Hanacell

EUの無力・市場の猛威

ギリシャなどの公的債務危機をめぐって、再びマーケットに暴風が吹き荒れている。ギリシャが欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)から7月3日に120億ユーロ(1兆3200億円)の融資を受けたのもつかの間、米国の格付け機関はポルトガルとアイルランドの国債の格付けを、ギリシャ同様「投資不適格」の水準に引き下げた。このことによって、これらの国々は国際資本市場で国債を売ってお金を借りることが極めて困難になった。さらに7月上旬には金融市場に、「イタリアも似た状況に陥るのでは」という憶測が広まって、同国の国債の利回りが上昇し始めた。

利回りは一種のリスクプレミアム(リスクが高まったために払う利子)でもある。つまり利回りの上昇は、国債の値段が下がるということを意味する。イタリアの公的債務は、国内総生産の120%。もしも同国がギリシャのように国債を売れなくなった場合、経済規模が大きいため救済基金が足りなくなる危険がある。現在の欧州金融安定ファシリティ(EFSF)と2013年から始動する欧州安定メカニズム(ESM)の限度額は、7500億ユーロ(82兆5000億円)だが、すでに通貨関係者の間には「救済資金を現在の2倍の1.5兆ユーロ(165兆円)に増やすべきだ」という声がある。

格付け機関が国家の生殺与奪の権を握るほどの影響力を持つようになったことについても、不満が出ている。欧州委員会は、EUが支援している債務過重国について、格付けの禁止を検討しているほか、「米国の格付け機関を解体すべきだ」という意見もある。だが、格付け機関が重視されるようになったのは、金融監視当局が域内の金融機関に対して投資の際に格付けを確認するよう指示したせいでもある。これらの格付け以外に、投資の的確性を図る物差しがないので、世界中の金融機関がこの格付けを使っている。EUは、格付け機関を批判することで責任をマーケットに押し付けようとしているように見える。

こうした中、ドイツの大手銀行コメルツバンクのM・ブレッスィング頭取は、7月12日付FAZ紙に寄稿し、「リスケジューリング(借り換え)によって、ギリシャの債務と利子払いを大幅に減らす以外にこの国を救う道はない」と主張。頭取は、ギリシャに金を貸している投資家が、投資額の30%を諦めて、現在の国債を利率が3.5%の、30年物の国債と交換することを提案した。だが格付け機関は、EUが投資家に対して「貸した金の一部を諦めろ」と強制した場合、もしくは投資家が自分の意志で借り換えに踏み切った場合、ギリシャ政府が借金の返済を怠ったことになるとして、「債務不履行=倒産」の烙印を押すと見られている。この場合、ギリシャの金融界は一時的に重大な危機に陥る。欧州委員会と欧州中央銀行は、加盟国が短期間でも破たんすることに強い懸念を抱いており、借り換えには難色を示している。

ブレッスィング頭取は「通貨同盟は政治的な統合なしには機能しない。これまでの方法でギリシャを救済することはできない。我々は現実を直視するべきだ」と訴える。銀行のトップが借り換えを提案した事実は、「国家倒産」という苦い薬を飲まない限り、病人の容態が回復しないことを物語っている。ドイツでは「いつまで債務過重国に資金を投入すれば良いのか」という不満の声も上がり始めている。この国には「Lieber ein Ende mit Schrecken als ein Schrecken ohne Ende(恐怖を伴って悪い事態を終わらせる方が、いつまでも恐怖が続くよりは良い)」という諺がある。ギリシャの倒産と借り換えなしに、欧州の頭上から暗雲が過ぎ去る可能性は、日に日に小さくなりつつある。

22 Juli 2011 Nr. 877

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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