発展した。カダフィ大佐は、反政府勢力がたてこもる都市を容赦なく空爆させた。このため女性や子どもを含む多くの市民が犠牲になった。北大西洋条約機構(NATO)は、「市民が政府軍によって虐殺されるのを防ぐ」という名目で採択された国連安全保障理事会の決議に基づき、反体制勢力を支援するため3月19日、リビアに対する空爆を開始した。

東日本大震災と福島の原発事故が起きた直後だったので、日本ではほとんど注目されなかったが、米国、フランス、英国は5カ月前から北アフリカで戦争に加わっていたのである。トリポリが陥落したことで、欧米諸国の危うい軍事介入も終わることになった。

ドイツはこの内戦でどのように振舞ったのか。3月17日の深夜、国連安保理がリビア上空に飛行禁止区域を設けることを決議し、NATOの軍事介入にお墨付きを与えた時、ドイツは棄権した。ヴェスターヴェレ外相が部下たちのアドバイスを無視し、棄権することによって軍事攻撃に反対の意を表したことは、米英仏に強い衝撃を与えた。彼らは「なぜドイツは、ほかのNATO加盟国と足並みを揃えないのか」と首をひねったのである。これ以降、ヴェスターヴェレ氏は、特に米国の政府高官から、ほとんど相手にされなくなった。彼は緑の党の一部の政治家と同じく、外交的手段ではなく軍事力によって事態を打開しようとする米英仏の態度に疑問を抱いたのである。

しかし、もしもNATOが反政府勢力を支援していなかったら、民兵たちはカダフィ大佐の正規軍に殲(せん)滅されていたかもしれない。その意味で、カダフィ失脚は米英仏の軍事援助があったからこそ可能になったのである。この内戦は、ヴェスターヴェレ氏にとって欧米諸国との関係が悪化するという「付随的被害」(コラテラル・ダメージ)を招いた。

もっとも、戦争をためらう側にも言い分はある。シリアでは独裁者アサドが反政府勢力の立てこもる町を戦車で攻撃。市民ら2000人を殺害し、1万5000人を逮捕した。なぜNATOは、リビアには攻撃したのに、シリアに対しては空爆も行わず、弾圧されている人々を支援しようとしないのか。リビアが先進工業諸国にとって重要な産油国であるのに対し、シリアは産油量がジリ貧になっていることと関係しているのか。こうしている間にも、シリアの刑務所では反体制派に属する市民が拷問されたり殺害されたりしているはずだ。さらに、将来サウジアラビアやイランでも同じような反政府運動が起き、軍が市民に対する弾圧を始めた時、NATOは軍事介入して政府を転覆させようとするのだろうか。

米英仏の判断基準は、ただ1つ。それは国益である。今後もアラブの反乱が続く中、欧米の都合によって、リビア国民のようにNATOの軍事支援で救われる者と、シリア市民のように見殺しにされる者が現れるだろう。残念だが、それが国際政治の冷酷な現実であり、世界の歴史は常にこのようにして書かれてきた。

2 September 2011 Nr. 883

最終更新 Freitag, 11 November 2011 18:16
 

経済政府とは何か

メルケル首相とサルコジ仏大統領は16日の首脳会談で、ユーロ加盟国が経済・財政政策について共同歩調を取るように、「経済政府(Wirtschaftsregierung)」を設置することで合意した。経済政府が欧州連合(EU)に初めて発足することは、フランス政府の長年の要求が実現することを意味する。中央集権的な政策を好むフランスは、経済政府によって各国の政策の足並みを揃えることを提案してきた。これに対し、地方分権の伝統が強いドイツは、経済政府構想に反対してきた。

現在、EU加盟国、特にユーロ圏に参加している国の経済・財政政策は、ほとんど調整されていない。だがドイツ連邦銀行は、ユーロが導入される前から「政治統合が進まない限り、通貨統合は成功しない」と警告していた。加盟国がバラバラに経済・財政政策を行なっていたら、共通の通貨を導入しても長続きはしないというのだ。

ギリシャ、アイルランド、ポルトガルが公的債務危機に陥り、EUの支援なしには破たんしかねない状態まで追い込まれたことは、ドイツ連邦銀行の予言が正しかったことを示している。リーマン・ショック後のEUでは、ドイツが好調な輸出によって一人勝ちする状態が続いている。ドイツが貿易黒字を貯め込んでいるのに対し、ギリシャなどの国は慢性的な貿易赤字に悩み、外国の国債市場での資金調達に苦しんでいる。フランスは「ユーロ圏加盟国の政策調整が不十分で、各国間の格差が広がっていることが、債務危機の根本的な原因である」として、経済政府の導入を打ち出したのだ。

ドイツが経済政府設置への反対を取り下げた理由は、2つある。1つは、ドイツが提案してきた「債務ブレーキ」の導入を、サルコジ大統領が受け入れたこと。この構想によると、加盟国は毎年の財政赤字(新規の債務)が国内総生産(GDP)の一定の比率を超えないことを、憲法に明記する。ドイツでは、すでに債務ブレーキを導入しており、政府はGDPの0.35%を超える財政赤字を計上することを憲法で禁止されている。

もう1つの理由は、サルコジ大統領が「ユーロ共同債」の導入について、メルケル首相に同調して反対したことである。最近EUでは、「ユーロ共同債の発行が、ユーロを救う最後の手段だ」という意見が出されている。信用格付けが低いギリシャやポルトガルは、高い利息を払わないと、国債を国外市場の投資家に買ってもらえない。そこでユーロ圏加盟国が共同で債券を発行すれば、ギリシャなどへの利息負担が減るというわけだ。

だがユーロ共同債は、ドイツのように格付けが高い国にとっては不利だ。現在、ドイツが国債を売るために払う利息は2.6%前後だが、ユーロ圏加盟国の平均利息は4.4%。つまりドイツはこれまでよりも高い利息を払わされる。IFO経済研究所のカイ・カルステンセン氏は、「ユーロ共同債の発行によってドイツの利息負担は、数十億ユーロ増えるだろう」と予測している。ドイツ国内には、一部の国の過重な公共債務による負担がすべての加盟国に押し付けられることに、強い反対がある。サルコジ氏は、ドイツの懸念に一応の理解を示し、メルケル氏を間接的に支援したのである。

南欧の国を中心に「ドイツはユーロ圏の誕生によって巨額の貿易黒字を得られたのだから、貧しい国に還元するのは当たり前だ」という意見が強まっている。一方、ドイツ市民の間には「いつまで南欧の国を支援させられるのか」という不満が高まりつつある。新しく誕生する経済政府は、このジレンマを解決することができるだろうか。

26 August 2011 Nr. 882

最終更新 Freitag, 26 August 2011 11:22
 

米国債格下げの衝撃波

今年、ドイツは記録的な冷夏。この国の上空に重く垂れ込める雨雲のように、再び金融不安の兆しが世界を覆い始めた。

8月6日に米国の格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)が、1941年以来初めて、米国債の信用格付けを最高のトリプルAからダブルAプラスに引き下げた。その前の週にオバマ政権は公共債務上限の引き上げについて共和党の議員らと合意し、債務不履行になることは回避した。しかしS&Pは、「オバマ政権の歳出削減策は十分でない」として、トリプルAを剥奪したのである。

このため8月8日から米国や日本を初めとして、世界中の株式市場で株式指数や平均株価が大幅に下落。ドイツでも8月9日には株式指数が一時7%も下がった。また、外国為替市場でもドルが売られて、1ドルが一時77円台まで下がった。異常な円高が、日本の輸出産業に悪影響を与えることが懸念される。

米国の公共債務は、およそ14兆ドル(1078兆円)。世界最大の借金大国である。イラクやアフガニスタンの戦争も、中国や日本が米国の財務省債権を買ってお金を貸すからこそ可能となった。同国が借金によって生き延びていることは、何十年も前から分かっていた事実だが、超大国にとってトリプルAの最高格付けを失うことは、やはり屈辱である。

世界で最も多く米国にお金を貸している中国は、今回の格下げに憤り、米国政府に対して軍事支出などを真剣に削減するよう求めた。保有している国債の価値が下がることを恐れたのである。実態はともあれ、建前上はまだ共産主義国である中国が、資本主義社会のリーダー米国に対し、財政を健全化するよう求めるとは、なんとも皮肉な構図である。

信用不安は、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルなどで債務危機が続くヨーロッパでもじわじわと広がっている。8月8日には、欧州中央銀行(ECB)がイタリアとスペインの国債40億ユーロ(4400億円)を買い支えたことが明らかになった。これらの国々の国債の利回り(リスクプレミアム)が上昇(つまり国債価格が下落)したからである。

本来ECBは、ユーロ圏内でインフレが起こることを防ぐため、各国政府から独立した通貨政策を行なうのが任務だ。だがECBはいまや完全に政治からの独立性を捨てて、財政状態が悪化している国に資金を投入して支援する機関となってしまった。ドイツ連邦銀行が、政治から距離を保つことによってマルクの信用性を維持していたこととは、対照的であ る。このためドイツ人の間では、ECBに対する信頼感が日に日に失われつつある。このことはユーロの将来にとっても、由々しき事態だ。

米国と欧州で債務危機が深刻化しつつあることは、世界経済にどのような影響を与えるだろうか。リーマン・ショックの影響から立ち直ったばかりの各国経済が、再び不況に引き戻される事態だけは避けたいものだ。

ところで米国に対する信用格下げは、格付け会社の影響力がいかに大きいかを浮き彫りにした。そうした中、8月6日にS&Pが計算ミスのために、米国の債務額を2兆ドルも多く見積もっていたことが明らかになった。S&Pは格下げ発表の直前にデータを修正したが、米国政府は激怒した。格付け会社といえども、民間企業。計算間違いをすることもあるだろう。

それにしても、このような私企業に国家の命運を左右するような情報を発表する権限が与えられ、世界中の経済界や金融業界がそのデータに大きく依存している状況は、健全と言えるのだろうか?

19 August 2011 Nr. 881

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:43
 

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