独断時評


銀行ビジネスは変貌する

高層ビルが林立するフランクフルト・アム・マインの中で一際目立つ2つの巨大なタワー。鏡のような壁面に、夏空を流れる雲が反射する。ドイツ最大の銀行、ドイチェ・バンク(ドイツ銀行)の本社だ。全世界に10万人を超える社員を擁し、資産額が1兆8500億ユーロ(203兆5500億円)、2010年度の税引き後の純利益が23億3000万ユーロ(2530億円)というメガバンクである。

ドイツ銀行は7月末、「来年5月からアンシュ・ジェイン氏とユルゲン・フィッチェン氏の2人が社長に就任し、10年間社長を務めたヨーゼフ・アッカーマン氏は監査役会長になる」と発表した。アッカーマン氏の後任人事については、金融界で様々な憶測が流れていたが、同行はこの発表によって、社長の座をめぐる水面下の綱引きに終止符を打ったのだ。

読者の皆さんの中には、この発表を聞いて意外に思われた方もいるかもしれない。ジェイン氏はインド人である。ドイツ語はほとんど話せないという。「ドイツ最大の銀行の社長にインド人が就任して大丈夫なのか」と考える人もいるだろう。

だがジェイン氏は最も有力な社長候補であり、事実上の「皇太子」と言われていた。彼は、世界で最も有能な投資銀行家の1人である。ロンドンのコーポレート・インベストメントバンク(CIB)で法人・機関投資家ビジネス・ 投資銀行部門を率いてきた。CIBはドイツ銀行の最も重要な収益源である。

同行の2011年6月30日付中間報告書によると、今年度の第1四半期の純収益は85億ユーロ(9350億円)だったが、その内58%をCIBが稼ぎ出している。税引き後の純利益(当期利益)については、実に72%がCIBによって生み出されている。つまり、ジェイン氏はドイツ銀行にとって金の卵なのである。

ジェイン氏の貢献度を考えれば、彼がドイツ人ではなくインド人であることは、二の次なのだ。ドイツのビジネスに関しては、フィッチェン氏が担当することになろう。

ドイツ銀行は、元々この国の産業界に資金を供給する伝統的な融資業務を行なってきた。多くのメーカーの監査役会に幹部を送り込んで強力なネットワークを構築し、ドイツ経済で並ぶ物のない影響力を持ってきた。ただし、1980年代以降は企業の資金調達方法が大きく変化したため、ドイツ銀行は急激にグローバル化し、投資銀行業務に力を入れるようになった。同行は、ドイツの金融機関の中で最も急速にグローバル化した銀行である。インド人が同行の社長の1人に就任することは、そのことを如実に物語っている。

投資銀行は、グローバル化が最も進んだ職種だ。ニューヨークやロンドンの投資銀行を目指す優秀な若者は、後を絶たない。高い利益を生み出し、自己資本利益率(ROE)の引き上げに貢献できれば、国籍はそれほど重要ではない。銀行の経営陣は、3カ月ごとに株主や投資アナリストに対して利益を生んでいることを示さなくてはならない。さもなければ株価は下落し、格付け機関によって信用格付けが引き下げられてしまう。高い収益を確保した者には、ほかの業界では見られないような多額の報酬が約束される。

もちろん、収益の大半を投資銀行部門に依存することは、リスクも伴う。2008年のリーマン・ショックは、複雑な金融商品の細部を十分に知らずに投資することの危険を浮き彫りにした。一見華やかに見える金融業界だが、次の日には何が起こるか分からない。順風満帆に見えるアッカーマン後のドイツ銀行にとっても、その道程が常に平坦であるとは限らない。

12 August 2011 Nr. 880

最終更新 Donnerstag, 01 September 2016 12:48
 

ノルウェーの惨劇

「あんな平和な国でこんなことが起こるとは、信じられない」。ノルウェーで働いたことがある知人は、つぶやいた。7月22日に同国で起きた惨劇は、ヨーロッパ全体に強い衝撃を与えた。狂信的な思想が、またもや多くの人々の命を奪ったのである。

32歳のアンネシュ・ブレイビク容疑者は、まず首都オスロの官庁街で自動車に積んだ爆弾を炸裂させて8人を殺害し、首相府や司法省などが入った建物に大きな被害を与えた。彼はポーランドから購入した大量の肥料を使って、自分で爆薬を作っていた。その後容疑者は、車で38キロ北東のウトヤ島に向かい、警察官に変装して社会民主党に属する青少年たちが休暇を過ごしていたキャンプ場に侵入。「皆さんの安全を守るためです」と言って若者を整列させると、自動小銃と拳銃を乱射。68人の若者が命を落とした。

警察の特殊部隊はすぐにヘリを調達することができなかったため、車両で現場へ向かったが、フェリー乗り場で船を見付けるのにも手間取った。このため警察官が島に到着した時、ブレイビク容疑者はすでに1時間半にわたってティーンエージャーたちに発砲し続けていた。逃げ場のない島で1人、また1人と殺人鬼に追い詰められて狩られて行く恐怖感は、想像するに余りある。生き残った若者たちも、当分の間は精神的なトラウマ(傷)に悩まされるだろう。ブレイビク容疑者は、警察官に銃を突き付けられると、あっさり銃を捨てて逮捕された。特殊部隊が現場にヘリで到着していたら、死者の数はもっと少なかったのではないだろうか。ノルウェーだけでなく、ヨーロッパ全体が深い悲しみに包まれた。

ブレイビク容疑者がインターネット上に発表していた1500ページに上る文書によると、この男は極右勢力を支持し、イスラム教徒に強い反感を抱いていたことがわかる。また自動小銃を構えた自分の写真をネット上に公開していたことから見て、熱狂的な銃器マニアであることも推察される。さらに、容疑者は「ヨーロッパをイスラム教徒から守らなくてはならない。社会民主党などの左派政党は、イスラム教徒がヨーロッパに侵入するのを許したので、罰するべきだ」という異常な考えに取りつかれていたこともわかっている。犯人が社会民主党の青少年キャンプを襲ったのもそのためだと推測されているが、なぜノルウェー人の若者を殺すことが、ヨーロッパをイスラム教徒から防衛することにつながるのかは、常識では到底理解できない。

フランクフルター・アルゲマイネ紙は「この大量殺人は、狂気によって引き起こされたとしか言えない」と断定している。容疑者の弁護士も「ブレイビク容疑者は自分のことをイスラム教徒やマルクス主義者と戦う戦士だと思い込んでおり、精神を病んでいる疑いがある」と述べている。

近年、米国だけでなくヨーロッパでもこの種の乱射事件は後を絶たない。だが、ノルウェーの容疑者は周到な準備に基づいてたった1人で官庁街を破壊し、76人もの人命を奪っており、その異常さと冷血ぶりは特に際立っている。

ヨーロッパではイスラム教徒をめぐる議論が白熱している。オランダではイスラム批判で知られる右翼政治家ヘルト・ヴィルダース率いる自由党が、議会で第3位の勢力にのし上がっている。今後もヨーロッパではイスラムをめぐる意見の対立や論争が強まるだろう。警察は爆薬の製造に使える物質や銃器所持のライセンス、インターネット上に発表されている極右勢力の文書や写真について、監視を強めるべきではないだろうか。オスロの夏の惨劇が繰り返されることは、絶対に防がなければならない。

5 August 2011 Nr. 879

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:42
 

なでしこ優勝と日本

7月17日にフランクフルト・アム・マインで行なわれた女子サッカーワールドカップ決勝戦で、日本は米国を下して優勝した。正に歴史的な快挙である。今回の優勝は、日本女性の強さを世界中に示した。ドイツでこの試合をリアルタイムで観て、感激した読者の方も多いのではないだろうか。

私は決勝戦の翌日に多くのドイツ人から「おめでとう」とか「素晴らしいプレーを見せた熊谷選手はあなたの親戚ですか?」と声を掛けられた。ドイツ・チームは、7月9日に日本と対戦して敗れた時、茫然自失の様子だった。市民たちも意気消沈していた。しかし優勝後、普段はお堅いフランクフルター・アルゲマイネ紙が、珍しく第3面になでしこの優勝に関する記事を掲載し、「日本では草食系男子が増えている一方、肉食系女子が台頭しつつある」と論評した。

なでしこの優勝は、多くの日本人が抱えている憂鬱(ゆううつ)な気分を、いっとき忘れさせてくれる一陣の涼風となったに違いない。確かに日本では3月11日以来、大変な日々が続いている。

ドイツのマスコミはほとんど伝えなくなったが、東日本大震災と福島第1原発事故の影響は、今なお祖国日本に重くのしかかっている。警察庁の調べによると、死者数は7月19日の時点で1万5592人、行方不明者は5070人に上る。被災者の苦労は今も続いている。津波で家族を失った悲しみは察するに余りあるが、重荷はそれだけではない。多くの人々が住む場所や財産、仕事を失い、途方に暮れてい る。家は流されてローンだけが残った人も少なくない。厳しい暑さの中、今も多くの人々が避難所での不便な生活を余儀なくされている。

最近被災地を訪れたジャーナリストは、若い頃に働いた岩手県の町が消滅したことに衝撃を受けただけではなく、震災から4カ月以上経っているのに復興が進んでいないことにショックを受けたという。今年5月の時点では日本赤十字が集めた義捐金の内、実際に被災者の手に渡ったのは20%にすぎないというニュースも伝えられた。義捐金を配布する地方自治体が混乱しているためだ。

わが国で初めて「レベル7」の過酷事故を起こした福島第1原発からは、今なお放射性物質が放出され続けている。電力会社の工程表通りに作業が進んでも、原子炉の温度が100度より低くなって安定する「冷温停止状態」になるのは、早くて来年の1月だ。今年5月に日本に行って、テレビや新聞が天気予報のように「本日の放射線量」を県ごとに伝えているのを見た。東京や千葉では幼い子どもを持つ市民の一部が、政府の情報を信用できず、線量計を借りるなどして独自の測定を始めている。最近では肉牛から放射性セシウムが検出された。

この国難に際して、日本政府は混乱の極みにある。7月中旬の時点で内閣支持率は16%台にまで下がった。首相は経済産業大臣や産業界と十分に協議しないまま、脱原発や再生可能エネルギー拡大の方針を発表し、政府部内で孤立している。復興担当大臣が現地を視察した時に、自治体の首長や被災者の心を傷付けるような乱暴な言葉を使い、辞任するという事態もあった。本来ならば国が一丸となって被災者の救済と復興に力を集中させるべきであり、政府内で足の引っ張り合いをしている時ではない。

なでしこの快挙は、日本人の底力を全世界に証明した。日本政府はこれにならって震災・福島原発事故の対策に全力投球してもらいたい。

29 Juli 2011 Nr. 878

最終更新 Freitag, 11 November 2011 18:04
 

EUの無力・市場の猛威

ギリシャなどの公的債務危機をめぐって、再びマーケットに暴風が吹き荒れている。ギリシャが欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)から7月3日に120億ユーロ(1兆3200億円)の融資を受けたのもつかの間、米国の格付け機関はポルトガルとアイルランドの国債の格付けを、ギリシャ同様「投資不適格」の水準に引き下げた。このことによって、これらの国々は国際資本市場で国債を売ってお金を借りることが極めて困難になった。さらに7月上旬には金融市場に、「イタリアも似た状況に陥るのでは」という憶測が広まって、同国の国債の利回りが上昇し始めた。

利回りは一種のリスクプレミアム(リスクが高まったために払う利子)でもある。つまり利回りの上昇は、国債の値段が下がるということを意味する。イタリアの公的債務は、国内総生産の120%。もしも同国がギリシャのように国債を売れなくなった場合、経済規模が大きいため救済基金が足りなくなる危険がある。現在の欧州金融安定ファシリティ(EFSF)と2013年から始動する欧州安定メカニズム(ESM)の限度額は、7500億ユーロ(82兆5000億円)だが、すでに通貨関係者の間には「救済資金を現在の2倍の1.5兆ユーロ(165兆円)に増やすべきだ」という声がある。

格付け機関が国家の生殺与奪の権を握るほどの影響力を持つようになったことについても、不満が出ている。欧州委員会は、EUが支援している債務過重国について、格付けの禁止を検討しているほか、「米国の格付け機関を解体すべきだ」という意見もある。だが、格付け機関が重視されるようになったのは、金融監視当局が域内の金融機関に対して投資の際に格付けを確認するよう指示したせいでもある。これらの格付け以外に、投資の的確性を図る物差しがないので、世界中の金融機関がこの格付けを使っている。EUは、格付け機関を批判することで責任をマーケットに押し付けようとしているように見える。

こうした中、ドイツの大手銀行コメルツバンクのM・ブレッスィング頭取は、7月12日付FAZ紙に寄稿し、「リスケジューリング(借り換え)によって、ギリシャの債務と利子払いを大幅に減らす以外にこの国を救う道はない」と主張。頭取は、ギリシャに金を貸している投資家が、投資額の30%を諦めて、現在の国債を利率が3.5%の、30年物の国債と交換することを提案した。だが格付け機関は、EUが投資家に対して「貸した金の一部を諦めろ」と強制した場合、もしくは投資家が自分の意志で借り換えに踏み切った場合、ギリシャ政府が借金の返済を怠ったことになるとして、「債務不履行=倒産」の烙印を押すと見られている。この場合、ギリシャの金融界は一時的に重大な危機に陥る。欧州委員会と欧州中央銀行は、加盟国が短期間でも破たんすることに強い懸念を抱いており、借り換えには難色を示している。

ブレッスィング頭取は「通貨同盟は政治的な統合なしには機能しない。これまでの方法でギリシャを救済することはできない。我々は現実を直視するべきだ」と訴える。銀行のトップが借り換えを提案した事実は、「国家倒産」という苦い薬を飲まない限り、病人の容態が回復しないことを物語っている。ドイツでは「いつまで債務過重国に資金を投入すれば良いのか」という不満の声も上がり始めている。この国には「Lieber ein Ende mit Schrecken als ein Schrecken ohne Ende(恐怖を伴って悪い事態を終わらせる方が、いつまでも恐怖が続くよりは良い)」という諺がある。ギリシャの倒産と借り換えなしに、欧州の頭上から暗雲が過ぎ去る可能性は、日に日に小さくなりつつある。

22 Juli 2011 Nr. 877

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:42
 

ドイツ戦車とサウジアラビア

レオパルド2型という戦車がある。長大な120ミリ砲を装備した62トンの巨体は、最高時速72キロという高い運動性を持つ。ミュンヘンのクラウス・マッファイ・ヴェックマン社製のこの戦車は、第2次世界大戦中にティーガー、パンターなどの兵器を生み、世界でもトップクラスの戦車大国だったドイツの伝統を受け継いでいる。レオパルド2型は、米英ソなどの戦車と比べても遜色のない世界最強の戦車の1つで、諸外国の陸軍では垂涎(すいぜん)の的である。シンガポールやスイスなど、少なくとも14カ国がこの戦車をドイツから買って使用している。

ドイツでは今、この戦車をサウジアラビアへ輸出する計画をめぐり、激しい議論が起こっている。首相、外相、国防相などが安全保障に関する問題を協議する連邦安全保障評議会は、サウジアラビアに最新のレオパルド2型200台を輸出することを承認した。

この決定については、野党だけでなく連立与党の内部からも批判の声が上がっている。サウジアラビアは、中東という紛争が多い地域にある上、国内で市民のデモを禁止するなど、民主的な国家とは言えないからだ。ドイツはイスラエルを支援しているが、イスラエルの友好国ではないサウジアラビアにドイツが大量の新鋭戦車を売ることには、道義的な問題もある。連邦安全保障評議会では軍事問題が扱われるので、協議内容は原則として公開されない。しかし野党は「これほど重要な問題は、連邦議会でも審議するべきだ」として、メルケル首相に対して情報開示を求めている。

サウジアラビアは、今年3月にバーレーンで市民が民主化要求デモを起こした時、装甲車を含む戦闘部隊を派遣してデモの鎮圧に協力した。強権支配で知られるサウジ政府は、隣国のデモが自国に飛び火することを恐れたのである。チュニジアに端を発し、エジプトでムバラク政権を倒した民主化要求運動は、今も中東諸国にじわじわと広がっている。

ドイツや米国にとって、サウジアラビアは中東における重要な同盟国の1つ。同国は、アルカイダなど過激なテロ組織と欧米諸国との戦いの中でも、大きな役割を果たしてきた。さらにサウジの石油が、欧米諸国にとって貴重なエネルギー源であることは言うまでもない。200台のドイツ戦車の輸出は、動揺が続く中東地域で貴重な同盟国を支えるという意味合いを持っているのだ。エジプトの例を見てもわかるように、欧米諸国は協力的な中東の国に対しては、国内の人権抑圧には目をつぶって、軍事援助を行なう傾向がある。

スウェーデンの国際平和研究所(SIPRI)によると、ドイツは米国・ロシアに次ぐ世界第3位の武器輸出大国だ。世界の兵器市場のドイツのシェアは2000~04年には6%だったが、現在では約11%に増加している。最も多くドイツの兵器を買っているのは、トルコ、ギリシャ、南アフリカなど。インドとパキスタンの紛争地帯で撮影された映像には、ドイツの機関銃がしばしば映っている。ドイツは機械製造の分野で、世界でもトップ水準の技術を持つため、その兵器には多くの国が熱い視線を注いでいるのだ。第2次世界大戦の経験から、ドイツ市民の間には反戦的な思想を持つ人が少なくないが、政府と産業界は武器輸出に熱心だ。私は日本が武器輸出三原則を持ち、外国に一切兵器を輸出していないことを誇りに思う。外国の紛争でメイド・イン・ジャパンの武器が使われるのを見たくはない。日本には兵器の輸出を始めるべきだという声もあるが、私は武器輸出三原則を維持してほしいと思っている。

15 Juli 2011 Nr. 876

最終更新 Donnerstag, 20 April 2017 14:42
 

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